第31話 天国への階段って?
「で、でもそうしないと私も仕事をしてないことになるので……」
と、メルナが言った瞬間、隣の壁がドンドンドンと音を立てる。
男女の嬌声の声が響いている。
やっぱり、そういう場所なんだよなぁ……。
だが、理性的に考えよう。
そうだ、俺に必要なのは雰囲気に流される事でない。
己の理性を制御することだ。
「あ、あのな、メルナ」
「はい」
潤んだ瞳が月明かりに浮かぶ。
「まずだね、俺は君をとても美しいと感じている。それは決して否定しない。そして、ここがそういう場、というのも分かっている」
「……」
「しかしだね、こういうのは本来順序があるものだと思っている。確かに、ここは順序として金を払って、そのまま……、って何をしているの?」
「あ、そういう趣向なのかと思いまして」
「どういう趣向の話だよ!?」
「いえ、お説教しながらするのが好きな方なのかと」
「特殊だわ、そんな趣向!!」
胸をサワサワしてくる。
あ、ちょっとそれは気持ちいいかもしれない……、じゃなくてっ!!
「ちょ、ちょっと落ち着こう」
「お、落ち着いてますけど?」
「違う、そうじゃないそうじゃないんだ」
「私、今回ユウヘイ様が始めてのお客様なんです」
「……え?」
猶更不味くないか、それ。
だってそれあれじゃん。
つまりそういうことだろ、ヤバいぞ。
「ですから、この島を救って頂いた英雄の方には、今日から客を取る私が付くべきだ、というのが宿の主人からの願いでもありまして」
「わ、分かった分かった。だからそれ以上寄って来ないで!」
胸元から顔へと寄ってくるメルナ。
目を瞑り、こちらへ顔を近づけてくる。
あー、どうすれば……。
と、思った時、頭に重い衝撃を受ける。
「……で」
目の前に、壁にあった筈の燭台が転がるのが見えた。
隣の部屋の揺れのせいで、落ちてきたのか……?
俺の意識は遠のいていった。
翌朝、俺は頭に瘤を作りつつ、屯所に行くとオスカーからある話を聞かされた。
「え、この島って別の種族が住む村もあるんですか?」
「そうです。ここから山を越えた先にあるプルサという村があるのですが、そちらとは余りこっちは交流が無くてですねえ。でも、貴族が保養地として憧れる『天国への階段』というのがありますよ。……それよりその瘤、どうしました?」
「なんですか? その天国への階段って? ……あと瘤はあんまり気にしないで下さい」
「そ、そうですか。……まぁ、説明するのは難しいのですが、伝承によれば全ての景色が白い丘でして、その姿はまるで天国へ続く階段のようだと、か。そこには温泉もあるので、王も行きたがっては居るのですが……。人の好き嫌いが激しいようで、村へも限られた者しか入れないらしいのです。そこで無理に入ろうすると、呪いで死ぬとも」
すんげえ、おっかない場所だな。
でも、その天国という階段やら、行って見てみたい気はする。
だって、最近何故か仕事ばかりさせられて、自分の好きな事ができてないしな。
そんな話を宿に持ち帰ると、衝撃の事実が分かった。
「え? 君、プルサ村出身なの?」
「はい」
サラッと言うなお前。
「で、でも何でプルサ村の人がこの街で働いてるの?」
「自分の母がプルサの生まれでした。でも、プルサだけじゃなくて別の世界を見たいと外に飛び出しまして、それで外で身籠り村に戻ってきたのですが……」
「もしかして、追い出されたとか?」
「いえ、可愛がっていただきました。村の皆さんには」
――ズルッ!!
思わず椅子から落ちそうになる。
そこはそうじゃないのな。
「プルサの人は去る者は追わず。ですが、来る者はなるべく拒みます。プルサに縁があるならいざ知らず、縁が無い人がここに来るのは何か悪い企みでもあるのではないか、と思っているわけです」
確かに、言わんとすることは分かる。
「それじゃ、今こうしてこの街で働いてるのは、君の意思で?」
「はい。でも、村へは一年に一度のマガラニカ建国祭の時は戻りますね」
お盆の帰省かな?
「ふーん、じゃあ俺が行きたいって言ったらどうしたらいい?」
「え、ユウヘイ様がですかっ?」
「うん。天国への階段とやらを見てみたい。あと、いい加減ちょっと落ち着ける場所で休みたい」
「……そうでしたか。うーん……、なら私が案内しましょう」
マジか。
俺は水先案内人を得た。
翌朝、出発する前にメルナからアドバイスを貰う。
「ユウヘイさんのそのペットなのですが……、プルサの人は見慣れぬ獣には臆病なので連れていかない方がいいかと」
アレックスを使えないと言われてしまう。
「そ、そうなの?」
「元々プルサの人は閉鎖的ですし、ここの国の人とは違うので」
と、言いつつメルナの見た目はどう見てもこっちの人なんだけどなぁ。
「アレックス? 留守番できるか?」
「……グル」
すんごい寂しそう。
流石にその顔を見たら胸が痛いが、仕方ない。
顔を撫でて、抱き寄せて別れを惜しむ。
「グル」
「すぐ戻るからなぁ」
そう言って手を離すと、尻尾をピュンピュン振っている。
宿屋の主人にはアレックスを預かって貰う為の料金を払うことにした。
俺は、小切手帳の一枚に口座番号と名義人名を書いて、金額を書き込む。
まぁ、全部技術指南書に例文を書いて貰ったんだけどな。
「え、こんなにですか!?」
「足りない?」
「いえ、足ります足ります! むしろ多いぐらい!」
「んじゃまぁ、頼みます。アレックス、良い子にしておけよー」
「グル!」
やっぱり良い子だな、お前は。直ぐに帰って来るからな。
そう言って俺とメルナはプルサへと旅立った。
※続きは8/27の12時に投稿予定です。
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