第30話 どう考えたって犯罪じゃん

 島に来てから一か月。


 屯所宛に国王から「出張費」という名目で銀貨が届いた。


 総額二十万ベスの小切手。


 一ヵ月分の出張費だと明細の羊皮紙にはある。


 でも、正直嵩張って重いし、俺には自分の島で十分生活できるしなぁ。


 この小切手をどうするか?


 換金するのも面倒だし。


「……まぁ、この島で使うとするか」


 俺は屯所から寝泊りする場所を宿屋に移すことにした。


 別に、屯所は屯所で三人くらいが寝泊まりできる場所もあり、炊事も出来るし、オスカーは自宅に帰るからなんてことはないのだが。


 そんでもって、宿屋を探した結果。


 酒場と宿屋が一緒になった「紅鯨亭」に泊まることにした。


 一階はバーで、二階が宿屋というもので、所謂サルーンというものだ。


 で、何でそんなとこに泊まることになったかというと、だ。


「あ、ユウヘイさん!! どうです、お泊りならうちで!」


「い、いやでもここって娼館じゃ……」


「まぁまぁ安くしておきますんで」


 そのまま泊まることになった。


 俺は押しには間違いなく弱い。


 そんな店の二階でも、一番良い部屋を用意して貰った。


 十五畳くらいの部屋でダブルベッドが一つ。


 荷物を置いてバルコニーへと出ると、潮風の爽やかな匂い。


 大きく伸びをすると、


「とりあえず、飯でも食べるか」


 と、外に出ようと移動し、扉に手をかけた時だ。


「あ……っ!」


「いてぇっ!!」


 開けた瞬間、人とぶつかる。


 相手の方は、メイド服を着た少女。

 明らかに十二、三といった所だ。


「だ、大丈夫か? 申し訳ない」


「い、いえ大丈夫です。こちらこそぶつかってすみません」


 健気や……。


 いつも俺に強制的な愛情を示す連中と違って、可憐さがある。


 ……ロリコンじゃないけど。


 睫毛も長く、目を大きく、鼻筋も通っていて、サラサラとした髪が印象的。


 それと、右目に付けた眼帯も。

 

 ……目が見えないとかなのだろうか?


 そんな彼女は、顔を赤らめてある物を差し出す。


「こ、これバスローブとタオルです」


「お、おぅ、ありがとう」


「わ、私の名前はメルナと言いまして、これから御主人様の面倒を見させて頂くことになりました」


「……何それ?」


 俺そんな事を頼んだ覚えないんだが?


 そう言って一階を見ると、宿主がこっちにグーサインをしてくれる。


「兄さん! 島を助けてくれたからサービスだよ!!」


 ……いや、確かに人は戻って来たからそっちは嬉しいだろうけどっ!!


 出来りゃ大人の方が……、ってそれも違うか。


 色々と思い悩んでいると、


「これから一生懸命ご奉仕致しますので宜しくお願い致します!」


 と、頭を深く下げられる。



 直角九十度オーバーくらいで。


「っても、なぁ……」


 が、宿主から言われたのだとしたら、それはそれで仕方ない。


 ここでむげに断った所で、本人にも失礼だ。


「じゃあ、とりあえず色々と面倒見て貰うかな」


「あ、ありがとうございます!!」


 目をキラキラとさせる彼女。


 正直、かなり可愛い。


 そんでもって、畑の拡張作業やら手伝って戻ってくると、部屋で食事が用意されていた。


「あ、お帰りなさいませ御主人様」


 世のメイドマニアなら垂涎の光景であろう。


 卓には貴族用食器に食事が盛られ、かなり手間をかけて作ったであろう食事の数々。


 それと、数多の酒瓶。


「これ、本当に俺の食事?」


 ローストビーフや魚介スープにサラダ、……それに、生野菜サラダ。


 生野菜サラダなんて、普通は出てこない。


 あってもキャベツの千切り山盛りみたいなやつくらいだ。


 生鮮野菜が高級なのはきちんと理由がある。


 先ず野菜は王侯貴族や商人が管理する農園から出荷される。


 それを商会が流通させる時に、生鮮品は冷蔵・冷凍魔法を使うらしいのだが、その魔法をかける為の魔法石のコストが莫大なのだという。


 なので、自然と生鮮野菜はとんでもなく高くなる。


 んでもって、土地も買うのは高いし、専用の農機具も高いので貴族くらいしか維持できない。


 しかも、野菜を栽培する為の種は貴族が種会社を経営している。


 ……まぁ、俺の技術指南書の前では無意味になるのだが。


 それと、島ごとに作っている品種が全く違う。


 理由は簡単で、ガラパゴスみたいにそれぞれの島が隔絶して長い事年月が過ぎた結果、同じ野菜でも品種が全く異なるものらしい。


 ここのキャベツ一つにしても、島によって種類が全く違う、完全な球体、平たい球体のもの、白菜みたいなやつ、まで。そういや、地球でもサボイキャベツとかいうのあるけど、どうみてもキャベツっぽくねえもんなぁ……。


 つまり、種類は豊富ではあるのだが。


 金という壁の前に、流通技術と大量生産が叶っていない、というだけで。


 そんなことをふと考えながら、サラダを食べる。


「で、この野菜はどこで?」


 メルナは給仕しながら答える。


「ダグマスタ王国のグラント商会から買いました。今日寄港されてましたので」


「……なるほど」


 結局、ここの野菜だって全部生産したら商会が買い取る商品になるわけだしなぁ。


「うーん、それもそれで非効率的なような?」


「どうかしましたか?」


「いやぁ、何とか野菜とかをもうちょっと身近な物にできないかなぁと」


「野菜がですか? ……そんな時代がくるのでしょうか?」


 メルナはちょっと疑った様子。


 ここで暮らす人間からしたら、野菜は作るものでなくて買うものだったのだから仕方ない。


 でも、家庭菜園でトマトやジャガイモの作り方は教えた。


 いずれは流通するのではないだろうか。


 そもそも、ジャガイモとかトマトってこの世界に無かった訳だしな。言うなれば俺がコロンブスになったようなものだ。


 その日の夕飯は全部平らげた。


 風呂から上がると、部屋は既にベッドメイキングされている。


「そろそろ寝るかぁ」


 俺はそう言って伸びをしてから、ベッドへと入る。


 シーツの香りが心地よい。


「おやすみ……」


 寝ようとした時だ、シュルル、と何か音がする。


「……シュルル?」


 起き上がろうとした時、目の前にメルナが馬乗りとなって現れる。


 月明かりに照らされた彼女は、スッポンポン。


「ええええっ!?」


 俺は狼狽して起き上がる。


「あ、あのすみません起こしてしまって。……驚きましたか?」


「驚くも何も、君なにしてんの!」


「い、いえその……、大事なお客様なので夜のお世話を」


「だ、大丈夫だから、そ、そういうのっ!」


 どう考えたって犯罪じゃん、こんなの。


 倫理的に許される世界であっても、俺はかつての常識を捨てたりしたくはない。


※続きは8/26の21時に投稿予定です。

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