第28話 どうした? 驚いたか?

 そうして、安全が確保されたこともあり、俺は街へと二人を連れて戻る事にした。


 が、問題はまだ一つ残っている。


 農地の方だ。


 何故、ここに野菜を植えても取れなくなったのだろうか?


 農地に行ってみるが、水は問題なくある。作物が枯れた畑は、まばらに雑草が生えているくらい。


 ここでは、多数の水車が川沿いに配置され、水を汲みあげるシステムらしい。


「うーん、何か問題があるような感じでもないが……」


 と、周囲を見渡していると、段々畑の方で人影が見える。


 森が鬱蒼と茂っている場所なのだが、あそこには茶畑がある。


「誰だろう、行ってみるか」


 その言葉に、


「それじゃあ、私は土質調査でもしておいてやろう」


 と、タンヂが言う。


「……お前に出来るのか?」


「失敬な! 鉱山技師として、土壌学もきちんとアカデミーで修了している! これでも成績は優等だったんだぞっ!!」


 ……信じるしかあるまい。


 俺はとりあえず、人影を追う事にした。


 畑から見えるからといって、直ぐにたどり着ける訳でない。


 アレックスに跨り、獣道を掻き分け進んでいくと、農道へと出たので、そこから茶畑が見えた方へと向かう。


 しばらくすると、苔の生えた石垣で組まれた段々畑が現れる。


 そんな段々畑を見ていると、フードを目深に被った者が居る。


「おい! そこの人!」


 俺がそう声をかけた途端、相手は背中を見せて消える。


「お、おい! ちょっと待って!」


 そう言って追いかけようとした時だ。


――ゴゴゴゴッ……。


 また揺れ出す。


「じ、地震!?」


 おかしい、あの百足が原因じゃなかったのか?


 俺は落石を注意しながら、元の場所に戻る事にした。


 その日、しばらくずっと揺れが続くので、街の方へと避難することにした。


 夜。


 揺れが収まった頃に、俺はタンヂ、オスカーと会議を設けていた。


「土が汚染されてる、だって?」


 タンヂの言葉に耳を疑うが、彼は手に持ったペーパーを見せて、実演してくれる。


「理由は分からないが、ここら辺一体の土は本来そこまで毒に侵されていないのだが、どうも魔法試験紙で土を診断したら、白いこの神が赤く染まった。これは土が酸で侵されている、ということだ」


 と、彼はペーパーを採取してきた土に付けると、確かに白い紙が真っ赤に染まる。


「原因は?」


「少なくとも何かが原因で土壌に酸性のものが混ざった、ということだな。それくらいしか今の自分には分からんな」


 それを聞きながら、


「そういえば、フードを被った人間を段々畑で見たんですが、そういった人の話は聞きませんか?」


 と、俺は話題を挟む。


「そういえば……、前に茶畑を管理していた男が、フードを被る不審者がこの一ヵ月前から山を行きかっている、という話は聞きましたな。物が盗られるとかの被害は無かったので、こちらも調査はしておりませんでしたが」


 オスカーの返事を聞いて、それが鍵になるんじゃないか、と思った。


「それじゃあ、朝になったなら調べてみますか」


 と、その日はお開きとなった。


 翌朝、残っている地域の住民に不審者の事を聞き込んでみたが、はっきり言って芳しい成果はない。


 俺はタンヂとペアを組み、港湾労働者、警備兵、娼婦、使用人、子供。


 様々な人に聞いてみたが、有力な情報は得られない。


「あー、こんな聞き込んでも情報がないとなぁ」


 そう言って、波止場の近くにある樽を背に、地面へ座り込む。


「成り上がりの騎士にもお手上げな案件というのがあるらしい」


「……誰だってこういう地道な仕事は苦手なもんだろうが」


 タンヂにそう反論すると、俺は改めて港を見渡す。


 埠頭からそのまま街の中心街に通ずる道があり、その両脇には商店が並んでいる。


 西部開拓時代の金鉱街というべきか。


 居酒屋、理容店、金物屋、風呂屋。


 様々な店があるのだが、その大半が閉店休業している。


「ここもつい最近までは賑やかな街だった筈だが……。人が居なくなる街とは寂しいものだな」


 タンヂはそう一人零す。


「どうしたんだ、急に?」


「いや……、私の島も鉱山を元手に生活する島だ。未来はこうなるのかと思うと、少しな」


「……なるほどね。鉱物が尽きたら、確かに人をどう留めるか、ってのは問題だな」


 俺には、閉山した炭鉱街のイメージが頭に浮かんだ。


 確かに、ああした所は活気のあった頃を思い出す建物が沢山あるが、ちょっと寂しい。


「……とりあえず、どうすっかだなぁ」


 と、立ち上がる。


 そんな時だ。


「こ、今度はすごい揺れだな」


 震度五レベルだろうか。


 今までのものとは違う、かなりの揺れだ。


 しばらくそうして揺れていたが、一分ほどもして揺れはおさまる。


「な、何なんだ一体……」


 そんな時だ。


「ば、化け物だぁ! 化け物が出たぞぉ!」


「畑の方から化け物が出たあぁ!」


 その声に、俺とタンヂは走り出す。


 畑が見える所へと出ると、昨日まで居た筈の丘陵地に穴が開き、そこから巨大な「モグラ」が現れている。


「……な、なんだあれ」


 昨日戦った百足と同じサイズくらいだろう。


 そこへ、島に駐屯する国の兵士がやってきた。

 女戦士達だ。


 その数、二百名ほど。


「ほら、どいたどいた!」


 俺とタンヂ、そして別の場所から合流したオスカーだったが、簡単に押しのけられる。


「邪魔だからあんた達、どっか行ってな!」


 そう言うと、女戦士は兜を被り、剣を持って巨大モグラに挑む。


 が、それを眺め始めてから二分。


「こ、後退っ!! 戦術的後退ぃっ!!」


「ま、待って下さいよー! 隊長!!」


 女戦士は呆気なくモグラに負けて敗走していく。


 そんな敵を蹴散らしたモグラがこちらに向かって、徐々に迫る。


「……あのねえ」


 街への侵入は防がないといかん。


 それを見て、ペンダントを使おうと思った時だ、


「おい、成り上がり騎士! モグラの頭に誰かが居るぞ!」


 と、タンヂが教える。


「え?」


 目を凝らすと、確かに誰かがその頭上に居る。


「あ、あれは……」


 フードを被った人。


 そして、そいつは降り立つと、こう叫ぶ。


「どうやらこの島には碌な戦士が居ないようだなぁ!」


 背の丈はそこまで高くないが、目付きのするどい女。


 こりゃあ……、何かありそうだ。


 巨大モグラを従えてこちらにやってくると、女は俺の前に降り立つ。


「ふっ、歯応えがない連中ばかりだ。モグラ一匹に負けるとは情けない。それと、そこの間抜け面した男」


「……俺?」


「そうだぁ、貴様だっ! そこに居るという事は、私と戦おうということなのだな?」


 え? どういうこと?


 そして俺が振り返った瞬間、背中を見せて逃亡するタンヂが居た。


「あ、あいつ……。お前っ!!! 逃げるなぁっ!!!」


「俺は鉱山技師で徴税官だ!! 戦いは専門外だぁ!!」


 やたら決闘を挑んできた癖に、何なんだお前は……。


 そうして振り返ると、彼女は剣を抜いてこちらに微笑する。


「まぁ、貴様一人を相手にした所で、計画自体が遅延するわけでもない。もう既に我が命は達成されたしな!」


「計画? 一体どういうことだ?」


「聞いたところで、これから死ぬというのに関係あるまい? ま、そうだとしても教えてやろう。……事の発端は今から二か月前だ。私は黒鉄団くろがねだんの一員として、この島の破壊工作を命じられたのだ。そして、その一環として、貴様が昨日倒した百足と今ここに居るモグラを使い、地震と土壌破壊を行った。クライアントからの依頼でな!」


「なるほど黒鉄……、って喋るんかいっ!」


 丁寧に、彼女は自らの計画を明かしてくれる。


「あの百足は暴れさせて地震を起こさせる。それに便乗して、モグラに土壌を汚染させるために酸を吐き出させる。ふふっ、完璧な破壊工作だ。これにより、首領様の命令どおり。どうだ? ここまで貴様らに気取られずこうして結果を出したのだ? 恐れ入るだろう?」


「……お前」


「どうした? 驚いたか?」


「随分手間かけて無駄なことやってなぁ。普通に爆薬使ったりして鉱山やら畑を爆破した方が早くねえか?」


 素直な俺の感想に、彼女は顔を赤くして怒鳴る。


「貴様はアホか!! それでは破壊工作とは言わないのだっ!! それは全く美しくない!! 気取られずにして、目的を達成することこそが美しい破壊工作なのだっ!!!!」

 

 じゃあ今バレてるから意味ないじゃん。


 ……こいつもアホの子か?


 というか、想像してみれば山へ毎日行ってあの百足を徴発して、モグラを操る為にまた畑まで戻るってことだろ?


 気が遠くなる作業だ、その努力は認めてやりたい。


 だが、間違った努力の方向性を正すというも必要だ。


 俺はとりあえず覚悟を決めた。


※続きは8/25の21時に投稿予定です。

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