第27話 サマーレー島

 サマーレー島は、帝国で一番農業面積が大きい。


 国内でもポワトゥーが管理していた貴族農園が生み出す一大キャベツ地帯であり、港町クレッサーを通じて出荷される。今は、王国直轄の農園らしい、が。


 その島へと技術指南書を頼りに、アレックスと俺は到着した。


 指南書によれば、島は大体淡路島と同じ面積。淡路島っていや、タマネギと肉牛の一大生産地だ。


 そんな前情報を見て、かなりの大耕作地域なのかと思ったのだが。


「……なんだこりゃ」


 耕作されてない裸の土地ばかり。畑には何も植わっていない。


 そもそも居住地に建ち並ぶ住居に比べて、人が少ない。


 これじゃどう考えたって、税金集まらねえだろ?


 そりゃ国家運営だって危機的になる。


 でもって、話を残っている住民に聞いてみると、やっぱりガルシア執政の言葉通りだ。


「急に農園じゃ野菜が枯れたらしくてねえ」


「それに、地震が酷くて落盤事故が多発するんです。みんなそれで島から出て行っちまったんだよぉ」


「お役人さんだって、三日前から屯所から消えちまって……。俺達一体どうすりゃいいんだ?」


 そんな話を聞いて、屯所へ行ってみると、確かにもぬけの殻。


 消えた手掛かりを探してみるが、見当たらない。


 だが、日誌らしきものには最後の日付でこう書かれている。


――鉱山技師がスモジュ島より到着。いけ好かない人ではあるが、彼を信じて鉱山に向かう。三番鉱山の四号路が目的地だ。帰還は明後日。


 日付は一週間前。


 ふむ、スモジュ島……。


 いけ好かない男……。


 すんげえ嫌な予感するな。


 その一抹の不安の中、俺はアレックスに跨り、住民から聞いて鉱山を目指す。


 三十分弱ほどで、その目的地に着いた。


 その鉱山の坑道前には、色々と新し気な荷物が置かれている。


「この中にでも居るのか?」


 俺はアレックスに跨ったまま、カンテラを照らして中へと入る。


 しばらく湿っぽい坑道を歩いていくと、小さな揺れを感じる。


「じ、地震か?」


「……グル」


 アレックスも、揺れには弱いらしい。

 やや首をすくめて後退りする。


「おいおい、揺れは収まったよ。大丈夫だって」


「……グ、グルル」


 なのに、アレックスは一歩も動こうとしない。


「どうした? 急に怯えちゃって」


 揺れは収まっている。


 じゃあ、一体何を怖がっているのだろうか。


 俺はアレックスの背から降りると、カンテラを持って周囲を照らす。


「ほら! 別になんてこたないよ! ただの洞窟と一緒だ」


 指南書にも、火山活動はないって書かれてたし。大丈夫だろう。


 俺は怯えるアレックスの鼻を撫でる。


「一体どうした? ええ?」


 そう言って鼻を撫でていると、風を感じる。


 何だろう、もしかしてどこかこの穴は通じているのだろうか?


 俺が振り返ってカンテラをかざしてみるが、別に何も無い。


 茶色の世界が広がっている。


 ……いや待て、茶色?


 俺は恐る恐る、カンテラを顔の方まで上げてみる。


 すると、姿を見せたのはムカデだ。


 それも、とんでもなくビッグサイズのやつ。


 あのニヨルドと同じくらいじゃ!?


――ギチギチギチ……。


 顎を揺らして、こっちを見てくる。


 アレックスはこいつの存在に気が付いて怯えていたのか。


「ったく! ついてない!」


 俺はとりあえず、今までニヨルドもアレックスにも向けて来た拳を握り込み、奴の顎にアッパーカットを入れた。


 のだが。


「……いってえええええええええええ!!!!」


 何だこいつ!?


 とんでもなく皮膚が固い!!!


 まるでフライパンを殴ったみたいなもんだ。


 しかも、ダメージが全く入ってないらしく、逆に興奮してこちらへ襲い掛かろうとしてくる。


「ったく、ついてないなぁ!」


 俺は指南書を開いて、答えを探す。


 百足、弱点、柔らいとこ、泣きどころ。


 すると、簡単な答えが一つ。


――熱に弱い。


 ……え、マジで?


 俺はとりあえず、カンテラを松明に移して百足に近づけてみる。


 すると、百足は顔をあげて、嫌がって後退りする。


「お、おいおいマジかよ」


 滅茶苦茶硬い皮膚をしている割には、熱へは弱いらしい。


 そんでもって他に弱点が無いか見てみると、


――顎の付け根


 と、ある。


 要するに、クリティカルヒット狙いで殴れってことか。


 俺はそれを見て、ジャンプすると顎の付け根を殴る。


 すると、確かに手応えはある。


―――ギチチチイ……ッ!


 百足も、頭をくねらせて悶絶するようによろめく。


 そして、しばらくしたらそのまま倒れてしまった。


「……あー、いてえ」


 と、言っても拳が滅茶苦茶痛い。


 とりあえず、倒れた百足の隙間を縫うように、俺はアレックスと奥に進む。


 すると、しばらくしたら先にボオッと光る明かりが見える。


 それは坑道に繰りぬかれて作られた小屋だ。


 中が明るいので開けてみると、人影が二つ。


「だ、大丈夫ですか?」


 そう俺が声をかけると、


「その声は……まさか……っ」


 と、こっちも聞き覚えのある声。


 カンテラの先に浮かび上がったのは、タンヂだった。


 ……やっぱり、嫌な予感は当たった。


「まさか、ここで貴様のような成り上がりの騎士に会うとはなぁ」


「……やっぱりお前かよ」


「な、なんだその態度は!?」


「そもそも、お前が鉱山技師ってこと? で、そっちはこの島の役人?」


「そうだ! 私の家は代々鉱山技師だからな! 手に職も付けている。立派な職人貴族なのだ。それで、こちらはこの島の役人をしているオスカー氏だ」


「どうも、オスカー・ヘンフリーです」


 そう握手を求められる。


 声に元気が無さそうだが、顔色は悪くない。


「それで、あの百足は一体なんです? それに、二人とも一週間よく無事でいましたね?」


 その言葉に、


「いやぁ、ちょっとしたトラブルで……」


 と、タンヂが言いかけた瞬間、


「この人が、閉山された箇所で無理やり爆薬を起爆したのが原因です」


 と、オスカーは語る。


 何でも、鉱山での落盤事故の原因を探るべく坑道の探索を開始した二人だったが、初日の昼の時に、タンヂが誤って爆薬に火をつけてしまい、それを廃路となった所に投げ込んだ所、あの百足に襲われたのだという。


 しかも、ここへ逃げ込んだ間にも、時たま大声で泣き始めたり、怒り出したりと、相手にするのが大変だったらしい。


 念のために、ということで五日分の食料・水を持ってきたお陰で何とかなっていたのが、幸いだ。


 ……完璧に、ただの人災ではあるが。

 

 それを聞いて、俺が冷たく目を細めると、タンヂは言葉を濁す。


「し、仕方あるまい!! 私とて煙草の燃え残りがまさか鉱山作業用の袋に入ると思ってなかったのだ!」


 運が悪いのか、間抜けなのか。だからお前ヘレンにタバコ臭いって嫌われるんだ。


 しかも作業袋ごと、道具一式全部なくしたんかーい。


 俺もさすがに言う事ないぞ?


「それで、あの百足は昔からいるもので?」


「いいや、あんなの見た事がない。一体なんなのか……」


 オスカーは、この島で育ってきたが、あんなの記憶には無い、という。


 どちらにせよ、あの怪物が落盤の原因なのだろうか?


「それについてですが、ここから先の地下坑道の方で、一ヵ月前に何かが爆発した途端に湧き水が大量に湧き出始めたらしくてですね。それから地震が始まったと聞いています」


「ふーん、ならそこに行ってみるか。つっても、二人は先ず一旦外に出て休んだ方が良いだろうけど」


 そうして、俺は一旦外に出ようと思ったのだが、その時だ。


「……グルルゥ」


 外に居たアレックスが怯えている。


 ま、まさか?


 俺が急いで外に出ると、再びあの百足がこちらにゆっくりと近づいて来る。


「あ、あいつだ! 何とかしろお前!」


 タンヂはそう言うと、俺の背中を押す。


「お、お前ほんとうにどうしようもねえなぁ」


 俺は内心呆れつつも、百足と向き合う。


 すると、百足の方がこちらを見るや、小さく頭を地面に付ける。


「……も、もしや?」


 俺がそう思い近づいていくと、その顎には輝くペンダント。


 や、やっぱりこれか!


「あ、ありがとな」


 そう言うと、百足はゆっくりと坑道を渡り消えて行く。


「な、なんですかそれは?」


 オスカーの質問を聞いて、


「蒼海のペンダントってやつらしい」


 と、俺は答える。


 これで二つ目。


 指南書を開いて調べてみると、


――蒼海のペンダント 土のペンダント 地割れ、地震といった被害に合わなくなる。


 と、ある。


 ……地震問題、案外早く解決したなおい。


※続きは8/24の21時に投稿予定です。

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