第23話 家族みたいなもんなんだから
スモジュ島の鉱山は七つある。
鉄鉱石を生むナビク鉱山、ケルナ鉱山。
褐炭・瀝青炭を生むニモテ炭鉱。
金・銀・銅・亜鉛を生むゲイル鉱山、バフト鉱山。
硫黄・石灰石を生むギュリ鉱山。
水晶を生むプドン鉱山。
その豊富さは国内でも上位に位置する。
その内のナビク、ニモテ、バフトはタンヂの実家が所有するもの。
元々貴族ではなく、鉱山技師から身を起こしてきた一族で、先々代の時にその功績を称えられて貴族に列せられているらしい。それで、代々鉱山技師としても活躍しているのだとか。
要するに、あの成金趣味っぽい恰好は、彼の出自が故。
と、そんな情報を技術指南書や島民から集め、彼の居場所が分かった。
ナビク鉱山の麓にあるカルヤンテ城。
高さ三メートルはあるだろう城壁に囲まれた、攻めるには難しそうな城だ。
警備もとんでもなく厳重のようで、ライフル兵、サーベル騎兵、弩兵と、ありとあらゆる兵種が居る。
「ダーリン、本当にあそこへ行くつもりなの?」
「行かなきゃならないだろ。ヘレンがあそこに居るってことなんだろ?」
「でもダーリン。あれを突破するにしたって、どうするの?」
「幾らこの拳一つでも、大勢相手にするのは不利だしなぁ……。こういう時の打開策は、技術指南書に載ってねえのかな?」
夜間潜入、スパイ、バレないで屋内に入る方法。
そう調べてみるが、ヒットする感じはない。
何か情報は無いか、と調べていると、アリスから提案があった。
「ダーリン、私が何とかしようか?」
「え?」
「一応、戦士アカデミーでこういう時どうするか、学んでるから任せて!」
任せて大丈夫かどうか分からんが、こうして俺はアリスに潜入を任せることにした。
それから俺とアリスは宿に泊まって作戦を練る事にする。
城の内部なんてものは分からないので、作戦は簡単。
ヘレンを見つけて一緒に脱出する。
要するに、問題が起きた時の解決方法は、その時その時で何とかしよう、というシンプル過ぎる(脳筋)作戦。
そして夕飯時、宿の食堂で出されたのは酢キャベツとソーセージにパン。
ここいらだとこれが一番ポピュラーらしい。
それを食べていると、アリスがこう切り出す。
「ねえダーリンさ」
「ん?」
「もし、今回ヘレンじゃなくて、私だったらこうやって助けに来てくれた?」
ちょっとその質問を聞いて、俺は酢キャベツを咽かけた。
「きゅ、急になんだよ」
「いや、ヘレンはそういう意味じゃ羨ましいなぁ、って」
彼女はちょっと憂鬱そうな顔をして、皿を見ている。
……普段はあれだけ明るいのだが、色々と自分の感情を隠している面もあるのだろう。
なので、俺はアリスの頭を軽く叩く。
「イタッ! な、なにダーリン?」
「馬鹿ぁっ」
俺は彼女の目を見る。
「一緒に暮らしてるんだから助けるに決まってんだろ。アレックスが攫われようとも、同じようにするさ。家族みたいなもんだし。それに、一度種撒いた畑に大雨が来ようが、高潮が来ようが、何とかしようと頑張るぞ。俺は少なくともそうする」
そう言うと、ソーセージを一本アリスの皿に乗せる。
「これ美味いから、お前食べろよ」
おかずは減るが、それはどうこうの問題ではなかった。
すると、彼女はちょっとご機嫌そうにソーセージを口に含む。
「そうよね! ダーリン、優しいもんね!」
その時笑顔を見せたアリスは、可愛いなぁとは思った。
深夜。
城を囲う水堀の前にやってきた。
「……で、これなんだアリス?」
「何って、隠密戦用の恰好だけど?」
どこからどう見ても忍者やん。
黒い頭巾、同じ色の長袖長ズボン。
「……やっぱり忍者だよなぁ?」
「それじゃ、ダーリン行ってみよう」
彼女に従い、そのまま掘へと入ると、ある物を渡される。
「これを城壁の石と石の隙間にかけて、登るの」
鉤爪だ。
確かに、これは便利でスイスイと登れる。
「へえ、ダーリン上手だね」
「まぁ、そうみたいだな」
互いに小声で、三メートルする城壁を慣れた調子で進む。
松明を避けるようにして進み、登り切ると、顔を覗かして人が居ないのを確認する。
「……大丈夫そうね」
アリスがそう言って乗り込んだので、俺も続いて乗り込む。
城内は静かだ。
昼間居た大勢いた警備兵は一体どこに?
そんな事を疑問に感じていたが、アリスはある方向を指差す。
「ダーリン、あっちが牢屋だって」
「え?」
見ると、松明に照らされた看板が一つ。
――ここから先 牢屋
……明らかに罠じゃね?
と、思ったのだが駆け出すアリス。
「お、おい! 待てよ!」
そう言って止めようと追いかけた時だ、
「「うわあっ!!」」
と、互いに袋罠にかかった。
「いやいや! お見事なものだなぁ!!」
聞き慣れた声と共に、周囲が一気に明るくなる。
「予想通り、やってきたな。島民君、とそのオマケの女」
「……あぁ、どうも」
「私はオマケの女じゃなくてソウファのアリス・ギリネーよ!! あと、奥さんよ!!」
光の差す方から、相変わらず派手な軍服で出てくるタンヂ。
正直とんでもなく死にたい屈辱的な気分だ。
「まぁわざわざここまで来てくれた君には、きちんと招待を受けて貰いたいのだ。どうぞ、中へ。あ、それと君が強いのは承知しているが、下手に動こうものなら、徴税官特権を使い、ソウファ島はどうとでもできると言っておこう。徴税官特権は、王の勅許と同じ。つまり逆らえば王に逆らうということだ」
そう言われ、俺とアリスは抵抗するのを止め、呆気なく拘束された。
アリスは別の場所へと連行され、俺は一人縄でほどかれた。
そして、招待されたのは応接間兼食堂という感じの場所だ。
椅子に座らされ、タンヂの方はと護衛を外に出るように命じると、グラスにブランデーを注いで飲み始める。
「全く!! 君には色々と手を焼かせて貰っているようだね」
「?? どういう事だ?」
「どういう事? ……君のそういった自覚が無い所が、全く持って無礼で無教養、かつ粗忽な人間であることを知るには十分だ」
やっぱこいつの煽り、俺は嫌いだ。
だが、暫くして、彼は真面目な話をし出した。
「考えてみたまえ。君にとってこの世界の仕来りや秩序はどうだって良いらしい。だがな、私のような人間や、またヘレンは違うのだよ。仕える者、組織、仕事というものがある。それを君は軽々と飛び越えて、今や王の臣下になったらしいじゃないか。……そういうのを見させられると、私の努力はなんなのかと思い知らされる」
「……」
彼は彼なりに苦悩はしているようだ。
そんでもって、話は本題に入る。
「悪いが、君のような男にヘレンは渡せない」
「いや、返して貰わねばならない」
「……それが出来れば、こんなところにわざわざ引き留めては置かないさ。少なくとも、ポワトゥー執政は決して君らを許しはしないだろう」
「ポワトゥー執政が?」
そう俺が眉を顰めて返すと、タンヂは嘆息する。
「だから君は分かってないのだ、この国の仕組みについて」
彼はそう言うと、饒舌に語り出す。
元々ポワトゥー執政はポワトゥー商会という所の商人。
今のチェザーレ王の先代であるアンドレア王・ミレーナ王妃に取り込み、多くの勅許を貰い、船舶、荷馬車、売春宿、鉱山、農業・漁業・林業といった国家の主要な税源となる産業を支配していった。
そんでもって、アンドレアの死に際の遺言に、自分が執政として任命されるようになったらしい。
貴族達の中でも、そんなポワトゥーのやり方に理性的に反発する者は多かったのだが、次第にその資金力と政治力に屈して、何も言えなくなっていったのだという。
結局、今はその力により、チェザーレ王も彼の言う事に逆らえず、かつての父やその先代達の栄光を夢見て、探検隊なるものを編成して王威を取り戻そうと躍起になっているらしい。
要するに、このロンストン海上商業王国というのは、ポワトゥー執政の国なのだ。
「分かっただろう? 私の命令とは、国王ではなくポワトゥー執政の命令なのだよ。そこんとこ、君のような無知で粗野な人間でも、今の話を聞けば理解できるだろう?」
……それくらい分かるわボケ。
いうならば、経済団体がそのまま政治にも力持っているってことだろう?
それを聞くと、チェザーレ王だけでなく、クララも結構しんどい立場にあるのだろうな、と思わなくもなかった。
「それじゃ、クララ王女はどうなるんだ?」
そう俺はふと思った疑問を口にすると、彼は笑い出す。
「ハッハッハッ!! 君はクララ王女とまで面識を持つに至ったか。この私が、今でも顔を見た事ないというあの王女と!? こいつぁ滑稽だな」
そう笑い終えると、彼はやるせなさそうな顔をする。
「彼女は次期ポワトゥー執政の元に嫁ぐだろう。ポワトゥー執政は、自らの出自に劣等感を持っているからな。それを企んでずっと彼女に取り入ろうと頑張っているらしい」
想像したらちょっと吐き気がする。
五十過ぎのおっさんが十六そこらの女を嫁に……。
いや、それは世の中年おっさんの夢かもしれないけど。
※続きは8/23の12時に投稿予定です。
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