第11話 少女Bー07話
「姉様まで着いてこなくてもよかったのに。護衛もいるし、私一人でも平気だって」
「そうはいかないわよ。また母様を泣かせるつもり?」
「父様と母様が遊びに行ってもいいって言ってくれたんじゃん。素直になりなよねぇ、まったく」
「ど、どういう意味よ!」
「さあね」
駕籠に揺られて、北闇の国に向かっている時、姉様とそんな話しをしていたの。
姉様は、ナオトと喧嘩してから全部の縁談を断った。わかりやすくて、私も父様も、そして母様も、皆が笑っていたけど、姉様だけは必死に気持ちを隠しているみたい。
ただ、姉様の性格は人に嫌われやすいし、多分すぐには治せないと思うの。お先真っ暗な恋をしているってわけ。
でもね、その喧嘩のおかげで、姉様の意外な一面を知れた。
姉様に言い寄ってくる男の子は、ほとんどがお金目当ての最低な奴ばかりだった。口から出てくる言葉は本心ではない褒め言葉ばかり。「綺麗ですね」、「お美しい」、「立派な女性だ」、「天野家の鏡ですよ」。似たような言葉は、ウンザリするくらい聞いてきた。
姉様は慣れている。むしろ、父様や母様の顔に泥を塗らないように、それくらい言える男じゃないとダメだって強気でいた。
だけど、ナオトだけは違った。敬語は使わないし、しかも面と向かって「大嫌いだ」って言われちゃった。姉様の心に火をつけたのは、まさにその言葉。
人に嫌いって言われて、その人を好きなっちゃうなんて。姉様は、心のどこかで、本当の自分を見てくれる人を探していたのかもしれない。
鞄の中に入っている封筒の束を手の平に感じながら、小窓から外の景色を眺める姉様の横顔に微笑んだ。
「私は応援するよ」
「さっきから、なんなのよ」
「優しい兄様が欲しいなって思ってたところなの。理想はナオトかなぁ」
「あ、あいつのどこが良いのよ! 口は悪いし、礼儀も知らないし、それにっ……」
「なあに?」
「よ、弱い……じゃない……」
「そんなこと思ってないくせに。身体中に怪我をしてでも助けてくれたじゃん。ナオトは弱くないよ。絶対に今よりももっと強くなる」
なんだか、そんな気がするの。
北闇に着いて、先ず始めにタモン様に挨拶へ行った。急な訪問で驚いていたけど、「ナオトにちゃんとお礼が言いたい」って伝えると、すぐに伝令隊の人を呼んでくれた。
会うのは数ヶ月ぶり。落ち着きのない姉様ほどではないけれど、少しだけ緊張する。
伝令隊の人を待っていると、先にやって来たのは別の人だった。
「あー! 王家のじっちゃん!」
まさか、こんなところでオウガ様に会うなんて。
「これはこれは、月夜の姫君たちではないか。カケハシ殿が見当たらないが、他へ挨拶回りに出向いておるのか?」
「ううん、姉様と二人で遊びに来たの。ね、姉様」
すると、姉様は余所行きモードに変身した。この二重人格だけは、尊敬しちゃう。
「オウガ様、お久しぶりでございます。先日、届けに参りました陶器はお気に召しましたでしょうか?」
「なかなかの代物であった。自室の棚に飾らせてもらったよ」
「今後とも変わらぬご贔屓のほど、何卒よろしくお願いいたします」
タモン様は、姉様を感心するような目で見ていた。
ナオトが来るまでの間、タモン様とオウガ様は大切な話しをし始めた。難しすぎてよくわからないけど、姉様には理解できるみたい。知らぬ顔をしながら、目を細くして黙って聞いている。
「して、噂の二人は、今日は北闇におるのか? 特に、走流野家の息子には興味があるのだが」
「月夜のご息女も、走流野ナオトに用があっておいでになったので、もうしばらくお待ちください」
「友達なのか?」
オウガ様が私たちに向いた。答えたのは姉様だ。
「命を救っていただいたのです。改めて、そのお礼に参りました」
「ほお。下級歩兵隊にして、二度も救ったか。見事な戦果をあげたものだ。タモンよ、その子を上級試験に参加させよ。大物になるかもしれん」
「まだ時期尚早かと。なにせ、実力はあっても、精神的な面に問題があります」
「ふむ……。私が話してみるとしよう」
それから、しばらくして、ナオトがやって来た。隣にはあの子がいる。確か、名前はユズキだったかな。
なにを勘違いしているんだか、姉様はユズキを物凄い目つきで睨んでいた。
「同じ班の子なんだから、仕方ないでしょ」
小さな声でそう言うと、これまた小さな音で舌打ちをする姉様。
二人が来て、また難しい話しをし始めた。待つ立場って、色んな立場があるみたい。疲れちゃった。
オウガ様が帰って、私と姉様はしばらく部屋で待った。姉様はというと、すごく怒っている。
「どうなってるのよ、まったく」
「任務の話しだったし、いいじゃん」
「その任務が問題なのよ。ウイヒメ、さっきの話の意味わかってないでしょう?」
「だって、難しいんだもん」
「オウガ様は、今後ナオトが闇影隊として使えるかどうか、見定める気でいるのよ」
「どうやって?」
「私たちには想像もつかない、化け物退治を依頼したの。きっと、前よりも大怪我をすることになるわ。……いえ、それで済めばマシな方かしら。生きて帰って来られるか、それすら私には予想できない」
姉様は不安そうな顔をして、下唇を噛んだ。
居ても立ってもいられなくなって、自分たちでナオトの後ろに着いていった。ここで姉様はまた悪い性格がでてしまった。ナオトの家を出てから、北闇の当主様の家にお邪魔してすぐ、枕に顔を押し当てながら後悔の叫びをぶつけていた。
「なんで嫌味ばっか言うかなぁ」
「なんで私の口はこうも下品なのかしら」
「なんでに対して、なんでで返さないでよね。父様に連絡は?」
「もうお願いしたわ」
大きなため息をついて、姉様は着物を乱暴に脱いだ。こんなこと、今までに一度だってなかった。
「ど、どうしたの?」
「あなたを捜しに森に入った時、ナオトに会って、着物が邪魔だって怒られたのよ。今になってわかるなんて……。重いし、暑いし、邪魔だわ!」
「八つ当たりじゃん。着物のせいじゃないよ。一度でいいから素直になりなよ」
「その一度を、いつ見せればいいのよ」
「見送りに行くとかさ。私はお留守番しているから、行ってきたらいいじゃん」
「いつ任務に出向くかもわからないじゃない」
「わかるよ。だって大人数で退治に行くんだから、外が騒がしくなったら、それが合図だよ」
合図はすぐにやって来た。どこからか、「伝令!」って大きな声が何度も聞こえてくる。
姉様はいつもよりも綺麗に着物を着こなした。それから髪を整えて、「行ってくるわ」と真っ直ぐな姿勢で部屋を出て行った。
私は窓から外を眺めていた。空に向かって祈るように両手を握り、ナオトが生きて帰ってきますようにってお願いをした。
願いは叶ったけど、複雑な形で叶ってしまった。
ナオトは今、病院のベッドで眠っている。前よりも酷い怪我をしていて、生きているのが不思議なくらい。
泣いている私と違って、姉様は涙を流すまいと堪えていた。
「痛いのはナオトなの。だから、泣いちゃダメよ」
「うんっ……」
姉様が着いて来てくれて本当に良かった。私一人じゃ、きっと――。
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