第一章・第一部・逸話
第10話 少女Aー05話
「んで、どうだった?」
「
月夜の国から帰国して、同居人にそう報告した。
人の第一印象など当てにはならないが、あいつに限っては、おそらく受けた印象のままだろう。
「ねえ、ユズキ。しょうりぞうとうって何?」
同居人の青空イツキが、ベッドに寝転がりながらそう問うてきた。
「簡単に説明するとこうだ。表向きは優しそうな人に見えるけど、裏の顔は意地悪なやつ。あいつは、心の底では何を考えているかわからん」
「ふーん。それが走流野ナオト?」
「ああ。でもこれは、余所行きの顔の場合に限る。普段のあいつは、無意識に先読みをするような、実は賢い奴だ。もとが臆病な性格だったせいだろう。逃げ道を探していたのが、いつの間にか解決策を探すようになった。残念な事に、北闇の人間の大半が気づいていないようだがな」
宝の持ち腐れもいいところだ。
上半身を起こして、イツキは天井を仰ぎながら言葉を返した。
「ユズキも意地悪だよ。だって、隠れて見てたんでしょ? ナオトと二種の戦闘をさ。ツキヒメの後を追っていたら……ってのはわかったけど、助けてあげればよかったのに」
「最後には助けた」
「それは、青島隊長がナオトを捜索しているところに出くわしたからじゃん。なんですぐに助けなかったの? 言霊があるから?」
「それは関係ない。せっかく他者と関わりをもったのに、それを邪魔したくなかったからだ。人は時に、極限状態にならなければ発揮できない力が奥底に眠っているものだ」
だからといって、危うく見殺しにするところであった。
いくらナオトのためだとはいえ、少々やりすぎたと反省している。
というのも、僕は焦っているのだ。正体不明の、あの男と出会った時から、警戒心が頂点に達したまま下がろうとしてくれない。
不安要素が二つあるからだ。一つは、僕とナオトの繋がりだ。僕たちの共通点といえば、体質と友達関係しかない。この繋がりに、あの男はなにを感じたのだろうか。もしくは、僕たちが知らない何かを隠しているか、だ。
二つ目は、ナオトの性格だ。これが一番の悩みの種だ。
あいつは今、まさに壊れかけている。自分の殻に閉じこもり、前髪を伸ばして、世間と境界線を引きながら過ごしている。その境界線の上に、己の家族が立たされている状態だ。なにが引き金になってもおかしくはない。このままでは、向こう側に押しやってしまうだろう。
仮に、家族との間に溝が生まれたとしよう。僕があの男の立場なら、そこを狙って、再び目の前に現れる。そして、弱った者の前に、その者が欲している餌を撒くだろう。
そうすれば、あの男の思惑通り、ナオトが手に入る。このシナリオだけは、どうにかしてでも避けなければならない。
だから、ナオトには強くなってほしいのだ。もっと人と関わりをもって、強固な精神力を養わせたい。
「僕の行動は横に置いておくとして、ツキヒメはともかく、妹のウイヒメはナオトにとって良い影響を与えてくれた。ウイヒメを見るあいつの目は、今までにないくらい優しい目をしていた」
「それは良いことだね。俺もナオトに会ってみたいな」
「友達を作る気になったのか?」
「うん。ユズキが友達に選んだ子なら、俺も友達になりたい。それで仲良くなったら、協力してあげたいんだ」
「なにをだ?」
「ナオトの家族捜し。いつかきっと、追い求めると思うから。俺みたいに、ね」
「そうだな……。だけど、いつ本当の自分を見せてくれるかはわからんぞ?」
「ユズキも時間がかかったの?」
「いや、僕の場合はそうではなかった。なんだか、あいつとは以前から知り合いのような気がするんだ。向こうも同じ感覚らしい。そのおかげで打ち解けるのは早かった」
「まあ、そこら辺は自分でどうにかするよ。それはともかく、ユズキもいつか打ち明けなきゃね。入隊したんだし、いつまでも隠し通せるものじゃないよ?」
「……わかっている」
人の爪ではない、獣の爪が生えた指先を手入れする僕に、イツキはそう言ってまた横になった。
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