第5話 月夜の国

 北闇を出て、山中を西へ歩いていると、小川の水上に反射した太陽の光が俺の横顔を照らした。

 本物だ――、と思わず歩み寄って、水を手にすくい、また川へ戻した。

 川を流れる水が数週間前よりも温く感じるのは、冬をすっ飛ばして春が訪れたからだろう。


 鏡のように俺の顔を映し出す川の水面。以前よりも表情が明るくなったように見える。きっと、父さんとの修行でそれなりの成果が得られたからだ。嬉しくて、口元がクッと弧を描いた。すると、水面に人の姿が映り込んだ。そいつは俺の背後に立っている。



「出発して早々、隊列を乱すとは、ナオトは相変わらず気が緩んでいるらしい。春に釣られている場合じゃないぞ」



 この毒舌も懐かしい。



「ユズキ、久しぶり」

「ずっと隣を歩いていたんだがな。今になって挨拶されるとは。……久しぶり。元気そうで安心した」



 立ち上がって、無意識に、彼女の顔の近くまで自分の顔を寄せていた。なんの表情も見せない、いつも通りのユズキ。黄金の瞳が綺麗で、白い髪がより際立たせている。



「うん、ユズキだ」

「僕じゃなきゃ誰なんだ。そういえば、タモンから伝言を預かっている。今回の任務では、精鋭部隊の護衛はつかないそうだ。王家に呼び出されたとかなんとか愚痴っていた」



 至近距離での会話に、二歩ほど後ろに下がった。全く気にしないところもユズキらしくて、普段の日常に戻ってきたのだと実感する。



「それじゃあ、俺たちでなんとかしなきゃな。っていうか、ユズキってタモン様をどう思ってるんだ? 前もそうだけど、なんていうか……」

「態度か?」

「うん。物凄く偉そう」

「当たり前だ。僕はあいつに尊敬も忠誠心もなにも抱いていないのだからな。玄帝だかなんだか知らんが、僕には関係のないことだ」



 言いながら、隊列の方に歩いて行くユズキ。それ以上なにも聞かずに後に続いた。


 俺とユズキは後方を歩いていた。今日は隊員が多いからだろうか。いつもよりも隊列に近寄りづらい。


 今日の朝、修行を終えた俺はすぐに任務に就いた。青島班ともう一班で向かうのは、北闇の西にある小国だ。そこでは、北闇の技術を受けて大木で壁を建設し直しているらしく、その手伝いをするのだ。

 とはいっても、主に手伝うのはもう一班の方で、青島班には別の任務がある。良家の子女のお相手だ。



「月夜の国のお嬢様って、どんな子なんだろう。青島班全員で相手ってさ……」

「姉妹なんだと。一人に対して二人でってことじゃないか?」

「そんなに必要ないと思うけど。特別な理由でもあるのかな」

「さっき、前の方で話しているのを小耳にしたんだが、攻略が難しいとかなんとか言っていた。大木を相手にする方がマシだな。僕はすでに気が滅入っている」

「話したくないだけだろ」

「なぜそう思うんだ?」

「決まった人としか会話をしないからだ。訓練校に通ってた頃からそうじゃん」



 そんなことを話しながら、前を歩く隊列を目で追った。その中にはヒロトの姿がある。


 もう一班とは、ヒロトが配属された赤坂班のことで、初めて一緒に任務をするのだ。でも、ヒロトは俺の隣を歩いていない。ヒロトの隣にいるには、混血者の子だ。



「ヤキモチか?」



 ユズキが俺の顔を覗き込む。



「違う。ただ、違和感があるだけだよ」

「まあ、確かにそうだな。いつもなら、お前の隣を歩く僕に文句の一つくらい言いに来ているところだが、妙に大人しい」

「ヒロトは混血者と喧嘩ばかりだったけど、別に仲が悪いわけじゃないから」

「ああ、そういうことか。お前はもう馬鹿にされていない証拠だな。じゃなきゃ、ヒロトがあんなに心を許すはずがない」



 周りと会話しながらも、全員が違う場所に視線を向けて歩みを進めている。赤坂班は優秀な人材が揃っているみたいだ。



「そういえば……」



 言いながら、歩みを止めるユズキ。



「月夜の国に到着する前に聞いておきたい。修行はどうだったんだ? たった二週間で成果は得られたのか?」



 背中に投げられた声に、くるりと方向転換した。ユズキの手を引いて歩道を外れ、隊列から身を隠す。


 わざわざ隠れる必要はないのだけれど、最初に披露するのは彼女だと決めていたのだ。


 その前に、父さんから説明された走流野家について話した。能力については、ユズキはやはり知っていたようだ。初耳だったのは、「薄紫色の瞳を持つ者は必ず命を狙われる」ということだけであった。そこで、思い返すは重度のことだ。


 父さんの話しを聞いてからというもの、老人に化けていたあいつの言葉には疑問が残る。

 奴は、「可能性が二つ」と言った。


 瞳が関係しているとしたら、狙っているのは一度誘拐されているヒロトと、双子である俺だ。

 しかし――。



「あいつは、なぜ初めからそうしなかったんだ?」



 ユズキの言う通りだ。


 あんな手の込んだことなどせずに、隙を窺って狙いに来れば済む話し。そうじゃなくても、他の者が幻覚にかかっている間に成し遂げることだって出来たはず。だが、奴はそうしなかった。つまり、今回の狙いは瞳ではない。


 狙われたのは、俺とユズキだ。ユズキの瞳は黄金色である。

 とはいえ、ここで悩んでも仕方がない。とりあえず、修行の成果を披露することにした。


 ユズキに少し下がってもらい、深く呼吸をする。まずは第一段階、エネルギーの集中だ。

 木の幹に右手を伸ばした。拳を握って、自己暗示をかける。単純なもので、「岩のように硬くなれ」と、そんな感じだ。すると、拳にエネルギーが集中し、手の甲に血管が浮き出るほど硬い物となった。


 次に、第二段階。念を送る。イメージするのはマッチの火だ。火傷するほどに熱いが、殺傷能力はなく、軽傷で済む程度のもの。想像すると、拳が熱を帯びていく。


 最後に、第三段階。言霊を与える。



えん衝撃砲しょうげきほう



 唱えながら、木の幹に優しく拳を当てた。あまり音を立てたくなかったからだ。前方にいる隊に気づかれてしまう。

 拳を離すと、陥没した幹があって、その中心に焦げた後がくっきりと残っていた。火を纏った空気砲が直撃したのだ。


 手の平で撫でるように触りながら、ユズキがこちらに振り向く。



「今のは僕にわかりやすくやってくれたのか?」

「うん。実際には、一連の流れは一瞬だ」

「これが言霊の力……。混血者も全く同じ技ができるのか?」

「俺と同じ性質を持っている人なら。父さんが言うには、言霊の力は自然の力なんだって。この世界に存在する自然なら、風とか水とか、なんでも力になるんだ。でも、誰にどの力があるかは修行してみなきゃわからないってさ」

「場合によっては、一国を破壊しかねない恐ろしい力を発揮する代物だな」

「触れたことのない物をイメージしても、それは言霊には影響しないらしいから、そうとも限らないかも。それに、例え驚異的な自然に触れたとしても、身体が壊れる可能性の方が高い。力加減やイメージする物を間違えてしまったら、自殺行為になるんだ」



 俺の性質は〝火〟だ。火に関する物で、自分が触れたことがあり、それがどの程度の威力を発揮するかを知っておく必要がある。それを無視するとどうなるか、父さんは身をもって証明してくれた。

 父さんの力は〝水〟だ。しかも、それを氷に変えることもできる。熟練した技に驚いたのも束の間、加減を無視した結果、父さんの腕は危うく凍傷するところであった。俺は、火から炎に段階を上げるところまでは出来るが、父さんみたいに、自身の身体を傷つけるほどの威力はない。


 それともう一つ。言霊には運が良い物と悪い物がある。


 何事もなかったかのように隊列の後方に戻って、月夜の国に向かいながら話を続けた。



「ナオトの場合は、良い方なのか?」

「俺の性質は火だから、直にダメージを受けやすい。父さんみたいに水ならいいんだけど、火は自分自身の身体も同じくらい熱を感じるから、外見に火傷を負ってなくても、俺は痛いし熱い」

「つまりは、運が悪い方を引いわけか」



 哀れむような視線をくれたユズキに、苦笑いを返したのは、ちょうど月夜の国に到着した時だった。


 門の入り口付近に立っている女性がこちらに気づくと、深くお辞儀をし、依頼人のもとまで案内をしてくれた。


 北闇に比べると面積は半分ほどだろうか。これで小国になるのかと驚いたのも束の間、案内された場所を見て更に驚愕する。

 お嬢様と呼ぶくらいだから、お金持ちからの依頼だとわかっていたが、想像を遙かに超えた豪邸に後ずさりしてしまう。

 丁寧に剪定されて丸くなった木々の列が家を囲み、玄関までの道は磨き上げたかのごとく綺麗な石が両端に並んでいる。広い庭には盆栽があったり、本部と同じような池まである。極めつけは木の香りだ。まだ家の中に足を踏み入れていないのに、玄関の向こう側から、木のとても良い匂いがしてくるではないか。


 馬鹿でもわかる。金持ちなんてレベルじゃない。超のつく金持ちの家だ。



「中へお入りください。当主様がお待ちになられております」



 玄関に入ると、天井が映るまでに掃除されている廊下があった。思わず自分の靴下の裏を確認してしまう。それから視界に入ったのは高級そうな壺だ。手を後ろで組んで、なににも触れないように慎重に歩いた。


 一室に通されると、座布団の上で胡座をかきながら座る男性の姿があった。隊長を前列に、俺たちは後ろに腰を下ろす。依頼人と隊長の会話は、自己紹介と任務内容の確認から始まった。



「北闇の国から参りました、青島班隊長の青島ゲンイチロウと申します。こちらは、赤坂班を率いる、赤坂キョウスケです。壁の建設を担当する班です」

「依頼した天野カケハシだ。思っていたより人数が少ないな」

「実は、つい二週間ほど前、北闇は賊の襲撃を受けたばかりでございます。犯人確保に人員を割くも膠着状態にあり、あいにく人手を切らしている状況にあります。勝手を申し上げますが、どうか事情をお汲み取りください」



 鼻で息を漏らし、眉間にしわを寄せるカケハシ。無言で頷くも納得はしていなさそうだ。



「壁の建設は完成間近だ。人数は足りるだろう。ただ心配なのは、この中の誰が娘たちを護衛してくれるか、だ」

「護衛……ですか」



 青島隊長と赤坂隊長が顔を見合わせる。

 そのことについて尋ねたのは赤坂隊長だった。



「失礼ですが、こちらの認識としましては、遊び相手だと受け取っています。ですが、護衛となると話は変わります。ご息女は何者かに命を狙われているのですか?」



 言い終えたのと同時に、背後から物凄い勢いで襖を開ける音が鳴った。何事かと振り返ると、全身で息をして、着崩れてしまった着物から肩を覗かせている女の子の姿がある。

 俺たちに挨拶をするわけでもなく、長く黒い髪を揺らしながら一直線にカケハシのもとへ歩みを寄せる。その歩き方からは怒りが伝わってきた。



「父上!」



 どうやら、護衛対象の一人らしい。横一直線に切られた前髪が印象的である。



「お帰り、ツキヒメ」



 娘を目にすると、カケハシの表情が柔らかくなった。「パパと呼びなさいと、言ってるだろう?」なんて、こちらが恥ずかしくなるような激愛ぶりを見せつけてくる。

 隊長二人は事情を察したような顔だ。



「天野家の大黒柱をパパなんて呼べると思う? そんなことより、あの縁談はなに!?あんな貧乏人、こっちからお断りよ!」

「天野家と同等の家はそうないんだ。それに、別にいいじゃないか。お前が嫁に行くのではなく、こちらが婿にもらう相手を探しているのだから、問題はなかろう?」

「品がないわ」



 どの口が言っているのだろうか。



「まあ、落ち着きなさい。そんなことより、北闇の国から闇影隊の方々が来てくれた。後方にいる子たちの中から二人、護衛の者を選びなさい。壁の建設が終わるまで、パパは忙しくなるからな」



 あからさまに〝面倒だ〟と言わんばかりの表情を浮かべるツキヒメは、迷うことなく一人目を指さした。



「そこのお前、名乗りなさい」

「走流野ヒロト」



 金髪で目立つからだろうか。指名されたヒロトの眉間はひくひくと動いている。


 彼女の態度を見て、全員が一斉に目を背けた。攻略が難しいとの意味を理解した俺もまた同様である。しかし、そうはさせまいと、ツキヒメではなくヒロトが俺を指名してきた。



「もう一人は俺の弟にしてくれねぇか? 護衛するなら身内同士の方がやりやすい」

「別に誰だって構わないわ。弟、立ちなさい」



 重い腰を上げた俺は、即座に名乗って、それからヒロトを睨みつけた。ヒロトはというと、してやったりとほくそ笑んでいる。



「あなたたち、双子なのね。それにしても、弟。あなたの前髪はどうにかならないの? ほとんど目が隠れていて不気味だわ。兄を見習いなさい」



 皆の前で言われた恥ずかしさから、一気に顔が熱くなるのを感じた。くすくすと嘲笑う声に、耳まで熱を帯びていく。ユズキに裾を引っ張られて、ようやく腰を下ろすことが出来た。


 こうして役割分担が決まったところで、俺とヒロト以外の者は案内人に着いていった。ヒロトはツキヒメの護衛に付き、彼女が部屋を出たのを見て追いかけていった。部屋に残ったのは、青島隊長と俺とカケハシだ。

 カケハシが俺に向いた。



「先程のツキヒメの無礼、どうか許してくれ。決して甘やかして育てたわけではないのだが、少々口が悪いのだ」

「少々……ですか」



 ぽろりと漏れたツッコミに、青島隊長が大きな咳払いをする。ソレを見てカケハシが笑った。



「私の娘が悪いのだ、構わん。ただ、ナオト君。君に任せたいもう一人の娘のことなんだが、あの子はツキヒメよりも手を焼くかもしれん」

「どういう意味でしょうか」

「ツキヒメの妹で、名をウイヒメという。ウイヒメは、三種の恐ろしさも知らずに親の目を盗んでは外に出ているのだ。今日は、私の妻は王家に出向いているし、私は君たちの接待と壁の建設作業にあたる予定があった。だから、すでに外に出ているはずだ」

「いつ頃戻られるんですか?」

「戻ってくる時間帯は問題ではない。ウイヒメが外へ出る時間帯に決まりがないのが問題なのだ」



 青島隊長の目尻が上がり、いつもよりも引き締まった表情となる。



「夜間の外出もあり得るということですね?」

「青島さんの仰るとおり……。まるで空気のように、誰に気づかれることもなく家を出て行くのだ」

「わかりました。ウイヒメ様の特徴を教えてください。すぐに捜索にあたります」



 こうして、ウイヒメの情報を得た俺は、青島隊長と一緒に門まで行った。外へ出ようとすると、青島隊長は俺を呼び止めた。



「ナオトよ、待つのだ」

「はい」

「本当に一人で行くのか?」

「これは俺が受けた任務です。必ず遂行してみせます」

「セメルから言霊を習得させたと聞いた。だから、信用していないわけではない。だが、決して無茶はするな。愛する部下を喪いたくないからな。いいな?」

「了解です」



 こうして、青島隊長と別れて、俺はウイヒメの捜索にあたった。


 カケハシから得た情報はこうだ。ウイヒメの年齢は八歳。髪型は短く、常に半袖と半ズボンを着ている。人一倍に強い好奇心の持ち主で、行動範囲は予測不可能。しかし、朝方に帰宅することが多々あるにも関わらず、三種に襲われた経験は一度もない。本人に尋ねると、「見たことはない」と言っていたらしい。


 門に向かっている時、青島隊長はこう推測し、俺に追加の任務を言い渡した。「彼女しか知らない、身を隠せる場所があるのかもしれない。その場所を見つけ、地形や様子を記憶し、報告すること」、と。


 人害認定の一種、妖は滅多に姿を現すことはない。これはタモン様が言っていたことだから、確実だろう。だが、それ以外の二種にすら遭遇したことがないのは、実際のところおかしな話しである。青島隊長も同じ疑問を抱いたはずだ。なぜ彼女は襲われないのか、と。

 青島隊長が追加した任務の意図は、もし推測通りならば、各国の闇影隊の命を救う手掛かりが発見出来るかもしれない、ということだろう。


 俺は、ウイヒメの謎を解明し、必ず生きて帰らなければならない。そう思いながら脳裏に過ぎったのは、野外訓練でのことだった。


 この世界には、獣・妖・ハンターと呼ばれる、人害認定の三種の生き物がいる。どれも人間を襲ってくる化け物だ。獣とハンターは肉を喰らい、妖は魂を奪うとされている。


 三種の中で最も恐れられている生き物はハンターだ。姿は人間に近いのに、大きさはウサギくらいの小ささで、眼球がなく、口が顔の半分を占めているのが特徴だ。下半身には草で作ったスカートに似た物を巻き、茂みに身を隠しながら人間が通るのを待ち構えている。そして、群れで襲ってくる。

 そう説明しながら、黒板にハンターの絵を描いた先生。あまりにも恐ろしく、こんな生き物が外に潜んでいるのかと、見たこともないのに恐怖した日が懐かしい。


 そして、その恐怖は現実のものとなる。


 長く続いた座学が終わり、野外訓練が開始された日のこと。基礎体力から補うということで、先生から長距離走だと告げられた。皆、ただのランニングだと、野外訓練初日は誰もが外の世界を甘く見ていた。


 スタートして、一時間ばかりが過ぎた頃だろうか。


 疲れたのか、数名が近道をしようと道を外れて森の奥に姿を消した。直後、聞こえてきた叫び声に全員の足が止まり、何人かが確認のために後を追った。

 しばらくして、血相を変えながら戻ってきた一人が、待っていた皆の前で派手に転んだ。そして、打ち上げられた魚のように跳ね、やがて白目を向き、大量の血溜まりの中で死んでしまった。そいつの背中には蠢く何かがしがみついていた。

 突然の出来事に状況が飲み込めず、場は愕然とした。その生き物の正体がわかった時、誰かが細い悲鳴を上げた。


 どこに潜んでいたのか、囁き声が聞こえてきて、それから瞬く間に集団に身を覆われた死体は残骸と化した。それを見て、森の奥に向かった数名に何が起きたのかを全員が悟った。


 半獣化した旧家の子が助けを呼びに北闇に戻っている間、俺たちはその生き物と死に物狂いで戦い、やがて救出に駆けつけた闇影隊のおかげで一命を取りとめた。


 俺たちが出くわしたのはハンターだった。


 しかし、この件は始まりに過ぎず、卒業するまでに大勢の訓練生が犠牲となった。その理由は、ハンターについての情報があまりにも少ないからだ。


 わかっているのは、人に食らいついている時は襲ってこないこと。満腹中枢がないこと。交尾したその日に子どもが生まれること。近くに潜んでいる時には、必ず「サチ」とう囁き声が聞こえてくること。これだけだ。

 獣が住処を作ったり、火を嫌うのに対して、ハンターの拠点や、苦手な物は一切わかっていない。


 それほどまでに危険な生き物が、数え切れないほどに潜んでいる。だけど、ウイヒメは見たことも襲われたこともない。


 八歳の女の子の行動範囲は限られている。たとえ予測不可能だとしても、身を隠している場所は近いはず――が、思っていたよりも、時間がかかってしまった。

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