【書籍版試し読み】第2話 チュートリアル

◆神様の呼び出し


 何も見えない。何も感じられない。ひたすら真っ白な世界に浩太は居た。

『まず、詫びよう』

 頭の中に男の声が響いてきた。

「……はぁ?」

 真っ白で何も見えない状態で、詫びを入れられても困るのだが……。

『死告天使を詐称する悪戯者により、おまえは巻き添えになって死亡した』

「……困ってるんだけど?」

 責任を取れと言いたい。

『取り返しはつかない。故に詫びよう』

「いや……詫びられてもね。俺、もう生き返れないんでしょ?」

『おまえの生は、こちらの世界に移動した。元の世界では死亡している』

「はぁぁ……俺、罰が当たるようなこと、何かしたかなぁ?」

 もう泣きたい。

『死告天使……死神による誤った選定を受けたのだ。あちらの神が定めたことではない』

「そうですか……それで、今度は何です? まさか、ここに来たのも間違いだって話ですか?」

『うむ。誤った……というより、彼の地の死神めが証拠を隠滅するために投棄した。言うなれば不法投棄だな』

「……ゴミ扱いかよ」

 さすがに、カチンと来る。

『故に、おまえには命を与えよう。在るはずだった彼の地での命だ』

「……どういうこと?」

 訳が分からない。混乱しまくってるボクのために優しく教えて?

『おまえは、2つの命を持つことになる』

「いや、だから……それって何の役に立つの?」

『1度なら、死んでも生き返るということだ』

「生き返る……でも、1回だけかぁ」

 その場でもう一度殺されたら終わりじゃないか。

『有料になるが、日に1度、失った命を買い戻す事が出来る』

「……まさかの課金方式!?」

『それと、指南役として智精霊を授けよう。今から3日を過ぎて後は有料になるが、相談すれば的確な助言を貰えるだろう』

「……どうも」

 どこまで課金を要求してくる気なんだ。智精霊とか言っても、要するにチュートリアルだろう? 導入説明まで有料とか……。

『それと、彼の地の神より、詫びとして称号を授かっておる』

「そりゃ、どうも……」

 称号ね……ますますゲームみたいだ。

『港上山高校の英雄という称号らしい』

「わぁ~い、とっても嬉しいでぇ~す」

 どんだけ、ローカル!? それ、誰が分かるんだ? というより、何の意味があるんだ?

『あまり心が籠もっておらぬな?』

「いいえ、何も無いより良いです」

『あとは、初期の装備品だが……』

「あのぉ~?」

 装備と聴いて、漠然と抱いていた不安を思い出した。

『なんだ?』

「この世界って、どういった感じなんです? 戦争ばっかりやってる戦国の世とか?」

『魔獣、妖鬼が大量繁殖して人間が住みづらくなっているが……まあ、概ね良い世界である』

「……それ、人間からしたら地獄なんじゃ?」

 日本に帰りたいっ! 魔獣とか妖鬼とか、非力な高校生にどうしろって言うんだっ!

『心配せずとも、人間という生き物は存外しぶとい。ちゃんと強かに生きておる』

「ふうん……」

 魔物に丸かじりされる絵しか浮かばない。

『とはいえ……徒手空拳では魔獣の腹に入って終わりだからな。それなりに良い武器を……』

「あのぅ?」

『なんだ?』

「命が2つあっても、魔物に食べられたら……」

『まあ、魔物の腹が膨れるだけだな』

「……はは」

 1粒で2度美味しい、お得な獲物になれるらしい。

『剣を使った事はあるか?』

「ありません」

 普通の高校生は、剣とか持っていませんから。

『槍を使った事はあるか?』

「ありません」

 普通の高校生は、槍とか持っていませんから。

『弓を使った事はあるか?』

「ありません」

 弓道部に入れば良かった……。

『おまえ、本当に男か?』

「ちょっ……俺は男ですよ! なんなら、脱いで見せましょうか?」

 くっ……真っ白で、自分が何を着ているのかすら見えない。

『しかし、剣や槍も使った事が無いとは……』

「銃とか無いんですか?」

 当たらないまでも、音で威嚇できそうだが……。

『無い』

「手榴弾とか?」

 映画とか見てると、魔物相手には便利そうだけど?

『この世界に、火薬は存在せんぞ』

「マジかぁ……」

『似たような事をする魔法はあるが……おまえは魔法の素質が無いからな』

「えっ? いや、そこは何とかならないんですか? 神様なんでしょう?」

 密かに期待していた魔法が使えないとか、嘘だろっ!?

『規則で禁じられておる。神であっても、いや神だからこそ、規則を破る訳にはいかん』

「……で、俺は何ができるんです?」

 餌か? 餌になれって言うのか?

『う~む、困ったの』

「なんか、絶望しか無いんですが……」

 もう、生き返るとか止めて欲しい。喰われて死ぬとか、苦痛が増えるだけじゃないか。

『ふむ……模写技というのはどうだ?』

「なんです、それ?」

 なかなか面白そうなのがきた。某ゲームで、ちょっとワクワクしたやつだ。

『その身に受けた攻撃やら効果やらを、己の技として模写し、使えるようになるというものだ』

「おおっ! なんか、凄そうですね!」

 身に受けた攻撃……というところが痛そうだが……。

『まあ、模写の確率は低いから注意が必要だが……それと、技として使用可能なのは3つまでだ』

 苦労と我慢の果てに、たった3つしか覚えられないとか、とんだゴミ技じゃないか。

「……微妙になってきましたね。他の覚えた技は忘れちゃうんですか?」

『日に1度、有料で付け替えることが出来る。午前零時を過ぎればまた付け替えられる』

「……ははは」

『あとは、丈夫な短槍と革の胴鎧と鉢巻きを持たせてやろう』

「感謝します」

『他の者達は先へ行っておる。おまえも追って行くが良かろう。1人ではすぐに死ぬからの』

 そう言う声が聴こえたかと思うと同時に、意識が暗転していた。



◆チュートリアル


 意識を取り戻したのは、見覚えのある遺跡っぽい場所だった。

 神様が言った通り、二条松高校の皆さんは1人も残っていない。お菓子の包みや、空のペットボトルが棄ててあるだけだった。スーツケースを引っ張って行ったらしく、下草を潰して進んだ跡が森の奥へと続いている。

(追いかけても良いけど、もう夜だし……朝になってからにしよう)

 神様に何時間呼び出されていたのか知らないが、辺りは夜の帳が下りていた。すでに下草が湿り気を帯びている。

 朽ちた石館の中は誰も居なくなって寂しい感じだったが、今夜はここで過ごすしか無い。

「チュート……じゃなくて、智精霊カモン!」

 俺は智精霊を呼んで、あれこれ訊いておく事にした。何しろ、3日後からは有料になるのだ。今の内である。とりあえずの、半ば冗談のような掛け声だったのだが、

『はい、ご主人』

 陽気な声がして、ポンッ……と宙空で小さく煙玉が鳴った。

 現れたのは、手の平サイズの小さな人形……ややメタボ気味の白毛の兎がふわふわ浮かんでいた。羽織っている燕尾服の上衣のお腹がぽってりと膨らんでいる。

「ええと……まあ、いいや。色々教えてよ」

『お任せを』

 宙に浮かんだまま、燕尾服のお尻が見えそうなほどに深々とお辞儀をしてみせる。

「まずはボーナスについての詳細を説明して」

『畏まりました。それでは、手元に携帯を御用意下さい』

「携帯?」

 スポーツバッグに押し込んでいた携帯を取りだした。画面は真っ暗なままだが……?

『はい、まずはお選び頂きました属性・少女についてですが……』

 智精霊の説明と共に、携帯の画面に文字が表示された。

 

 少女フェロモン:雄を惹き付けて逃がさない芳しい香りです。


 俺は無言のまま携帯を地面へ叩きつけた。追撃で踏み付けようとしてギリギリで思いとどまる。

「すまん! 意味が分からないっ!」

 俺は両手で顔を覆い、唸るように言った。

『では、再度繰り返し……』

「いやっ、理解はしてる! じゃなくて……信じたくないんだ!」

 俺は錯乱気味に叫んで遮った。

(落ち着け……とにかく、落ち着け……少女って……少女フェロモンって何だよ?)

 なんで男の俺が少女フェロモン? 蛾なのか? 男なのに、雌の匂い出してるのか?

『少年少女にしか効果がありませんが……身を護るために、護身術の習得をお勧めします』

「……はははは」

 なに? 俺、貞操ヤバいの? いや、実際、危なかったりしたけど。だから、部活で合気道とか選んだんだし……。

『フェロモンについては、ON・OFFが行えます』

「おおっ! それ、早く言ってよ!」

『選択可能なフェロモンは4種類。性フェロモン、道標フェロモン、集合フェロモン、警報フェロモンになります。それぞれの効果は……』

 智精霊が詳しく説明してくれた。

「なるほど、まあ……OFFに出来るなら問題無い」

『趣味・釣りについてですが、釣りの技能に優れ、どのような集団からでも対象の獲物のみを釣り出すことが可能となります』

「ん……?」

 なんか、思っていたのと違う?

 魚釣りじゃないの? 獲物? 釣り?

『特技・利き酒についてですが、液体の色、味、香りを精密に鑑定できます』

「まあ……な」

 そのまんまで何の捻りも無い。いや、それが不満という訳ではないんだけど。

『運動・合気道についてですが、入身の極み、転換の極み、円転の真理、脱力の極みを会得しています』

「マジか……」

 御免なさい。先達の皆さん、申し訳ない。部活でやってただけの俺がこんな……。

『好物・みたらし団子についてですが、いつでも何処でも有料で、みたらし団子を取り出すことができます』

「うおぉぉぉ― すげぇぇぇぇぇ―」

 俺、ここで生きていけるかもっ!

「いや、待てよ? それ、一本いくら?」

『1セリカになります』

「1セリカ……ええと、こっちのお金だよね? 国によって違うの? ああ、お金の単位についても説明お願いします」

『1セリカというのは、流通している貨幣の最低単位になります。材質は、銅の含有量が6割以上、重量が3グラム以上の物を指します。歪な形状の物が多いですが……画面をご覧下さい』

 智精霊が手元へ移動してきて、画面を突いた。

「おお……これかぁ」

『実際の大きさになります』

「なるほど……」

 小指の先くらいの長方形をした粒だ。銅とは言うが、なんか黒ずんで汚れた色をしていた。

『10セリカは、銅貨とも呼ばれます。こちらも銅の含有量が6割以上、重量は10グラムになります』

 画面に表示されたのは、円形で真ん中に正方形の穴が空いたコインだった。何かの花が刻印されているようだ。大きさは、十円玉くらいだ。

『次が、50セリカ……』

 智精霊が順番に貨幣について説明してくれた。

 50セリカからは銀が含まれるようになり、100セリカは銀粒、500セリカは銀貨と呼ばれる事が多いらしい。

 1000、5000、1万……と実に馴染みのある刻み方で通貨が変化する。

 ちなみに、1000セリカからは金が含まれる金粒。5000セリカが半金貨、1万セリカは金貨、その上もあるらしいが、一般的な取引きでは登場しないらしい。

「まあ……なんとなく分かった」

 価値はまだ把握できないが、みたらし団子が安価で食べられるというのは良い事だ。

「有料になって、おまえを呼び出すといくらかかるんだ?」

『1万セリカ頂きます』

「今日は寝ません。沢山訊くことあるからね」

『……はい、ご主人』

 心なしか、智精霊の顔が曇ったようだ。

「じゃあ、次は……」

 俺は、心ゆくまで質問し続けたのであった。有言実行である。

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