異世界 英雄譚

ひるのあかり

書籍化記念 書籍版試し読み

【書籍版試し読み】第1話 異世界転移……ここ、何処だ?

◆ここ、何処だ?

 

 ……ここは何処?

 恐らく、この場に居合わせた誰もが同じように思った事だろう。

 樹木が生い茂った林だか、森だかの中。

 ぽっかりと空き地のようになった場所には、苔生した石壁の残骸……。

 そこに、36人の男女が座っていた。教師らしい30前後の女、運転手のような制服の初老の男、バスガイドらしい20代半ばの女性、残りは学生服姿の10代の少年少女達だ。

 皆、座ったまま、ぽかんとした顔で周囲を見回している。

 ちょうど、座席に座った姿勢そのままに、地面に尻餅をついた形である。

 周囲には、大量のスーツケースやボストンバッグが折り重なるようにして転がっていた。

「……バスは?」

 誰かが、ぽつんと呟いた。その時、鳥が甲高い鳴き声をあげて飛び立っていった。

「な、なんだ、これ……」

 運転手の初老の男が立ち上がって周囲の木々へ眼を向ける。

「あっ……」

 バスガイドの女性が声をあげて指さした。

 何も無かったはずの地面に、いきなり人間が湧いて出たのだ。

 光った訳でも、音が鳴った訳でもない。ただ湧いた。フッ……と音も無く人が現れた。

 俯せに眠っているような姿勢で……。

 地面の上、50センチほどの高さに現れたのだった。

「ぐっ……」

 受け身も何もなく、まともに顔面から胸部、腹部と地面に打ちつけて苦鳴を漏らした。

 年の頃は、他の学生達と同じか少し下か。

 小柄で細い。

 ただ、着ている衣服は制服ではなく道着だった。白い道着に黒い袴という恰好で、左手にはナイロン地のスポーツバッグを握っていた。

「……ったぁ……なんだってんだ」

 痛みを堪えながら呻いた声は少年のものだ。ただ、鼻を押さえながら周囲へ向けた顔は、ちょっと息を呑むくらいの綺麗に整った女のような顔だった。

「は……?」

 道着姿の少年だか少女だか不明な人物が、そこに居る30人以上の学生達を前に硬直した。

「いや……」

 きょろきょろと周囲を眺め回すにつれて、その眼が大きく見開かれていく。

「ここ、どこです?」

 声を潜めて訊ねる声音は、やはり少年のものだった。

「……おまえは何だ? どっから出やがった?」

 運転手の男が声を荒らげた。理解し難い出来事を目の当たりにして苛立っているらしい。

「どこって……ここだろ」

 道着姿の少年が自分が落ちた場所を指さした。

「ふっ、ふざけるなっ!」

 運転手が声をあげて掴みかからんばかりに歩き出した。

 その時、


 ギィア……ギィア……ギィア……ケクケクケクケク…………


 奇妙な鳴き声が辺りに響き渡った。

「と、とにかく、どこか……その建物の物陰に行きましょう」

 教師の女性が木立の間に見えている苔生した石館を指さしながら生徒達に声をかけた。

「みんな荷物を……ああ、持てるだけのもので良いわ。とにかく、中に……嘘っ、充電が切れてる?」

 携帯を取りだしながら指示を出し、操作しようと画面を見つめて呟いた。

 真っ暗なままの画面を見ながら電源ボタンを長押ししたりするが何の反応も無い。

「僕のも電源が入りません」

 眼鏡を掛けた男子生徒が女教師に向かって言った。

「私のも……」

「嘘でしょぉ……壊れちゃったの?」

「……あ、俺のも消えてる」

 道着姿の少年の携帯も同じだった。

 ここまで来ると、妙な焦燥感……恐怖感が漂い始めた。

「とにかく、急いで移動しましょう!」


 キョキョキョキョ……


 不意の鳴き声がやけに近く聴こえて、だらだら歩いていた生徒達が自然と駆け足になって、苔生した石壁の残骸に身を寄せる。

「ええと……俺、港上山高校の2年だけど……修学旅行?」

 道着姿の少年が近くにいた男子生徒に声を掛ける。

「二条松高校2年だ。バスで大蔵浜のキャンプ場に向かってた」

 答えたのは、坊主頭の大柄な生徒だった。野球か何かのスポーツをやっていそうだ。

「キャンプ?」

「林間学校さ。うちは、まだやってんだ。……おまえ、男?」

「うん」

 道着姿の少年が、道着の襟のあたりを寛げて胸元を晒した。

「女に間違われるだろ?」

「いつものことだ。髪も短くしてんだけどなぁ」

 道着姿の少年が不満げにぶつぶつと言っている。

「おまえ、部活か何か? それって剣道の道着?」

「合気道ね。部活が終わって着替えようとしたら、ここ」

「俺達はバスで移動してたら、いきなり」

「ありえんね」

 道着姿の少年が嘆息した。

 夢……という感じがしない。夢であって欲しいのだが……。

 間近に聳える蔦の這った石館の壁に手で触れながら、冷えた石の感触を確かめる。

「あ……あっ、電源入った!」

 女生徒の1人が声をあげた。

「あ、こっちも……あれ?」

「俺も……これなに?」

 次々に声があがったが、すぐに、全員が自分の携帯を手にしたまま固まった。

「属性を選びなさい?」

 誰かが声に出して読みあげた。

 道着の少年も携帯を見ていた。携帯の画面がブラックアウトして、白字で〝あなたの属性を選びなさい〟とだけ表示されているのだ。属性という文字だけ赤色の太字になっていて、文字をタップすると、次の選択肢が現れた。


 ***

 1.幼女

 2.少女

 3.熟女

 4.老婆

 5.死体

 ***


(……喧嘩売ってるのか?)

 道着姿の少年の眉間に青筋が浮いた。




◆浩太の憂鬱


 俺の名前は、結城浩太。

 16歳、男。東京にある港上山高校の2年生になったばかり。他校の制服集団の中に、場違いな道着姿で現れた某少年である。

(……ちくしょう)

 俺は今、猛烈に怒っていた。理由は、携帯の画面に映し出された文字だ。


 ******


 やあ、迷子ちゃん元気かな?

 いやぁ、なんか酔っててさ。気付いたら君を異世界流しの刑にしちゃってた。

 てへっ! メンゴメンゴ?

 ボク? みんなのアイドル死告天使ちゃんだよ?

 お手紙届いた?

 そこがどこだか知らないから、ボクには説明できないんだ。

 酔ってたからね? 仕方無いよね?

 君を女の子と間違えて襲いかかった男が凶悪犯でね。女の子を襲って酷い事をいっぱいやってたんだ。それで首を刈り取りに行ったんだけど、前日にこっそり呑んでた神酒が残ってたんだねぇ。うっかり手元が狂っちゃって、君の首をスパァッ……て斬っちゃってさ。

 いや、焦ったよ。

 神様に怒られちゃうからね。お仕置き怖いからね。それで証拠隠滅のために、君をポイッと違う神様の世界へ飛ばしちゃいました。

 他にもいっぱい移動してたし? 交ぜちゃえば分かんないよね? ああ、そっちの神様には何も言ってないので怒られるかも?

 でも仕方無いっしょ? 死ぬより良いよね? 教会とか、神殿とかに行って、君からちゃんと伝えておいてよ。

 最後に、君の行く末に幸がある事を祈ってるね。祈るのタダだし。

 

 追伸:片道切符なんで、もう戻れません。諦めて、そっちで頑張って?


 ******


(……ちくしょう)

 酷いだろ、これ……。

 確かに早朝練習に出かけて、更衣室から体育館裏の道場へ向かう途中で、『剣道少女来たぁ―』とか絶叫しながら襲って来たおっさんがいた。ちなみに、白い道着に黒い袴という恰好だが、部活は〝剣道〟ではなく〝合気道〟である。なによりも、少女ではなく、少年だ。気色悪いおっさんは二重に過ちを犯した。

「それで……そう、投げ落として肩を抜いたところで……あぁ、首を何かに」

 ぶつぶつと呟きながら情景を思い起こし、そっと自分の首を撫でる。

 間違った? 酔って手元が狂った? そんなので首を刈られた? いや、死告天使って何だよ?

 俺は体育座りをして項垂れたまま、虚ろな眼で地面を眺めていた。

 信じた訳じゃない。信じた訳じゃないのだけど、今まさに信じられない状況下にある訳で……。

 

 ……ポ~~ン……

 

 不意に、携帯が音を鳴らした。そこら中で同じ音が鳴っている。

 画面を見ると、

 

 ***

 素体の適性化が完了しました。

 移住手続きが完了しました。

 個体識別紋章が付与されました。

 選択項目に応じたボーナスが支給されます。

 移住者特典が支給されます。

 旅人グッズが支給されます。

 ***

 

 このように表示されていた。

 それぞれ、『適性化』『移住』『識別紋章』『ボーナス』『移住者特典』『旅人グッズ』が緑色の太字になっている。属性選択と同じように、文字をタップすると押している間だけ説明文がポップ表示された。

「なんだこれ? ゲームかよ!」

 そこかしこで声があがる。

 不安や困惑の声があがる中、わずかに喜びを含んだ声があったのは気のせいだろうか?

(ゲームだな)

 断定して良いだろう。明らかに、これは何かのゲームか……それを模倣した世界だ。


〈適性化〉 :大小便の排泄行為が省略可能となります。

      :移動停止時に、生命力・体力・傷病・状態異常が回復します。

〈移  住〉 :もう元の世界には帰れません。

〈識別紋章〉 :個々人を特定する聖紋(改変不可)です。

      :司法神の眼による行為の評価が行われます。

      :狩猟神の眼による行為の評価が行われます。

      :農耕神の眼による行為の評価が行われます。

      :工匠神の眼による行為の評価が行われます。

      :天秤神の眼による行為の評価が行われます。

〈ボーナス〉 :属性選択・少女に起因するボーナスです。

      :趣味選択・釣りに起因するボーナスです。

      :特技選択・利き酒に起因するボーナスです。

      :運動選択・合気道に起因するボーナスです。

      :好物選択・みたらし団子に起因するボーナスです。

〈移住者特典〉:個人口座・生きている間は他人が関与できません。

      :個人倉庫・大きさ不問、99個まで入ります。

      :劣化抑制・なかなか衰えません。

      :習得促進・覚えが早いです。

      :鸚鵡返し・行動の中には省略化&自動実行できるものがあります。

      :隷属回避・奴隷化されません。

      :清潔魔法・洗精霊が金銭を対価に、洗髪、洗身、歯磨き、洗濯をします。

      :換金魔法・商精霊が金銭を対価に、対象を査定、換金します。

      :査定魔法・鑑精霊が金銭を対価に、対象の価値を査定します。

      :旅路魔法・道精霊が金銭を対価に、過去に訪れた地点の方向を示します。

      :保安魔法・警精霊が金銭を対価に、12時間の不可侵領域を展開します。

      :連絡魔法・話精霊が金銭を対価に、対象者に最大1分間の伝言を行います。

〈旅人グッズ〉:着火棒・園芸スコップ・五徳ナイフ・真鍮の水筒、真鍮のマグカップ

      :醤油・塩・胡椒・砂糖

      :鉄鍋(深底)、鉄鍋(浅底)、鉄鍋(小)


(……まるっきり、ゲームだな)

 画面に表示される項目一つ一つについて、何をどうすれば良いのか、知識として刷り込まれていくようだ。

〈移住者特典〉の個人倉庫というのは、インベントリとか、アイテムボックスとか呼ばれている特殊な収納空間だった。中には、〈旅人グッズ〉が収納されている。

(旅人グッズで纏めて1個なのか……)

 全部で99個だから、着火棒や園芸スコップなどで、個々に数えられるとすぐにいっぱいになる。その辺は良心的になっているらしい。

(なぜか調味料とか入ってるし。どうやって入って……あぁ、なるほど)

 醤油は、駅弁などに付いている魚の形をしたやつだった。塩や胡椒は、小さな四角い紙の包装、砂糖も喫茶店にあるスティック状のものだ。まとまった量は与えない……という事らしい。

(魔法はすべて金銭を対価に、と……お金が無いとどうしようもないな)

 なんとも世知辛い仕様のゲームだった。

(そして、〈ボーナス〉……ね)

 これは、まだよく分からない。ボーナスという言葉の響きからして悪いものではないだろう。

 最初の〝属性〟という選択肢に、女しか選択肢が無かったので仕方無く少女を選んだのだが、今のところ何も分からない。

 他の選択肢は、何となくだが、俺の実体験が反映されているような感じがした。例えば、〝運動〟で選べる選択肢には、空手や柔道などは無く、野球やサッカー、合気道など経験した事があるものしか表示されなかった。

 因みに、特技で選んだ利き酒は、実家が古い酒屋で、養父が日本酒党だった事に起因する。全くの不可抗力なのだ。ただ、特技らしい特技が他に思い付かなかったので選んだ。魚釣りについても、養父の影響だ。寝てても起きてても、休みになると引き摺られるようにして釣りに連れて行かれた。

 好物については、嘘偽り無く、俺の大好物である。俺は、みたらし団子を愛している。

(……で?)

 これらの選択肢で、いったい何が得られたのか? ちらと他の学生達を見回すが、みんな自分の確認で忙しそうだ。冷めた様子の者も3割くらい居るが……。

(すべてが夢でした……なら、それで良いし)

 万が一、これが現実の事になるのなら、よく理解しておかないと……。

 手にした携帯の画面の文字を流し読みしながら見落としが無いか確認していると、

(げっ!?)

 いきなり、画面中央に、目玉のような物が浮き彫りになって、きょろきょろと周りを見てから、俺を見付けて動きを止めた。次の瞬間、視界が白く塗りつぶされていった。

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