第228話 去る者、残る者。


『これより、亜空間航行に移る。これが、最後の交信になるな』


 司令室の画面に、座席に座ったタケシ・リュードウが映し出されていた。


「お互い、長生きだからね。いつか、会うかもしれないし・・なんなら、こっちと交信できる電話機とか作ってよ」


 俺はひらひらと手を振って見せた。


『ふふ・・それも一興だな』


「例の件、頼むよ?」


『我に任せておけ』


 リュードウがにやりと相好を崩した。


「うん・・よしっ、カグヤ、用意の光弾を」


『はっ! 炸裂閃光弾チアフール、発射します!』


『チアフ・・?』


「むふふ、まあ、見てやってよ。俺とカグヤの苦心作なんだから」


 そう言って、俺は別画面に映し出されている巨艦エグゼシオーレを見た。その艦首前方に向かって、シュルシュル・・と光の尾をいて信号弾が飛んでいく。


 やがて、音も無く閃光が爆ぜて、宇宙空間に幾つもの光弾が別れて拡がると、それぞれがさらに分裂して飛び散った。


『・・ぉお』


 リュードウが声を漏らした。

 同時に、司令室内にも感嘆の声が上がった。



"一路順風"



"気を付けて"



"アヤコさんを大切に"



"がんばれ!"



"ガチ友を忘れんな?"



"幸運を!"



 信号弾の明滅が、宇宙空間に光輝く文字を浮かび上がらせたのだった。


『く、くそっ・・もう行くぞ! 亜空間航行を開始しろっ!』


 狼狽うろたえたように号令を発したリュードウだったが、涙腺が崩壊してしまっている。


『おまえこそ・・ユウキこそ、しっかりやれ。世界を創るのだろう?』


 あふれる涙をそのままに、リュードウが画面越しに声を掛けてきた。


「ああ、創るよ。色々と役回りが増えちゃったし・・でも、まあ・・なんとかやるさ」


『ふん、ユウキなら・・成し遂げるだろう』


「おまえもな。簡単じゃないぜ?」


『馬鹿め、誰に言っている? この我がやるというのだ。例え、何年かかろうとも必ず成し遂げてみせる』


「俺もね。世界の総てを握っちゃったからね。しばらく、ご隠居遊びは出来そうも無いよ」


『・・ユウキ、感謝する。ありがとう!』


 画面越しに、リュードウが拳を突き出して見せた。


「元気過ぎてアヤコさんを困らせ無いようにな」


 俺も拳を突き出した。


『ば、馬鹿っ・・とにかく、我は行く! また会おうっ!』


「おうっ! またいつか、必ず!」


 俺は笑顔で手を振った。



『エグゼシオーレ、亜空間航行に入ります』


 カグヤが静かに告げた。

 どちらも交信を切らないまま、しかし、すぐに画面が乱れて途絶えた。


『航跡に乱れ無し・・正常です。4秒で最大観測領域を出ます』



「・・よし、みんな、よくやってくれた」


 俺は深々と息をついて席に腰を下ろした。


「・・む~ん」


 腕組みをして心を落ち着ける。自分で思っていた以上に、心が寂しがっている。


「お茶をれましょう」


 ユノンが言った。


「ん・・そうだね。ちょっと休憩かな」


「はい。カグヤさん、全員の座席を」



『はっ、準備します』


 軍服女子が敬礼する。

 すぐさま、司令室の画面が消え去り、代わりに大きな円卓と座席が現れた。


「さあ、コウタさんも」


 ユノンに手を引かれるまま円卓に移動する。


「ホンゴウさん、オオイシさんも座って下さい」


 部屋の隅に立っていた2人にも声をかけて着席させると、


「コウタさん、お団子をください!」


 ユノンが顔を覗き込むようにしてお願いしてきた。

 珍しい・・というか、初めて見るような幼げな・・年相応の女の子のような表情に、俺は驚きながらも、みたらし団子を載せた皿を取り出してユノンに手渡し、すぐに気が付いて円卓の皆に行き渡る数を取り出した。


「コウタさんが一緒に行っちゃうんじゃ無いかって心配してた子も沢山居たんですよ?」


 いきなり、ユノンが言う。


「そう・・なの? 俺が行くわけ無いじゃん」


「私は、逆に・・故郷へ行かないことを心配していました」


「・・リュードウが言ってたよ」


「はい。リュードウさんが言ってくれました。コウタさんがちゃんと考えて、決めた事だからって」


「あいつ、他人のことは見えてるんだな」


 俺は舌打ちをした。


「でも、おかげで、こう・・すっとしました」


 ユノンが黒衣の胸元をさする。


「そうだな・・こんな時だから、みんなに言っておこうか」


 俺は熱いお茶をすすりながら、円卓に並んだ全員の顔を見回した。


「俺は、この星の神様になりました」


「まぁぁ・・」


 予想通り、狂巫女さんが胸元を手で押さえて陶然と頬を染める。


「俺は、魔界の王様にもなりました」


「魔界の・・魔王ですか」


 ユノンが小首を傾げる。


「獣の神にもなりました」


「おおっ、我らの・・」


 大鷲族のゲンザンが短く声をあげた。


「これに、今まで通りにノルダヘイルの王様という役目があるし、月光の女神様の相談役に、断罪神の代わりもやれと・・本当に、もう色々とあってねぇ」


 俺は片手で額を抱えつつ溜息をついた。


「みんなに役を振るから、よろしくね?」


「はい」


「なんなりと」


 ユノンとデイジーが返事をした。


「そこの、異世界の人」


 俺はホンゴウ、オオイシの2人を手招きした。


「北半球・・こっち側の世界で、世直しの旅をするように。テレビのご老公様みたいなやつね」


「え・・?」


「えと・・で、でも・・」


 ホンゴウ、オオイシが自信なさげに互いに顔を見合わせる。


「二人には勇者として、魔界の魔王を倒す使命があります」


「ええっ! ちょ、ちょっと・・そんなの絶対無理じゃない! どうやったって、ユウキ君には勝てないわよ! そういう、イジメはやめてよ」


 オオイシが思わず声をあげた。


「だからぁ、勝たなくて良いの。こっち側で色々と面倒事が起きたら、とりあえず、魔王がぁ~とか、魔人がぁ~とか、魔界が原因ってことにします」


「・・私達は、その・・旗頭ということね」


 ホンゴウが確かめるように言う。


「そう。がんばって、困っている人を助けつつ、悪代官を退治してね」


「でも、私・・私達は、もう神様の加護は無いし・・剣や魔法は使えるけど、凶魔兵にだって苦戦する・・もしかしたら勝てないかもしれないわ」


「・・弱っ」


 俺は思わず声を漏らし、


「あぁ、それについては、月光の女神様にお願いして加護を授けて貰います。その上で・・マリコ?」


「ふぁい?」


 みたらし団子を頬張っていたマリコが、慌てて手を拭って立ち上がった。


「二人を鍛えて、迷宮ちゃんの・・まあ、15階に行けるくらいにして」


「・・ええと、ハクダンとスーラに手伝って貰っても良いですか?」


「うん、良いよ」


 悪く無い人選だ。


「二人の勇者さん、変な宗教にハマらないでね?」


「大丈夫よ」


「目の前に神様がいるのに、宗教とか・・」


 ホンゴウとオオイシが苦笑する。


大鷲オオワシのみんなには、獣神として、俺の加護をあげるからね。族長さんにも伝えておいて」


「有り難き、幸せ!」


 ゲンザンが深々と頭をさげた。


「さあ、ぐだぐだ言って無いで、世界を蘇らせようかなぁ!」


 俺は軽く自分の頬を叩いて立ち上がった。


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