第227話 発進っ! 巨艦エグゼシオーレ!


「ずいぶんと遅いようだが? 奥方には何か連絡があったのでしょうか?」


 タケシ・リュードウが、遠慮がちにユノンに声をかけた。


 すでに、船の準備は整い、いつでも出航ができる状態にある。もう、一時間近くも待ちぼうけをやっているところだった。

 上空待機の大鷲オオワシ族も同様、幾度か伝令役が降りて来てユノンに事情の確認を行っている。


「少し遅れるとの連絡がありました。ただ・・あっ、こちらに向かっているそうです。船の荷室に積んで欲しい物があると」


「それは構わんですが、何なのでしょう?」


「地球人?・・だと」


「む・・ああ、樹海に居た者達ですか」


「・・やっぱり、故郷に帰りたいですよね?」


 ユノンの切れ長な双眸が、タケシ・リュードウを捉えた。


「ふむ・・それぞれに事情がありますからな。ただ、もしも、奥方がユウキの事を案じておられるのなら・・まったくの杞憂。無用な心配ですな」


 リュードウが小さく笑った。


「そうなのですか?」


 コウタさんは何度も言ってくれている。元の世界には戻らずに、ここに残ってくれると・・。それは、とても嬉しい事なのだけど。


「・・それは、コウタさんにとって幸せな・・良い選択なのでしょうか? 無理をされているのでは無いでしょうか? 私という存在は重荷になっているのでは無いでしょうか・・」


「ユノン殿・・でしたね。そのままの言葉で、ユウキに問うてみられたら良いでしょう」


「・・たぶん、大丈夫だと・・ここに残ると言ってくれるんです。それは分かっているんですけど・・」


「う~ん・・我はまぁ・・女性の気持ちはまったく理解が及ばんのですが・・ユウキの気持ちだけは、はっきりと分かっている」


 タケシ・リュードウがユノンを見た。が、うれいを帯びた瞳を向けられて、すぐに顔を伏せた。


「・・それは?」


「あいつは・・ユウキは、好きな女から離れたく無いのですよ。ただ、それだけです。馬鹿を言っているようで、あいつは冷静だ。いや・・本当に、どこまで何を考えて動いているのか分からないところはありますが・・」


 タケシ・リュードウが苦笑した。


「あいつの思考は、たぶん・・こう、天秤の右と左に、と故郷を載せて、それぞれで得られる幸せを載せていったのです。そうしたら、この世界の側に天秤が傾いた。それだけの事ですよ」


「天秤・・」


「昨日まで戦っていた相手を、今日には味方だ仲間だと言って遊びに来る奴ですよ?」


「そうですね・・そういうところはあります」


 ユノンが小さく口元をほころばせた。


「というより、あいつが故郷ちきゅうに帰って人並みに暮らせる絵がまったく浮かびません。あいつは・・ユウキはしっかりと考えて、その上で、ここで暮らす事を選択したのです。奥方が気に病むことなど、どこにもありません。好きな事を好きなだけやって・・もう、本当にやりたい放題じゃないですか?」


 リュードウがちらとユノンの表情を見て、ほっと息をついた。


「ありがとうございます。なんだか・・ちょっと頭がすっきりしました。コウタさんが、リュードウさんを友達だと言った意味が分かった気がします」


 ユノンが深々とお辞儀をした。


「いや、まあ・・とにかく、ユウキを信じることです。あいつは・・いや、この先は当人から聞いた方が良いですな」


 リュードウが、ちらと空を見上げた。


 大きなひつぎらしい物を抱えた真っ白な巨兎が、澄み切った青空を駆けて近付いて来ていた。


 大鷲オオワシ族が整然とした編隊を組んで空で出迎えている。


「本当に大きいな」


 リュードウが呟いた。


「それに綺麗です」


 ユノンがうっとりと双眸を細める。


「お着きですね」


 魔法防壁の確認をしていたデイジーが近付いて来た。アルシェ以下、近衛騎士達が後ろに整列する。


 ふわりと重さが無いかのように静かに着地した巨兎が、みるみる変じて少年の姿へと戻って行く。抱えていた棺らしい物が地面に転がされ、巨兎の背に乗っていた2人の異世界人が地面に降りた。


「・・マリコ」


 ホンゴウとオオイシが、近衛騎士の列に加わっているマリコを見て近付こうとした。


「話は後に」


 アルシェ・ラーンが軽く手をあげて制する。



「遅かったな」


 リュードウに言われて、


「色々野暮用が重なっちゃって。ごめん」


 俺は頭を掻きつつ、リュードウの旗艦を見回した。


「空からも見たけど、こいつ大きいなぁ」


「うむ。単純な航行能力は抜群だな。戦闘能力となると、少し物足りない部分があるが・・」


「だからこその、宝石人形ジュエル・ナイツだろう?」


 俺は、ラピスラズリやローズクォーツを見た。宇宙空間だろうと関係無く活動できるのだから。


「うむ。我の忠実なる騎士達がいる。航行に不安は無い」


「まあ、何があっても、お前なら何とかするだろ」


「当然だ」


 リュードウが胸を反らした。


「あの荷物、頼める?」


 俺は"ことわり"が用意した星系間睡眠床筒を見た。


「"ことわり"か・・ならば、念のため危険物の有無を確かめておこうか。まあ、専用の格納庫であれば、爆発しようが関係ないが・・」


 リュードウが、ローズクォーツを呼んで精密検査と搬入を指示した。


「お、来た来た」


 俺は空に向けて手を振った。


「・・龍帝か」


「あいつに露払いを頼んだ。船自体はデイジーが魔法で防御しているから・・」


「兎神様の頭突きにも・・一回くらいなら耐えられる防御力です」


 デイジーが微笑した。


「ははは・・そういう訳で護りは万全だから」


「うむ! 協力に感謝する」


 タケシ・リュードウが右手を差し出した。


「任せろ・・無事な航海を祈ってるよ」


 俺はがっちりと手を握った。

 その手を引いて顔を寄せると、


「アヤコさんと幸せにな」


 小声でささやいた。


「ああ、ありがとう。おまえこそ、ユノンさんが不安がっていたぞ」


「ユノンが?」


「本心では地球に、帰りたいんじゃないかってな。否定はしておいたが・・まあ、我の言葉は届かん」


 リュードウが小声で告げて笑って見せた。


「うん・・ありがとう。ちゃんと話してみるよ」


 俺は改めて握手をしてから離れた。


「では、我は行く。ユノン殿、デイジー殿・・ユウキを・・我が友をよろしく頼んだぞ!」


 そう言うなり、タケシ・リュードウが羽織っていたマントを翻してきびすを返した。左右を、ラピスラズリとローズクォーツに護られて、ふわりと浮かび上がって上方に見えている入口へと入って行く。

 ちらと、肩越しに振り返ったようだったが、そのまま艦内へと入って見えなくなった。


「アルシェ、全隊に伝達! あらゆる障害を排除。ノルダヘイルの総力をあげて、無事な出航を支援する」


「はい」


 アルシェ・ラーンが低頭して、すぐに事前の打ち合わせ通りに伝話指示を開始する。


「カグヤ!」



『司令官閣下っ!』


 軍服女子が姿を顕した。



「大気圏外に敵性体は?」



『ありません!』



「よし、リュードウのエグゼシオーレが離陸後、サクラ・モチで護衛につくぞ」



『承知しましたっ!』


 カグヤが敬礼をして消えて行った。


「ユノン、お邪魔虫は見える?」


「凶魔兵、貴族級悪魔が数体・・これといって障害は認められません」


「よし!」


 俺は微震を始めた巨艦を仰ぎ見た。

 船壁に小さく蓋が開いて、無数のアーマ・ドールが浮かび上がって周囲へ展開していった。


 発艦準備が整った合図だ。


「リリン、パエル」


「はっ」


「はい」


 近衛騎士がそれぞれ魔法球を遙かな高空めがけて打ち上げた。


 赤々と大輪の花が咲いたかのように深紅の光輪が青空に飛び散る。

 合わせて、大鷲オオワシ族が光明滅の信号を返す。


「さあ、行け! リュードウ・・」


 見上げる俺の前で、巨艦エグゼシオーレが激しい光を放ちながら上昇を開始した。


 上空を、巨大な龍帝が先行して飛翔する。展開したアーマ・ドール達のさらに外縁を大鷲オオワシ族が編隊を組んで並び・・眩い白光を放ちながら巨艦エグゼシオーレがゆっくりと浮かび上がって来る。


「カグヤ、敵性はいるか?」



『反応ありません』


 軍服女子が小気味よく返事を返す。



「ユノン?」


「凶魔、貴族級共に離れて行きます」


「むふふ、龍さんの威力は抜群だね!」


 俺はにんまりと目尻を下げた。


(・・兎さんが来た途端に、みんな逃げちゃったんですけど)


 俯きがちに万呪怨マジュオンの視界を注視しながら、ユノンがそっと微笑を漏らした。


「近衛騎士、ユノン、デイジー、フランナ、ゲンザン・・ああ、ホンゴウさんと、オオイシさんも。サクラ・モチに乗艦だ」


 俺は気分良く声を張り上げながら、順調に高度を上げていく巨艦を仰ぎ見た。


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