第224話 司法の神


「まさか、2柱しか残らんとは思わなんだぞ」


 月光の女神が呆れ顔で苦笑している。


「・・・おまえの・・いや、貴女の使徒・・そこのバケモノに言って頂きたい」


 今にも崩壊しそうな石の神像が、壊れた人形のように手足を投げ出して壁に寄りかかっている。

 古いタイプの神像・・そして、中身は司法神だった。


 俺は無言で、女神様と司法神のやり取りを眺めていた。この後、タケシ・リュードウの見送りがあるんだけど・・。


「無駄な事じゃ・・それより、司法の神としての役目をなまけ過ぎておらぬか? 今となっては無意味なものだが・・コウタ・ユウキが勝ち取ったものを与えぬつもりか? それはおまえの大好きな"ことわり"に反するぞ?」


 女神の双眸が、冷厳な光を宿して神像を見据える。


「・・いや、我々が誤った。初めから、あの者こそを勇者として加護を授けるべきであった」


「遅いのじゃ。何もかも・・もう、こやつは我らを全く必要とせぬほど強大になった」


 女神が笑っている。


「月光よ・・この星はどうなるのだ? 南は・・魔界はどうなっておる?」


「そのようなことすら見えておらぬのか?」


「光神の一派に有用な神像、神兵を総て持ち去られ、我らはこのとおり・・古びた石塊いしくれしか無かったのだ」


「・・やれやれ、偉そうな事をのたまって、我を獄へ入れた奴が・・なんというざま。情け無い・・」


 女神が吐き捨てた。


「返す言葉が見つからん・・司法のと言うたところで、総て"ことわり"あってこそ・・"ことわり"を超えた存在が出現してしまっては、どうにも・・我の力では裁けぬ」


「裁きの神も、光の神も・・ご立派な高説を唱えておった奴等は総て滅んだ。おまえは、これからどうする?」


「・・逆らおうにも、すべが無い」


 司法の神が呟くように言った。


「ならば、臣従せい。この化け兎を主人と認めれば良かろう。我らよりよほど神らしく、この痛ましい世界を癒やそうと奮闘しておるぞ」


「こやつが? 馬鹿な・・いや、そもそも、こいつと龍帝めが暴れ回ったために、多くの人の国が滅んだのだぞ」


「その龍帝をけしかけたのは、裁きの神であろう? 身から出た錆とはこのことじゃ。それに、コウタが彗星を破壊し、隕石を砕かねば、そもそも世界は終焉しておった。違うか?」


「・・・その通りだ」


「星を救った者として、讃えるべき功労者であろう?」


「う、うむ・・」


「神ならぬ人の子が成したのだぞ? ひたすら傍観しておった引き篭もりは、恥というものを知らぬか?」


 鞭のような声音で、女神がののしった。


 ややあって、


「・・月光に臣従する」


 司法の神が呻くように言った。

 俺には頭は下げないが、月光の女神様になら仕えても良いという事か。


「コウタには頭を下げられんか?」


「精神が耐えられん」


「ふん・・肝の小さい事だ。コウタ?」


 女神様が俺を見た。


「良いですよ。女神様に逆らわないなら、何だって良いです」


 そもそも、司法神とか要らないし・・。

 こいつが誰に仕えるかとか、どうでも良いよね。


「うむ。では、月光神として命ずる。司法神よ、"ことわり"にのっとり、コウタ・ユウキに与えるべきを与えよ」


「・・畏まりました」


 壁に寄りかかった石像が微かに頷いた。



『使徒、コウタ・ユウキ』


 司精霊が顕れた。


『"ことわり"によって功績が評価され、お前に称号が与えられる』



「称号ねぇ・・」



『"ことわり"が定める称号は、お前に力を与える』



「ふうん?」



『"ことわりの"定めに従い、司法神は総てを正当なものとして認める』



「・・どうも」



『数が多いため、順不同で伝える。自身を鑑定して効果を確認して欲しい』



「ふうん?」



『では・・すでに与えられているが "港上山高校と二条松高校の英雄"・・』


 もう、なんか懐かしいなぁ・・。



『団子の王子様』


 なんだそれ?



『玉潰しの皆伝者』


 ・・玉?



『死海の魔女とちぎりし者』


 えっ、それって・・まさかのユノンさん?



『神樹を守護せし者』


 まあ、護ったと言えるかな?



大鷲オオワシの殿様』


 ふむ・・殿様ね。



『龍殺し』


 いっぱい龍種を斃したらしいね。



『虐殺者』


 言い過ぎでしょう。



『迷宮王』


 迷宮ちゃんの王様だから?



『お店の常連』


 撤回と謝罪を求めますっ!



『真理を掴む者』


 なんか掴んだっけ?



『樹妖の想い人』


 へっ? そ、それって・・アルシェさん?



『神喰い』


 食べたね。それはもう、げっぷが出るくらい食べましたよ。



『星を砕く者』


 彗星? 隕石かな?



『リリン・ミッターレの英雄』


 お、おう・・。



『世界を滅ぼす者』


 いや、救ってるじゃん? 何言ってんの?



『世界を救う者』


 ほ、ほらっ! なんなの、矛盾してんじゃん?



『聖女の神』


 聖女って、誰のこと? まさかの狂巫女さん?



『龍帝の友』


 うむ、あいつは友達ですよ。



『魔人の救世主』


 現在進行形で救っております。まだまだ、時間がかかりそうです。



『滅世の破壊神』


 ・・破壊神なの?



 その時、


「きたっ・・やはり、あったか!」


 司法神がいきなり声をあげた。


「月光よ、迂闊うかつであったな!」


 声は興奮しているが、神像は動かせないらしく、壁に寄りかかったままだった。


「ちっ、破壊神の浄滅か。お前らしい、陰湿な策じゃ!」


 女神が舌打ちをして罵った。


「女神様?」


 なんか、よろしく無い事が起こりました?


「ふはは・・この忌々しい呪い兎めが、我らが叡智を思い知るが良いっ!」


 司法神が、自分は動けないくせに、何やら急に勢いづいて叫び出した。


「"ことわり"に仕組まれた防衛装置だ。世界を危うくする存在だと "ことわり"が評価を下すと破壊神の称号が与えられる。そして・・」


 説明しようとする女神様の言葉尻をさらって、


「そうだ! そして、その破壊神を浄滅するために我らが究極の断罪神が出現する! 破壊神たる貴様を殺すためになぁ!」


 司法神が勝ち誇ったように吼える。


「・・ふうん?」


 それは大変そうだけど、そんなのと俺が戦うと、惑星そのものが壊れちゃうんじゃない?


「"ことわり"の間へ招かれる。外には影響は無いそうじゃ。存分に戦うが良い!」


 女神様がわずかに腰を落としたと見えた瞬間、腰間から銀光が抜き放たれて動かぬ神像を寸断していた。アヤが身につけた居合い斬り。女神様になっても使えるらしい。


「ユノンとデイジー達に、リュードウの見送りに行っておくよう伝えて貰えます? 俺も後から行くので」


 右手に愛槍キスアリスを握りながら、俺は大きく伸びをした。


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