第223話 閑話
魔界の復興は、思ったより時間がかかりそうだった。
(まあ、簡単じゃないよなぁ・・)
土地と空気を清浄にし、魔瘴気を循環させる・・そこまでは順調に進んだけど、人が暮らすという事は色々とあるわけで。
家を建て、穀物などの作物が採れる畑を作ったら、夜具や衣服はどうする? 日用の道具は? もっと肉や魚を手に入れたい、もっと静かな場所に住みたい、水辺が良い、山の中が良い・・やっぱり元の故郷に戻りたい・・。物々交換では物が巡らず、貨幣を使おうにも多くの者が身一つで、貨幣など持っておらず・・・。
ホウマヌスを精神的な支柱に、デギオヌ・ワウダールが復興の計画を立て、人々の不満を辛抱強く聴き、遅い遅いと不平不満をぶつけられながらも、衣食の問題に取り組み、道を整備して警邏の兵を巡回させ、流通の真似事ができるまでになっている。
まあ、隕石が降る前を10とするなら、2くらいかな?
何もかもが粉々になり、灼熱砂が吹き荒れ、酸が降り注いだそうだし、白い大きな獣が駆け回って突風で地表が削られたり・・・消滅からの立ち上げだもんね。そりゃあ、時間がかかりますよぉ。
(・・うん、俺の手には負えません)
俺にやれとか無理でしょ。俺はそういう知識も経験もありませんよ?
みんなに混じって道路整備に汗したり、炊き出しの手伝いとか? むしろ、俺とか邪魔にしかならんよね? そんなんで印象アップ狙っても無意味だし・・。
部族間の喧嘩の調停一つとっても、Aさんの言い分を聞けば、Bさんと拗れるし、Cさんが出てきて文句を言うし・・。それぞれの立場で正しい事があって、それぞれの立場で相手が間違ってると主張してて・・。そこには、善も悪も無いわけで・・。誰かを悪者にして、やっつければ終わる問題でも無く・・。
(うん、俺には無理でございます)
兎にも角にも、配給中心だけど、何とか食糧が行き渡るようになり、仮設が大半だけど雨風が凌げる家が家族単位で用意でき、布地と糸と裁縫道具を支給したところまでは達成された。
魔人だからなのか、治癒士の育成が順調に進み、狂巫女さんが出張るほどの傷病者はほとんど居なくなったので・・ちょっと元気になった者達が小競り合いやら起こしている感じか。
(うん、もう俺がどうこうやる段階じゃ無いよね?)
なお、水も空気も大地も、魔界全土を正常化する作業は完了しました。
カグヤさん、お疲れ様でした。
女神様の姿勢を見習って北半球との結界は従前の物と同等に調整してあるので、出戻った魔人も居るみたい。一応、九皇家は殲滅したけど、子孫だぁ・・とか、末裔だぁ・・とか、そういうのは出てくるでしょう。
そういうのは、その時にプチッと潰せば良いのです。
「以上が、現状の報告になります」
デギオヌ・ワウダールが説明を終えた。俺向きに優しく要約してくれた配慮に感謝します。じゃないと、寝落ちしちゃうぞ?
「うむ」
「では、次に・・・いくつか決済を頂きたい案件がございます」
(くっ・・まだあるの!?)
「クベーフェン族を中心とした水棲の種族が、陸上の施設が優先的に整備されている事に不満を持ち、陛下に陳情をするため面会を求めて来ています。全員、殺処分して宜しいでしょうか?」
「・・・へ?」
今、殺処分とか言っちゃってたよね? 何を? 不満を言った何ちゃら族を? それって魔界の流儀なの?
「ええと・・まあ待て。実際のところは、どんな状況なんだ?」
「水中での作業は作業者の数も少なく、建材の用意にも手間がかかるため、どうしても後回しになります」
「その何ちゃら族が建てれば良いんじゃない?」
「クベーフェン族は戦士の一族を標榜しておりまして、家を建てる等の作業には参加しないのです」
「・・・ユノン、ちょっとクベーフェン族を説教して、生き残り・・3人くらい連れて来て」
ちょっと本当に訊いてみないと理解できん。
この状況で、戦士特化なんで土木工事は手伝えないとか言う人居る? さすがに居ないよね?
「行って来ます」
ユノンが転移して消える。
「次に・・」
何事も無かったかのように、デギオヌが報告と相談を続けていく。
そこへ、
「戻りました」
ユノンがふわりと舞い戻り、謁見の間に半身が圧壊した魔人が3人転がされた。
魚人っぽいのを想像してたけど、何て言うの? イカ人間みたいな?
「お疲れさま。そいつが?」
「クベーフェン族らしいです」
「他の人は?」
「同様の状態にしてあります」
「・・うん、そう・・ええと、全ベーフェン族は水棲種族のための施設造りに参加して貰うよ?」
俺はできるだけ愛想良く声を掛けた。
「・・こ、断る!」
苦鳴混じりに声をあげた1人が、黒々とした妖しい炎に包まれて悲鳴をあげた。一気に燃えず、身体の端から灼かれて床をのたうち回る。
なんだか、香ばしい・・。
「なるほど、こんな連中なのか」
これは説得にかける時間が無駄かもしれない。
「わ、我らは誇り高き戦士の・・・」
別の一人が言いかけたところで、同じく黒炎に包まれた。
こういう謁見の場では、許可無く発言してはいけません! 怖い美人さんに焼かれちゃうぞ?
「君もやる気無いのかな? せっかく生き残ったのに残念な終わり方だね」
残った一人に訊きつつ、ふと妙な感覚を感じて自分の頭の上を見上げた。
「・・ふぁ?」
思わず妙な声が漏れた。
そこに忘れて久しい司精霊・・司法神の精霊が浮かんでいた。
小学校低学年の女子。それに、リクルートスーツを着せた感じの、見るからに不釣り合いな格好をした精霊さんだ。
「・・どしたの?」
『伝言』
実に無愛想な様子で、ぽつりと言った。
「誰から?」
『司法神・・』
司法の神とか、生き残ってたのか。
「なんだって?」
『・・亡命の受け入れ』
「自分で来い。以上」
俺は、シッシッ・・と、手で払った。
『加護を与える用意がある』
「要らない」
どんだけ情報遅れ? 今頃、加護が褒美になるとか思っちゃってんの? どこに引き篭もってたの?
『・・いかなる財貨も思いのまま』
「余ってる」
『世界中の美女を用意する』
「満たされてる」
『何が望み?』
「俺に隷属しろ。それが嫌なら、この星から出て行け」
奴隷になるなら許してやろう。
『話にならない』
「お前がな」
俺はちらとユノン達を見た。
「あれ? こいつ、見えてない?」
「はい。何も・・」
ユノンとデイジーが首を振った。ホウマヌスやデギオヌも目顔で否定している。
「司法神の使者が来てる。ちょっと独り言っぽくなるけど・・気にしないで」
「分かりました」
ユノンが頷いた。
『使徒は神に従うべき』
「俺は、月光の女神様しか、神と認めない」
『司法神は、月光神と同格』
「月光の女神様が至高。他は全部、ただの雑魚。ぶっちゃけ消えてくれて良い」
『司法神が消えると、私も消える』
「おめでとう」
『神々の軍勢との衝突を望むか?』
「望む。今すぐ衝突したい。数秒で消し飛ばす自信がある」
『・・我々には強力な・・』
もう良いよ。その手のやつは・・。
とっくに終わってるんだって。
「光神は食った。連れていた神々も食った。神の兵団は一兵残らず殲滅した。お前達を見逃しているのは、月光の女神様の慈悲だ。気が変われば、数秒後に総てを消滅させる用意がある」
『お前は世界をどうするのか』
「復興する」
『司法神は協力する』
「不要だ。役に立たない」
『・・やむを得ない。地殻を破壊し、惑星そのものを消滅する』
「その力はお前達には無い」
『神の下僕が棲んでいる」
「俺が殺した。もう居ない」
地殻がどうとか大袈裟な。マグマを泳いでただけの龍じゃん。もう、ずいぶん前に他界されましたよ?
『司法神に嘘は通じない』
「好きに確かめろ」
『・・司法神は亡命を希望する』
「認めない」
『滅びろと言うの?』
「そうだ」
『・・・持ち帰って相談する』
「神が自分で来い。使者を介しての交渉は一切受け付け無い」
『伝える』
司精霊が消えていった。
「さてと・・あら」
床で魔人が消し炭になっていた。
「手伝わないって?」
ユノンに訊くと、
「返事をしなかったので焼きました」
ユノンが無表情に言った。
「なるほど・・仕方ないね」
戦士ごっこして遊びたい人は今の魔界には必要無い。しかも、クレーム付けてくるとか自殺願望が強過ぎるでしょ。
「じゃあ・・・って、またか」
俺は眉間に皺を寄せて頭上を見上げた。
司精霊が浮かんでいた。
『神々は敗北を受け入れる』
「どうでも良い。邪魔だから消えてくれ」
『これは重大な連絡』
「俺にとっては無価値だ」
『・・司法神以下、23柱は亡命を希望する』
「隷属が条件だと言った」
『神を隷属とか正気じゃ無い』
「帰れ」
『神は敬うべき』
「消えろ」
『・・月光神に抗議する』
「さよなら」
俺はユノンを見た。
視線に気づいて、ユノンが小首を傾げる。
「極北の神の巣、攻撃しちゃって。全滅しない程度で」
「はい」
ユノンが転移をして消えた。
『月光神が、お前を説得するように言った』
司精霊が戻ってきた。
「うん、知ってた」
だって、この手の交渉事があった場合の問答内容まで女神様と打ち合わせてありますから。
「女神様の要望通り、何柱かは残ると思うけど・・・まあ、運かな」
下手したら全滅もあるかも? ユノンだし・・。
『交渉中に攻撃行動をとるのは駄目!』
「俺は交渉して無いから。頭がおかしい精霊と、雑談しているだけ」
『至急の停戦を望む!』
「もう間に合わないです」
『・・・』
何かを言いたげな表情を浮かべながら司精霊が消えて行った。
司法神が逝ったかもしれない。
「何か邪魔が入りすぎて困るな。今回は、ここまでにしようか」
俺は、ホウマヌスとデギオヌに言った。
「神々の数が減りましたか?」
デギオヌが訊ねる。
「減っただろう。ユノンだから」
「・・ですね」
デギオヌとホウマヌスが首肯した。
噂をすれば・・。
「コウタさん」
ユノンが戻って来た。
「大変です。まだ、加護持ちの人間を集めて戦わせようとしています」
「それは・・本当に大変だ。もう終わってるなぁ・・北の神様」
俺はしみじみとした溜息をついた。
「それで、何柱か減らした?・・というか、何柱、残ったの?」
「たぶん・・1柱か、2柱は・・」
自信なさげにユノンが言う。
「そんなに貧弱だったの?」
「剣神の神像くらいを想定していたのですが、その・・あれだと下位の悪魔くらいです。加減はしたんですけど、牽制に撃った魔法でほとんどの神像が壊れてしまって・・」
「あぁ・・まあ、仕方無い。もしかしたら、運良く・・」
言いかけて、ちらと見上げると、
『司法の神は・・隷属を受け入れる』
司精霊が姿を顕した。
(しぶといな・・)
こいつも、司法神も。
俺は思わず苦笑を漏らしていた。
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