第221話 女神の条件


「遅かったな」


 やや笑いを含んだ声で言ったのは、月光の女神様だった。

 場所は、神樹の頂上部。

 時刻は、月が昇って1時間ほど過ぎたくらい。


「色々と雑務があったんですよ。待たせてしまってすいません」


 俺は、頭を掻きつつ頭を下げた。


「・・ここは良いな」


 月光の女神様が微笑した。


「そうですね」


 陽の名残も去り、辺りは月光の静寂に包まれていた。ルティーナ・サキールの館がひっそりと佇んでいる。

 失踪中のレーデウス、シンギウスに代わり、館の入り口を護るのは、ロートリングとウルフール夫婦だった。2人とも、地面に両膝を着き低頭したまま動かない。アヤに月光の女神がんだと知らされて以降、直立不動か、土下座かの二択である。


「今日は、満月ですか」


「うむ。い月じゃ」


 月光の女神が目を細めて呟く。


「光神はどうした?」


 女神の双眸がこちらを向いた。


「食べました」


 俺は素直に答えた。ユノンの魔法で拘束して、訊きたい事を訊いて、丸かじりにしちゃいましたから。


 この期に及んで、神だろうが、神兵だろうが、ましてや加護持ちの人間だろうが、まるで相手になリません。

 それをはっきりと分からせるために、全ての攻撃をあえて受けて、全てが無駄だと知らしめ、その上で丸齧りにしました。


「樹木の奴が震えておったぞ」


 女神の目が笑いを含んでいる。


「樹の神様は女神様の味方なんでしょ? 食べませんよ」


「ふふふ・・精神体となっても、本能に根ざす恐怖心というものがあるのだ。私とて、お前には恐怖を覚えるぞ」


「えぇぇ!?」


「だが、アヤの・・この身体の主は、お前に絶対の信頼を抱いておる上に、なんなら食べられても良いと思っている節がある」


 女神が口元を綻ばせた。


「・・あのですねぇ、俺はそんな猟奇的な異常者じゃありませんよ? そりゃあ、アヤと遭遇した時は乱暴な事をやったりしましたけど。今は絶対にそんな事はしません」


「分かっておる。お前がこの世界に遺棄されて後、何度も死にかけながら今に至るまでの総てを見ておるのだ」


「そういう訳で、この世界の神様をやって下さいね?」


「うむ・・いくつか条件付きで引き受けよう」


 女神が頷いた。


「条件ですか?」


「お前に丸かじりにされても譲れん条件がある」


「・・・何でしょう?」


 なんだか大変そう?


「今敵対している神を幾柱か残せ」


 極北に逃れて引き篭もっている神々を見逃せと? もう場所の特定も出来たし、ちょっと行って殲滅しちゃおうかと考えていたんだけど?


「見逃しちゃって大丈夫です? 後でたたりません?」


「さあな・・だが、色々な考え方をする存在は必要だ。それに、我が宿主はなかなかに強い。易々と命を落とすような事は無いだろうよ」


「・・確かに、アヤは強いけど・・油断は駄目ですよ?」


 必ず何か企んで悪さをやるに決まってます。


「ふふふ、お前に心配されると何だか心地良いな」


「女神様?」


 俺はじろりとアヤの顔を見た。


「うむ、心得た。この身・・アヤも理解しておろう」


「・・他にも条件が?」


「ここに決めた」


「・・はい?」


ことわりの管理をする場所じゃ。祭壇でも神殿でも、呼び名は何でも良い。この場の雰囲気が気に入った」


 女神が両手を拡げて月の光を浴びるように夜天を見上げながら言った。


「ここ・・あんまり治安が良くないですよ?」


 森の民エルフやら獣人だって、大半が光神に味方してましたよ?


「ならば、この地の治安とやらを良くして欲しい」


「マジですか?」


「マジじゃ」


 女神らしからぬ物言いで断定すると、すぐに小さく笑って見せた。今夜はよほど気分が良いらしい。やっぱり満月だからだろうか。


 治安と言えば・・。


「ははは、えぇと・・ロートリング、ウルフール、こっちに来て」


 俺は、土下座継続中の夫婦に声をかけた。


「はい!」


「はっ!」


「君達、この瞬間から、月光の女神様の衛士だから」


 じろりと二人を睨む。この二人は神樹の衛士でありながら、神樹の民には組せずに館に引き篭もっていたんだけど・・。


「・・ぇ?」


「め、女神様の・・」


「今、決めた。異論は認めません」


「・・あなた」


 ロートリングがウルフールを見た。


「異論などあろうはずがありません」


 鬼人族の夫が低頭した。


「決まりだね?」


「はいっ! ロートリング・ゼーラ、月光の女神様の衛士となります」


「ウルフール・ゼーラ、謹んで拝命致します」


「女神様?」


 一応、女神様にも確認する。


「うむ、頼みにしておる。なにせ、下界の知り合いとなれば、お前のようなバケモノしかおらぬでな」


「お尻、かじりますよ?」


「ふふふ、尻でも乳でもかじるが良い。後でお前の妻女が何というか知らぬが・・」


「大変、失礼な事を申しました! 二度と不埒ふらちな事は申しません!」


「ふふ、まあ・・許せ。れる相手が他におらぬ。それから・・ここを選ぶのは、樹木の奴めの護りがあるからだ」


「あぁ、そうか。なるほど!」


 樹海には、樹木が豊富にあるからね。


「あれで、樹のある所でなら頼もしい」


 女神様が眼を細めるようにして満月に見惚れている。


 これは、本気でこの場所が気に入ったらしい。

 森の民エルフ達や獣人が変な気を起こさないよう、念入りに指導しておかないといけないな。


「他にも条件はあります?」


「・・リュードウをどうする?」


「え?」


ことわりの管理者になるのであれば、ことわりを乱した者をそのままにはできんぞ?」


「むむむ・・」


 俺、あいつ嫌いじゃ無いんだよね。

 色々あったけど、出来れば無事に地球へ向けて出発させてやりたいんだけど・・。


「智恵を出せ」


 女神様がわずかに目尻を下げた。


「・・ことわりでは、どういう処罰になります?」


「討伐対象じゃ」


「むむぅ・・あれ? それなら、俺とか思いっきりことわりを外れてるんじゃ?」


「うむ。最早、罰しようにも手に負えん。故に、と言ったのじゃ」


「リュードウは? あいつも強いですよ?」


使徒おまえがおるではないか?」


「あぁ・・まあ、俺がやるんなら、サクッと終わりますねぇ」


「故に、智恵を絞れ」


「・・むむ」


 どうやら、女神様もリュードウを討伐する気は無いらしい。


「う・・?」


 なんか、良いこと思い付いたっぽい。


「ほう? なにか思い付いたか?」


「女神様、地球の神様と交流があったりします?」


「同じ辺境管理区ながら、あちらは先住の管理者と我らとが混在している世界じゃ。外管区との接触は断っておる」


 なんか、神様にも色々あるんですねぇ。説明されても難しそうなんで訊きませんけど・・。


「でも、メッセ・・手紙くらいは書けますよね?」


「・・里心でもついたか?」


「リュードウがね」


「ほう・・詳しく聞かせてくれるか」


 女神様が食い付いてきた。



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