第220話 滅びの足音


「やあ、やってるねぇ」


 不意の声に、


「あ・・コウ・・王様」


 マリコがビクッと背を縮めながら振り返った。

 爆発が続く現場から実に5キロほど離れた巨樹の上である。


「もうっ、シフートにだって見つかった事が無いのに・・」


 マリコが呆れる。

 本気で隠れたら探知の魔法にだって引っかからない。隠形おんぎょうが得意なシフートですら発見が困難なのだが・・。


「まあ、王様だからなぁ」


 マリコが諦めた顔で笑った。


「久しぶりに、マリコの逆鱗モードを見たよ。また、派手に散らかしたねぇ」


 俺は手をひさしに未だに爆裂弾がぜ続ける方を眺めた。

 まあ、木々が消え去ってます。遠くから見ると、緑の樹海の中にぽっかりと空き地が出来ちゃってます。


「あそこに、アズマが?」


「・・はい・・その、森を抜ける途中ですれ違ったので、一言くらい挨拶をしようかと思ったんですけど、なんか喧嘩になっちゃって」


 マリコがバツが悪そうに言う。


「そしたら、こうなった?」


「はい・・ごめんなさい」


「別に良いよ。攻撃されたんでしょ?」


「光神の加護を貰って使徒になったらしく、もう無敵だぁ・・みたいな空気だったから、つい・・」


「う~ん、これも光神の加護かなぁ?」


 俺は聞こえてくる物音に耳を傾けながら呟いた。

 途絶えていたアズマ達の心音が復活したようだった。命のスペア・・あれを貰ったという事か。


「王様?」


「なんか、あいつら生き返ったみたい」


「・・えっ!? あんな雑な弾幕で死んじゃってたんですか?」


 マリコが別のところで驚いている。


「うん、粉々」


「・・ヤバいですね」


 マリコが持っていた筒を見た。初期装備・・の進化版である。

 武器がどうこうより、曲射による砲撃のセンスがずば抜けているのだけど、本人は気がついていないらしい。まだ自分は弱いと思い込んでいるので、こうして逃げ回って距離を取ってからの砲撃・・というワンパターンを繰り返す。もう、巨蜂を素手で殴り潰せるのにねぇ。


「もうちょっと加減してあげないと・・」


 アズマ達も、何を勘違いしてマリコを襲ったんだか。まんま自殺じゃん?


「そうだ。マキマキが居なかったんです」


「マキ?」


「マキノマキ」


「・・なるほど」


「あの4人と一緒に居ませんでした」


 マリコが遭遇した時、アズマ達と一緒に居なかったらしい。ただ、マリコが言うには、マキマキは回復専門で、攻撃系の魔法や技能が無いため、単独行は考えにくいそうだ。


「ふうん?」


「気になります」


 マリコが心配顔で言う。


「そう?」


「友達だったんです・・ううん、今でも、私は友達だと思っています」


「ふうん」


 それなら、捜してあげた方が良いか。


「捜して良いですか?」


「う~ん・・と、あっちかな。心音に覚えがあるかも」


 俺は爆撃地とは別の方角を指差した。


「ノルダヘイルに来るように説得しようと思うんですけど、王様も一緒に行ってもらえます?」


「良いよ。でも、まあ、攻撃されるだろうし・・そうだ。ちょっと後ろ向いてて」


「え? はい」


 マリコに後ろを向かせておいて、俺は幼女に姿を変えると大急ぎで着替えを済ませた。スカートはいてますよぉ、まあ、下着は短パンだけどね。


「デイジーとフランナは来なかった?」


「はい・・」


 頷きつつ、幼女となった俺をしげしげと観察している。


「この姿だと弱いからね。手加減し易いと思う」


「そうなんですか?」


 マリコが俺の前に屈んで、白シャツのシワを伸ばし、スカートの腰を絞るベルトをキチンと巻き直す。それからマントを羽織らせて、長い髪をマントの外に出してリボンで纏めてくれた。


「・・いやぁ、どうせ戦いになれば、ぼろぼろになっちゃうよ?」


「その時は、また直します」


 マリコがにっこりと笑顔を見せた。


「そう? 良いけどさ・・そう言えば、アズマ達が森の民エルフを集結させてるって聴いたけど?」


「アズマ達が使徒になったと聴いた森の民エルフが何か盛り上がっていました。ユウキ・・王様を打倒するとか叫んでいたので無視できなくて」


「そっかぁ・・もう、面倒臭いし、樹海ごと耕して畑にしよっかな」


 俺は溜息まじりに呟いた。


 その時、


『それは待ってくれ』


 不意の声と共に、最寄りの立木の幹に老人らしき顔貌が浮き出た。


「・・初めまして、コウタ・ユウキです」


 俺はスカートのひざつまんでお辞儀をした。


「初めまして」


 マリコが俺に習って丁寧にお辞儀をした。


『・・樹神だ。何度か言葉は交わしているぞ』


「樹木の神様・・あぁ、そう言えば」


 俺がこちらに召喚された時、最初に俺を喚び出した神様だ。樹木の神だったことは、女神様に教えて貰ったんだけど。


『月の奴にののしら・・・頼まれてな。安易な死を選ばず、お前に手を貸すようにと・・』


「さすが月の女神様・・うちのアヤに入ったのは知ってます?」


『うむ・・あいつが受肉に応じるなど・・正直、驚嘆したが・・しかも、共棲とはな』


「月光の女神様に味方する神様って、どのくらい居ます?」


『宵闇の魔神、断罪の魔神、北風の女神、神泉の女神くらいだろう。他は光神になびくだろう』


「向こうは、何人・・何柱くらいですか?」


『正確には分からんが、60柱ほどだろう』


「・・何処に居ます?」


『2箇所に別れておるな。極北で仮の神域を築いている奴等と、ここの住民を神兵化しておる連中と・・』


森の民エルフとか、獣人を神兵化? そんなの出来るの?」


『獣人が連れている巨人化した猿人を知らぬか?』


「・・あぁ、いましたね、そういうの」


『あれは、太古の昔に神兵化させた原住民の末裔らしいぞ』


「へぇぇ・・昔にも似たような事をやったんですね?」


『この地には、我々とは別の星系から漂着した存在があった・・その存在との戦いのために原住民を使ったと記録されている。結果として、この星の文明が崩壊しかけ、漂着者達のほとんどは星を棄てて去った』


「俺の船とか、その時のものですよね」


『そうだな。かなり後期の物らしいが・・お前が起動させ運用したことで、神々にも同じ事をやろうという動きがあったのだが、いずれも失敗に終わった』


「ふうん・・」


『そうこうしている内に、我らが母船を突き止めて破壊した奴が居てな』


「あははは・・リュードウったら、悪い奴ですねぇ」


『・・まあ、我らが起源たる記憶体は消滅したわけだ』


「お悔やみ申し上げます」


『この星の神域も破壊された』


「不幸って続くんですよねぇ・・」


『おかげで、受肉か、石塊に入るか、封獄されるか・・選択を迫られる事となった』


「悲しい話です」


『・・・まあ、今更、愚痴を言うても仕方が無いからな・・それで、なんだったか。そう・・光神共をどうするつもりだ?』


「掃除します」


『掃除・・か』


「そして、月光の女神様に世界の神様をやって貰います」


『最後にお前が生き残ることは分かる。だが、総ての生き物が死滅した星で生き延びても仕方が無かろう?』


「そんな戦いになりますか?」


『戦いというより、ただ滅びるくらいなら・・と、無茶を考える連中も出てくるということだ』


「・・なるほど、居そうですね」


『とは言っても、地上に降りた我々には自身で何かを成せるほどの力は無い。神像まがいの石塊に入ったところで、お前に囓られて終わりだしな』


「ははは・・」


『故に、加護を与えて、地上の人間を操るしかないのだ』


「・・で、アズマ達?」


『だったのだが・・光神の加護だけでは、どうしようもないと結論が出たからな。今頃、別の神々も加護を付与しているだろうな』


「あいつら、神様の玩具おもちゃですね」


『・・加護に耐えきれるほどの器というのは、なかなか見つからないものだ。それに、多くの加護者がどこぞの化け兎によって消し飛ばされた。神々の焦りは相当なものだぞ』


「それで、ええと・・生き物を死滅させる方法って? いくら加護持ちを増やしたって、たいした事は出来ないと思いますけど?」


『流行病の類だろうな』


「流行の・・伝染病?」


『緩やかな死滅を目指すなら、子孫を残せないような害を及ぼすものを・・急激な死滅を行うなら死病を蔓延させることになる』


「あぁ、それは・・月光の女神様が邪魔になりますね」


『そういうことだ。あやつの力は浄化だからな』


「毒も呪いも病気も効かなくなりますもんね」


『そういうことだ。つまるところ、地に降りた神々にとって厄介なのは、月光の女神と、その加護を与えられた者達という事になる』


「ところで、うちのデイジーとフランナが見当たらないんですけど、どこに行ったか知りませんか?」


『名は知らぬが、強大な神聖力を持った女と妙な気配をした人形なら、深淵の神によって虚空へ掠われたようだ』


「へぇ・・虚空? その神様は・・光神側?」


『そうだ』


「そうですか。じゃあ、良いかな」


 俺は小さく息をついた。


「ユノン?」


「はい」


 返事と同時に、黒衣姿のユノンが俺の傍らに出現した。


「デイジー達の様子は?」


「用意されていた神兵、石像は総て破壊したようです。ただ、虚空と仰いましたか?・・その空間を出る方法を探しているところです」


「ここに転移させられる?」


「はい」


 ユノンが事も無げに頷いて、やや伏せ眼がちに集中すると、


「・・お手数をお掛けしました」


「ユノン母様、ありがとうっ!」


 デイジーとフランナが転移して姿を現した。


「申し訳ありません。なかなか、厄介な空間でした」


 デイジーが苦笑を見せる。


 まあ、深淵の神というのが用意した罠なんだから厄介だったんでしょう。神兵に意味は無いから、空間内に閉じ込めて衰弱させるか、こっちを分断させるという狙いかな?


(その手の空間が有効かどうか試した可能性もあるか)


 俺は2人が無事な様子に安心しつつ、神酒を取り出してデイジーとフランナに手渡した。


「・・光神の音は覚えた。もう隠れん坊は許さんよ」


『できれば、この樹海の外でやって欲しいのだがな』


「単体ごとに狙撃するようにするよ。みんな、良いね? できるだけ、樹海の樹を切ったり、焼いたり、砕いたり、呪ったりしないように、神と兵隊だけを狙い打ちにしていくよ」


「畏まりました」


「フランナに任せる!」


「がんばるわ」


「・・アズマさん達はどうします?」


 ユノンが訊いた。


「あ、忘れるところだった。先に、マキマキだっけ? マリコの友達を確保して、アズマ達はボコって監禁。神様と神兵は殲滅で」


「分かりました」


 ユノンが頷いた。


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