第219話 喧嘩


 光の神から宣告された内容は衝撃的だった。


 光神の加護を付与して最上位の練度まで強化、身体能力の上限までの向上、死亡時に一度だけ復活できる予備の命を付与、習得済みの全技能、全魔法の最上位互換への昇華、練度を最大値化・・・。


 光神の提示する対価の数々は、あまりにも圧倒的で、凄まじく魅力的だった。


 凶魔兵や巨蜂をどんなに狩っても得られない練度が一瞬で得られる上に、上位の技や魔法に置換して貰えるのだ。


 条件は、使徒になること・・それだけだった。

 何よりも、上位神の使徒になれるという響きが甘美だった。


 それは、月光の女神の使徒だと言われている結城ユウキへの対抗心だったのかもしれない。


 それは、同じ日本人の高校生でありながら、手が届かない高みへ駆け上がってしまった結城ユウキへの対抗心だったのかもしれない。


(・・これが最強・・無敵の力)


 身が震えるような興奮を味わったのは、アズマだけでは無い。上条静香カミジョウシズカも、本郷玲子ホンゴウレイコも、大石仁美オオイシヒトミも・・あまりに圧倒的な能力の向上に驚嘆し、その表情は自信に充ち満ちていた。


 元々、樹海の獣人や森の民に比べれば高い能力を持っていたのだ。だからこそ頼られ、樹海を守るために多くの戦いに参加してきた。しかし、どんなに戦っても、迷宮に挑んでも、どうやっても結城に追いつけない。

 強くなった気になれない。


 噂で聞いただけでも、力の差は歴然としていた。


(だが、今の俺達なら・・)


 そう思っていたところに、黒川真子クロカワマリコが訪ねてきた。

 

 初めは他愛の無い挨拶程度だったが、何かをきっかけに上条静香カミジョウシズカ黒川真子クロカワマリコが言い争いになり、黒川クロカワ結城ユウキの送り込んだスパイだという騒ぎに発展した。


 実際、そういう面はあったのだろうが、結城ユウキ黒川クロカワに与えた任務は、広く樹海の状況を確認するような内容だったと思う。そもそも結城ユウキの眼中に、アズマ達は入っていないから・・。


 身の内に溢れんばかりの力を試したいという欲求も手伝って、黒川真子クロカワマリコを捕まえて監禁しようという大石仁美オオイシヒトミの提案に同意した。


「逃げられたけど、私達、負けてないよ!」


 大石仁美オオイシヒトミが興奮顔で言っていた。


真子マリコも強くなっていたけど、うん・・私達の方が強いかも」


 上条静香カミジョウシズカも満足そうに頷いている。


「しかし、これで・・結城ユウキ君との決裂が確定的になってしまった。彼は、真子マリコを攻撃した事を許さないだろう」


 本郷玲子ホンゴウレイコが気遣わしげに呟いた。


「確かに・・しかし、光神様の使徒となった時に、結城ユウキと敵対関係になることは分かっていた事だ」


「・・だからこそ、ぎりぎりまで伏せておいた方が良かったのではないか?」


「もうっ、やったことなんだから・・仕方無いでしょ」


 大石仁美オオイシヒトミ本郷玲子ホンゴウレイコの肩を叩いた。

 長身の2人は、何だかんだ言い合いながらも仲が良く、戦いの時だけでなく、お互いに助け合いながら暮らしている。


結城ユウキ君は・・真子マリコより格段に強いだろう。なのに4人がかりで、真子マリコ1人を襲っておきながら逃げられてしまった」


「そうだけど・・どうせ、喧嘩するつもりだったんでしょ? アズマ?」


 大石仁美オオイシヒトミに問われて、


「使徒の役割だ。ただ、逃げられたのはマズかった。もう、結城ユウキに連絡をしただろう」


森の民エルフの結界網には触れていないようだから、まだ近くに居るのかも? 魔導の伝話は探知できるって、森の長が言ってたわ」


「未だに、100メートル程度しか伝話が飛ばせない森の民エルフが、結城ユウキ達の魔導を探知できると思うか?」


「・・駄目よね」


「無理だな。伝話とは言っているが、果たして俺達の知っている魔法と同じものなのか怪しいものだ」


 結城ユウキ自身は魔法は使えない・・はずだ。だが、怪しげな小人を召喚して、換金をやったり、伝言を飛ばしたり・・アズマる魔法とは全く異質の、しかし魔法としか言いようのない術を使っている。


 それに、ほぼ接点が無いが、連れている闇民ダークエルフの少女、元ランドール教の司教だという女、大鷲オオワシ族という獣人も脅威だったし、花妖の女も油断ならない魔術を使うらしい。


麻紀マキはどうするの?」


 本郷玲子ホンゴウレイコいた。


 牧野麻紀マキノマキは、結城ユウキと敵対することに反対し、光神の使徒になることを拒んだため、森の民エルフの館で軟禁されていた。


牧野マキノのことは、しばらく放って置くしか無い。使える魔法は治癒系統だけだし、光神の加護を拒んだんだ。同行させるのは危険だろう」


「それは・・・あっ!?」


 本郷玲子ホンゴウレイコ大楯グレーターシールドを取り出して前に出た。

 直後に、強烈な爆発が次々に起こって4人を爆風と爆煙で包み込んだ。


「くっ・・敵っ!? いや・・この爆発は、黒川クロカワか?」


 アズマが弓を手に周囲へ視線を凝らした。この程度の爆煙など、今なら見透すことが出来る。そして、どこにどう隠れて居ようとも、アズマの眼は生物の体から発する熱を捉える事が出来た。


「・・そこだ!」


 まだ爆煙に包まれた中で、アズマは神弓を引き絞って光矢を放った。

 淡く見えている熱源めがけて光矢が吸い込まれ、激しい閃光と共に地鳴りがするほどの爆発が起こる。


アズマっ?」


「・・当てたと思うが」


 アズマが言いかけた時、


「気をつけろ!」


 本郷玲子ホンゴウレイコが鋭い声を掛けた。

 その頭上から、赤々と輝く球体が降り注いでくる。先ほど爆発をもたらした爆発の魔法弾が、十や二十では無い数で上空に弧を描いて飛来して来ていた。


 咄嗟に呪文を唱えながら、本郷ホンゴウ大楯グレーターシールドを頭上へ掲げて魔法防壁の天蓋シェルを生み出した。


「下よっ!」


 上条静香カミジョウシズカが声をあげる。


「下・・仁美ヒトミっ!」


 本郷ホンゴウ大石オオイシに声を掛けた。


「任せてっ!」


 息の合った動きで、大石仁美オオイシヒトミが辺り一帯の地面に硬化の魔法を展開する。


 降り注いでくる赤い球体が激しい爆発を始めた。

 凄まじい衝撃に、頭上へ展帳した魔法防壁がたちまち失われて、大楯グレーターシールドが直接被弾する。


 吹き荒れる爆風と轟音の中で、上条静香カミジョウシズカが機転を利かせて竜巻を発生させ、爆煙を噴き上げ、爆風を上へと吹きあがらせる。


「・・これ、愛里アイリなの?」


 上条静香カミジョウシズカが呟いた。


「アイリ? 黒川クロカワなら、真子マリコだろう?」


 アズマが聞きとがめた。


「幼い時に名前を変えたの。父親が色々あって・・」


 上条静香カミジョウシズカが短く答える。


「また来たっ!」


 本郷玲子ホンゴウレイコが魔法防壁を再度展張しながら叫んだ。上空から赤い光弾が迫ってくるのが見える。さらに数を増やして、50個以上もあった。


 その時、今度は地面が下から突き上げられて爆ぜた。


「このっ!」


 大石仁美オオイシヒトミが気合いの入った声と共に、魔力を注いで足下からの爆発を抑え込むが、小石は飛礫つぶてとなって4人を襲い、飛び散った土や木の根が眼鼻を汚す。


アズマっ、黒川クロカワは何処っ?」


 大石仁美オオイシヒトミが睨むようにアズマを振り返った。


「・・俺が見える範囲に居ない」


 先ほどからアズマも捜していたのだ。しかし、少なくとも半径500メートルの範囲には黒川クロカワらしき熱源が見当たらなかった。


 この一連の攻撃が黒川クロカワによるものなら、500メートル以遠からの狙撃・・黒川真子クロカワマリコは、足の遅い赤光弾と地面の下を這って来る地雷のような魔法で狙い撃っている事になる。


 以前の黒川真子クロカワマリコを知っているだけに、信じられない事態だった。

 4人に襲われて逃れたかと思われた黒川真子クロカワマリコが、有利な位置取りをして冷静に反撃してきている。


「・・駄目っ、支えきれない!」


 本郷玲子ホンゴウレイコ大楯グレーターシールドを両手に支えながら叫んだ。


「固まっていたら狙われるだけだ。あいつの武器は弾速が遅い。散開して自由に動けば当てられない」


 アズマが言った。


「そうね・・真子マリコの武器はそういうやつだったわ」


 上条静香カミジョウシズカが頷いた。


「・・・アズマ、どこを見てるの? もう、逃げられる場所なんか無いわ」


 大石仁美オオイシヒトミが呆然と空を見上げて言った。


 それは、降り注いでくる赤い光球のさらに後ろ・・時間差にして5秒ほど後方から空を埋め尽くして紅蓮の光弾が飛来してきていた。


 慌てて後ろを振り返るが、そちらからも数万という光弾が降って来ていた。数キロメートル四方を埋め尽くさんばかりの圧巻の絨毯じゅうたん爆撃だった。まあ、マリコが見境なく乱射しているだけだったが・・。


 アズマ達にとって最悪なのは、ぶち切れて爆裂弾の連射をやっているマリコが、身に染み付いたルーティーンとして、爆裂弾を空から曲射し、同時に地下を潜って奔る地走雷も乱射している事だ。

 おまけに、空中から降らせている爆裂弾は地上に落ちる前に爆発したり、落ちてしばらくって爆発したり、接触即爆発したり・・と、爆発のタイミングがバラバラなのだった。


 凶魔兵をまとめて4、5体くらい塵にする爆裂弾を数十発も受け、魔法防壁を張り替えながら耐えた本郷玲子は見事だったが・・。足元に転がった爆裂弾が遅延して爆発を始めると、さすがに凌ぎきれなくなった。


 声をあげる間も無く吹き飛ばされ、同時爆発の嵐の中で4人の身体が引き千切れて土砂に巻かれながら埋もれていった。


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