第218話 混沌のパズル


「・・アヤ、なのか?」


 俺は確かめるように声をかけた。

 女神の器となったアヤ・・その精神体を消さずに"同居"することに成功したと、月光の女神様が告げたのだ。


「はい・・女神様の温情により、こうしてお時間を頂ける事になりました」


「あはは・・元々、アヤの身体なんだから、遠慮しなくて良いでしょ。女神様だって、休みたい時間があるだろうし」


「そのような・・」


「まあ、戦闘には参加させられないけど・・なにか、伝える事があるんだっけ?」


 アヤに交替する前に、月光の女神様が俺に教えることがあると言っていた。


「神樹の奥に隠されていた遺跡ですが・・」


「ああ、フランナがぶっ壊したやつ?」


「はい。あの門の先に、神々の遺棄した"揺り籠"があるそうです」


「・・揺り籠?」


 宇宙で粉砕した母船みたいなやつだろうか?


「この星に落ちて来た時に機能不全に陥ったらしく、神域を構築した後に遺棄したもののようです」


「ふうん・・あぁ、それって船か。そんで・・リュードウが再利用?」


「・・凄いです。これは、女神様が仰っておりましたが、陛下は有るか無しかの情報だけで、いきなり正解を導き出してしまいます」


「じゃ、当たり?」


「はい。サクラ・モチとは世代が違うようですが、亜空間航行をする船だそうです」


「ふむ・・」


 あのタケシ・リュードウが、ただ古い知り合いだからという理由で、ルティーナ・サキールに肩入れするはずが無かった。あいつは、この世界の神々を"屁"とも思っていないのだから尚更だ。


 最初は、俺を潰すことが目的かと思ったけど・・。


「遺跡は、始まりの地として、神々にとっては特別な場所だったようです」


「あ、そう?」


 うちのアグレッサー7型が、色々とぶっ壊してゴメンナサイ・・。


「神兵が格納された施設もあったそうです」


「ふむん」


 氷柱とか投げて来なければ無事だったのにね・・。

 あいつら、何だって俺に突っかかって来たのかな?


「光神の邪魔が入るそうです」


 アヤが淡々とした口調で告げる。


「へ? 邪魔って、何を邪魔するの?」


「リュードウのやっている事を・・」


 アヤの声音に嫌悪感が滲んだ。


 うん・・嫌われてるねぇ、タケシくん・・。


「ふうん・・それを俺に伝えて、女神様は何をさせろって?」


「何も・・ただ、お伝えするようにと」


 アヤが頭を振った。


「光神って、月光の女神様を封獄に入れた側?」


 つまり、敵じゃん? 始末して、OK?


「そのようです。ただ、獄に入る事については、女神様が自ら選んだようですけど」


 受肉をして地上に降りたくないというのは女神様の決断なんだろうけど、封獄に入れるというのはどうなの?


「光神、リュードウ、始まりの地・・他には?」


「今夜、月がある内に、神樹の上に来るように・・と」


「・・そうした情報を女神様が自分で言わないのは、なんで?」


 自分の口で告げても良かったんじゃ? まあ、アヤの身体なんだけど・・入れ替わってまで伝言ゲームする意味ある?


「神々の理によって禁じられているそうです。ただ、私は神ではありませんから問題無いと、笑っておいででした」


 アヤが悪戯っぽく笑った。


「なるほど」


 俺も小さく笑った。


 あの月光の女神様らしいよね。屁理屈だけど、確かに神々のことわりを犯して無いかも?

 

 どっちみち、俺は女神様を奉って神様を続けて貰うと決めている。正も誤も無いんだよね。リュードウに報せつつ、邪魔をしようとする光神を拝んでみようかな?


 ところで・・。


(神様達はどこに居るんだろ? 体を持っているんだし、どこかの建物・・城とか?)


 俺はアヤの顔を見た。


「アヤで居られる時間は決まってるのか?」


「夕刻、陽が沈むまでお時間を下さいました」


「そっか。じゃあ、久しぶりに・・お茶しよっか」


 俺は、みたらし団子と甘酒ベースの神酒を取り出して、テーブルに並べていった。


 ユノン、デイジー、アヤに俺、4人それぞれに三皿ずつという豪華さです。奮発しましたよ。神酒(ノンアル)は1瓶だけだけど。ユノンがお茶を煎れてくれるので良いのです。


「結果的に、アヤが消えなかったから良かったけど、本気で心配したんだからね?」


「申し訳ありません」


 アヤが素直に謝る。まあ、今となっては、あれが最善手っぽいけどさ・・。うちの連中が、過剰な自己犠牲の精神に目覚めたら困ります。


「色々と女神様が知っている情報を教えて貰いながら、決めていかないといけないなぁ」


 俺は、団子串を手に呟いた。

 どっかの魔王とか、悪の親玉を倒したらお終いって話なら簡単なんだけど、壊れかけの惑星を再生させたり、主に人間が生きていける自然環境まで修復したり、放って置くと平人が魔人の奴隷になっちゃいそうだから手助けも必要? 北半球と南半球をきっちり分断して・・いや、この際だからもっと細かく分断して、区画毎に復興させないと難しいのかも?


「魔界の復興も、まだまだ道半ばですし・・こちらへ逃げ出した魔人達も魔界に住める場所ができた事に気付き始めたようです。平人、獣人の大国が各地で崩壊しつつありますし、混乱はしばらく続くでしょう」


 デイジーが神酒を口に含む。


「そのあたり、女神様はどのようにお考えなのでしょう?」


 ユノンがアヤに訊いた。


「人のことは、人でやりなさい・・と、やや突き放した感じで考えていらっしゃいます。ただ、コウタ様からの祈念があれば可能な範囲で手助けをする・・と」


 アヤが団子を頬張った俺の顔を見る。


「祈念・・祈り・・お願いか」


 リュードウが言っていた"管理の装置"を使うということか。あいつは、新しい"ことわり"の創造は出来ないけど、既存の"ことわり"の運用は出来る・・そんな事を言っていた。


「コウタ様が世界の総てを考える必要はありません・・そういう事では無いでしょうか?」


 デイジーが団子を手に取りながら言った。


「そう?」


「女神様が世界の混沌をお鎮めになる・・そのお手伝いをすれば良いのだと思います」


「ふうん・・そうかもね」


「でも、女神様はどのようにして世界の混沌を鎮めるのでしょう?」


 ユノンが素朴な疑問を口にした。


「神樹にそのための鍵があるそうです」


 アヤが言った。


「鍵か・・ところで、光神というのは?」


「神々にも位というものがあって、光神はここに存在する神々の中では最高位の存在らしいです」


たおしちゃって良いの?」


「・・特に、困ることは無いと」


「へぇ・・まあ、そうか。管理の装置は別にあるんだし、もう新しい"ことわり"は生み出せないし・・装置を動かせる神様が居れば良いんだもんね」


「ただ、リュードウの目的のためには、光神の力を借りた方が良い・・そのように、女神様は考えていらっしゃいます」


「リュードウの? あいつの・・アヤコの培養に?」


「い、いえっ・・あれは・・そうした事が無くても成し遂げるだろうと予想しておいでです」


 アヤが顔を赤くしながら言った。


「だよねぇ」


 あいつの執念、半端ないから。


「地球という星へ、リュードウが無事に帰るために・・あちらの監理者との条約というか・・取り決めを結んでおかないと、あちらの星も、ここと同様に乱れることになると」


「・・なるほど。また隕石墜としたり、巨蜂やら蛙巨人とか繁殖させるわけにはいかないよな」


 こちらから編入するために、それなりの手続きを踏んでおいた方が穏やかに事が運ぶという事か。


 なんとなく、理解できる理屈だ。

 いざとなったら力尽くなんだろうけど、編入の条件が悪く無ければ、あっちの監理者と争う必要は無いのだし・・。


「この情報、リュードウは知ってる?」


「はい。裁きの神との接触は、そうした目的があったのだろうと・・女神様はお考えです」


「なるほどなぁ・・」


 やっぱり、あいつは凄い奴だ。

 行き当たりばったりの俺とは違って、よく先まで考えてる。


「・・リュードウの支援を?」


 デイジーが俺を見た。

 お茶をれていたユノンも、手を休めてこちらを見る。


「嫌かな?」


 俺は苦笑した。

 リュードウは凄い奴なんだけど、どうしてだか女性陣には人気が無い。


「コウタさんがやることに反対はしませんけど・・あの人、ちょっと気持ち悪いです」


 ユノンが容赦無い。


「うん、まあ・・そこまで悪い奴じゃ無いけどね? あはは・・」


 少しだけフォローしてみるけど、


「あの方は、女というものを、聖遺物か何かと間違っているのでは無いでしょうか。どんなに綺麗な女性であっても、営みそのものは男性のそれと大差無いのですけど・・完璧とか、完全とか・・あの方が造っている宝石人形だけで良いじゃありませんか」


 包容力のあるデイジーまでが厳しい事を言う。


「う、うん・・何て言うか、ほら・・ちょっとだけこじらせた感じはあるんだけど・・あいつ、すっごい才能だと思うんだ。普通、あんな事は思っても実現できないからね? 精神体になって、500年以上も調べたり・・すごく頑張ったと思うんだ」


「正直・・気持ち悪いです」


 アヤがぽつりと呟いた。


「ぅ・・」


 すまん、リュードウ。俺は力不足だ。

 これ以上は、フォローできん!


「コウタさん」


「どした?」


「マリコから、緊急の連絡です」


「む・・?」


「アズマ、カミジョウ、ホンゴウ、オオイシ・・4名を含めた森の民達の合同軍が神樹に集結しつつあるようです」


「・・アズマは、どんな役回り?」


「長のようです」


 ユノンが言った。


(あの馬鹿たれ・・)


 俺は、深々と溜息をついた。

 担ぎ上げられたのか、自発的なのかは分からないけど・・。ごたごた揉め事を起こしている暇があるなら、世直しの旅にでも出て、世界を巡っていれば良いのに・・。


「マリコは無事?」


「拘束されそうになったようですが、なんとか逃走できたと・・」


 ユノンの双眸が冷え冷えと温度を下げている。


「マリコが逃走?」


 アズマ達がどれほど強くなったか知らないけど、マリコほどじゃ無いだろう。1対4だったとしても、問題無くアズマ達をあしらえる実力を身につけているはずだった。


(思ったより、アズマ達が強くなっている?)


 ああ・・そうか。


「神々による加護・・光神が肩入れしたのかな」


「シフートは潜伏したまま行動監視を継続中です。マリコは単独で撤退戦を行っています」


「ゲンザン達はどこだっけ?」


「魔人達の空中宮殿を確認に・・ハクダンとスーラは魔界で、魔界門の調査を行っております」


 デイジーが答えた。


「アルシェ達はチュレックだった?」


「はい」


「・・ふむ」


 狙いは神樹か、神樹の北にある遺跡か。


「アヤ、時間ぎりぎりまで、サクラ・モチの警護を頼む」


「承知しました」


 低頭したアヤが甲冑を纏った武人の姿と化す。


「ユノン、闇谷のお義母さんと・・戦人いくさびとの」


「義姉さんに連絡を取ります。谷を出て、こちらに合流するよう伝えて良いですか?」


「うん・・それから、俺に味方すると言っている人を全員ノルダヘイルに集めて。大鷲オオワシ族の族長に連絡して、いつもの避難訓練だ」


「はい!」


「デイジーとフランナで、マリコの救出」


「畏まりました」


「フランナに任せるっ!」


 デイジーの肩でお人形が拳を突き上げた。


「ユノンは俺の後詰め。しばらくは、伝話役ね」


「はいっ!」


 ユノンが気合いの入った返事を返した。


(さあ・・勇者ごっこをやってるお馬鹿さんをぶん殴りに行くかぁ)


 やれやれと頭を掻きつつ、


「カグヤ!」


 虚空へ声を掛けると、



『はっ!』


 軍服女子カグヤが敬礼をして現れた。


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