第216話 愛の牢獄


「知らない天井だ」


 俺はそっと声に出して呟いた。


 いや、天井はありません。


 ・・すいません。


「どこだっけ?」


 仰向けに真上を見たまま、俺はとりあえず声を出してみた。

 だって、右と左から柔らかな乳房を押しつけるように抱きかかえられて身動きが取れないんだもの・・。


 うん、俺は幼女になっています。

 珍しく、ユノンもデイジーも、幼女な俺に寝間着を着せることができないまま昏睡してしまったらしい。まあ、2人に抱きつかれているので寒くは無いけどね。


 何というか、落ち着かないというか・・。

 いや、これが男の姿なら結構平気なんだけども。

 でも、幼女の姿になると、色々と隠したくなるんだよねぇ・・。


(・・星が綺麗だねぇ)


 手を伸ばせば星々のきらめきに手が届きそうなくらいに・・。


「コウタさん・・」


 右から抱きついていたユノンがわずかに身じろぎした。


「起こしちゃった?」


「コウタさん・・」


「ん?」


 何だか、ユノンの美貌が思い詰めたように強張ってますよ? いったい、何事が?

 さすがにやり過ぎたっ!?


「行っちゃ嫌です」


「へ? 行くって・・」


 俺はどこに行くんですか? どこからの流れですか?


「いつでも言って下さい・・いつだって良いんです。ユノンの全部、コウタさんの物なんですから・・」


「えっと・・?」


 何を言っていますか? ユノンさん、どうしました?


「う、浮気とか・・嫌ですけど我慢します。だから、だから・・そのっ、女の人が好きなままで・・もう、ああいうお店は行かないでください!」


 ちょっとぉー、ユノンさんが物凄い勘違いしてますっ!?


「い、いや・・だから、俺はユノンとデイジーが居れば良いって」


 混乱してうまい言葉が出ませんよ。


「だって・・だって、サキールさんはとても綺麗でした!」


 ユノンが泣きそうな顔で身をむようにして言った。


「いやいやいやいや・・無いからっ! 俺はどこまでも女の子一筋ですからっ! 完璧に、完全にノンケだからっ!」


 いったい、何がどうなったら、そんな誤解を生むのっ!? そんな場面、無かったでしょ? 無いよね?


「だって・・あの・・マスターが、マイ・ダーリンって・・コウタさんのことを!」


 ユノンの双眸に大粒の泪が溜まっている。


「ちっ、違うからっ! あれは、あいつの挨拶だからっ!」


 くそぅっ、あの金ラメ、ぶん殴って顔面踏みにじりの刑だっ!


「ユノンでしたら、どんな事でもして下さいっ! ですから・・お願いですから」


「ちょ、ちょっとぉーー? ユノンさん、帰ってきて? かむばっく・ぷりーず!」


 とにかく、落ち着いて!


「い、今はまだ身体が小さいですけど、だって・・私達はゆっくりしか大きくならない種族ですから・・でも、ちゃんと大人になるんです!」


「いや、あのね? ユノンは十分に綺麗だし、今のままでも凄く素敵だよ? って、もしもし~、聴いてますかぁ?」


 嘘偽うそいつわり無く、ユノンは有り得ないくらいに綺麗ですよ? どこに引け目をもつ余地があるの? 理解不能過ぎなんですけど?


「ユノンは・・ユノンだって、もっと背も大きくなりますし」


「あぁ、いや・・背は今くらいで良いかなぁ」


 むしろ身長はちょうど良いですよぉ?


「む、胸だって・・お母様やお姉様みたいに・・」


 両手を胸乳に当ててユノンが俯く。


「いや、ユノンさん、聴いて下さい?」


 俺は、ユノンに対して一ミクロンも不満とか無いんですけどっ!? 心の底からゾッコンですよ?


「コウタさん」


 とうとう、ユノンの両眼から涙が溢れて頬を伝い始めた。


「は、はいっ!」


「う、浮気相手が男だった女の気持ちが分かりますか?」


「いや・・だから、浮気してないって!」


 超絶誤解ですからっ! 有り得ないからっ!


「だって、じゃあ・・どうして、あんなお店に行くんですか?」


 いや、お店って・・うん、まあ健全とは言い難いけどもっ! だが、しかしっ・・断じて違うっ! 俺は何の楽しみも見出していないぞっ!


「だから、説明したじゃん。あれは、リュードウのために・・」


「リュードウさんを連れて行く前から知り合いみたいでした!」


 ユノンさんの追求が止みません。だれか助けてぇ・・。


「ええっと、それはほら、あれも俺の精霊なんだよね? 前に喚び出したことがあって・・ほ、ほらっ、ホウマヌスの魔瘴酒を造ったのもあいつだよ」


「・・ホウマヌスさんの?」


 ユノンの語気が少し緩んだ・・気がする。


「そうそう、あいつは魔瘴気を吸って物を創造する力があるんだ」


「かなり前からのお知り合いなんですね?」


 そう来ますかぁーーーっ!?


「・・あのぅ、ユノンさん?」


「ずうっと前から、あのお店に通っていたんですね?」


 ヤバいって、ユノンさんの眼がわって来てますっ!


「いやっ、なんでそうなるかなぁ?」


「コウタ様? デイジーも心配になりましたよ?」


 不意の声と共に、お妾さんまで参戦してきた。


「あのねぇ、デイジーまで・・」


「でも、途中から違うんだなって分かりました」


 デイジーがユノンを見て優しく微笑んだ。


「デイジー・・どうしてですか?」


「だって、ユノン様・・コウタ様はあの場に私達をお連れ下さったのですもの」


「・・それは・・そうなのですけど」


 ユノンとしては、色々と衝撃が強すぎて冷静さを失ってしまったのだろう。まあ、無理も無い。あれは・・あの店はユノンには刺激が強すぎたよね。


「分かります。あれは・・あのサキールさんは、ちょっと不安になるくらい綺麗でしたもの」


 デイジーが豊かな乳房を手で押さえるようにして溜息をついた。


「で、ですよね? デイジーだって、不安になったでしょう?」


「ええ、正直、あの場で放逐を言い渡されるのかと絶望したくらいでした」


「俺が・・どんだけ、ユノンとデイジーを好きだと思ってるの」


 俺は頭を抱えるようにして嘆息した。


「ふふ・・どちらにせよ、私は浮気をとがめる立場に御座いませんけど」


 デイジーがくすくすと喉を鳴らすように笑いつつ、つやっぽい眼差しで俺の方を見ている。

 どうやら、凶巫女さんが仲裁をしてくれているらしいと気付いて、俺は肩の力を抜いた。


「・・・だって、ああいう牢獄にでも放り込まないと、殺すしか無くなるでしょ?」


 ルティーナ・サキールは裁きの神と一緒になって、俺を殺しにかかったのだから・・。そのまま放置という訳にはいかないんだ。ただ、殺すほどか・・となると微妙だっただけで。裁きの神やらルティーナやらが飛んでも跳ねても、ぶっちゃけ俺には身の危険が起こらないんだもの・・。ちょっと、ウザいなぁ・・くらいの事で、殺しちゃうのもねぇ・・。


「牢獄・・ですか?」


 ユノンが訊き返した。こちらも、少し冷静さを取り戻してきた感じだ。


「あの店は、俺の精霊召喚が無いと具現化しないの」


 俺は自分が小さくなっているのを良いことに、ユノンの胸元に抱きついて顔を埋めた。ついでに、お仕置きとばかりに乳房に軽く噛みつく。


「・・ぁ」


「だから、あの店に放り込まれたルティーナも、レーデウスもシンギウスも・・もう、どんなに暴れても外に出てこれないわけ」


「・・牢獄・・」


 ユノンがぽつんと呟いて、甘噛みをやっている俺の背へ手を添えた。


「もうっ!」


 俺は顔を捻って横目でデイジーを睨んだ。


 デイジーが軽く肩を竦めて微笑する。

 この凶巫女さんは、もっと早くから眼を覚ましていたはずなのに、ユノンが泣きそうな声で浮気について騒ぎ立てている間、寝たふりをしていたに違いないのだ。


「ユノン様、私達の誤解だったようですね」


 デイジーが慈母の微笑みを浮かべてユノンを見つめる。


「・・そうですね。コウタさん・・ごめんなさい。勘違いしてしまって・・恥ずかしいです」


 ユノンがしょんぼりと肩を落とした。


「分かってくれれば良いんだ」


 俺はユノンを抱き寄せて口づけをした。


 なぁ~んて、さわやかにゆるしたりしませんよ?


(はい・・男に戻りまぁ~す)


 ユノンを捕まえたまま、俺は幼女体から、色々と猛り狂った高校男子なボディに変身していた。


「ふふふふ・・お仕置きですよぉ」


 兎は野獣ビーストです!

 いつだって、臨戦態勢なんだぜっ!


「・・がっ、頑張りますっ!」


 決意も新たに頷いたユノンに、


「お方様、デイジーがついています。回復と強壮はお任せ下さい」


 デイジーが決死の形相で寄り添った。



 聖戦、第②ラウンドの始まりだ!


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