第214話 不戦の誓い


「きっ、きしゃ・・貴様ぁっ!」


 培養器の中で、リュードウが怒りの声を張り上げていたが・・まあ、勘弁して欲しい。だって、アヤは女神様が憑いたので、もう裸になってサイズを測らせろとか頼めませんから・・。


「なにが女神だっ! ただの精神体だと言ったであろうがっ! いいから、脱がせろっ! とっとと裸にして、我にサイズを測らせろっ!」


 培養液の中で、タケシ・リュードウが元気に吼えている。


「・・嫌ですよね?」


「論外じゃ。このアヤという娘は、無垢なる乙女なのだぞ? そんな乙女に好きでも無い・・いや、心底毛嫌いしている男の前で肌身を晒せというのか?」


 月光の女神様が吐き捨てるように言った。


「だってさ。ごめん、無理でした」


 俺は、タケシ・リュードウに謝った。


「無理で済むかぁーーーっ!」


「宝石ちゃん達、すまないねぇ・・」


 俺は部屋の隅に転がされているラピスラズリとローズクォーツを見つつ、個人倉庫から愛槍キスアリスを取り出すと、


「えいっ」


 俺は、培養器に愛槍キスアリスを突き刺した。


「・・・は?」


 タケシ・リュードウの顔が凍り付く。


「もう、精神体を移植済みだよね? 予備の宝石人形ジュエル・ナイツかな?」


 俺は培養液の中のタケシ・リュードウを見下ろしながら笑顔でいた。

 この培養液の中には、リュードウの精神体は存在しない。どこかへ封入された後だった。俺達が女神様を相手にしている間に宝石人形ジュエル・ナイツ達が封入作業を行ったのだろう。リュードウは、遠隔で今までの会話を行っていたのだ。


「・・貴様、精神体が見えるのか?」


「うん・・触れられるよ?」


「くそっ・・・つくづく、バケモノだな」


 リュードウが毒づく。


「他の神様を入れた封入器が幾つか無くなってるし・・今度は何をやるつもり?」


 封獄から封入器へ移された精神体は100体ちょっとあったのに、今は96個しか残っていなかった。まあ、女神様の封入器しか重要視していなかったので、他の神様が消えても何の問題も無いんだけど・・。


 こそこそ、何をやっているのかねぇ・・?


「ふん、言うと思うか?」


「言えない事?」


「・・我は貴様を信用できん」


「ボク、悪いニンゲンじゃ無いよ?」


「黙れ、クソ兎っ! 貴様以上の悪など存在せん!」


 怒鳴るリュードウを眺めている俺の目尻が下がる。


「あららぁ・・アヤコさんのモデリングについて素敵な提案を持って来たんだけどなぁ?」


「ぬっ!? い、いやっ・・騙されんぞっ!」


 効果覿面てきめん、リュードウがそわそわと落ち着きを失う。

 まあ、元々落ち着きは無いんだけど・・。


「あれって、短い時間でもやれるでしょ?」


「お、おう・・それは・・我のジュエル・ナイツは優秀だからな」


「3分くらい?」


「それだけあれば、十分過ぎるほどだ」


「ほほう、それなら・・」


 培養液を失い、リュードウの半身が急速に色を変え、赤黒く乾いていく。


「・・それなら何だ? その・・アヤ殿に許可を得てくれるのか? ん? どうなのだ?」


「タケシくん、一つの成果を得るための方法は一つでは無いのですよ?」


 俺は、ふふんと鼻を鳴らして胸を反らした。


「・・別の手法が? い、いやっ・・我は完璧パーフェクトを求めている! 似通った何かでは満足できんぞっ!」


「シィッ・・声を小さく」


 俺は干涸らびたリュードウを軽くにらんだ。


「お、おう・・」


「俺に秘策あり」


「・・本当か?」


「任せたまえ」


「どうやるのだ?」


「いいから、任せたまえ」


 干物になったくせに、くどい奴だ。まあ、精神体を移した後の抜け殻なのだけど・・。


「・・た、たばかるなよ? 我は・・」


 聞こえてくる声は、疑い半分、期待半分といった感じかな。


「男と男の約束だ」


「む・・むぅ・・しかし、貴様は・・男?」


「ようく考えた方が良いよ? 今、俺と敵対しても勝率はかなり低いでしょ? 成功するかどうか怪しいよね?」


 ぶっちゃけ、俺が本気で邪魔をしたら、アヤコの創造どころか、タケシ・リュードウも死滅しますよ?


「・・それについては、認めよう」


「でもさ? 俺の方は、リュードウと争う気があんまり無いんだよ? お互いに利害を整理すれば上手く協力できると思わない?」


 わざわざ、自分から引き金引いちゃう気?


「それを・・そんなれ言を信じろと言うのか?」


「だって、リュードウは地球に戻る気でしょ?」


 そうなのです。こいつは、タケシ・リュードウはこの星をてて地球へ向かうつもりなのですよ。


「・・なぜ、そう思う?」


 リュードウの声音に緊張が含まれた。


「元々、ここが嫌いだったじゃん?」


「そんな話をした覚えは無いが・・」


「俺は、ここが好き。だから、逆に・・この惑星にしか興味が無い」


 ノーモア、引っ越し・・である。が嫌だから、が嫌だから、・・とか、永遠に引っ越しを続けないといけなくなるでしょ?


「・・ふむ」


「方法は知らないけど、リュードウの事だから、必ず地球へ辿り着くでしょ?」


 このリュードウという男は、願望達成能力が素晴らしい。絶対に諦めない粘着力と、死んでも蘇るしぶとさに加えて、人目を気にしない剛胆さに、断固とした実行力、決断力も兼ね備えている。何よりも、頭脳が凄い。


「当然だ。我を誰だと思っている」


「リュードウなら・・やるだろうね。その点はまったく疑って無いよ」


 こいつなら、やるでしょう。


「・・ふん、気味の悪いことだ」


「俺はこの星に残り、リュードウは地球に戻る。ここまでは良いよね?」


「・・うむ」


「で、リュードウは、アヤじゃなくて・・アヤコさん?を伴侶として連れて行きたい」


「はっ・・伴侶・・そうだっ!我の妻として・・アヤコを・・」


「その点において、俺以上の協力者は見つけられないと思うんだよねぇ?」


 何しろ、アヤという限りなくリュードウの思い描いた理想に近い女性が居るからね。


「・・だ、だがっ・・貴様は失敗したでは無いかっ! ろくに説得できずに投げ出したくせに・・」


「だからさ? 別の方法を持ってるんだって」


 俺は声を潜めた。


「むっ!? き、貴様・・何を?」


 ひそやかな期待に、リュードウの声が上ずる。


「俺って、まあまあ何でもありよ?」


「・・我の知らぬ秘策が?」


「あるんですよ」


「ほっ、本当かっ!?」


「リュードウに、がっつり惚れた状態のアヤコさんを3分間だけ出現させる事ができます。まあ、それをどうコピーするかはリュードウの自己責任ね?」


 ささやくようにして言った。


「・・そんな事が可能なのか?」


 マイク越しに、同じくひそやかな声が返る。

 まあ、目の前のは、すでに粉をふいて崩れ始めているんだけど。


「びりーぶ・みぃ」


「それが・・そんな事が可能だというのなら・・我に、貴様と争う理由は無い」


 リュードウの声に決意が含まれた。


「あまり何度も出来ないと思うから、一回でちゃんとコピーして欲しいんだけど?」


 いや、何度でも出来るとは思うんだけど、正直、俺の心がたない気がする。


「うむ、それは問題無いが・・本当にできるのか?」


「うん、出来るようになった」


「・・いったい、貴様は・・」


 リュードウが一度口をつぐんで、しばらく考えを巡らせたようだ。


「一度、いてみようとは思っていたが・・貴様は、これからどうするのだ?」


 質問が変わった。


「ここで・・この世界で生きていくよ」


 俺の方は即答です。とっくに決心していますから。あの日、ユノンの披露宴をした時に。


「・・人か、神を僭称せんしょうする奴等か。必ず、貴様という存在を邪魔に考える奴等が現れて、あの手この手で排除にかかるぞ?」


「やっぱり、そうなるかな?」


「かつての我がそうだった。仲間面した奴等・・協力者を装った連中によって、我の肉体は滅ぼされたのだ。やがて、何者も信じられなくなる。そして、精神が病んでゆく・・」


 リュードウに言われるとリアリティが半端無いね。


「う~ん、なんか分かるかも」


「いかに強大な力を持っていても、貴様は・・貴様の精神は年相応の・・高校生だったのだろう?」


「なんで疑問形? 俺、高校男子よ? 港上山高校の2年生」


 あれから、まだ何年も経ってないですよ?


「・・人は怖い。たぶん、魔物より・・悪魔より、人間が・・平人が一番怖いぞ。この世界で生きて行くつもりなら、せいぜい気を付けることだ」


「うん、気を付けるよ。人間が怖いのは、地球もいっしょだと思うけどね?」


 地球だって、一番怖い動物は人間でしょ?


「まあ・・そうではあるが」


「いざとなったら、この星ごと粉砕するから。俺、宇宙空間でも生きられるみたいだし・・」


「・・バケモノめ」


 リュードウが苦笑したようだった。


「ここだけの話、俺って、この世界の"ことわり"から外に出ちゃってるんだよね。ちょっと思い出したく無い、悲しい事があってさ・・それから、もうね」


 男に唇を奪われるという、コウタ君の歴史が開闢かいびゃくして以来の悲劇があったのさ。


道化ピエロ共の攻撃が効かぬ訳だな」


「たださぁ・・あれこれ気にするのは面倒なんで、世界がぁ~とか、そういうのは別の誰かに任せちゃいたいんだよねぇ」


「・・それで、女神か」


「うん、そう」


 面倒な仕事は、全部、女神様に押しつけたいのです。


「・・地球に・・日本に未練は無いのか? 学校は? 親は・・」


 タケシ・リュードウがいてくる。


「未練はあるんだけど、そういうのをまるっとまとめて天秤にかけても、この世界で出来たお嫁さんとお妾さんの方が大事なんだよねぇ」


 ご免なさい。天秤が傾いたまま、微動だにしません。こんな美人さん達に愛されてるのに日本に帰りたいとか欠片も思いません。


「・・ふん、リア充は爆発しろっ!」


 リュードウが苦笑声で吐き捨てた。


「あはは・・なんだか、それも懐かしいね」


「・・分かった。感情だけで言えば色々とあるが・・我はもう一度だけ人を信じてみよう・・いや、人では無いか」


「コウタ・ユウキを信じてよ」


「・・うむ。タケシ・リュードウは、コウタ・ユウキを信じよう」



 この日、俺とリュードウは不戦協定を締結した。


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