第213話 女神の生け贄


 結局、リュードウの宝石人形、ローズクォーツが同行して、精神体の判別器やら封入器を操作することになった。


 タケシ・リュードウが俺に任せることを非常に不安がった結果である。

 甚だ心外だけど、まあ専門家の意見を尊重した。


 宝石人形が精力的に動き回って封獄の調査を幾度も繰り返して行い、精密な構成情報を算出して開封までの行程を割り出して行くという・・至れり尽くせりの献身により、絶対に難渋すると思われた封獄の解析から内封された精神体の識別まで怖ろしいほどの速度で終了し、準備した大量の封入器に、次から次に精神体を封入して保管。

 ここまで、わずか4日間で完了した。


(・・手慣れすぎでしょ)


 どんだけ回数をこなしてきたのか、"精神体"の取り扱いがとんでもなく上手い。


 ここから先の作業は何が起こるか分からないので、チュレックに行かせた近衛騎士を呼び戻し、ユノンとフランナにサクラ・モチの警護を任せる。


「後は、容器となる憑依用の個体を準備し、個々の"精神体"を説得する作業になります」


 ローズクォーツが言った。


「容器・・体へ入る方法は?」


「封入器から機体へは機器との接続により半強制的に完了させられます。培養された肉体への封入は、"精神体"の同意が無ければ成功率が大幅に減じます」


「・・説得が、方法なのか?」


「封入器を培養体に接触の上で、説得に応じれば自然に移動し、約60秒で固着します」


「ふむん・・それが、リュードウの言ってた運の要素?」


「はい。機体より確率が下がります。説得に要する時間によっては、封入時間が長くなり、"精神体"の疾患に繋がります」


「・・・安全な時間は?」


「肉体と同様に個体差が存在します」


「平均値は?」


「180秒程度かと」


「マジかぁ・・」


 結構短いですよ? 3分で何をどう説得しろと?


「女神様・・強情そうだもんなぁ」


 自分から封獄を選んだ感じだし、どうあっても機体なんかで地上に降りるような事はしたくなかったんだろう。


 機体が駄目なら培養体なんだけど・・。


「どっかに培養体とか余ってない?」


「現存する培養器は、リュードウ様の肉体再生に利用しております」


「予備とか無いの?」


 用心深いリュードウだし、予備体くらい準備していそうだけど?


「コウタ・ユウキという人物及び、その配下の者達によって、魔界南極地の深海にて消滅されております」


 くっ、お人形のくせに嫌味を言いやがるぜ・・。


「・・・あぁ、そうだった。あれが予備・・というより、今、培養器に入ってる方が予備っぽい?」


「どちらも、リュードウ様です。ただ、培養器や製造装置など、主たる装置の大半を深海にて失いました」


「むむむ・・」


 俺は腕組みをして唸った。


(いっそ、再生中のリュードウに入るよう説得してみようか?)


 ちらっと、そんな考えも脳裏を掠めたけど、軽く頭を振って打ち消した。

 たぶん・・いや、間違い無く、拒否られて終わる。


(リュードウの精神体を消滅できて、女神様が体に憑けば、一石二鳥なんだけどなぁ・・)


 そんな事を考えていると、


「リュードウ様の精神体には多重プロテクトがかかっております。いかなる精神体からの浸蝕も受け付けません」


 ローズクォーツが釘を刺すように言った。


「・・ははは、そんな事はやりませんよ? いや、ほんと・・思いもしなかったな」


 お人形のくせに、なかなか鋭いんだぜ・・。


「そうなると・・クリスタルの神像しか無いわけか」


 どう考えても、女神様があんな物に収まって喜ぶとは思えない。むしろ、怒り狂って攻撃してくる絵しか浮かびません。


「む~ん・・」


「なお、封入器のままでは、約3時間で精神体の壊死えしが始まります」


「・・・だったっけ?」


 そんな説明を聞いた気がする。

 半身を培養するだけでも何日もかかるんだから、今からリュードウを追い出して培養を始めても間に合わない。


「なんか、裏技とか無いの?」


「私、ジュエル・ナイツのローズクォーツを提供する用意があると・・リュードウ様から申し伝えるように命令されております」


 ローズクォーツが静かな瞳を向けてきた。


「ちっ・・あの馬鹿たれ!」


 俺は小さく吐き捨てた。

 こんなに健気けなげに頑張ってる宝石人形ジュエル・ナイツを犠牲に差し出すような事を、当人の口から伝えさせるとは・・。


「新しく作られて、また動いていない・・ジュエル・ナイツは居ないのか?」


「・・秘匿ひとく事項です」


「そいつを容器として提供してくれれば、リュードウはローズクォーツを失うことが無いし、俺は安心して女神様の説得が出来そうなんだけど?」


「・・リュードウ様に報告し、裁可を仰いで参ります」


「うん・・できるだけ早く頼む」


「承知しました」


 ローズクォーツが施設から飛び出して行った。


「なかなか・・難しいね」


 俺は、デイジー達を振り返った。今は、デイジーと近衛騎士達、アルシェ、リリン、パエル、ファンティ、アヤが随伴している。

 ユノンとフランナは、サクラ・モチの警護中だ。


「下界に降りる事を善しとされなかった御方です。粗末な容れ物では、説得は・・非常に難しいものとなりそうですね」


 デイジーが気遣わしげに呟いた。

 視線の先に、月光の女神様が収められた封入器が安置されている。大きさは、1リットルのペットボトルくらい。白磁器のような手触りの円筒形の容器だった。


「まあ・・今も、余計な事をするなって、怒ってるかもなぁ」


「陛下」


 控えていたアルシェ・ラーンが進み出た。


「他の神々は如何いかがいたしますか?」


「・・宝石人形がいっぱいあれば良いんだけど・・まあ無いかな」


「恐らく、かなり少数かと」


「アーマ・ドールとかいう機械人形ならいっぱいあるかも?」


「あれに入ることを良しとする神がいらっしゃるでしょうか?」


「・・・駄目かな?」


「神像であれば・・しかし、アーマ・ドールは・・あまり良い造りではありません」


「ユノン様が鹵獲ろかくなされた神兵は如何いかがでしょう?」


 リリンが提案してきた。


「ああ、あれね・・あっちも造りが悪いんだって。神像に比べたら、かなり質が落ちるらしいよ?」


「そうなのですか・・」


 リリンが肩を落とす。


「・・リュードウも宝石人形ジュエル・ナイツはくれないかもな」


「そもそも、のでしょうか?」


「作りかけくらい無いかなぁ・・」


 深海で破壊した施設の他は、存在しない可能性の方が高い。

 2体のジュエル・ナイツがリュードウの所へ向かったのは、俺への回答方法の確認か? "無い"と答えることは、つまり、リュードウの戦力の底を教えるようなものだから・・。


「でも、宝石人形ジュエル・ナイツが無かったら、いよいよ厳しいね」


 なんとかして、女神様を助け出したいんだけど・・。


「・・って、ちょ、ちょとぉ・・」


 俺は慌てた声をあげた。

 何を思ったか、近衛の列に控えていたアヤが太刀を置き、着ていた衣服を脱ぎ始めたのだ。躊躇ためらいもせず、白々と眩しい裸体を晒し、


「お目汚し・・失礼致します」


 アヤが透き通るような笑みを浮かべて低頭した。


「どした? いったい何を・・」


「この身を月光の女神様にお見せしようと・・しばしのご無礼を」


 一糸まとわぬ裸体のまま、アヤがくるりと向きを変えて、安置されている封入器へ歩み寄ると両手で掴み頭上高くに捧げ持った。


「アヤ、お前っ・・」


 さすがに、ここまで来ると何をやろうとしているのか分かる。思わず止めようと前に出かかったところを、正面へ回ったデイジーに抱き止められた。


「女の・・覚悟に御座います!」


 懸命な声で言う。


「む・・」


「アヤの・・女の覚悟に御座います! どうか・・赦してやって下さい!」


「だって、デイジー・・」


 振り解くのは難しく無かったが、デイジーの声に込められた必死さに、俺は足を止めて間近にデイジーの美貌を見つめた。


「コウタ様のお役に立ちたいと・・この封入の話を耳にした時から思い決めていたようなのです」


 デイジーが今にも泣き出しそうな双眸を向けてくる。


「・・陛下っ! どうか・・どうか、ご寛恕かんじょを!」


 アルシェ・ラーン、リリン、ファンティ、パエル・・と、事を理解した近衛騎士達が床に膝を着いて頭を下げた。知っていたのはデイジーだけで、他の近衛は聴いていなかったようだが・・。


「お前達まで・・だけど、これじゃ、成功したってアヤが消えちゃうだろ!」


「いいえっ、消えませぬ! アヤは・・アヤの陛下への想いを軽んじられては困ります! 絶対に・・消えはしませぬ!」


「デイジー・・お前」


「一徹・・アヤの精神には揺るぎない槍穂が宿っておりまする。消えはしませぬ」


 デイジーの怪力が俺の身体を拘束する。というか、これ俺じゃ無かったら圧壊してますよ?


「・・分かったよ」


 俺は体から力を抜いて、まだ懸命に抱きついているデイジーの背をそっと抱いた。


「アヤ・・」


 声を掛けると、アヤが半身に振り返って不安げな顔を見せる。


「任せるよ」


 俺は笑顔で言った。


「感謝致します」


 両腕に封入器を捧げ持ったまま不安げにしていたアヤが、ほっと目元を和ませて嬉しそうに首肯した。

 途端、白々とした燐光が封入器から散り始め、纏わり付くようにしてアヤの裸身へと降り注ぎ始めた。

 たちまち、蛍火のようにアヤの全身を光りが包み込んで淡い明滅を繰り返し始める。


 誰1人として口を開かずに、ただ見守っていた。


 ややあって、


「・・・まったく、強引な奴じゃ」


 アヤが両腰に手を当てて振り返り、明らかに別の口調で苦笑混じりに言った、


「デイジー、着衣を・・」


 デイジーに指示をしながら、


「女神様・・で、良いですよね?」


 俺は出来るだけ裸体を見ないよう、アヤの眼を見つめて言った。


「いかにも・・女神じゃ」


 デイジーとアルシェによって衣服を着付けられつつ、アヤの姿をした月光の女神が胸を張った。


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