第212話 交渉成立

「タケシくん?」


 俺に声を掛けられて、タケシ・リュードウが大きく眼を見開いた。何かを言おうとしたようだったが、液体の中に浸かっているので上手く喋れなかった。


 一昔前のSF映画で言うところの冷凍睡眠カプセル・・っぽい容器に、薄い緑色の液体が満たされて、その中に沢山のチューブで繋がれたタケシ・リュードウが浮かんでいた。と言っても、ほぼ上半身しか残っていない。

 腹部から下は千切れて無くなっていた。



「・・ずいぶんと、やられたね? あの時の神様?」


『我はあんな道化ピエロに遅れをとらん!』


 今度は、ちゃんと音声が返ってきた。


「じゃ、まさかのレーデウスとか?」


『馬鹿を言うな! あんな雑魚に我がやられるものか!』


 体が半分に千切れたくせに口だけは元気そうだ。


「じゃあ何にやられたんだ?」


『兎だっ!』


「・・は? 俺、龍帝を相手にしてて忙しかったんだけど?」


『貴様では無い! 神が連れて来た・・いくら攻撃しても再生する面倒なやつだ』


「兎・・あぁ、あの兎か。まだ生きてたんだな」


 ちょっとした手違いで迷宮種とか諸々を死なせてしまった時に、罰としてデカイ兎と戦わされた事があった。あの兎の事だろう。


『何とか仕留めたが・・不意打ちを受けた時に負ったダメージが響いて苦戦させられた。その上、神兵共も襲ってきたからな・・このざまだ』


「完全復活に何日かかる?」


 そのための容器だよね?


『我の計算では14日だ』


「長いな・・もうちょっと早くならないの?」


『我は、貴様のような不条理な化け物では無いのだ!』


「容れ物ごと丸囓りにしますよ?」


 培養カプセルの真上から、タケシ・リュードウの顔を覗き込む。


『・・謝罪する。思わぬ手傷を負って気が立っていた』


「まあ、良いでしょ。それより、訊きたい事があって来たんだけど」


 ここからが本題だ。リュードウの怪我とか正直どうでも良いからね。


『なんだ?』


「封獄って知ってる?」


 龍さんは、タケシ・リュードウなら知っていると言ったけど。


『・・無論だ。かつて、我が最愛の女性が閉じ込められたのだからな』


 どうやら正直に答えてくれるようだ。


「俺に加護をくれた女神様が閉じ込められたらしいんだよね。助け出したいんだけど、方法を教えてくれない?」


『前に破壊したはずだが・・まだ残されていたのか』


 タケシ・リュードウが舌打ちをした。培養液の中で舌打ちとか器用な奴だね。


「方法あるよね?」


『うむ・・少しばかり運の要素が混じるので気に入らないが・・精神体を吸い出し、用意の封入器へ収容し、準備しておいた肉体か・・機体に同化同調させる』


「簡単じゃ無い?」


『まず、封入器へ収めることが難しい上に、肉体や機体を得てしまうと、もう神域へは戻れなくなる』


「・・へ? それ、困るんだけど? 神様をやって貰わないと・・」


『神域というのは、精神体が劣化せずに過ごせる領域だ。一度でも、あそこから出てしまうと、もう戻ることは難しい。少しずつ精神体が劣化していき、我らの言うところの"死"を迎えるそうだ』


「ううん・・厄介そうだな」


 困った事になりました。女神様の救出作戦が、いきなり暗礁に乗り上げていますよ?


『馬鹿げているとは思うが・・あの道化共に神のロールプレイを続けさせたいだけなら、神域に拘る必要は無いぞ?』


「ほほう?」


『封獄に入った時点で、神域から出されたのと同じことだ。肉体なり機体なりを与えて、この地上で神の真似事をやらせれば良い』


「・・そんなの出来るの? 仕事はちゃんとやって貰わないと困るんだけど?」


『奴等が"ことわり"と称しているのは、この惑星の魔素を利用した管理システムのことだ。精神体として神域から操作をする他に、地上へ降りた時にも操作できるよう補助の装置が用意されている』


「なるほど・・その装置があれば、また神様を続けられると?」


『新たな"ことわり"を創ることは出来ないようだが、現存の"ことわり"を運用することは出来るらしい』


 さすがは、タケシ・リュードウ。伊達に長生きしていないんだぜ!


「素晴らしい! お前、本当に物識ものしりだな」


『当然だ。500年以上もかけて調べ尽くしたのだからな』


 上半身だけになっても偉そうですね。


「・・ところで、封入器って持ってる? 貸して欲しいんだけど?」


『無い・・と言いたいところだが・・まだ死にたくは無いからな』


「え?・・いや、脅したりしないよ? さすがに、それは駄目でしょ」


 俺は対等な交渉をしているんだからね? 動けない相手を脅しているんじゃないんだよ?


『貴様はそうでもな・・どうも、後ろの女性陣は友好的では無さそうだ』


 リュードウの視線を追って、俺は背後に居並ぶ女性陣を振り返った。


「まあ、お前って女の子に好かれる要素が少ないもんな」


『ぐぅ・・お、おのれぇ・・』


「だけど、俺は案外気に入ってるよ? ガッツあるし? まあ、女の子に粘着したのは痛いけど・・」


 凄い奴だと尊敬すらしています。


『アヤコを・・アヤコさえ我のものに出来れば、他には何もいらん!』


「アヤコさんは・・まあ、頑張って思い出せば、また何だっけ? 宝珠というのが造れるんでしょ? それで良いじゃん」


『貴様が・・貴様さえ、いらぬ事をしなければ、今頃、そこの・・我の手に入っていたのだぞ!』


 まだ、アヤに未練があるらしい。


「過ぎた事は忘れよう?」


『・・我のジュエル・ナイツは無事なのか?』


「暴れたから拘束してあるだけ。壊してないよ」


『ならば、ラピスラズリに、そこの・・アヤさんのパーフェクトボディを記録させて欲しい。できれば、ヌードで頼む! 着衣の上からでは誤差が出るのだ!』


「・・お前ねぇ、そういうところが女の子に嫌われるんだと思うよ?」


『う、うるさいっ! アヤコは・・彼女は総てにおいてパーフェクトだったのだ! なんとしても再現せねばならない!』


「う~ん・・でも、アヤが嫌がるからなぁ。説得できる自信が無いなぁ・・」


 裸になってサイズを計らせろとか・・アヤに居合い切りで刻まれそうですよ? 兎なボディが刺身にされちゃうよ?


『タダとは言わん! 封獄を開く方法と封入器をくれてやる!』


 リュードウが血を吐くような叫び声をあげた。ちょっと引くくらいの気合い声だ。


「えぇ~? ちょっと足りないかも?」


『なんだ? 他に何が欲しい? いや、そもそも、貴様は総てを持っているだろう? この上、何を欲しがるというのだ?』


「ジュエル・ナイツを造ったり、培養体を作ったりする技術・・装置の現物が欲しいなぁ」


 宝石人形シリーズって、サクラ・モチの乗組員としてお似合いだと思うんだよねぇ?


『・・貴様という奴はどこまで欲深いのだ!?』


「世界平和のためです」


 俺は断言した。


『世界を壊しているのは、貴様だろうがっ!』


「名誉毀損きそんで訴えます」


 カプセル割りますよ?


『貴様を加護する女神とやらを蘇らせたら訊いてみるが良い! いったい何人の人間を殺したのかと!』


「・・そういうの判るの?」


 どうやってカウントしてるの?


『"ことわり"として組み込まれているはずだ。そもそも、狩猟台帳とは、そうした記録から抽出して表示しているのだぞ?』


「おおお・・そういえば、そういうのを貰ったな。最近は開いてなかったけど・・」


 狩猟台帳って、そういう仕組みだったのか。


『総数を期間で割ってみろ。貴様はとんでもない殺人者だぞ?』


「タケシくんと同じくらい?」


『その名で呼ぶなっ! 我の殺した数など、貴様に比べたら可愛いものだ。司法神が生きているなら、間違い無く断罪の対象だっただろう』


「司法ね・・あれ? この前の神様"裁きの神"とか言って無かった?」


 あれとは別に、司法神というのが居るのかな?


『あいつは消滅させた』


 リュードウが吐き捨てた。


「うっわぁ・・タケシくん、極悪人じゃ~ん」


『何度も言うが、あんなもの神でも何でも無い。ただの精神体だ』


「アナタハ、カミヲ、シンジマスカァ?」


『神の存在は信じる。だが・・断じて、今地上に降りているような連中では無い!』


 そこは譲らないようだ。案外、タケシ・リュードウが一番神様を崇拝しているのかも・・。


「頑固だねぇ・・もう、あれが神様で良いじゃん?」


『違うのだ! 神々とは・・人の手が及ばぬ崇高な存在なのだ!』


「はいはい・・そうですねぇ」


 この話は結論でないので、この辺にしようかねぇ?


『我の話を聴けぇーー!』


「じゃ、無事に女神様を救出できたら、アヤさんを説得してみるね?」


 俺は話を変えた。

 途端、


『お、おおぉ・・頼むぞっ!』


 神様をそっちのけで、リュードウが食いつく。


「まあ、女神様が封入器とか入らないって言ったら諦めて?」


『ばっ、馬鹿を言うな! なんとしても押し込めっ! そ、そうだっ! 精神体の判別器も貸してやろう!』


「それで出来る?」


『やるのだ! 出来る出来ないでは無いっ! なんとしても成功させろっ!』


 すごく応援されているみたいです。


「うむ・・じゃあ、成功率をあげるために必要な知識とか提供してよ?」


『当然だ。そんな知識など、いくらでもくれてやる!』


「ようし・・交渉成立だ」


『約束は守れよ? 後で言ってないとか言うなよっ?』


 不安になったらしいリュードウが念を押してくる。言われなくても、約束は守りますよ? 説得はします。説得は・・。


「びりーぶ・みぃ」


 リュードウを安心させるために笑顔を向ける。


『・・男と男の約束だからなっ!?』


 リュードウがくどい。


「いぇす、あいあむ、おねすと、めん」


『頼んだぞ!本当に頼むっ!』


 悲痛なくらいに念を押すタケシ・リュードウに、俺は力づけるように拳を握って見せた。


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