第210話 龍帝 vs 巨兎


ドオォォォーーーーーン・・・



 遠くで重たい衝突音が鳴っている。


 この音が鳴って、しばらくすると地表を洗うように突風が吹き寄せて来る。

 少し前までは、もっと地面が縦に揺らされて、あちこちに亀裂が走っていたが、今は轟音と突風だけになっていた。


 その音を、旅装の騎士達、従者達が聞いていた。

 急遽掘った穴にうずくまり、死んで倒れた馬の腹に身を隠し・・。

 ある者は耳を塞いで震え続け、ある者は焦点の合わぬ目を足元に落とし、ある者は神に祈りを捧げ・・。


 もう、三日三晩になるだろう。


 伝説でも聞いたことが無い巨大過ぎる龍が降り立ち、それに匹敵するほどの巨兎が跳んで来て、激しくぶつかり合い、喰いつき、雷撃を乱れ撃ち、高空へ消えたかと思えば地上へ急降下し、空に浮かんでいた魔人の空中宮殿は踏み割られて爆散し、巨大な雷の渦は遥かな地平まで幾重にも拡がって灼き払う。


 巨兎の白毛が飛び散ったかと思えば、鋼の槍のごとく地上に降り注いで突き立ち、巨龍の鱗が割れて体液が散ったかと思えば触れた物がほのおを噴き上げて燃え尽きる。


 それでなくても、巨体が消えて見えるほどの速度で走り、飛び、ぶつかり合うのだ。衝撃波が地表をひと撫でするだけで城が消し飛び、街が瓦礫がれきと化して いた。生きているのは、運が良かった一握りの者達だけだ。



偶然、雷撃を浴びずに済み・・、


偶然、踏み潰されず・・、


偶然、突風を逃れ・・、


偶然、亀裂に落ちなかった者達だけが、か細く呼吸を繰り返して生きていた。


しかし、



ヒュイィィィィーーーー



 また異音が鳴り始めた。

 これは、巨龍が雷を吐く前触れだ。

 お城よりも大きな大きな龍が雷息ブレスを吐くための力を溜めている。


(おお、神よっ! )


(お救いください!)


 血と涙と涎で汚れた顔を砂まみれにしつつ、騎士達が神へ祈りを捧げた。



****



『観測器による最大望遠です』


 カグヤの声が司令室に響く。


 部屋の中央に映像が映し出され、ノルダヘイルの面々が固唾かたずを呑んで見守っていた。

 画面はいくつも分割して多地点を同時に映しており、そのどこかの画面に、龍帝と白兎が映っては消え、また別の画面に映って消える。衛星高度からの撮影にも関わらず画面は乱れ、時折、途絶えていた。


 もう一つの画面では、カグヤが情報を解析して、龍帝と白兎をアニメーション化して表示している。


 位置情報によれば、ガザンルード帝国の帝都跡地で交戦中らしかった。つい先程までセンテイル王国を暴れまわっていたのだが・・。


「まだ、どちらも動きに変化はありませんね」


 デイジー・ロミアムが緑茶を手に呟いた。


「お父様、ヤバい」


 小さなお人形がふるえ声を漏らし、


「とても綺麗です」


 ユノンがうっとりと見守っている。


 白兎が左右にステップを踏んで身を低く突進した。対して、龍帝が真っ向から噛み付く。

 寸前で、白兎が分身して龍帝を押し包んで蹴りを叩き込んだ。


「やった!」


 歓声を上げたシフートだったが、


「ぁあっ!?」


 龍帝が大翼で身を守って全てを防ぎきり、尾を打ち振って白兎を捉えていた。

 もっとも、龍尾の一撃を、白兎は後足の裏で受けて自ら跳んで後方宙返りを決めている。

 それだけの動きで、激しい衝撃波が地上を削って吹き荒れ、様々な物や生き物が粉砕機のような突風に巻かれて散って行ったようだった。


「今・・コウタ様、少し動きが乱れましたか?」


 デイジーの問いかけに、


「そうですね。気が逸れたような・・?」


 ユノンも首を傾げる。


 その時、画面の外から、白兎めがけて紅蓮の炎が浴びせられた。さらに大きな風の刃もぶつけられる。

 すぐさま、カグヤが観測器の情報を解析して、別画面に横やりを入れた者達を表示した。


「これは、神樹の・・?」


「レーデウス、シンギウスですね」


 ユノンが呟いた。


 白兎は何事も無かったかのように龍帝に対峙している。まあ、あの程度の炎や風でどうこうなるような白兎では無い。


 しかし、


「不愉快です」


 ユノンが双眸を冷え冷えと怒らせていた。

 デイジーも、フランナも、アルシェやリリン達も、眼を怒らせて神樹の衛士を見つめていた。


 直後、白兎が跳んで消え、巨大な龍尾が地面を薙ぎ払った。


「魔界に伝わる伝承では、龍帝には、魔素を使った技が通じないとの事でしたが、魔法以外の攻撃もほとんど弾くようですね」


 じっと画面を見ていたホウマヌスが言った。


「龍鱗の防御力がこれほどとは・・やはり、龍帝は別格のようです」


 デギオヌ・ワウダールが低く唸っている。


「それにしても、陛下はお元気ですな」


 蟻魔人のギィーロンが苦笑する。


 巨大な白兎が、二足歩行で身軽くステップを踏み、左右の前足でシャドーボクシングの真似事をやっていた。ここまで大激闘をやりながら、真っ白な毛並みに乱れは無く、陽の光を浴びて艶やかな真珠色の輝きをまとっているかのようだった。


「行った!」


 ハクダンが声を出した。


 巨大兎が左右に上体を振りながら、するすると距離を詰めて龍帝に肉薄する。

 喰いつこうとする顎門アギトへ、白兎の前足が連打で叩き込まれ、うるさがって振り回した龍尾を逆に下段蹴りで弾き返し、小さく跳んだ白兎の膝蹴りが龍帝の下あごを跳ね上げた。

 そこに、光る一角による頭突きが叩き込まれた。


「お見事!」


 ゲンザンが膝を叩く。


 画面越しにも伝わるほどの強烈な一撃に、さしもの龍帝も大きく仰け反って姿勢を乱した。


 すきと見て、白兎が真っ向から突進した。



****



(突撃ぃーーーーっ!)


 俺(巨大な白兎)は、仰け反ってたたらを踏んだ龍帝めがけて突進した。

 龍帝がすぐさま姿勢を整えて、大翼を広げて空へと舞い上がった。巨体を感じさせない瞬時の離陸・・。


 だが、


(とうっ!)


 俺(巨大な白兎)がさらなる高度へ跳び上がって見下ろしていた。

 羽ばたきながら上空を見上げた龍帝に、強烈な蹴り足が襲いかかる。


 右からの回し蹴りからの身を捻っての左回し蹴り! 前方宙返りをしながらかかと落とし!

 宙空を足場に、左右上下へ飛び交い、兎拳の連打を大翼でガードさせてからの、飛び膝蹴りっ!

 独楽こまのように連続して前転しながら、頭突きを叩き込む!


 さすがに効いたのか、



ガアァァァーーー



 龍帝が咆哮をあげて雷息ブレスを吐き散らしながら頭を振った。

 龍帝の鱗が黄金色に輝き、凄まじい高熱が吹き付けてくる。


(・・きたこれ)


 龍帝が金ピカ龍に変身しちゃったんだぜ・・。龍帝の頭部に長い双角が生え伸び、緩やかな弧を描いて前へ突き出てきた。クワガタですか?


 なんか、格好良くって悔しい・・。


 眩く輝く黄金色の巨体をぶるっ・・と振るい、龍帝が仕切り直しとばかりに大翼を大きく広げて迫って来る。


 俺の方は色々な技を封印しています。多分、龍帝も・・。

 理由は、世界を滅ぼしてしまうから。

 今は、この辺の国がいくつか消え去るだけで済む。でも、このままエスカレートして全ての兎技を解放したら、この惑星が終わってしまう。


 それは、駄目だ。

 俺は戦いたいんじゃ無い。元の通りに世界を戻したいんだ。


(多分、龍さんも・・)


 この世界を滅ぼしてまで戦おうとはしていないようだった。

 言葉を交わしたわけでは無いけど、戦いの中で互いにどこまでやるのか確かめ合ったような気がする。


 近接して、殴る蹴る、噛み付く、引っ掻く、頭突き・・互いに、肉弾戦でしばらく叩き合いをやっていたが、


(・・やるか)


 お互いに呼吸を合わせて距離を取って対峙した。



フィィィィーーーーー



 龍帝の双角が黄金色に輝きながら低周波の震動音を鳴らし始める。

 対して、俺(巨大な白兎)は、四つん這いになり、真珠色の一角を向けて頭部を下げ気味に全力疾走の構えを取った。俺の方は特にエフェクト無いけどねぇ。


(ユウキ・コウタ、行くぜっ!)


 俺(巨大な白兎)は、地を蹴った。

 同時に、黄金の龍帝も前へ突進する。


 互いの頭部と頭部・・。

 一角と双角が交差して衝突した。



ダギィィィィ・・・



 衝突音に、軋み音が重なる。


 すぐに、巨大な白兎がよろよろと千鳥足で後退して、お尻から座り込んだ。その頭部に、鋭く擦過した双角の痕が刻まれている。

 やや遅れて、黄金色の龍帝が右へ左へ巨体を揺らしつつ、崩れるように横倒しになった。その頭部から双角が一本、折れて地面に転がって地響きをたてる。


 尻餅を着いて座り込んだ巨大な白兎が、淡い燐光に包まれながら、みるみる縮んで人の姿へと戻っていき・・。


(ヤバい・・)


 俺は幼女の姿になっていた。痛む頭を抱えてうずくまり、ウンウン・・唸っている。

 この俺に、頭突き合戦で、ここまでのダメージを負わせるとは、龍帝恐るべし・・。ぶつかり合った瞬間、危うく意識を飛ばすところだった。


 涙目になりつつ、ちらっと龍帝を見ると、黄金色から元の灰褐色に色を戻して身を起こそうしている。


「どんだけ、石頭なの?」


『お前が言うな・・』


 龍帝が呆れた声を漏らした。


『何という頭突きだ・・・まだ揺れているぞ』


「なんか頭がヘコんだ気がするぅ」


『頭は大丈夫そうだが・・メスになったのか?』


「へっ?・・あぁ・・・ちょ、ちょと待って」


 俺は大急ぎで、外套を取り出して羽織った。男から兎になって男に戻ると、衣服はそのまま無事なのに、兎から女の子になると、全裸になるのです。理屈が全く分かりません。

 ちなみに、兎さんから幼女化したのは、男に戻ると大変な状態になっているからです。どうも、兎さんというのは発情し易いみたいで・・。いや、要らない情報でしたね。


 外套の下で、モゾモゾと下着を着けて、袖無しの胴衣に半ズボンを装着する。


 うむ・・。



 軽く咳払いをして、龍帝に向き直った。


「・・えっち」


『ついにオスあきらめたか』


「いいえ、俺は男です。ちょっと事情があって、時々、この姿になるだけです」


『ほう? まあ、良い。それより、今回は負けた。技も使わず角を折られてはな・・負けを認めざるをえんな』


「・・あれ、本当だ」


 少し離れた場所に、黄金色のデカイ角が落ちていた。


「あれ、貰って良い?」


『うむ。勝者の当然の権利だ』


「じゃ、遠慮なく」


 俺は黄金色に輝く巨角を個人倉庫に収納した。龍帝は灰褐色に戻ったのに、角は折れた時のまま金色だった。なんだか、ゴージャス! 得した気分である。


『さて、色々と言いたい事があるだろう?』


「うん、いっぱいある・・龍さん、神様に飼われてんの?」


『あくまで協力しているだけだ。なんの拘束もされていないぞ』


「じゃ、今度は俺に協力してよ」


『良いだろう。勝者の権利だ。コウタ・ユウキに敵対しない事を約束しよう』


「おぉ、約束って言った?」


『うむ、約束だ』


「本当に敵対しない?」


『くどいぞ、約束は違えぬ』


「・・龍さん、神様とどういう御関係?」


『儂が先住者だ。彼奴は後から来て、儂が眠っている間に、あれこれ仕込みおったのだ』


 龍帝が不機嫌そうに言った時、


「何を寝惚けた事を言っているのだ、龍帝よ」


 不意の声と共に、周囲を取り囲むようにして、クリスタルの神像が3体出現した。転移か、瞬間移動かは分からないけど・・。


「どちら様?」


 俺は、まだ痛む頭を摩りながら見回した。



「我は、知識神なり」



「我は、狩猟神」



「我は、薬神である」



 クリスタルの神像が順番に名乗った。正直、見た目では区別がつきません。



「その像が容れ物なのか。ちょっと個性に欠けるね」


 俺は個人倉庫から愛槍キスアリスを取り出して握った。


「我は知っておるぞ。貴様は、幼女の肉体になると大幅に戦闘能力が落ちるという事を」


 神像が勝ち誇ったように言った。


「ふうん・・それで?」


 馬鹿なのかな?

 神様、大丈夫?

 確かに、この幼女体だと非力だし、動きも鈍いけど・・。それって、男の時に比べて・・って言うだけよ? 神様より弱くなったわけじゃ無いですよぉ?


「角は折れたようだが、龍帝は戦闘力を失ってはおるまい? 加えて、我ら3体は物理戦闘に特化しておる。貴様に勝ち目などあるまい?」


「・・龍さん、お家に帰ってて良いよ。後で遊びに行くから」


「何を馬鹿な事を・・」


『うむ。では待っておるぞ』


 龍帝が翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。


「お、おいっ・・何を言っておるのだ! 龍帝よ・・」


 クリスタル神像が慌てた声をあげたが、


『つまらん、管理者遊びに飽きた。さらばだ!』


 龍帝が突風を噴き上げて去って行った。


「帰っちゃったねぇ?」


 俺は愛槍キスアリスを手に笑顔を振りまいた。


「何という事だ・・す、すぐに、光神様に報告せねば・・」


「えいっ!」


 俺は愛槍キスアリスで最寄りのクリスタル神像の足を刺した。カツン・・と乾いた音を立てて、穂先が深々と突き刺さった。


「な、なんだと!? この機体に、傷を・・だ、だが、我らは魔法でしか滅せん。そして、知っておるのだぞ? 貴様は魔法を使えぬ。故に、貴様には我らを滅することは・・」


「月兎の光霊毛って知ってる?」


 俺は、にっこりと微笑した。


「む? なんだ、それは・・」


「光霊体になりました」


 うふふ・・これで、精神体とオトモダチよぉ?


「ま、まさか、そんな・・」


「カンディル・パニックをどうぞ召し上がれ」


 満面の笑みで、凶悪な模写技を発動した。



ヒアァ・・アガァァァーーーーーーー



 絶叫が高らかに響き渡った。


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