第208話 同士討ち?


(ふん、だから言ったのだ。あのクソ兎に幻術のようなゴミ技が通じるかよ)


 タケシ・リュードウは舌打ちをして立ち上がった。"創造の杖"は失われた。それは、この場に留まる理由が無くなったという事だ。


「む・・?」


 いきなり、ルティーナ・サキールの足元から黒々とした煙が噴き出し、護衛役のレーデウスとシンギウスが慌てて守ろうとする目の前で、ルティーナ・サキールが影の中へと引きずり込まれて行った。


 あるいは、ジュエル・ナイツに命じれば助ける事が出来たかも知れない。だが、黒煙に対して何か本能的な悪寒・・恐怖を覚えて体が動かなかった。


(・・あのクソ兎めの技か?)


 敵の敵は味方・・そう考え、神に協力して"創造の杖"を手に入れようと画策していたが、開始早々に呆気無くついえてしまった。

 もう、ここに用は無い。"創造の杖"が無いのなら、あのクソ兎に関わる意味が無い。これ以上は、火薬庫でキャンプファイヤーをやるようなものだ。


 元々、クソ兎を誘い出して足留めをする間に、脅威である亜空間潜行艦を破壊するという穴だらけの作戦だった。


 ルティーナ・サキールが持ち込んで来た話だ。

 かつては使徒に最も近いと言われた神樹の大賢者が、ずいぶんと稚拙な作戦を立てたものだといぶかしく思ったが、


「神の兵、一万騎が動員されるのです。いかなクーン・・魔導の申し子ユノンであっても神々には及ばないでしょう。なにせ、魔法は神々がお与えになったものなのですから」


 ルティーナ・サキールは自信有りげにそう言っていた。


(馬鹿め・・あの凶悪な女どもが、神の兵ごときにやられるわけが無いだろう)


 不老の古エルフも耄碌もうろくしたらしい。かつて共に戦った戦友ではあるが、もう第一線のレベルから離れ過ぎてしまっている。昔は、こんな希望的な観測に縋るような奴では無かったが・・。


(どの道、奴はもう駄目だ)


 不気味な黒煙に吸われて消えた。あれは、ヤバイ。

 あのクソ兎は優男のような面をしているくせに、やることはえげつない。顔見知りだろうと容赦無いだろう。今頃は凄惨な拷問を受けているはずだ。


(こちらの情報を知られるのは時間の問題だな。退くか・・)


 タケシ・リュードウは、狼狽うろたえて探査の魔法を繰り返し唱えるレーデウス、シンギウスを見た。

 その目を腕組みをして佇立している神へ向けた。

 裁きの神・・と称している奴だ。まあ、そういう役割をこなしている精神体なのだが、高い戦闘能力を持っているのは確かである。いわゆる機体では無く、ちゃんとした培養した肉体だ。最初から、この精神体の容器として生成しないと馴染まないため、神々の中でも人界に降りて活動する者しか所有していない代物だった。


(あの馴染み具合からして、まだ受肉して時間は経っていないが・・)


 神を僭称する精神体の中でも、上位の権力を持つ者だろう。


(神域で異変が起きた・・まあ、母船が消滅したのだ。この惑星に残るか、去るか。残るにしても、これまで通り神域で神を演じるためには、俺やクソ兎のような知り過ぎた奴は消しておきたいだろう)


 残るは、龍帝だが・・。


 あいつは読めない。

 神々は龍帝を飼っているつもりで居るようだが、それも怪しいものだ。


「リュードウ・・ルティーナ・サキールは何処へ行ったのだ?」


 裁きの神が、訊いてきた。


「間抜けめ! クソ兎に拉致されたのも分からないのか?」


 リュードウは吐き捨てるように言った。


「リュードウ殿っ! 神樹様の行方に心当たりが?」


 レーデウス、シンギウスが駆け寄って来る。


「我にも分からんよ。どこぞの拷問部屋で鞭でも打たれてるんだろ」


 リュードウは煩げに手を振った。

 控えていたジュエル・ナイツのラピスラズリとローズクォーツが立ち塞がってレーデウス達を阻む。


「お、お助けせねば・・」


「場所も分からんのに、どうするんだ?」


「しかし、我らは神樹の衛士。神樹様をさらわれて、おめおめと戻る事など出来ぬのです!」


 シンギウスが声を荒げる。


「我を頼るな、クソ衛士が! 自分達で助けに行けば良かろう? 殺すぞ?」


「・・いや、我らはリュードウ殿と争う気はございません。ただ、神樹様の救出にご助力願えないでしょうか?」


「断る。それは、衛士であるお前達の責任であり、お前達の仕事だ」


「・・・対価であれば、可能な限りの・・」


「我は貴様らに用意できるものなど、腐るほど持っているのだ。失せるが良い、主人も守れぬ能無しめっ!」


 リュードウが声を荒げると同時に、ラピスラズリ、ローズクォーツに殴られたレーデウス、シンギウスが床を転がり、部屋の隅にまで吹っ飛んでいた。


「リュードウよ、我に背くのか?」


 裁きの神が睨みつけてくる。


「阿呆が何を言っている。お前が我に背いているのだ」


 リュードウは召喚の印を切って、隷属悪魔達を召喚し始めた。もう、残り少ない悪魔達だ。


「おとなしく引き籠るなり、惑星を去るなりすれば良いものを、わざわざ滅ぼされに出てくるとは、つくづく道化ピエロだな」


「・・母艦が滅んだなどと、愚かしい情報操作だな。空すら飛べない人間がどうやって別の次元の、遥かなる宇宙の深奥へ辿り着けるというのだ?出来もしないことを、さもやったかのように吹聴し神域を乱さんとする痴れ者め」


 裁きの神が薄く笑いながら、リュードウと似通った召喚紋を描いた。

 こちらは、背に翼のある白鎧の甲冑人形が次々に召喚されて並んでいく。


「コウタ・ユウキの前に、タケシ・リュードウ、貴様を裁いてやろう!」


 裁きの神が神聖気を噴き上げながら宣言した。


「ふん・・」


 どうやら、くだらない潰し合いになりそうだ。タケシ・リュードウは苦々しく顔を歪めながら、右手の指を鳴らした。


 途端、辺り一帯が強制的に転移して、砂漠の中に出現していた。リュードウを中心に、半径50メートルの球状の範囲のものだけを強制的に転移させたため、立っていた石床や地面、天井の一部などが抉り取られて一緒に転移している。


「馬鹿な・・なんだ、これは・・こんな魔法は承認していないぞ!」


「阿呆が、だから道化ピエロだと言うのだ。我は、貴様ら道化ピエロ共が作成したゴミのような魔法など、とっくに超越しているのだ。その程度も調べずに、この我に戦いを挑んだのか愚か者め」


 リュードウは嘲笑った。


「大方、魔法を封じる魔道具でも持ち出したのだろう? そんな玩具が、かつて精霊皇帝エレメンタル・カイザーと呼ばれた我に通用するとでも思ったか?」


「・・我々には、一万騎の神兵が居るぞ。どんなに貴様の魔法が強かろうと、神兵には魔法は通じん!」


「そうか?」


 リュードウの手から閃光が槍となって放たれ、裁きの神が召喚した甲冑人形を貫き通した。


「効くようだが?」


「馬鹿な・・対魔法防御力に特化したジスミル神銀だぞ!?」


「ああ、言い忘れていたが、我の今の槍は、裁きの神槍という名称だ。貫かれれば、精神体にも風穴が開くので気をつける事だ」


 リュードウがあざけり笑いながら、両手を頭上へ差し伸ばした。

 その頭上に、先程の光る槍が次々に生み出されて上空を埋め尽くしていく。


「お、おのれ、リュードウ・・」


「神様ごっこ、御苦労だった。これからは、我が神となってやるから安心して滅ぶが良い。ああ、そうだ。もしも、貴様らの母艦が消滅していなければ、また会えるかも知れん。苦情はその時に聞こうか」


 リュードウが愉しげに喉を鳴らして笑う。


「・・まさか、本当に・・我々の母艦を?」


「そう言っただろう? もっとも、あれを破壊したのは我では無いがな」


「なに!?」


「クソ兎だよ。あいつがやったのだ! 何もかもっ・・ぶち壊しやがった!」


 リュードウが語気荒く吐き捨てた。


「だ、だが、一体どうやって!? 奴の強襲艦が亜空間航行船なのは知っている。しかし、どうやって座標を・・母艦の位置を割り出したというのだ?」


「・・・そんな事も分からないのか?」


「なんだと!?」


「お前達の不死性を維持するための保安装置だ」


「・・うん?」


「やれやれ、ここまで言っても分からないのか?」


 呆れ果てる鈍さだ。


「どういう・・?」


「定期的に生存の有無を確認するために、母艦と自動で交信しているだろうが?」


「それは・・そうか! あの亜空間通信を辿って・・いやっ、あんな1秒にも満たない短時間で算出できるはずが無い!」


「ふん・・貴様らに破壊された我のジュエル・ナイツ、パールはそうした解析能力に優れていた。今から60年も前に、貴様らの母艦の位置を特定していたぞ?」


「・・信じられぬ」


「あのクソ兎がどうやって突き止めたのかは知らんが・・まあ、死んでおけ。クソ兎の女共を狙った連中も死んだ頃だろう!」


 リュードウが、無数に輝く光の槍を降らせた。


「信じぬっ! 信じぬぞぉっ! 我々が・・宇宙に冠たる超高位の生命体が、貴様らのような低能者などにぃーーーっ!」


 光槍に貫かれながら、裁きの神が絶叫をあげ、全身から神聖気を噴き上げてリュードウ目掛けて両腕を突き出した。


「笑止っ!」


 リュードウが余裕を持って、魔法防壁を展開する。


「裁きの神雷っ!」


 神が吼えた。


「神泉の水鏡っ!」


 リュードウが猛る。


 雷鳴の轟音が幾重にも木霊し、閃光が視界を覆い尽くした。リュードウの展開した水鏡によって、神雷が反射されて裁きの神を包む。


 眩い光に視界を失った中、


「陛下ぁっ!?」


「タケシ様ぁっ!?」


 ジュエル・ナイツの悲鳴のような声が響いた。


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