第207話 散りゆく古樹


 ふん・・と、俺はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 どこかで、可能性は考えていた。


 神樹の民が強気に出る根拠・・。

 圧倒的な戦力差を前に、こちらを呼びつけるだけの存在・・。


「やあ、龍さん」


 会場だと言われた場所は、神樹の上方から転移門をくぐった先だった。

だだっ広く、何も無い空間には、見覚えのある巨大な龍が寝そべっていた。こちらも、つまらなそうだ。


「来たか・・死地と分かっておるだろうに物好きな事だ」


「神様も来てる?」


「何やら面白そうな事をやったらしいの?」


「リュードウがね。あいつ、悪党だからさ。神様の根城に押し込み強盗やった挙句に、城ごと燃やしちゃったんだよねぇ」


「ほほう・・?」


「・・何を抜かすか!? 母艦を爆砕したのは、貴様だろうがっ!」


 まくし立てながら、タケシ・リュードウが現れた。2体の宝石人形ジュエル・ナイツを連れている。

 その後ろから、神樹のルティーナ・サキール、衛士のレーデウス、シンギウスが左右を護って姿を現した。


 続いてもう一人、明らかに人外の気配を纏ったものが姿を現した。龍帝に感じる以上の強烈な圧迫感と、押し迫ってくる死の気配を感じて、俺はようやく緊張感で気持ちを引き締めた。


 エルフとは違う、彫りの深い端正な顔に、すらりと背丈のある鞭のように締まった体躯。詰め襟の青色の上着に細身の白いズボン、黒革の長靴といった服装で、腰には剣らしき物の柄だけが吊されていた。


(まあ・・フランナのビームサーベルみたいなものかね)


 俺は、ちらっと様子を確認すると、個人倉庫から酒瓶を取り出して豪快に呑み干した。


「ぷはぁ・・・」


 うぃ~ヒックと、いきたいところだけど、ボク酔えない身体なのよね。

 空き瓶を床に置いて、代わりに別の小瓶を取り出して手に握る。


「本当に一人で来たのか。罠と知っていただろうに、律儀な事だな」


 美男子がつまらなそうに吐き捨てた。龍帝と同じ事を言いやがりますね。


「そりゃあ、一人で来いと言われて二人で来るほど、お臍は曲がって無いからね」


 俺は周囲を見回しながら言った。


「閉じた空間だ。あらゆる次元、あらゆる時空から隔絶している。どんなに暴れようとも、もう元の世界には戻れんぞ」


 美男子が何やら言っている。


「という夢を見た?」


 俺は、ヘラヘラと笑った。


「あの世界は、新しい法、新しいことわりの元に育て直さなければならない。枠をはみ出した存在には首輪を付けねばな」


「ふうん・・そこの龍さんは首輪付き?」


「そもそも、作り物だ。惑星の番犬ガーディアンとして生み出した生き物なのだ」


「ほほう・・」


 俺は、握っていた小瓶の蓋を取って床に置いた。


「何をしている?」


「殺虫剤をくのです」


 にこりと笑う俺の足元で、もくもくと小瓶から白煙が噴き出し始めた。


「・・何のつもりだ?」


「目覚まし」


 うふふ、と笑った直後、俺の意識は元の世界へと戻っていた。

 周囲の景色が変転して立っていたのは、薄汚れた古めかしい建物の中だった。


「もう一本いっとこうか」


 小瓶を取り出して蓋を取り、床に置く。



※解説しよう。


 今、もくもくと噴き出し始めた白煙には、アーマ・ドールが爆発時に撒き散らす対精神体用死滅材が内包されているのだ!


以上。※



 果たして、再び周囲の景色が変容して別の場所へと移動した。


 今度は薄暗い洞窟の中だった。


「そして、また焚く」


 小瓶を床に置いた。白煙が噴き出して空気中へ・・。


「煙が広がらないね?」


 あれ? ここ、空気が無いっぽい?


(まあ、良いけど・・)


 一本、二本、三本と小瓶を並べて蓋を開け、今度は中身をぶちまける。液体が液体のまま小さく玉状に圧縮されながら飛んで行った。


(ふむ・・それじゃ、次のターンに進みますよ?)


 どっかりと床に座ると、おもむろに個人倉庫から"創造の杖"を取り出して、ボリボリ、ガリガリ・・丸かじりに食べていった。


 果たして、


「きっ、きしゃ・・貴様ぁーーーっ!」


 こらえ性の無い子が怒声をあげて乱入して来た。


 まあ、後の祭りです。

 ご馳走さまでした。そっと手を合わせて、俺は食後のコーヒーならぬ神酒を取り出して飲んだ。


「貴様っ! 何のつもりだっ! 吐けっ、吐き出せっ!今なら我が再構成を・・」


「無理だぴょん」


 俺はにたりと相好を崩した。


「うぬっ、うがぁぁーーーークソ兎がぁーーーっ! 何もかも、お前がぁっ! お前がっ! お前がぁぁぁぁーーーーっ!」


 発狂したかのような形相で、リュードウが頭を掻きむしり、すぐに喉元を抑えて真っ青になった。


「吸っちゃった?」


「・・い、いやしかし、ここには大気が無く・・」


「えい!」


 俺はタケシ・リュードウの口に小瓶を突っ込んだ。



・・モマガァァァァーーーー



 絶叫を上げてリュードウがのたうちまわる。


「ふうん・・これも偽物か」


 実にウザったい。

 俺に薄く浅い幻術を掛けてきている。効果が消えると、すぐさま次の幻術が掛けられているようだ。もっとも、完全な幻術では無く、何かしら本物と繋がってはいるようだけど・・。専門家じゃ無いので分かりません。


「まあ、杖は喰ったけどね」


 女神様から預けられた時から、欲しがる奴の前で喰ってやろうと決めていたのだ。


「さて・・」


 俺は静まり返った周囲へ視線を巡らせた。

 そろそろ幻術使いにお仕置きですね。


「お店の精霊さん、カモン!」


 俺はおぞましい酒場精霊を召喚してみた。

 本当に閉じた空間なら精霊を招くことは出来ないでしょう。精霊が問題無く現れるようなら・・。



『あぁ~ら、マイダーリン、ご・ぶ・さ・た・・チュッ!』


 ねっとりと粘り着くような眼差しと共に身をくねらせて、眼が痛くなるくらいのラメ尽くしのボディコンを着た男が登場した。



「・・・っ!?」


 咄嗟に吐きそうになって、俺は激しく動揺した。

 あらゆる状態異常に耐性のある俺を嘔吐感と頭痛で苦しめるとはっ!


(怖ろしい奴・・)


 迫り上がる何かを懸命に鎮めつつ、俺は努めて冷静に・・バケモノを見やった。コツは、細部を見ずに、ぼんやりと焦点を合わせないことだ。



「今日はお客さんを連れて来たよ。ぜひ会って愛を語り合いたいって熱心に頼まれちゃってさ」



『んまぁぁ・・素敵っ! どこにいらっしゃるのかしらぁ?』



「すんごい美形だよ? ちょっとビビるくらいの」



『・・っ!? どっ、何処よっ! 何処にいらっしゃるのよっ!』


 オジサンの鼻息が荒くなり、眼が底光りする。



「見つけられるかなぁ? 恥ずかしがり屋さんだから隠れてるんだよねぇ」



『そうなの? 内気さんも大好きよ? でも・・あぁぁ、香るわぁ・・素敵な殿方の香りがするわぁ』



「まあ、恋路の邪魔はしないよ。向こうも、その気みたいだし・・連れて来ちゃえば?」



『うふふふ・・そうね。内気さんだもね。こちらからお迎えに行かなくちゃ』



 オジサンの声が弾む。



「何をしても、見えないフリをしててあげる」



『あぁん・・大丈夫よ、マイダーリン。奥に秘密のお部屋があるの』



 そんな要らない情報を口にしながら、熱っぽい眼差しを向けるのは止めて下さい!



「あ・・そう? じゃ、俺に構わず、大人のお付き合いをしちゃってください」



『そ、そうねっ! 御言葉に甘えようかしら・・あぁぁ・・うふふ、捕まえちゃったぁ・・きゃっ、すっごい美形・・ドキドキしちゃう』



 ボディコン姿のオジサンがそわそわ、もじもじとお尻を揺すりだした。精霊サイズなのに、怖いくらいの迫力なんだぜ。



「どうぞっ! 思う存分、ごゆっくり!心ゆくまで愛し合っちゃって!」


 俺はヒラヒラと手を振った。


 幻術には悪夢で対抗するんだぜ! 地獄を見るが良い!


(へへっ・・良い夢、見せてもらいな)


 座っていたスツールから立ち上がり、愛槍を取り出して握ると眼を閉じて耳を澄ませた。


 目論見通りなら、もうすぐ幻術が乱れるなり、解けるなりする。

 その瞬間を逃さずに動く。


 コンマ1秒で良い。

 あのオジサンなら、やってくれそうな気がする。

 幻術を使っているのは、ルティーナ・サキールか、新顔の美男子さんだろう。

 簡単にオジサンの毒牙にかかるとは思えないけど、目視しただけでも状態異常には陥るはず・・。


(・・っと!)


 異変を感じた瞬間、俺は地を蹴っていた。


(ん?・・む!?)


 全力で移動した俺の耳に、どこか物悲しい男の声が細く長く聞こえたようだった。



・・・イッ!?・・アァッ・・・ゥッ・・ァァァ・・・



(ルティーナ・サキール・・君の犠牲は無駄にしないよ)


 幻術が晴れるのを感じつつ、胸内でそっと合掌していた。聞こえた物悲しい悲鳴は、神樹様ルティーナ・サキールのものだった。


 うん。この世界で、同性婚が認められているかどうか知らないけど・・幸せになってくれたら良いなって思いました。


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