第206話 急ぎ、脱出せよ!


「敵っ、敵っ、敵だよぉーーー!」


 叫びながら急降下してきたフランナを見るなり、警護の大鷲オオワシ族が武器を構えて周囲へ視線を巡らせる。

 しかし、大鷲オオワシ族の眼をもってしても、まだ何も異変は見つからなかった。


「海ですかな?」


 落ち着いた声をかけたのは、ゲンザン・グロウだ。


「うん、ユノン母様が言ったから間違いないよっ!」


 フランナが勇んで飛び出そうとするのを、


「お待ちを」


「なんでっ?」


「儂がまとを用意します」


「ん・・うん、そっか。分かったよ!」


「では・・サクラ・モチの上方辺りでお待ち下さい」


「分かったぁ!」


 少女型のフランナが元気よく手を振って艦上へと飛んで離れる。


「さて・・少し、場を荒らす。巻かれるな」


 ゲンザンは、配下の大鷲オオワシ族に声を掛けて水辺へと歩み寄った。


「御大将の御座船に潜み近付こうとは・・」


 足先から水中へと没して行く。


 ・・羽流紋


 微波動を纏いながら、水中に完全に没しながら、大鷲オオワシの双眸が瞬時に総てを見透して敵姿を捉える。


(ほう・・)


 見慣れぬ姿の物が接近してきていた。

 蛸のような軟体を頭部に宿した魚人・・とでも言えば良いのか。身の丈は3メートル足らず。鱗らしいもので首から下が覆われているようだった。水に溶けるような色合いで、気を許せば見失いそうな見事な保護色である。


(ざっと、500か。これほどの数に近付かれていたとは・・不覚というしか無いな)


 鍛錬を積んで、それなりに力を付けたと思っていたが・・。


(まだまだ未熟・・)


 自重の笑いを漏らしつつ、


(・・参る!)


 ゲンザン・グロウは両翼を水中で拡げるなり、力強く羽ばたいた。


 それだけで、水という水が渦を巻いて押し流され、河底を露わに爆流となって空へと跳ね上がって行った。


「さて・・無事に落ちて来たなら、お相手居たそう」


 ゲンザンは、腰の剣を鞘ごと抜いて干上がった河底へ突いた。



 河水ごと空中へ跳ね上げられた魚人達が、陽の光を浴びて姿を露わに晒していた。


「ターゲット、ロック・オン! ホーミング・マーカ、セット! ネクサス・ジェネレーター、クアッドセル! フルファイア・コントロール!」


 アグレッサー・7型セブン、個体名フランナがラッパ呑みにした空き瓶を放り投げて射撃モードに突入した。


 凶悪な戦闘人形が、


「・・ファイエル!」


 コウタの真似をして言ってから、くすりと笑みをこぼす。


 直後に、理不尽な追尾ホーミング能力を有した小型ミサイルが連射され、肩口に除いたバルカン砲から弾丸がばらまかれ、手にしたビームライフルが派手な音を鳴らして幾条もの光帯ビームを撃ち放つ。


 避ける隙間が無い。


 光弾やビームの間には、2、3センチの隙間しか無いのだ。ビームより早く、その場を離脱して空なり水中なりへ逃れるしか無いのだが・・。


 そうしようと動いた者同士がぶつかり合い、互いの動きを阻害し、姿勢を乱したところに弾丸とビームが降り注ぎ、ミサイルが命中して炸裂する。


「アンチ・リュードウ、ソーラー・バスター・・ファイエル!」


 粉々の破片となった魚人達めがけて、フランナの全身から眩い光が放射された。それは、精神体のリュードウを滅するための照射型の兵器だった。



 ギャアァァァァーーー


 ウアァァァァーー


 ヤメロォォォーーー



 大気を震わせる大音声の悲鳴苦鳴が次々に湧き起こる中、


「サーチ・オン! サイコマテリアル・・ターゲット! ホーミング・マーカー、セット!」


 フランナの瞳に次々に情報が浮かんで流れる。


「タイプ・サイコニードル、キャップド! ファイエル!」


 ミサイルが次々に射出され、何も居ないはずの空中を目指して飛翔する。


「ファウルレンジ・ジェネレーター、ハーフコネクト! アンチ・リュードウ、タイプ・デスサイズ、セットアップ!」


 フランナの手に、大きな棒が握られ、その先が展開してビームを纏い巨大な光る鎌となった。


「キルターゲット・・サイト・オン」


 光る大鎌デスサイズを手に、フランナが高機動追尾モードに移行した。


 大鷲オオワシ族でも眼で追うのが困難なほどの速度で移動し、閃光を残して縦横に空を舞う。そこかしこで、姿無き悲鳴があがり、苦鳴が漏れ聞こえて来た。



「ふむ・・儂にも見えるな」


 水が戻り始めた河底を離れ、舞い上がったゲンザン・グロウが剣の鞘を払った。


 主君の言っていた"精神体"というものが、朧気おぼろげながら眼で捉えることが出来るようだった。



"た・・助け・・"


「なりませぬ」


 ゲンザンが剣の一振りで断ち切った。

 それは、声をあげる事もできずに消滅していった。


「斬れる・・か」


 御妻女ユノンから、殺す意思を持って斬る・・ただ、それだけの助言を受けたのだったが・・。


「なるほど・・そういう事ですな」


 これで得心がいった。

 であれば、形があろうと無かろうと・・。


「斬れるということ」


 ゲンザンの双眸が猛禽特有の鋭敏さで周囲へ巡らされる。


「どこへ行かれる?」


 何も見えない場所へ舞い降りつつ、真っ向から剣を振り下ろす。返す剣を横殴りに振り抜き、さらに一旋させて、不可視のはずの"精神体"を叩き斬った。



「ゲンザン殿」


 不意の声と共に、


「おぉ・・御側室デイジー様」


 戦鎚バトルハンマーを握った重甲冑フルプレート姿のデイジー・ロミアムが近付いて来た。


「里が焼かれたようです」


 デイジーに言われて高度を上げてみれば、なるほど大鷲オオワシの里がある方向で煙が上がっている。


「・・御礼参りに行きたいところですが」


「そうですね・・」


 デイジーが視線を差し向けた。

 ユノンが黒衣を翻して近付いて来ていた。


「総員、サクラ・モチに乗艦。この地を離脱します」


 ユノンの命令に、二人が揃って低頭した。


「フランナ!」


 呼びかける声が切迫している。


「ユノン母様っ!」


 小さく縮んだアグレッサー・7型セブンが元気に叫びながら戻って来た。


「よく頑張りました。コウタ様の船を一度、魔界へ移動しますよ」


「分かった!」


「直ちに指示をして参ります」


 ゲンザン・グロウが急いで飛んだ。


「ユノン様?」


 デイジーが身を寄せる。


「コウタさんが暴れます」


 ユノンが呟いた。


「・・サクラ・モチに防護結界を展開しておきます」


「脱出急務! お父様ヤバい! 危険がマックス!」


 騒ぐフランナを胸に抱き、ユノンはちらと神樹がある方向を振り返ってから、サクラ・モチへと降りて行った。


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