第205話 羽虫の惨歌


「お方様」


 大鷲オオワシ族を先導するゲンザンが、浮かび上がって来たユノンに黙礼しつつ、港へ向かって降りて行く。


 ハクダンとスーラに左右を守られ、避難してきた大鷲オオワシ族の者達がユノンに手を合わせながら飛翔して過ぎる。


「ユノン母様」


 最後尾を守っていたフランナがじゃれつくようにしてユノンの胸元へ飛び込んだ。


「デイジー母様が・・」


 フランナが指さす下方で、巨大な青炎が大地を灼き尽くしていった。


「ほら、フランナの相手はあっちです。お行きなさい、そして撃滅しなさい。サクラ・モチを・・コウタさんの船を護りなさい」


 ユノンの切れの長い双眸が、湾処わんどから流入する海流に注がれている。


「フランナに任せる!」


 みるみる身体を大きくし、戦闘状態に変形するなり、背から白炎を噴き上げて港湾部めがけて急降下をして行った。


 ちらと見送って、ユノンは港へ背を向けて上空へ視線を注いだ。


万呪怨マジュオン


 ユノンにばれて、空間に金色の眼が開いた。


「敵は見えていますね?」


『麗しき女王陛下・・すべて我が魔眼にて映しております。数3067、高密度の神気を宿した生命体です』


「大きさは?」


『先の氷の巨人と同等』


「それだけですか?」


『後続は御座いません』


「・・少ないですね」


『我が魔眼の届かぬ遠地から奇襲を狙っている可能性は御座います』


「そんなところでしょう」


 ユノンがわずかに双眸を細めた。

 それだけで、宙空を埋め尽くさんばかりに、黒円の魔法陣が咲き乱れていく。

 無数の幾何学模様が入り組んだ法陣から、か細い呻き声、か細い悲鳴のような音が漏れ出て空をざわざわと擦りあげる。


「まずは、とします」


『御意・・』


「呪怨のつどいし落人おちうどの門・・昇華をゆるされず・・霧消をゆるされず・・ただ死の坩堝るつぼに漂いし者達に命ず」


 ユノンの繊手が空へ振り向けられた。


「あれに来たるは新たな肉なり・・新たな器なり・・汝が求めし救いなり。亡者共よ・・喰らい、奪い、呪い、我が無聊ぶりょうを慰めて見せよ。我はユノン。死海の支配者である!」



 ウアァァァァァァァァーーーーー



 ユノンの言葉紡ぎが終わるや否や、空を埋め尽くしている黒い法円から、どろりと崩れた黒い肉の塊が噴出して次々に上空へ伸びた。人の口らしき物や眼、獣牙、指・・黒い肉に浮き沈みして覗いている。


『ォォォォ・・・なんと美しい』


 万呪怨マジュオンかすれ声を震わせる。


「・・攻撃です。喰らいなさい」


『女王陛下の慈悲に感謝致します』


 万呪怨マジュオンの声がよろこびの熱を帯びた。


 途端、巨大な黄金の眼がユノンをかばうように出現した。

 直後に、降り注いできた白銀の投げ槍が、まとった雷光ごと目玉に吸われて何処かへ消え去っていった。


ひそみし敵が居りました』


 巨大な眼がくるりと向きを変えてユノンを見つめる。


「数と位置は?」


『御身の直上、数は1体に御座います』


 万呪怨マジュオンの言葉を聴くなり、


「・・我が身に」


 即座に、ユノンが命じた。


『有り難き幸せ!』


 巨大な眼が、どろっと形を崩してユノンを包むなり、黒い衣服に黄金色の小粒な眼が無数に浮かび上がった。遠目には、金色の水玉模様に見えなくも無いが・・。


『視界を御身に』


「・・天使? 四本腕の神の像ですか」


 ユノンが双眸を黄金に染めながら薄く笑った。


 遙かな上空から、クリスタルの輝きをした甲冑を来た巨人が降下してきていた。

 四本の逞しい腕に、四本の剣を握った、削り出した石像のような彫りの深い顔貌をした巨人・・。背には白く輝く翼が拡げられていた。


「天上の神々がコウタさんを狙って動いたという事ですね」


 確認するように呟いて、ユノンは軽く両腕を持ち上げて振り下ろした。


 ウオォォォン・・・


 低い唸りのような音と共に、ユノンの細い腕に巨大な鉤爪が伸びた鬼の腕が生えていた。


「もう・・よみがえすべは無いのですよ?」


 問いかけるように呟きながら、ユノンが風に溶けるように消え去る。


 直後、降下してきた四本腕の神像が真横に吹き飛んでいた。


「受けましたか」


 呟いたユノンが、確かめるように鬼の腕を見た。

 転移からのユノンの一撃を、神像が剣をあげて受け止めたのだった。


「この鬼腕、もう少し強化が必要ですね」


 自分の腕に生やした鬼の腕を見ながらユノンがわずかに唇を尖らせる。



"我を前に余所見とは・・愚か者めがっ!"



 憤怒の怒声と共に、神像が斬りかかって来た。

 四本の腕がそれぞれ狙う位置を変えて斬りつける。巨体に似合わず器用な動きだった。


 しかし・・。


「少し、待ちなさい。考え事をしています」


 軽く振ったユノンの腕から不可視の何かが放たれ、斬りかかろうとした神像が頭部を弾かれ、大きく仰け反って後退した。



"きっ・・貴様ぁっ!"



「黙りなさい」


 ユノンが一喝する。

 途端、周囲から一切の音が途絶えた。


 音の消えた中、ユノンはじっ・・と鬼の腕を見つめて沈思すると、ふと思い付いた顔で、鬼の腕を見つめていた双眸を閉ざした。


 灰褐色をしていた鬼の腕に、真っ赤な血の管が浮かび上がり、大きく脈動しながら禍々まがまがしい輝きを放つ。そのまま、鉤爪の伸びた指を握り、意識を集中させる。


「・・こんなものでしょうか」


 呟いたユノンの双眸が金色に光り、鬼の腕で脈打っていた血の管も金色に色を変じていた。


「もう良いですよ」


 ユノンの双眸が神像を映した。



"有り得ん・・・あってはならぬのだ! 貴様のような・・貴様等は我らがことわりを乱し・・外れた存在は赦されぬのだっ!"



ことわりとは、神々が定めた自然法則ですか?」



"世の総てを律する法則だ!"



「宇宙から隕石が降り注ぎ、南半球は死の大地と化し、北半球もコウタさんが居なければ、生きとし生けるもの、その総てが死滅していたでしょう。あの災害が、神々の定めた法則なのですか?」



"・・あれは、想定外の災害だ。リュードウによる画策だ!"



「そのリュードウを招いたのは神々でしょう?」



"だから滅した・・滅したはずだった"



「お元気そうでしたが?」



"くそっ・・地球の・・向こうの奴等が送ってくる奴等にはろくな奴がおらん!"



「そもそも、どうして召喚など行うのです?」



"一つの世界・・貴様は惑星という概念を理解しているようだが・・単一の惑星だけでは文明の成長が鈍いのだ。別の世界・・惑星の異文明を少しずつ入れることで成長を促進することができる・・はずだったのだ"



「ところで・・神々の総てが、我が夫の・・コウタさんの敵になったのでしょうか?」


 金色に色づくユノンの双眸が、四本腕の神像を見つめた。



"わずかな腰抜け共を除いて、大半が賛同している"



「そうですか。では、今後はわずかな神々に祈ることにします」


 ユノンが薄らと微笑んだ。



"神兵一万騎を前に、貴様等に何ができる!?"



 四本腕の神像が恫喝の声をあげた。



「わずか、3067騎でしょう?」



"・・貴様は、いったい何なのだ!? この惑星に生を受けた者がどうやって神のことわりを外れた? どうして、それほどの力を・・"



「ところで、その神像に入っている精神体はどちら様?」



"我は、剣神なりっ! 我が神技を受けて散るが良いっ!妖婦めがぁっ!"


 四剣それぞれから、炎、氷、風、雷を放ちながら、四本腕の神像が無数に分身して斬りかかって来る。



「児戯ですね」


 ぽつんと呟いたユノンが光る花びらとなって崩れ去って消える。


 直後、無数に分身した神像総てが背後から鬼の腕に胸を貫かれていた。



"ば・・馬鹿なぁ・・この機体は最高度の物理防御が・・"



「・・ここですね」


 呟いたユノンが、鬼の手を握り締めた。



"ヒィ・・アァァァァーーー・・"



 長い悲鳴をあげた剣神の精神体が、ユノンの鬼手に握りつぶされて消えて行った。


万呪怨マジュオン?」


『死滅、確認しました。お見事で御座います』


「呪怨鬼共は?」


『神の兵とやらを喰らい、その身に宿った模様です』


「お前の支配下に置きなさい。我が主人の兵とします」


『女王陛下の御心のままに・・』


 万呪怨マジュオンが溶け出るようにして、ユノンの黒衣から流れでて大きな眼に戻ると、ゆっくりと眼を閉ざして消えて行った。


「さて、あの子は・・」


 ユノンは、港へ飛んで行ったフランナを探して視線を差し向けた。


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