第204話 聖女の祈り


 神樹から使者が来た。


 使者に来た森の民エルフは、色々と難しい言葉で延々としゃべっていたけど、ユノンに翻訳して貰ったら、


「今後の事を話し合いたいので一人で来て欲しい」


 というだけの事だった。


「罠ですな」


 使者が帰った後で、ゲンザンが言った。


 まあ、それはそうでしょう。

 そもそも、一人で来いとか指定してくるのが怪しい限りです。


「陛下の留守を狙って、攻めるつもりでしょうか?」


 リリンが首を傾げる。

 一ミクロンの勝算も無いだろうに・・。


「・・おそらく、何らかの秘策があるのでは?」


 シフートが言った。


「秘策ねぇ・・」


 氷柱を飛ばしたような武器とか? まあ、脅威と言えば脅威だけど・・。


 俺は腕組みをして首を傾げた。


たおすことは諦めて、王様を遠い所へ飛ばす転移系の罠・・というのは?」


 マリコが言った。


「あるかもねぇ・・だけど、俺、多分、すぐに戻って来ちゃうよ?」


「封印系でしょうか?」


 ファンティも首を傾げている。


「・・何秒も保たないよね?」


 似たような技を仕掛けてくる貴族級の悪魔が居たので、訓練を兼ねてデイジーに封印を試して貰ったけど、2秒ちょっとで抜け出せたし・・。


「何かしら、陛下に対抗できる算段があるから挑んで来るのでしょうし・・でも、ちょっと想像がつきませんね」


 アヤが困惑顔で首を捻った。


「一人で来た俺を狙うか、俺が居ないノルダヘイルを狙うか・・・サクラ・モチ狙いって事もあるか」


「神樹の民は、コウタ様の事をどのくらい知っているのでしょう? さすがに以前のままだとは考えていないでしょうし、それなりに見聞きはしているのでしょうけど・・」


 デイジーも理解できない様子だ。


「私はチュレック出身で知らないのですが、そもそも神樹というのは、陛下に一人で来るよう言える立場なのでしょうか? 用があるなら、向こうが出向くべきでは?」


 パエルが厳しい。


「私も、そう思います。お命じ下されば、その神樹という方をお連れいたしますよ?」


 ファンティの声にも怒りが含まれている。


「う~ん・・この際だから、用意してくれた罠に飛び込んでみようかなぁ・・」


 俺は大きく伸びをしながら言った。


「みんなと話をしていて思ったんだけど、俺の知ってるルティーナ・サキールの柄じゃ無いんだよねぇ。あの人なら、もうちょい上手に・・自然な誘い方をして来るかも」


「・・そうですね。闇谷の者にまで疑われるような動きを見せていますし、歳を重ねた古エルフにしてはけ過ぎます」


 ユノンが呟くように言った。

 闇谷の長の態度が煮え切らない理由が何なのか、ずっと気にしているようだった。


「正直、神樹の衛士が勢揃いしても、俺には勝てないじゃん?」


「無理ですね」


 ユノンが頷く。


「氷柱を飛ばした奴がどっさり集まってても、俺が勝つじゃん?」


「そうですね」


「リュードウのお人形がズラリと並んで襲って来ても返り討ちだし・・まあ、そこまで俺の事を知らないのかもしれないな」


 戦力の分散狙いにしては中途半端な誘い方だ。ユノンやデイジーの能力をどの程度に見積もっているのだろう? アルシェ達、近衛も滅茶苦茶な強さですけど・・ちゃんと計算しているのかな?


「避難訓練は、どう?」


 俺はユノンを見た。


「みんな上手くなりました」


 ユノンが目元だけで微笑む。


「配置は?」


「心当たりは総て網羅してあります」


「ようし・・言うまでも無いけど、その時には、俺に構わず撃ち込んで良いからね?」


「はい」


 ユノンが首肯した。


「じゃ、行ってみようか。これを非常事態の訓練と位置付けて、大鷲オオワシ族の戦士の家族は全員サクラ・モチへ収容して魔界へ移動させる。乗船時には、デイジーの神聖術による確認を行うこと。近衛騎士は同船して待機。大鷲オオワシ族は大鷲オオワシの里に集結して戦闘態勢を維持。ここには、ユノンとデイジーだけを残す」


「はっ!」


「はい!」


「敵が来たら殲滅して良い。手加減をして時間を掛けないように」


「はいっ!」


「ただし、逃げる奴は追いかけるな。攻撃が届く範囲から逃げ出したら放置で良い。仮に、リュードウが居ても無視だ」


「承知しました」


「近衛隊、サクラ・モチの警護に付きます!」


「うん、頼んだぞ」


「では我らは大鷲オオワシ族の避難を先導します」


 ゲンザン達が飛び立った。


「フランナ、お酒はユノンとデイジーに預けてある。ちゃんと、言うことを守るんぞ?」


「フランナに任せる!」


「アヤ、マリコは避難所の護りだ。空、地中、水中、影・・どこから襲撃があっても対処できるよう気持ちの準備を。避難所はデイジーの魔法で護られているけど、連続して攻撃を受ければ保たないからね」


「お任せ下さい」


「頑張ります!」


「よし・・デイジー、ユノンが動きやすいよう守護を頼む」


「畏まりました。どうか、ご存分に」


 デイジーが優美にお辞儀をして見せる。


「さあて、俺か、ユノンか・・それとも、欲張りに両方狙って来るか。相手の顔を拝んで来ようかな」


「行ってらっしゃいませ」


 ユノンが微笑む。


「うん・・行ってくる」


 笑顔を返しつつ、俺は地を蹴った。

 瞬時にして遥かな上空、雲の上にまで浮かび上がり、そのまま空中を蹴って神樹を目指す。



大鷲オオワシ族が来ましたね。アヤ、マリコは出迎えと護衛を」


 デイジーに声をかけられ、2人が西の空へ目を向けた。大翼を広げた大鷲オオワシ族の集団が整然と並んで飛行していた。


「フランナ、念のため上に上がって直衛に付きなさい」


「はい、デイジー母様」


 フランナが勢いよく飛翔して高空へと昇って行った。


「マリコ?」


「リリンから伝話です。旗艦サクラ・モチ周辺に敵影無し。地中はアルシェ隊長が、水中はファンティが見張っているようです」


「アヤも上空へ上がりなさい。まだ距離はありますが、私の結界に何か触れたようです。疎開する大鷲オオワシ族を追って来た者が居ますよ」


「はい!」


 デイジーの指示を受け、アヤが魔法による飛翔を開始する。


「ユノン様?」


「この場は任せます」


 ユノンが空へ浮かび上がっていった。


「畏まりました」


 デイジーが 頭を下げた。

 すぐに身を起こして、大きな戦鎚バトルハンマーを取り出して右手に、左手に大型の方形楯ヒーターシールドを握る。同時に、足元から黒々としたモヤが立ちのぼりデイジーに纏わりつくと、漆黒の重甲冑フルプレートが全身に装備された。


「芸がありませんね」


 呟きながら、左手の方形楯ヒーターシールドを軽く持ち上げる。

 直後、飛来した氷柱が方形楯ヒーターシールドに当たって砕け散った。


「悪魔・・にしては、魔瘴気のりを感じません。どちら様でしょうか?」


 デイジー・ロミアムがゆっくりと体の向きを変えて、氷柱を放って来た相手に正対した。


 身の丈が15メートルほどの巨人・・。

 全身が氷針に覆われた氷の巨人が全身から冷気を漂わせながら姿を現していた。その数8体。


「おや・・手負いですか。あらためるなら、治療をして差し上げますよ?」


 デイジーが艶然と微笑む。

 フランナの攻撃を受けながら逃れたという貴族級・・。ゲンザンの報告にあった悪魔のようだ。

 見ただけでは無傷のようだが、デイジーの眼は相手の傷や病を見逃さない。



 コアァァァァッァーーーー



 氷巨人達が深呼吸でもするかのように大口を開いて大気を吸い込み始めた。


 対して、デイジー・ロミアムは悪戯をする子供を見守る慈母の笑みを讃えたまま立っていた。


 獣の咆吼のような風音が鳴り始め、デイジーを中心に半包囲に位置取った氷巨人達が、次々に氷塊を生み出して上空へ浮かび上がらせていく。


「原初の氷人・・でしたか。確か、伝説の聖人が率いていた巨人ジアント族の裔でしたね」


 デイジーが呟いた。

 その時、



 アエァァァァァァーーーーーー



 氷巨人達が大音声をあげた。

 上空に浮かび上がっていた無数の氷塊がデイジーめがけて降り注いでいく。巨大なハンマーで大地を穿つように、次々に重々しい音をたてて、立ち尽くすデイジー・ロミアムにぶつかっていった。


 さらに、



 キィィィィィ・・・



 ガラス板を爪で引っ掻いたような音が鳴り、氷巨人の口からキリのように旋回する氷槍が撃ち出された。一本が5メートル近い氷槍が、連続して撃ち放たれる。


 硬質の打撃音が連続して鳴り響き、氷片が飛び、冷気が渦を巻いて視界を乱す中、氷巨人達が巨大な氷棍棒を手に出現させて握った。


 瞬間、


 ドシィッ・・


 短く大地が震動した。

 白く煙った氷雪を引き裂くようにして、漆黒の重甲冑フルプレートを着たデイジーが飛び出すなり、氷棍棒を手に突進して来ていた氷巨人めがけて右手の戦槌バトルハンマーを振り下ろした。



 バキィィィ・・・・



 儚い破砕音と共に、15メートルもの氷の巨躯が粉々に砕かれて散っていった。


 デイジー・ロミアムが奔る。

 重甲冑フルプレートに包まれた肢体が躍り上がり、氷巨人の頭上を遙かに超える高さへ舞い上がると、天に戦槌バトルハンマーを突き上げていた。


「我が君・・我が主人・・気高くも雄々しき我が最愛の主に祈りたてまつるっ! 使徒たるデイジー・ロミアムに、悪鬼羅刹を浄滅する力をお授け下さい!」


 声高らかに叫ぶデイジーの戦鎚バトルハンマーが青白い炎を噴き上げて、天空を焦がす巨大な神の鎚と化していた。


「浄滅せよっ!」


 デイジー・ロミアムの宣言と共に、青炎の神鎚が氷の巨人達を押し潰し、瞬時に蒸発させて消し去っていく。



 すべてが焼き尽くされた丘の上で、


「迷える哀れな魂よ・・冥府の餓狼に貪り喰われ、嘆き、苦しみ、そして悔い改めなさい」


 デイジーが胸前で手を合わせて祈りを捧げた。


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