第202話 恫喝の二択
デギオヌ・ワウダールを連れて、ホウマヌスが登城してきた。まあ、登城とは言っても、仮設の小屋だけど。
復興中の魔界、その最前線とも言える環境改変中の地区に建てた休憩小屋だ。
「あぁ・・会ったことある」
思わず呟いた俺の顔を、ユノンが横目で見て微笑する。
初めて迷宮の深部へ潜った時に、ホウマヌスの旅館前であった男だった。
頭の左右に拗くれた太い角が生えた端正な顔立ちの男だ。あの時と同じく、軍服っぽい詰め襟の黒い衣服を着ている。
「迷宮で会って以来になるが・・見た目は変わらぬな」
デギオヌ・ワウダールが2メートルの高みから言った。
「そっちもね」
俺は魔人族の長身を眺め回し、胸内で嘆息をついた。細身に締まった筋肉質な身体・・高身長・・彫りの深い美男子・・。声もなんだか渋い。
闇討ち、OK?
「お忙しい中、お時間を頂きまして感謝致します」
ホウマヌスが丁寧なお辞儀をして見せた。
警護についていたアルシェ達が後ろへさがって控える。
「ううん、今は考え事やってるから時間あるよ」
「何かお悩みに?」
ホウマヌスが心配げに美貌を曇らせる。
「それがさ・・置いてけぼりにしちゃったみたいでねぇ」
「置いてけ・・?」
ホウマヌスがユノンを見た。
「ノルダヘイルが急速に強くなり過ぎて、不安になった国々が同盟を結んで宣戦布告をしてきたのです」
ユノンが静かな声音で答えた。
「なるほど、平人らしい反応ですが・・それで陛下は?」
「コウタさんは、国盗り合戦には興味が薄いみたいです」
「そうですか。魔界だけで、広大な領地をお持ちですものね・・」
「う~ん・・まあ色々あってさ。それより、そちらの用件から先に聞こうかな?」
俺は頭を掻きつつ、デギオヌ・ワウダールを見た。
「一つは、生き物が棲めなくなったはずの大地が蘇っているという噂話の真贋を確かめること。もう一つは、その奇跡を成す力を持つ存在をこの目で確かめること」
「ふうん?」
「・・魔眼というものを?」
「知らんよ? ユノン、知ってる?」
漫画に出てくるアレかね?
「神眼の対となる存在ですね。"眼"と呼ばれていますが、加護技に近いものかと」
さすが、博識のユノンさん。即答なんだぜ。
「よく御存じだ。こちらの、星詠み様の力ほど稀少では無いが・・魔神の加護と共に授かったものだ」
「魔神の加護ねぇ・・あっ、そう言えば、俺って魔神から鑑定眼というのを貰ってたな」
すっかり忘れてましたよ? なんか、微妙そうだったし必要を感じなかったから未使用でした。
「魔神から・・加護を?」
「いや、技能だけだよ」
加護は、月光の女神様から貰ってるからね。浮気はしないのです。
「・・その・・なんという神・・魔神だったのだ?」
「死と断罪を司るとか言ったね」
「ア・・アジルシンラ神っ!?」
声をあげたのは、ホウマヌスだった。デギオヌ・ワウダールは声無く瞠目している。
「し、失礼致しました」
ホウマヌスが慌てて謝罪した。
「いいけど、有名な神様? 前に、宵闇の魔神とは会ったことあったけど・・」
「タジェーラ神にまで・・」
ホウマヌスが膝から崩れるように座り込んだ。そのまま胸元で手を合わせて俯くようにして祈り始める。
「ええと・・?」
「ユウキ殿は・・魔神様の使徒なのですか?」
デギオヌ・ワウダールの口調が改まった。
(なんか、既視感があるんですけど?)
俺はデイジーを見た。
俺の視線を受けて、狂巫女さんが微笑して頷いた。
「コウタ様は、使徒ではありませんよ」
デイジーが慈母の笑みを浮かべて、ホウマヌスとデギオヌを見やった。
「し、しかし・・」
「魔神と会った方なれば・・」
2人が異を唱えようとするが、
「コウタ様こそが神なのです」
狂巫女さんが悟りきった聖女の表情で告げた。
「・・って、何言ってんのぉっ!?」
「このデイジー・ロミアムはコウタ様の巫女です。平人の身ではありますが・・」
言葉を切ったデイジーの総身から膨大な神聖気が噴き上がった。
(いやぁ・・もう、お前が神様やったら良いんじゃないかな?)
思わず苦笑する。デイジーの神聖気はたぶん成層圏を突き破って宇宙へ届いてますよ、これ・・。
「使徒様・・」
呻くように呟いたのは、デギオヌ・ワウダールだった。そのまま、ホウマヌスに並んで地面に片膝を着いて胸を手に頭を垂れた。
「デイジー?」
俺は、狂巫女さんを横目で睨んだ。
「良いではありませんか。嘘は申しておりませんもの」
デイジーがくすりと悪戯っぽく笑い、噴き上げていた神聖気を消し去った。
「ワウダールさん、魔眼でコウタさんを観てはどうですか?」
水を向けたのはユノンだった。
「畏れ多いことです」
デギオヌ・ワウダールが頭を振ったが、
「そのために、陛下はお時間を割いたのですよ?」
ユノンの双眸が底光りする。
否は許されないのです。ユノンさんに逆らったら死にますよ?
「はっ・・では誠に畏れ多いことながら」
膝上で拳を握り、決意の表情でデギオヌ・ワウダールが顔をあげた。その額で魔法紋らしき円が浮かんで回り始める。
(ふうん・・あぁ、これ・・ユノンの万呪怨が使うやつだ)
あの禍々しいペットは、これと同じ魔法紋を万単位で発生させるけどね・・。
「み・・見えませぬ!?」
デギオヌ・ワウダールが顔色を失って呻いた。
「困りましたね。それは、陛下が貴方のために割いた時間が無駄になったということですよ?」
ユノンさんが容赦無い。周囲の気温が急降下していっています。
ここは、ワウダールに助け船を出すべき?
で、でも・・。
ちょっぴり怖いというか・・。
「陛下にお仕えするか、この場で断罪されるか・・選びなさい」
物静かに問いかけたユノンの双眸に射竦められ、デギオヌ・ワウダールが声を失って硬直した。
デイジーのように派手に噴いたりしないけど、とてつもない魔力の渦がほっそりとした肢体から漏れ出て、居並ぶ近衛達ですら呼吸もままならない緊張を強いられていた。
「・・お、お仕え致します」
なんとか、声を絞り出すようにしてデギオヌ・ワウダールが答えた。
瞬間、嘘のように場の圧迫感が消え去った。
思わず、ホッ・・と呼気をついた者がちらほら居たようだった。
「陛下、如何いたしましょう?」
ユノンが俺を見て、にこりと白い歯を見せた。
如何も何も・・。選択肢無いじゃん。
「ええと・・」
俺は、やれやれと溜息をつきつつワウダールを見た。
「うん・・とにかく、魔界の復興に役立って貰おう。俺は細々したところや、こっちの人間の感覚が分からないからね」
「誠心誠意お仕え申し上げます」
デギオヌ・ワウダールが右手を胸に当て、深々と身を折った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます