第200話 急襲&奇襲
亜空間からの奇襲は、魔導回路のような物が生え伸びたドーム状の建物から20キロほど離れた場所にある無数の亀裂、その下方に存在する直径500メートルの球形の構造物だ。場所は、魔界の最南地域、惑星の南極に当たる海域の底。深度6キロメートルの海底だ。
『亜空間探知、来ます』
カグヤが静かに告げた。
リュードウはサクラ・モチの脅威を知っている。亜空間からの強襲は想定内だろう。
「デイジー」
「八障防殻、展張します」
デイジー・ロミアムが自身最高峰の防壁でサクラ・モチを包み込む。
『機動体接近、数18』
「最短最速で突入」
『リジン震甲弾、装填完了。照準修正・・完了』
「斉射!」
『斉射』
「続いて、リドニウム尖砲弾を装填」
『リドニウム尖砲弾、装填完了。光力加圧を開始します』
****
「おのれ、クソ兎めがっ!よくも我を
タケシ・リュードウは
油断は無かった。十分に警戒し、こちらの本拠を逆探知されないよう、幾重にも防壁を設けて、無数の中継器を使った通信を行なっていたのだ。
確かに、長々と話し込んだのは失態だったかもしれない。だが、あのコウタ・ユウキという存在を放置するわけにはいかなかったのだ。これから、神を気取っている精神生命体の駆逐をやろうという時に、また無秩序な乱入をされると今度こそ計画が破綻しかねない。
兎の首に首輪を付けるまでは無理でも、積極的な介入はさせないように釘を刺すつもりだったのだが・・・。
おそらくは、通信の逆探知などでは無い。魔力の探知・・。個々人固有の魔力波長を何かしらの方法で捉えられた。
ほんの一瞬だ。わずかな時間、アヤの眩しいメイド姿に眼を奪われて、映像越しに笑顔を向けられ、お話をして舞い上がってしまった、ほんの一瞬の間に何かを探知された。
「アーマ・ドール、18機、まもなく交戦距離に入ります」
オペレーター役の
「うむ・・まず、光圧式の実弾を撃ってくるぞ。
「了解です。
「よし、タイミングは
「はいっ!」
管付きのヘルメットを被った
ただの人形では無い。ちゃんと感情を持った生体人形なのだ。タケシ・リュードウの気合いが入った命令に触発されて、返す声が緊張に強張っている。ここに居るのは、まだ製造されて間もない。自我を与えられて、2週間足らずである。これほどまで激したタケシ・リュードウを見るのは初めてだった。
「発砲確認、
「む?どうした?」
「光圧式のものでは無く、震動掘削型の
「ぬあぁぁっ!?やりおったな、クソ兎ぃぃぃぃーーーーー!」
「
「
タケシ・リュードウが、噛みつくように訊く。
「360秒後です!」
答える声が悲鳴に近い。
「光力加圧が至近で検知されました」
オペレーター役の宝石人形が告げた。
「ぐぅ・・おのれぇ!クソッ、クソがぁぁぁぁーーー!」
タケシ・リュードウが吠え狂ってテーブルを粉砕し、残骸が飛び散る床を蹴りつける。
「可能な限り相手の攻撃を防ぎ、遅延させろ・・・クリスタル、準備のアンカーは?」
「いつでも使用可能です」
クリスタルと呼ばれた
亜空間潜行を阻害する文字通りのアンカーを撃ち込む兵器を準備してある。互いに大きな動きが取れないままの至近距離からの撃ち合いになってしまうが・・。
「敵、光圧式実砲弾、発砲っ!」
「アンカー、射出!」
「発射・・・4本命中、8本は回避されました」
「上出来だ、クリスタル!4本当たれば、もう亜空間潜行はできんよ」
あの潜行艦は、亜空間からのヒットアンドアウェイをするから脅威なのだ。通常空間に船体を
「空間を固定し、亜空間への潜行を許すな!アーマ・ドール、全機発進!」
「皇帝陛下」
「なんだ?」
「深海用の装備が間に合っておりません。先の18機で全機です」
「な、なんだと・・!?」
タケシ・リュードウが呻くように言った時、重い震動が施設を揺るがした。
敵の光圧式実砲弾が着弾したのだ。
「・・いや、そうだったな。うむ・・18機のアーマ・ドールはどうしている?」
「敵潜行艦に取付き、内部への侵入を試みているようです」
「ふむ・・例の抗精神洗浄薬を積んでいる機体は?」
「3機です」
「よろしい、ただちに全機を爆発させろ!」
「全機自爆・・確認」
「どうだっ!?」
「・・敵潜行艦、わずかに損傷見られるものの、未だ戦闘能力を有しております。光力加圧を検知」
「おのれ、化け物めが・・」
「
「おぅっ!良いぞ、ジェード、よく気がついた!今度は防いで見せろ!」
「はい!」
「・・いくら亜空間潜行艦であっても、この深海の水圧は・・外壁にアンカーの傷が入ったはず」
圧壊を始めてもおかしくないはずだが・・?
「砲弾、来ます!
「むっ!?」
「成功です! 敵、砲弾は
「ようし、良いぞ、ジェード。見事だ!」
「敵潜行艦、微回頭・・我が方と正対します」
「・・・なんだと!?」
あの亜空間潜行艦には、通常空間での航行能力は無いはず。いや、それより、わずかとは言え、艦を回頭させたのは何故だ?
「ラピス、正対とは・・この指令所に対してか?それとも・・」
「敵潜行艦の艦首は、
ラピスと呼ばれたオペレーターが回答した。
「あ、ありえん・・こんな短時間で、どうやって知り得たと言うのだ? 我が方の最高機密なのだぞ!?」
タケシ・リュードウが
「光力加圧を検知」
ラピスが告げた。
「
「48パーセントです」
「クリスタル、予備のアンカーを敵潜正面に打ち出せ」
「はっ!」
「ジェード、ギリギリまで充填して防壁転送を試みろ!」
「はい!」
「まさか
思い描いていた戦略とは大幅にズレが生じるが、このまま施設の保全に固執していては全てを失ってしまう。
海中での攻撃方法が少な過ぎた。
6000メートルの深海、それも現在の魔界の気象下で、正確な位置を捉えて攻撃してくる戦力など想定外だったのだ。そもそも、アーマ・ドール18機の自爆にも耐える艦船など想定できるはずがない。
「我が方の戦力は?」
「アーマ・ドール、800機。ジュエル・ナイツ17体が完全稼働できます」
ラピスが答えた。
「もう、これ以上の製造は望めぬな。ここを失う以上、できるだけ多くの戦力を
「はい」
ラピスという
「ふん・・死んでも蘇るシステム・・虫が良過ぎたか」
精神体のコピーを培養した肉体に載せて外界へ出し、死亡したら、記憶や経験を引き継いだ次のコピーを送り出す・・そのための施設だったのだが。
「クソ兎め・・」
タケシ・リュードウが
****
「起動・・起床願います。皇帝陛下」
硬質に澄んだ声に目を開けると、見慣れない宝石人形の顔が覗き込んでいた。
「何があった?」
身を起こしつつ、周囲へ目を向ける。
覚醒措置から2分ほど経過しているだろうか。
「向こうで何かあったのか?」
タケシ・リュードウが立ち上がって部屋を見回すと、いつもの
「こちらの御身が、陛下であらせられます」
「ふん・・残機0か」
タケシ・リュードウは小さく唇を歪めた。事態はすぐに呑み込めた。
死ねば死ぬ。当たり前の状態になったというだけのことだ。
「敵は、神域の
「亜空間潜行艦による強襲でした」
「あいつか」
なるほど、クソ兎達だ。でなければ、オリジナルが遅れをとるはずが無い。
「アヤ・・あいつも来たのか?」
「いいえ、深海での戦闘でしたので、近接戦にはなりませんでした」
「そうか・・おまえは」
「
「うむ、ラピスか。精神体の保管機材はもう無いのか?俺が知らぬ場所に隠蔽されているような事は?」
「御座いません。陛下が・・総てで御座います」
「リアルで残機0か。準備に費やした膨大な時間を考えると笑えてくるな」
タケシ・リュードウが苦々しく笑いながら、枕元に置かれていた黒い仮面を手に取った。
「今後は平時でも防護服の着用をお願い致します」
別の宝石人形が畳んだ防護服を手に進み出た。
「おまえは?」
「
「ふむ、ではローズと呼ぼう。着せてくれ」
タケシ・リュードウは羽織っていたローブを脱いで下着姿になった。
「ご随意に」
恭しく低頭しつつ、ローズとラピスが厚地の潜水服にも似た防護服を着せ、その上から胸甲やマントなど着付けていく。
「さて、見逃してはくれなかったらしいぞ」
「陛下?」
ラピスが
「いつぞやの剣士も居るな」
タケシ・リュードウが声を掛けた。
そこに、人影が並んで立っていた。白鎧の騎士達、猛禽類の頭部をした鳥人、そして・・。
「やあ、タケシくん、今晩は」
白々と輝く槍を持った美少女、もとい美少年を中央に、漆黒の装甲板を縫い込んだ長衣姿の美女、そして一目で妖精族の血を引いているとわかる儚げな美貌をした少女。その横には、美しい武家姿の
「・・出たな白兎」
「逃げ道は、もう何処にも無いよ? 時空の果てに逃げても無理だから」
「結界・・いや、閉じた空間か」
周囲を
「色々と絶望的だな」
「相手が悪かったね」
「・・そのようだ」
タケシ・リュードウは控えている
「もう奥の手は無いのかな?」
「ふん、あるにはあるが・・少し仕込みが不足かな」
「へぇ? まだ何かあるんだ?」
「役に立つかどうか怪しいが・・」
「ふうん?」
コウタ・ユウキが小首を傾げてみせる。
まったくもって、怪しからんほどの美少年だった。完全なる女顔で、体つきも華奢で・・。こんな美少年が、強大な戦闘力を持っているだけでも許せないのに、周囲には美貌の女ばかりを
だが、どうすれば良い?
この場での戦闘差は絶望的過ぎる。おそらく、まともな戦いにもならずに殺されてしまう。
残機0。死んだらお終いなのだ。
築き上げてきた総てが消え去ってしまう。
(・・う?)
(何かあったな!?)
直感的に、微かな希望を感じて周囲へ気を配る。
直後、
ドズッーーーン・・・
酷く鈍い、重たい音と共に、直上から重量物が落下してきてタケシ・リュードウの隠し砦を粉砕した。
「ラピス!ローズ!」
「悪魔共、侵入者を殲滅しろっ!」
この一瞬、ここしか無いというタイミングだった。
(やっと腰を上げたか)
連続
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