第199話 ハニー・トラップ


 バーゼス王国、ターループ王国、ルシアンダ王国、エーメント公国、ガザンルード帝国、センテイル王国、ガーナル王国、カーダン王朝、ギノータス連邦、デオランダール神聖王国、ルシオーラン皇国・・合計11ヶ国が同盟した。歴史上、類を見ない規模の軍事同盟「救世大同盟」の結成である。


 と、ここまで聴くと、何やら凄そうなのだけど・・。


(魔人に支配されただけなんだよなぁ)


 九皇家の魔人が浮遊する空中宮殿の巡回路を定め、4つの区域に分けて地上を支配下においていた。


 まあ、支配とは言っても、魔人の皇家にとっては、平人の国家などに興味は無く、ただ放牧地の家畜でも眺めるかのような無頓着さらしい。


 バーゼス、ターループ、ルシアンダは、第3皇家のニューグリウ家。エーメント、ギノータスは、第5皇家のミンカンド家。センテイル、ガーナルは、第6皇家のイーヴクォーツ家。ガザンルード、デオランダール、ルシオーランは、第7皇家のザオーモス家。第1皇家のエウゼータ家は、平人に興味を示さず傍観しているそうだ。


 俺は、この情報をタケシくんから聴いた。


『貴様とは敵対関係にあるが・・』


「物知りだねぇ、タケシくん」


 俺は、映像に映し出されたタケシ・リュードウに笑って見せた。長い金髪をポニーテールに束ねた少年が映っている。同い年か、少し上くらい。何というか、見るからに神経質そうな雰囲気だ。顔の造作は悪くないのだけど、目付きが下から掬い上げるような感じだったり、黒ずんだクマがあったり、眉毛を剃って線が描いてあったり・・初対面だと良い印象を受けない感じだ。


『我を、その名で呼ぶなっ!』


「ははは、いやぁ、同い年なんだっけ?」


『我はこの世界に召喚されて数百年を過ごしている。昨日今日、こちらに招かれたような奴と一緒にするな!』


「長生きだねぇ、タケシくん」


『くっ・・クソ兎めが調子に乗りおって』


「まあまあ、そう怒りなさんなって。ほら、知らなかったんだから。ね? 知ってたら、邪魔なんかしなかったよ?」


 俺は、ニコニコと笑って見せた。


 つまり、某母艦ゆりかごの話である。


 タケシ・リュードウは母艦ゆりかごを支配しようとし、それを俺が跡形も無く爆砕してしまったのだ。


 時間軸がどうとか、次元固定があれこれ、タケシ・リュードウは綿密に計算し、膨大な時間を費やして準備をして、正しくあの時にしか実行できないというタイミングで仕掛け、全てが上手く行きつつあったのに・・・なのに、いきなり俺がサクラ・モチでやって来て、リドニウム尖砲弾とか撃ち込んで、貴重なシステムも、知能体も、精神体の貯蔵庫も何もかもを宇宙の塵に変えてしまったらしい。


 一度死んで、神の監視から外れてから、埋伏してあった宝石人形による神域への攻撃、彗星の落下、肉体の復活(愛人形は失敗)から神々の母星である母艦中央部への精神体侵入、乗っ取り・・。


『それを、貴様が全てを打ち砕いたのだ、クソ兎っ!』


「いやぁ、悪かったって、だから謝ってるじゃん」


『悪かったで済むか! 全宇宙を支配できたのだぞ? この手に全てを・・全ての神々を、世界の理を・・何もかもを支配できたのだ! それを・・あと、わずかというところで・・この、クソッ・・化け兎がっ!』


「まあまあ、落ち着こうよ。タケシく~ん」


 俺はヘラヘラと笑いながら小皿に乗ったクッキーを摘んで頬張った。


『そ、それが謝罪の態度かっ!』


「紅茶は如何ですか?」


 アヤがティーポットを手に近寄ってくる。いつもとは違い、某電気街的な丈の短いフリルのついたワンピース調のドレスにミニエプロン、白い網タイツ、黒い革靴を履き、頭には白いカチューシャを着けている。


「うん、お願い」


『ア、アヤコ・・ク、クソッ、おのれっ、貴様ぁ!な、な、なんという格好をぉっ!?』


「おっと、この美人さんは、アヤコじゃなくて、アヤです。うちの侍女頭をやって貰っています」


『じ、侍女・・メイドだとぉ!?』


「そうだよね、アヤ?」


 アヤに声をかけると、


「はい、旦那様。アヤは、メイドで御座います」


 打ち合わせ通りに、アヤが艶っぽく微笑んで見せる。


『・・ぎぃぬぅぅ、ク、クソがぁ・・』


 映像内のタケシ・リュードウが凄い顔になっていた。


「ははは、ああ、なんだった?一時休戦がどうとか?」


『・・そのアヤコ・・アヤはくれてやる。だから、宝核ほうかくをよこせ』


宝核ほうかくとは?」


 初めて聴く単語だ。


『アヤが生まれた時に、黒い宝珠を落としたはずだ。あれは、低脳な貴様などが持っていても意味が無い。我に返却しろ』


「ん・・ああ、アレねぇ。変な玉だなぁって思ってたんだ」


 そんなの無かったけどな?


『あれこそが完全なる保存容器、精神体を永遠に保管し続ける容れ物なのだ』


「ほほう?」


『創造の杖によって生み出した至宝なのだよ。杖が失われた今となっては二度と創る事ができぬ代物だ』


「ふうん・・」


『分かったら寄越せっ!』


「う~ん、どうしよっかなぁ?」


『貴様・・』


「ちゃんと対価を払ってくれないとねぇ」


『ふん、金なら幾らでも払ってやる』


「お金だけじゃねぇ。俺、まあまあお金持ちだしぃ?」


『・・要求はなんだ?はっきり言えっ!』


「知識払いで」


『知識・・払い?なんだ、それは?』


「俺が知りたい知識を教えることを対価の一部として、足りない部分はお金で精算というのはどう?」


『・・ふん、低脳が知識を得たところで活用できまい?』


「ほう、つまり、タケシくんは宝核ほうかくらないんだね?」


『む・・』


「俺は良いんだよ? 宝核ほうかくとか死蔵してれば良いし?」


『ひ、卑劣な』


「俺、傷つきやすいんだよねぇ・・低脳とか、クソ兎とか、何回言われたっけなぁ?」


『・・・何が知りたい?』


「なぁに? よく聞こえなぁい」


『何が知りたいのだっ?』


「神様って、どうなる?」


『む? 神様などと・・あれは、惑星の管理者がただ与えられた役割を演じていただけだ。いわばロールプレイをやっていたに過ぎん』


「で?」


『・・あいつらの何が知りたいのだ?』


「そのロールプレイを継続してくれるかどうか」


『ほう? 貴様は、あの道化どうけ共に神様ごっこを続けさせたいのか?』


「だって、神様じゃん?」


『愚かな事を・・あんなもの、ただの精神生命体に過ぎん。神などでは無い』


「じゃ、神様ってどんなの?」


『・・神などいない。少なくとも、この惑星には存在しない』


「でもさ? その精神生命体ってのが、この惑星のルールを作って、生き物がバランスよく生きるように見守って、人間が大きな戦争とかやらかさないように監視して・・もう、神様認定で良いんじゃない?」


『違うだろっ! 神というのは、もっとこう・・絶対的なものだ。人が・・人間の理解が及ぶような存在であってはならない! そんなものは、神では無い!』


「ふむん・・でも、この惑星で生きている人間は、タケシくんが言うところの精神生命体を神様だと認識して信仰してるんだよね? じゃ、やっぱり、この世界にとっての神様なんじゃない?」


『違う! あれは単なる精神生命体・・肉体を持たないというだけで、ごく普通の生き物なのだ! しかも、元々は肉体を持っていた生物が、高度な科学力によって精神生命体として長命化を果たしたというだけのこと。あんなものを信仰するなど、あってはならない事だ!』


「世の中には、大きな石や木を信仰する人もいるから、高度な科学力を持った精神生命体を信仰しても良さそうだけど・・」


『断じて認めん!』


「まあ、良いや。その精神生命体はどうなるの?」


『どうもこうも、これまで通りだ。母艦ゆりかごが宇宙の塵になった以上、この惑星の神域として隔離した領域で生きていくしかあるまい』


「神として?」


『・・あくまでも、ロールプレイ、茶番劇だがな』


「悪魔はどうなる?」


『あれは、我が兵士として有効活用する』


「魔人が悪魔になるんだって?」


『あれは、神を僭称せんしょうする道化どうけ共の仕業だ。人間・・平人からも悪魔成りをした者はいる』


「・・罪人ってこと?」


道化どうけ共にとっての罪人だな』


「なんで、タケシくんは悪魔成りしないの?重罪人じゃん」


『貴様が言うな! 悪魔成りについては、加護を与えた魔神が評価して決めるらしい。当人から願っている節もあるが』


「へぇ・・彗星が落ちちゃった時に、柱みたいなのが建ったけど、あれは何?」


『あれの役割は終わっている。各地の魔素溜まりに設置し、高濃度の魔素を凝縮して蘇生体である我やアヤコに注ぎ込む装置だったのだ。クソ兎が破壊して回ったおかげで、我は半分の力も出せん』


「いやぁ、十分じゃない? 神様を困らせて、悪魔だらけにして、蛙巨人や蜂を放して、彗星落として惑星壊しかけて・・この惑星を出るつもりだったんだ?」


『そうだ。こんなクソのような惑星など、グチャグチャにして破滅させてやるつもりだった』


「今からでも、宇宙に旅立ったら?」


『馬鹿か貴様は!? あてもなく、宇宙など彷徨さまよってどうするというのだ?母艦ゆりかごから得られたはずの管理情報が無いのだぞ。こうなっては、このクソゲーのような惑星で生きていくしか無い』


「ご愁傷様です」


『・・なんだと?』


「ところで、タケシくんは精神生命体になったんだよね?」


『・・ほう?その程度は理解が及ぶか。いかにも、我は精神生命体だ。この肉体は容器に過ぎん』


「人に取りいたりするの?」


『自我のある容器には入れん。そもそも、容器を出入りするために消費する力が膨大な上に、容器との相性によっては弾かれて行き場を失う恐れがある』


「ほほう・・」


『その点、専用に設計した培養体であるこの身なら出入りは自由だ。消耗度も低い』


「なるほどねぇ」


『知りたい事はそのくらいか?では、アヤコの・・』


「タケシくんは、世界をどうするの?」


『・・ふん、しばらくは世界征服ごっこだ。神を気取った道化どうけ共に引導を渡してやる』


「神様と戦うんだ?」


『戦いにもならんよ。我の人形部隊ドールズパーティが神域を打ち壊して終了だ』


「神様が居なくなったら、世界から魔法が消える?」


母艦ゆりかごと同じだ。神域にある精神体を保管してある区域を破壊すれば良い。あいつらが与えた全ての力、加護、魔法・・何もかもがリセットされるだろう』


「あれ?じゃあ、加護とか魔法とか・・あれって、その精神生命体が与えている力なのか?何かの装置とかじゃ無く?」


『魔素という奇跡の物質が豊富に存在する事こそが、この惑星の最大の特徴だ。魔素なくして、加護も魔法も成り立たん。あの道化どうけ共は、魔素を効率よく利用する法則を提示しているに過ぎない。奴らが魔素を生み出しているわけでは無いのだ』


「・・ん? じゃあ、人間が自分で考えて魔素を利用するようにもなるんだ?」


『その通りだ。道化どうけ共の介入無く、自由に生み出すことができる。無論、その域に辿り着くには膨大な時間の研鑽と知識・・何より、魔法を自ら生み出せるという気付きが必要だがな』


「なるほどなぁ・・そういえば、タケシくんは地球には帰らないの? もう、未練無し?」


『ふん、未練など無いわ!』


「それだけ力があるんだし、地球を見に行ったりしたでしょ?」


『こちらで手に入ら無い物を調達に行った事はある。だが、当時の俺の知識と力では、地球を管理する道化どうけ共に力及ばなかった』


「お嫁さんに着せる服とか欲しいんだけど、買ってきてくれない?」


『きっ、貴様ぁっ! まさか・・い、いや、そのメイドさんは我のアヤコでは無いが、しかしっ・・この我に下着を買って来いだとぉっ!?』


「いや、下着じゃ無くて、服って言ったよね?」


『う、うむ・・だが、地球へ行くのは時間の浪費というもの。衣服など、魔法で生み出せば良いのだからな』


「魔法・・ふうん」


 俺は魔法が使えないんだよねぇ。


『もう良かろう?貴様が何百年生きても辿り着けぬ真なる知識をくれてやったぞ?』


「うん、とりあえず、今はお腹いっぱい。また分からない事があったら教えてよ」


『ばっ、馬鹿か貴様はっ!? 対価として教えたのだろうが! さっさとアヤコの宝核ほうかくを差し出せ!』


「無いし?」


『なんだと・・?』


「いやぁ、卵の殻みたいな物はあったんだけど、割れちゃってたから・・」


『そ、その培養殻はどうしたのだ?』


「え?・・カルシウム?」


『く・・喰ったのか、このっ・・』


「出された物は残しちゃ駄目だって婆ちゃんが・・」


『・・もう良い。ようく分かった。神を気取る道化どうけ共を討ち滅ぼした後、貴様をなぶり殺しにしてやる』


「やだなぁ、タケシくんったら。黒い玉くらい、また作れば良いじゃん。そんなに怒んないでよ」


『我をその名で呼ぶなっ! アヤコを再現するために我がどれほどの時間をかけたか知っているのか!』


「知りません」


『声や表情、仕草・・あの可憐な透き通るような笑顔・・この世界に毒される前の女神のごとき神々しい美貌、神の造形としか思えないボディーライン・・優しく甘い声・・・あの全てを思い出しながら再現する日々の何とも長くもどかしかったことか・・』


「楽しそうだから良いじゃん」


『ふざけるなっ! 肉体の培養そのものは時間をかければできる。だが、アヤコの記憶を持った精神体の創造はオリジナルコアが無ければ精製出来ないのだぞ!?』


「・・オリジナルのコア?」


『アヤコの自我を秘術で封じ込めたものだ。それに、我への愛を植え付けた物こそが宝核である!』


「なんかお腹が痛くなりそう」


『いや、迂闊うかつだった。我としたことが常の冷静さを欠いてだまされるところだったぞ・・宝核ほうかくはどのような攻撃も受け付けぬ防殻で覆ってあった。貴様であっても、あれを喰うなど出来るはずが無い。見つけられなかったのだな? 宝核ほうかくは目立つ大きさでは無い。意識して探さねば、それと気付く事は無かろう』


「あ、バレた?」


『ふん、我をたばかろうとは・・クソ兎が無い知恵を絞ったものだ』


「なるほど・・」


『なんだ?何が・・』


「ああ、うん、ちょっと待ってて・・あ、そうだ。アヤ、代わりにここに座っててよ。タケシくん、こちら侍女頭のアヤさんです。少しお話してて良いよ?」


 俺は部屋の隅に顔を覗かせたユノンを見るなり、アヤを椅子に座らせた。


『な、なんだと・・ぉぉぉぉ・・あ、わ、我は・・おれ・・』


「アヤと申します。よろしくお願い致しますね」


『はっ、初めまし・・』


 上ずったタケシ・リュードウの声を遠くに聴きつつ、


「カグヤ?」


 俺はユノンをともなって司令室へと入っていた。



『司令官閣下! 座標の特定に成功しました』


 軍服女子が敬礼しながら告げた。



「よろしい。では、決行だ。予定通り、ユノン、デイジー、アルシェ、リリン、パエル、シフート、ファンティ、マリコ、ゲンザン、ハクダン、スーラ、これにアヤ、フランナ・・そして、カグヤ。我が国の精鋭で一気に殲滅する」


 俺は、完全武装で整列した面々を見回した。


「おそらく、見て分かるような物では無い。ただの石塊いしくれのような物かもしれないし、床の染みのような物かもしれない。故に、座標地点にある全てをことごとく無差別に攻撃する」


「はいっ!」


「はっ!」


 気合いの入った声が響く。



『潜行準備、整いました』


 カグヤの声が告げた。



「目標、タケシ・リュードウ! サクラ・モチ、発進っ!」


 俺は高らかに号令した。



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