第195話 魔界の行く末は?


 捕まっていた魔人の名は、ギィーロン。人化をすると老人のような姿だったけど、魔人としての姿は大きな銀色の蟻でした。


「隷属の呪は除きましたが、いかがですか?」


 リリンの問いかけに、大きな銀色の蟻がみるみる姿を変じて白髪白髭の老人になった。蟻のままだと声が出せないらしい。


「どうもありがとう。人族の娘さん、お陰様で自由になれたよ」


 ギィーロンがリリンに礼を言った。


「貴方は、侵攻している魔人達とは違うようですね」


 リリンの問いに、


「う~ん、僕は年季が入っているからねぇ。幽閉されたまま何年過ぎたか忘れちゃったよ」


「ずっと、地下に?」


「それはそうだねぇ。僕は性根が蟻だし、そもそも、こっちに来たのも間違って巣穴を掘り過ぎちゃったからだからねぇ。罠で捕まるまで、越境した事にも気が付かなかったんだ」


「ここの兵士に、穴掘りをさせられていたのですか?」


「うん、ここの岩山に部屋を作ったり、海や川まで隧道を掘ったりしたねぇ」


 そう言って、ギィーロンが地面を指差した。

 見ると、石床を掘り割って赤黒い大蟻が姿を現した。体長が50センチはありそうな大蟻だった。


「眷属招来・・古種の魔族が使ったとされる技ですね」


 ユノンが言った。


「ぉおお・・随分と博識なお嬢さんですねぇ。ああ、こちらへ侵攻している魔人が居るんでしたねぇ・・どこかで僕みたいな魔人を見たんですかねぇ」


「眷属を延々と招来する種族は国破りとして恐れられましたが・・・今は凶魔兵に、貴族級悪魔に、蛙巨人、巨大な蜂・・魔人の他にも沢山来ていますから微妙ですね」


「・・き、貴族級だって?悪魔どもが出て来ちゃってるのかい?」


「ハエのように湧いていますよ?」


「人族は・・いや、ここの兵士達が生きていたのですから滅んではいないのですね?」


「今のところは」


「ははは、怖いお嬢さんですねぇ」


「いつでも外に出て自由になれる力があるのに、なぜ隷属のフリを?」


「・・本当に、怖いお嬢さんですねぇ」


(うん、素直になった方が良いよ? 本気で怖いんだからね?)


 俺は、ハラハラしつつ見守っていた。

 いや、蟻魔人の命運とかどうでも良いんだけど、なんて言うか、スプラッタ映画のドキドキ感? 来るぞ来るぞぉ~的な、怖いのに見ちゃう、期待しちゃうんだよねぇ。


「ええと・・僕はそれなりに生きてる魔人でねぇ、5人で相手をするのは無謀だと思うんだけどねぇ」


「眷属を呼べず、魔瘴は効かず、毒も酸も通用せず・・無駄な抵抗をして死骸となりますか?」


「む・・あれ?」


「貴族級の悪魔を狩っていると言いました。正直、貴方の戦闘能力では私達の前に立つ事すら許されない貧弱さですよ?」


「そんな筈は無いと言いたいところだけど、どうやら本当のようだねぇ・・ああ、そうか。君達が悪魔喰いの・・・確か、ノルダヘイル」


「へぇ、誰から聴いたんだ?」


 俺はギィーロンの正面に立った。この古魔人に初めて興味が湧いた。引き篭もって居たんじゃ無く、誰かしらと接触を持って外の情報を得ていたらしい。


「君は・・何者かね?」


「貴族級を摘み食いしている人間だよ」


 ニコニコと笑う俺を見て、ギィーロンが口をつぐんだ。


「・・人間かね?」


「ボク、悪いニンゲンじゃ無いヨ?」


 久しぶりの決めポーズを披露した。


「人間・・なのかね?」


 ギィーロンが俺では無く、ユノンを見て訊きやがりましたよ? コロシますか?


「ええ、人間ですよ」


 ユノンが即答した。さすが俺のお嫁さんです。


「そうなのかね?」


 しつこい蟻魔人が、リリンを見た。


「とても人間らしい御方です」


 リリンが断言する。


(うむ、ポイント高いぞ! 後でみたらし団子をあげよう)


「む~ん・・」


 未だ納得いかない様子で、古魔人が視線を彷徨わせてデイジーを捉え、直ぐに視線をファンティへ移したが、


「何か?」


 逆にファンティに訊かれて、ギィーロンは小さく首を振って俺に視線を戻した。


「僕は殺されるのかね? 蟻は食べると苦いらしいんだがね」


「ノルダヘイルの国民になる?」


「・・は? 僕は魔人なんだがね?」


「ノルダヘイルは魔界を支配するから、国民にならない魔人は敵なのです」


「ええと・・」


 再び、視線を彷徨わせかけて、ギィーロンが諦めた顔で溜息をついた。


「今度こそ、本当に隷属させられるのかね?」


「国民になるなら何もしない。敵になっても隷属はしない。面倒なんで、ここで死んでください」


「魔人を国民として迎えると言うのかね?」


「まあ、うちは街中で魔人を見て驚くような国じゃ無いから」


「・・凄い世の中になったものだね」


「でも、戦うんだ?」


 俺は半歩前に出て、間近にギィーロンの眼を覗き込んだ。

 俺の耳が迫り来る虫っぽい足音を拾っていた。カサカサと賑やかに重なって聞こえるため個体数は分からないけど・・。


「長く生き過ぎた老いぼれにも、少しばかりの矜持があるのでねぇ。最凶と名高いノルダヘイル国王が相手なら、良い土産話になると思ってねぇ」


「じゃあ仕方ない。さような・・」


「コウタさん」


 不意に声を掛けたのはユノンだった。


「うん?」


「ホウマヌスさんが、まだ蟻が存命なら話がしたいと・・伝話がありました」


「ん? 星詠みさんから?」


「はい。お許し頂けるなら転移するとの事です」


「・・良いよ。許可します」


「お、お主達・・何を言って」


 怪訝な顔で訊いてくるギィーロンを無視して、ユノンが伝話を返すと、待つほども無く、豊麗な女体が転移をして現れた。同時に、有翼の少女達も引き連れて来ている。


「ばっ、馬鹿な・・貴女は・・貴女様は・・」


 呻くギィーロンを尻目に、


「陛下、我儘を申しました事、お許しください」


 ホウマヌスが地面に膝を着いて低頭した。


「蟻さんに用があるんだって?」


「はい。少し視えましたので、お叱りを承知でお邪魔を致しました」


「ふむん・・知り合い?」


「呪蟻族のギィーロンには幾度か命を救われた事がございます」


「へぇ・・」


「やはり、生きておりましたか。ギィーロン・ゴゼラース」


「・・本物なのですね」


 ギィーロンが呻くように言った。


「この通り、ノルダヘイル国王陛下の庇護を受けて、生き長らえております」


「星詠み様は、シャレノ家に囚われたと聴きました。どうやって逃れ出たのです?」


「こちらの・・」


 ホウマヌスが、ユノンの肩に腰掛けているお人形さんを指し示した。


「フランナさんが殲滅して下さいました」


「せ・・殲滅!? 九皇家の・・シャレノは巨人族を使役しておるはず」


「ええ、それはもう綺麗さっぱりと」


 ホウマヌスが愉快そうに笑った。


「・・・し、信じられませんね」


「さもなければ、私は生きておりませんよ」


「星詠み様、魔界は・・もう魔界は滅びるしかないのですか?」


「いいえ? 陛下がお救いくださいますよ?」


「悪魔喰いの・・いや、しかし、どのようにして、あの惨状から復興させるのです?」


「さあ? 私には視えませんでしたけど、実際に復興は始まっていますもの」


「なんですと?」


「すでに、3万もの魔人達が陛下の庇護下で暮らしております。魔界で・・陽の光を浴びながら」


「そんな、馬鹿な・・あれほどの死の光が注がれる中で生きられるはずが」


「ご自分の眼で確かめてはどうですか? 人から聴くだけでは理解が及ばないでしょう?」


「・・星詠み様には、魔界の行く末が?」


「ノルダヘイル国王陛下の御許で復興を果たした後、逃げ出した者達が主権を主張して舞い戻って参ります。九皇家の方々を旗頭に、魔界を割拠しての戦乱が起こるでしょう」


「・・それは逆に・・奪い合えるほどの価値ある大地に戻るという事」


「ええ、その通りです。無論、今日明日の話ではありません。今はカズドーク地方からヘージーパの沼地にかけてが生息可能地域です。ノルダヘイル国王陛下は、これをさらに拡げるべく尽力下さっておいでです」


「ぉおお・・ヘージーパ沼群が・・住める土地に?」


「ギィーロン・ゴゼラース、陛下に力をお貸しなさい。ノルダヘイル国王陛下の温情におすがりするばかりでなく、魔界の住人として復興に努めて参りましょう。魔界には、大勢の流浪の民が絶望に打ちひしがれながらも、生を諦めずに足掻あがいております。こちらの世で闇に潜んで何をするというのです?くだらない遊びにうつつをぬかすくらいなら、国王陛下に助力なさいな。死にひんした魔界の大地を蘇らせるのです」


「ホウマヌス様・・貴女様はどういうお立場なのでしょう?」


「客人としてお招き下さったのですが、望んで臣下の礼をとらせて頂きました。今は、ノルダヘイルの国民ですよ」


「星詠み様が臣下に・・」


「魔界をてて逃れ出るばかりの九皇家、貴族達・・・魔界を甦らせて支配地にせんとするノルダヘイル国王陛下。魔界の女がどちらを好むか言うまでもありませんね?」


「・・ですねぇ」


 ギィーロンが苦笑した。すぐに軽く頭を振り表情を改めると、


「ノルダヘイル国王陛下、ギィーロン・ゴゼラースと申します。どうか隷下に加わる事をお許しください」


 俺を真摯しんしな顔で見上げてから平伏した。

 同時に、近くまで押し寄せていた虫の気配が遠退いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る