第191話 A(アーマ)D(ドール)


 ノルダヘイルに、タケシ・リュードウの使者が現れた。鉛色にびいろの肌をした貴族級の悪魔である。魚類のように前に突き出た顔貌に三つの大きな眼玉が付いている。背には骨だけになった翼が生えていた。やや前屈みの痩せた体躯に、黒い毛皮を羽織っている。4人の護衛らしい悪魔を引き連れていたが、とりあえず高圧的な態度は見せていない。


『茅野綾子の蘇生体を差し出せ、さもなくば精霊皇帝の怨敵として討伐する』・・まあ、そんな内容の書状を届けに来たのだった。


 言うまでも無い。

 神聖王国デオランダールで、アヤが発見して斬りつけた黒い仮面の男が、タケシ・リュードウの分体か何かだったらしく、アヤの姿、言葉を聴いて激しく動揺したという報告を受けている。近々、何らかの接触はあるだろうと、大鷲族や近衛の皆には言ってあった。


 そして、この場合、どう返答しようと、すでにタケシ・リュードウは俺の事を敵認定している。


(本人が直接乗り込んで来るかと思ったんだけど・・)


 リュードウにとっては、これ以上の大事は無いだろう。どうして、最高戦力をぶつけてこないのか?


「返答は如何いかに?」


 魚顔の悪魔貴族が、理性的にすら聞こえる声音で訊いてくる。


「タケシ・リュードウは、殲滅対象に指定されている。発見したら即座に攻撃し、撃滅する」


 俺も理性的に返答した。

 だって、今さらアヤを手放す訳無いじゃん?


「個々の戦闘能力は優れているようにお見受けするが・・」


「ああ、すまないが、我が国では悪魔は害虫指定だ。見つけた端から潰す事になっている」


 俺は、悪魔貴族の言葉を遮って言った。同時に、リリン達が使者の左右へと位置取った。護衛の悪魔達が無言でリリン達に正対する。


「ほう・・貴国では正式な使者として参った者を害するのか?」


「アヤは渡さない。と言うことは、タケシ・リュードウにとっては、俺は怨敵になるわけだ。ならば、怨敵らしく振る舞わないと駄目じゃないか?」


 俺は玉座の肘掛けに肩肘を突いて、できるだけ尊大に見えるように言った。


「・・・我が眼は魔精眼。この眼で映した物を記録し、遙か遠くに位置する受導器へ送り届ける」


「素晴らしい。ぜひ、このアヤの姿を眼に焼き付けてくれたまえ」


 俺はかたわらに座っているアヤを見た。


 そう、この場にはユノンもデイジーも居ない。玉座に並べて椅子を置き、あたかも王妃であるかのごとく、アヤを座らせてある。

 タケシ・リュードウをあおるために・・。


「我らが同胞を容易たやすく滅したというノルダヘイル国王の能力を、リュードウ陛下にお見せ頂けるということですかな?」


「俺の能力?なんで?」


「貴族級と称されておるようですが・・我を害するには、それなりの方で無ければ荷が重いのではありませんか?」


「笑い死にを狙ってるのか?斬新な攻撃手段だね・・リリン、駆除して差し上げろ」


「はっ!」


 短い返事と共に、近衛騎士のリリンが前に出た。白金の重甲冑を着込み、真紅のマントを羽織っている。そのマントを払い上げながら、腰の長剣を抜き放ち前へ出る。ゆったりとした動作に見えたが、ほぼ同時に4人の護衛が胴を斜めに立ち割られて床に崩れていた。


「・・なに!?」


 悪魔貴族が身構える眼前で、床の悪魔が青炎に包まれて灰も残さずに消えていった。いったい、いつ斬り、いつ魔法を使ったのか・・。


「失礼」


 リリンが長剣を青眼に構えて告げた。


「ぬっ!」


 悪魔貴族が魔瘴を噴出させ、胸元に5つ、6つと赤光の魔法円を描きあげる。


 その時、



・・チンッ!



 小さな金属音が背で聴こえて、悪魔貴族が半身に後方に眼をむけた。

 そこに、白金の鎧姿があった。

 いつ横を通り抜けたのか・・。


「・・ぢゅ・・ぇあ・・」


 声ならぬ異音を漏らし、悪魔貴族が首を手で押さえながら後退る。押さえた指の間から大量の青黒い体液が噴出していた。

 三つの眼玉は全て刺し貫かれて潰れ、頭頂部には亀裂が走っていた。いずれの傷も再生する気配が無い。


「斬撃に神聖術を付与しました」


 穏やかにも聴こえる声で告げながら、リリンが長剣を肩口に直立させて構えた。

 神聖術は、悪魔にとっては猛毒であり、強酸であり、凶呪となる。効果を消し去るには、リリンを上回る魔圧による魔瘴の術を使わねばならないのだが・・。眼、頭部、首に深手を負っていては簡易な術すら使用が出来ない。手遅れであった。


「見えたかな? リュードウ? うちの聖騎士は強いだろう? 雑魚を何人送り込んでも意味は無い。時間をかければかけるほど、お前のお姫様は俺に染められていくぞ? 次は、お前自身が来い」


 俺の言葉が終わる時を待って、リリンが踏み込みざまに長剣を振り下ろした。


「ぇ・・」


「ん!?」


 リリンが素早く飛び退り、俺は思わず玉座から立ち上がっていた。


 ほぼ死に体だった悪魔貴族の胴が引き裂け、内から青く輝く棒が突き出されたのだ。


(・・フランナのビームソード・・色違いか)


 俺はリリンの長剣へ眼を向けた。

 溶けも欠けもしていない。俺達は、リュードウとの戦いを想定している。当然、フランナタイプの敵が出てくることは予想して、武器や防具類の強化には余念が無い。洞人ドワーフ達には、ずいぶんと無理を言ったけど・・。


「次は、ビーム砲? 追尾ミサイルでも撃ってみる?」


 悪魔貴族の死骸から脱け出てくる人形を見ながら声を掛けてみた。


 出て来たのは、フランナとは違って、金属製の甲冑人形だった。全身が真っ白に塗られている。


(いや・・・ロボ?)


 人が着る甲冑とは様子が違う。どことなく、日本の武者人形を想わせる造形で、装甲板の下から聞こえてくる音は、生き物の心音では無く、サクラ・モチのものに似通った動力音だった。


『愚劣な盗賊の分際で、我が愛姫を穢そうとは・・万死に値するぞ』


 鉢金はちがねのような頭部、その口元から、俺と同い年くらいの少年の声が聞こえて来た。


「やあ、タケシくんかな? 初めまして?」


 俺はにこやかに笑いながら玉座に座り直した。


『な、馴れ馴れしく我が名を呼ぶなっ!』


 怒声と共に、青い光線が俺めがけて放たれる。

 しかし、するりと間へ割って入ったリリンが、手にした長剣をひるがえし、青い光線を弾き返していた。


『は・・?』


 放ったはずのビームが長剣などという原始的な武器で防がれただけでも驚愕だろう。しかも、リリンはビームを打ち消したのでは無く、跳ね返したのだ。


『ばっ・・馬鹿なぁ!?』


 タケシ・リュードウが呻いたのも無理は無い。


(・・って言うか、同情するよ)


 うちの聖騎士さん、どんどん強くなって、非常識な剣技を編み出しちゃってるから・・。今跳ね返したのはビームだったけど、その子、矢とか石とか・・飛び道具は何でも反射リフレクトしますよ?


 言うまでも無く、うちの"迷宮ちゃん"には、フランナタイプがひしめいている通称"人形部屋"もあるんです。対策は万全です。


『アーマ・ドール・・まさか初陣で破壊されるとはな』


 反射された青いビームが、胸部辺りの装甲を貫通して大穴を穿うがっている。


「アーマ・ドールか・・タケシくんも色々造るねぇ」


『我が名を呼ぶなと言ったはずだっ!』


 両肩に垂れる瓦のような装甲板が持ち上がって、小型のミサイルが連続して放たれた。直後に、全弾が斬って落とされた。


 言うまでも無い、リリンの長剣技である。


『なっ、なんなのだ、このっ・・この美しい少女はっ!?』


「は?」


『強くて美しいとか、反則だろうっ! なぜ、このような美少女がおりながら、アヤコまでっ!? 貴様、ハーレムでも作る気かぁっ!』


 今度は、バルカン砲である。


「あのねぇ・・タケシくん? アヤコさんは死にました。ここに居るのは、アヤさんです。ちなみに、タケシくんが植え付けようとした気色悪い行動プログラムは排除しましたので、もうアヤはタケシくんの事が大嫌いです」


『きぃっ・・貴様ぁぁぁぁーーーーっ!』


 ロボ・・アーマ・ドールが背中から噴射光を放ち、青いビームソードを振りかざして突進してきた。


「オルカン!」


 短い気合い声と共に、リリンの身が踊る。

 瞬時の2連斬りで突進するアーマ・ドールを床へ切り落とすなり、


「ヴァルケン!」


 アーマ・ドールの顔貌を貫いた長剣を中心に、青炎が噴き上がって見る間に機械人形を溶解させて液溜まりへと変えていった。


(・・・ん?)


 ぴりっ・・と嫌な感じが背筋を伝わる。

 そう感じた直後、


「リリン、離れろっ!」


 声を掛けつつ、リリンを押しのけるようにして前に出た。


 魔兎の魔呑っ!


 咄嗟とっさの判断で、兎技を使う。俺の眼前で眩い閃光が弾け、激しい爆発の余波が襲って来た。


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