第186話 馴染む人々


「地下都市はどうかな?」


 俺は、ホウマヌスに声を掛けた。

 魔界と行き来して、地下に避難した魔界の住人達の代表役を務めて貰っていた。


「申し訳ありませんが、また少し手狭になっていたようです。ギチーチェ区の住人がこちらへ向かっており、近々、辿り着くでしょう」


「分かった。拡張しよう。何人かな?」


「視えましたのは、6000名ほどです。辿り着くまでに、少し数は減りましょうが・・」


「まだ凶魔か?」


「こちらへ向かっているのは、剽悍ひょうかんさで名をせているジエルゴという部族です。凶魔兵を相手にしても後れはとりませぬ。ですが・・」


「悪魔・・?」


「はい。13体の悪魔によって殲滅される未来が視えました」


「・・13体ね」


 ジエルゴという部族は、悪魔がそんなに集まるほどの獲物なのかな?


「間が悪いと申しましょうか・・悪魔貴族の率いる部隊の越境が確認されております」


 ホウマヌスが苦笑気味に告げた。


「こっちへ?」


「ええ・・真っ直ぐに、ここを目指しているようです」


「その先の未来は?」


「陛下か、お側のどなたかの力が強すぎて、星詠ほしよみの力がき消えるのです」


 例えば、魔界の王の近くに居るときなど、星詠ほしよみの力が妨げられることがあったらしい。


「ふうん・・」


 嘘を言っている感じはしない。


「ここに来てくれるんなら楽で良いけど・・途中で、樹海が襲われそうだなぁ」


「樹海・・あちらにも向かっているようですよ?」


「うげ・・もしかして、チュレックにも?」


「ええ・・正確には、18もの悪魔貴族が率いる軍団が各地にある主要な町を狙って侵攻するようです」


「・・まだ起こってない未来の事なんだよね?」


「ここ数日の事だと思いますが・・」


「ふうん・・悪魔も元気だな」


 よっぽど暇なのか?


(18の悪魔貴族が・・うちと、チュレック、樹海で3軍団? 残り15軍団があちこちの大きな国を狙ってるわけか」


 こりゃあ、潜水艦がどうとか言ってる場合じゃ無いかもなぁ・・。人類存亡の危機で御座いますよ。


「ゲンザン」


「これに・・」


 大鷲オオワシ族の古強者ふるつわものが前に進み出て片膝を着いた。


大鷲オオワシの族長にノルダヘイル防衛を一任する。ゲンザンは攻めの一翼を連れて、樹海の救援に向かってくれ。貴族級が混じっているらしいから気を付けて」


「承知っ!」


 低頭するなり身をひるがえして謁見えっけんの間から出て行く。

 その背を見送りつつ、


「アルシェ・・リリン、パエル、ファンティ、シフートを連れて、チュレックの救援。可能な範囲で防衛行動。貴族級の数が多い時には引き際を見極めて撤退の指示を」


「お任せ下さい」


 アルシェ・ラーンが優美に身を折る。後ろで、リリン達、近衛騎士の面々が折り目正しく一礼をした。

 近衛騎士が王から離れて他国の支援に出掛けるという奇妙な構図なのだが、誰1人、それを異常と感じていないのが、ノルダヘイルらしいと言うべきか。



「カグヤは、施設の拡張を頼む」



『はっ、全力を尽くします!』


 軍服女子さんが軍靴を鳴らして敬礼をした。



「デイジー、フランナは地下施設の護りだ。どこから侵入してくるか分からないから注意して」


「畏まりました」


「フランナに任せる!」


 艶然と微笑んでお辞儀をするデイジーの肩で、お人形が元気に拳を握って見せる。


「ユノン、その何とか族を追い回している悪魔達をまるっと片付けて来て」


「行って参ります」


 黒いフレアスカートの裾を摘まんで小さくお辞儀をしたユノンが、そのままの姿勢で床に拡がった黒々とした模様に呑まれて消え去る。宇宙で魔法が弱体化して以降、なにやら怪しげな研鑽けんさんをやっているらしく、アヤに知識を借りつつ、新しい魔術?のようなものを生み出している。

 可哀相なのは、新魔術の実験台にされる悪魔達だけど・・。まあ、仕方無いよね? 頼んでも無いのに攻めて来るんだから。


「マリコは、アズマ達の様子を見に行ってくれ。何処で何をしているのかの確認と・・・それから、どうしても日本に帰りたいのなら協力できると伝えてくれ」


 どうしても向こうで死にたいと言うのなら、神様に頼んであげましょう。


「コウ・・王様・・分かりました。伝えてみます!」


 マリコが深々と頭を下げて踵を返して駆け出て行った。頭では割り切ったつもりでも、マリコ自身、どこかで揺れる思いがあるだろう。


「国王陛下・・私にはご命令を頂けませんの?」


 ホウマヌスがやや不満そうに訊いてくる。

 別に配下にしたわけじゃ無いんだけどなぁ・・。


「う~ん・・魔界の空気を・・空を浄化とか、とにかく綺麗にしたいんだ。そういうのに詳しい人とか知らない? もし、星詠ほしよみの力で何か方法が解るなら教えて欲しい」


「魔界を浄化・・途方も無いことで直ぐには思い付きませぬが・・いえ、承知致しました。星詠ほしよみの結果によっては、また御身のお力にすがることになるやも知れませぬが・・」


「最初から、そのつもりだから遠慮はいらない」


「・・感謝致します」


 ホウマヌスとその配下の魔人達がうやうやしくお辞儀をして去って行った。


「さて・・」


 俺は1人残っている美しい少女を見た。


「久しぶりの実戦だ。行けるね?」


「はい」


 アヤが頷いた。声にも表情にも過度な緊張は無い。


 まあ、"迷宮ちゃん"での成績は立派なものだし、戦闘能力には何の不安も無い。心配なのは、精神的な脆さ。それと、どこかにリュードウの支配が残っているんじゃないかという疑いが残る点くらい。


 アヤは、袖無しのワンピースのような鎖帷子チェインメイルに白胴、長靴に脛当てを着けた勇ましげな格好で、茅野綾子が使っていたという大小の日本刀を腰に吊っている。ホウマヌスが持って来てくれた逸品だった。


(見た目は、とんでもなく美人のお侍さん・・なんだけどねぇ)


 戦い方は、魔法・・というか、魔技というか。本人曰く"加護技の記憶"らしいのだけど・・。ユノンと共同開発している新技法に傾注しているため、ちょっと暗黒寄りの技を使うのです。


(まあ・・良い)


 ちゃんと敵味方を認識して戦ってくれるなら、立派な戦力なんだから。


「国王陛下、私は何を死滅させれば良いのでしょう?」


「ぇ・・?」


 今、死滅とか言いました? そんな娘さんでしたっけ?


「・・・ん、まあ・・ちょっと訪問したい場所がある。俺が指示した対象のみをたおしてくれ」


「群れの中から指定された対象物を選択し、滅すれば良いのですね?」


「ええと・・うん、その通り。無差別に攻撃するのは、お猿さんでも出来るからね。きちんと対象を定めて、他に被害を及ぼさずに、対象のみをたおすことが課題だ」


「承知致しました。お任せくださいませ」


 薄い笑みを浮かべつつ、黒髪の美侍さんが低頭した。


(・・またヤバい子が増えちゃった)


 誰の薫陶おしえによるものか、我が国にぴったりな危険な人物(?)に染まってしまったらしかった。


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