第184話 世の中が乱れているらしい


(・・戦争だって?)


 久しく聴いていなかった単語が耳に飛び込んできて、俺は椅子の上に座り直した。


 チュレックから国王の使者として派遣されてきたディージェ・センタイルが、他の海洋国家群との間に戦端が開かれたと言ったのだ。


 小さな交易都市でしか無かったはずのパレッタという港町が、リューギ海王国として周辺の村や町へ攻め込み、次々に占領しながら支配を宣言したらしい。


 ディージェが用意した情報を元に説明をした内容を信じるなら、わずかな商船と町の警護兵しかいなかった交易都市が国家を興しただけでも驚きなのに、いきなり周辺諸国へ侵略戦争を仕掛けたというのだ。


(まあ、普通に考えれば・・魔人か、悪魔か、リュードウが力を与えたって事だよな?)


 でも・・。


 兵士は、凶魔兵でも、機械兵でも無かったらしい。


「総てが加護者・・そう感じたと、我が国の騎士団長が申しております」


 群島を支配下に置くチュレック王国は、すでに幾度か戦闘を行っている。前線に出張っているレイラン・トールが相手の力を測りながら寄こした報せらしい。


「加護持ち・・」


 剣神なら、せっせと授けて回りそうだけど・・。


(あの神様は、人間の数を減らしたくは無いはず。別の神様かな?)


 どうして、小さな交易都市を選んで、せっせと加護を授けたのか疑問だけど・・。


「チュレックでは、加護持ちが増えたという報告は受けておりません。樹海の方々、ノルダヘイルの方々はどうでしょうか?」


「大きな変化はありませんね」


 神樹を代表して参加しているシンギウスが答えた。


「ノルダヘイルも、そうした報告は上がっていませんが、どういった加護なのでしょう?」


 訊いたのは、アルシェ・ラーンだった。


「トール団長の言によれば、対人殺傷力のある飛礫つぶてを乱れ撃つものらしい。初級の矢逸やそらしの魔法では防ぎきれず、10メートルに近づかれると厚板の矢楯を貫通するそうです」


 目新しい加護・・遠くから攻撃できる技を使ってくるらしい。


「遠当ての攻撃手段という事ですね。使用の頻度などは?」


「見るからに新兵と言った者達が、3度ほど・・連続して使用した後、目に見えて動きを鈍らせていたそうです。練度の高い兵士は、到達距離、威力が増していたと報告にあります」


「・・単一の、飛礫つぶてを撃つだけの加護技なのですね?」


 アルシェ・ラーンが念を押す。


「決まった道具を使わず、素手で指差すことによって発動し、ほぼ矢と変わらぬ速度で目標物に命中する加護技です」


「乱れ撃つとのことだが、数や範囲は?」


 大鷲オオワシ族の族長が訊ねた。


「ちょうど、この円卓ほどの範囲に、10から15発とのこと。ほぼ時間差無く当たって来るようです」


「なるほど・・そうした技を使う兵士が急増したのだな?」


「全員が使ってきたそうです」


「なんと・・」


「トール団長は、長距離を狙える者の出現を予見しております」


 レイラン・トールは、初見の技を警戒しつつも、きちんと撃退したらしい。


「・・練度によって、技の派生はあり得ますね」


 呟くように言ったのは、ファンティだった。


「そうした加護を持った兵士を乗せた船は帆船では無く、魔導により推進力を得ていたと・・これはモンヒュール 提督からの報告です。現在、3隻を拿捕だほし、我が国の魔導師が調査を行なっております」


(ふうん・・・誰かが、技術と加護っぽい力を与えて戦争をさせてるって事?)


 そうだとしたら、暇な奴が居るものだ。そんな時間があるなら、美味いもの食べに行ったり、可愛い女の子と遊んだり、ちょっと人には言えない趣味とか探究したり・・。


(腕に自信があるんなら、山賊とか怖くないんだし世界旅行とか・・戦いがやりたいなら迷宮とかに潜って遊べば良いじゃん?)


 なんで、戦争とかやるかなぁ?

 即製の飛び道具持ちが増えたからって侵略戦争とか無いわぁ・・。

 そもそも、兵士はどうやって調達したの?

 この世界の街って、たいした人口じゃ無いよ? 子供や年寄りを除いたら、無理して動員しても数千人が精一杯でしょ? そんなんで侵略戦争とか意味が分からない。ちょっと強い国に睨まれたら、すぐに対策されて返り討ちでしょ?


「ああ、捨て駒?・・チュレックの力を測ってるんかねぇ?」


「提督もそのように申しておりました」


 ディージェが俺を見て頷いた。


「操り主は、どこの国?」


「ギノータス連邦を想定しております」


「ふうん?」


 知らない名前だ。


「チュレックの南西部に潮流が重く速い難所があるのですが、そこを越えた先にある海洋国家です」


「大きい国?」


「そうですね。軍事力で言えば、ガザンルードとセンテイルを合わせたくらいでしょうか。海の難所が阻んでくれていなければ、チュレックは併呑へいどんされていたでしょう」


「へぇ・・」


 後で、地図を確認しておこう。まるでノーマークでした。正直、脅威になりそうも無いから地形図しか作って無いんだ。


「魔導航行の船はチュレックでも研究しており、試作の船は何隻か航行しております。ただ、費用をかけた割に性能が不足しておりますし・・空を飛ぶ船を見てしまいますと、どうも・・これ以上は」


「陸、海、空、宇を制してこその軍事力なのですよ」


 いや、本当のところは知らんけど。


「・・・前3つは分かるのですが、最後のは?」


 ディージェが首を傾げる。


「ん? あぁ・・今は忘れて。異世界の常識というやつ」


 宇宙の説明をやるためには、今立っている地面が丸い星の上だってところから始めないといけない。とても面倒です。


「なるほど・・しかし、海は・・空から攻められると脆い」


 ディージェが大鷲オオワシ族の方を見やった。


「空を飛ぶ乗り物は、いつか作れるようになるよね? でも、それは大きな国だけでしょ? 小さな国・・町や村では作れない。でも、船ならどうよ? ちょっと頑張れば誰にだって作れるじゃん?」


「・・それはそうですが、軍事力としてはどうです?」


「簡単に作れるという点で、まだまだ海の方が優位だね。もちろん、空を無防備にはできないから、飛竜や大鷲オオワシ族のような戦力の確保は必要だけど。でもねぇ・・その何とかって国は、何のために使い物にならない魔導式の船を貸し与えていると思う?」


 風が無くても魔導で航行できる船とか、ただのハリボテでしょ?


「・・技術力の誇示か、魔導船の実戦調練でしょう」


「激甘です」


 俺はディージェを指さした。


「え・・?」


「あはは・・まあ、答えを事前に知っちゃってるので偉そうに言ってるんだけどね」


 ちゃんとカグヤの探知網に引っかかり、大鷲オオワシ族とシフートが追尾、観察中ですよ。


「ユウキ様は相変わらず・・お人が悪い」


「むふふ・・潜水艦らしいよ。敵さんが持ち込んでる本当の戦力は」


 魔導船に眼を向けさせておいて、本当の戦力は海中に潜んでいるのですよ。


「潜水・・?」


 ディージェが、連れてきた技術者ふうの女を見たが、女も困惑した顔で首を振っていた。


「前に、龍種に水中を護らせて航行してたよね? あれを人を乗せた船でやるんだ。まだ、どのくらい深く潜れて、どのくらい長く潜ったまま動けるのか調査中だけどね」


 俺の言葉に合わせて、謁見の間に映像が投影される。それっぽい模型をアニメーションで動かしている。海上を航行する帆船を水中で追いかけて行き・・・。


「帆船の舵棒、舵板を破壊するか、船底に亀裂を入れるか・・それができれば、後は出来損ないの海上の船でも勝算は立つでしょ?」


 俺の声に合わせ、アニメーションの帆船の後尾部分に、水中から突進した潜水艦が突き刺さった。


 カグヤさん、どんどん芸が細かくなっていくよね。


「確かに、これは・・しかし、沈む船ですか」


「樽にいくつか仕切り板を入れて、それぞれの部屋に水を入れる。沈むか沈まないか、ギリギリでやめて、潜りたい時には水を増やし、浮かびたい時には水を抜くか、空気を入れる。これを魔導でやれない?」


 ざっくりとしたアイデアを言って聴かせる。


「・・・できるでしょう」


 女技術者が答えた。


「樽じゃ無くて、鉄の筒のような形でも?」


「可能ですね」


 女技術者の顔から血の気が退いていた。たぶん、想像してしまったのだ。チュレック艦隊の未来を・・。


「衝角を取り付けて、浮かぶ力で突き上げても良いし、魔法使いがいるなら、勢いよく打ち出しても良いよね?」


「・・十分な脅威になります」


「ユウキ様・・対抗手段をお教え願えませんか?」


 ディージェがうめくように嘆願の声をあげた。


「大丈夫、まだ数は少ないよ」


「なぜです?」


「まだ沈められて無いでしょ?チュレックの船は」


 潜水艦が沢山あるなら、今頃、船という船が沈められているよね?


「確かに・・」


「まあ、俺の想像だと・・・ああ、まあ、先に潜水艦の壊し方ね」


「・・良い方法が?」


「まず、居場所は簡単に見つけられるでしょ?」


「・・そうでしょうか?」


「魔導で動く船なんだから、動くときには魔導の反応を拾えるよね?」


 魔法使いなら、魔導探知とか出来るんじゃないの?


「ぁ・・そうです。それなら・・」


「だから、チュレック艦隊が航行するだろう場所に先回りして、海底で魔導を止めて潜んで待つ・・チュレック側が気付いても回避が間に合わない距離で急に動かして奇襲・・という感じかな」


「・・なるほど。しかし、それでは海中で魔導を止めて待ち伏せされると居場所が分からない・・後手に回ります」


「沈まなければ勝ちじゃん?」


「・・と申しますと?」


「居場所が分かれば攻撃できるでしょ? 向こうは浮かべなくなったら、ただの棺桶だからね?」


「穴・・亀裂を開ければ良いのですね?」


 そう言ったのは、女技術者だった。食い入るように、俺の顔を見つめてくる。


「船体を強く揺すり、圧力をかけてやれば良い」


「・・風魔法の炸裂」


「そう、そんな感じ。水中で・・潜水艦に近い所で大きな衝撃波を発生させると、筒の中に居る人達は無事じゃ済まない。筒そのものにも、傷がついて壊れ始めるよ」


「・・なるほど! 水を入れぬ容器となれば、継ぎ目などを慎重に封しているでしょう。そこを衝撃で歪ませる訳ですね?」


「その通り。もちろん、直接何かを当てて壊しても良いけど・・・あっちも、潜った状態で、海上の船の位置とか探知しないといけない。だから、お互いに魔法か何かで探知をするよね? 探知範囲が広く、正確な方が先に相手を見つける・・・どうかな?」


「いえ・・その通りです! ノルダヘイル国王陛下の仰るとおりです!」


 女技術者が語気強く繰り返しつつ、取り出した糸綴じの帳面に何かを書き始めた。何というか、ちょっと危ない感じのする女性です。


 俺は無言でディージェの顔を見た。

 ディージェが苦笑しつつ低頭して見せる。


「それから、帆船を守る前に、領土を守ろうか?」


「え・・?」


「兵隊を積んで、こっそり陸地に運んでいるかもしれないよ?」


「・・ぁ」


 ディージェ・センタイルの顔面から血の気が退いていった。


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