第180話 生存確認


 その日、魔界は混迷を極めた。


 降り注いだ隕石群は懸命の防御にも関わらず、甚大な被害をもたらし、地表から生きとし生けるものを一掃しかねない暴虐の限りを尽くして荒れ狂い、町や村は消え去り、城塞都市ですら瓦礫と化した。魔人の王侯貴族が住まう空中宮殿も渦巻く大気に捉えられ、その幾つかは断裂し、砕かれて死の大地へと落ちていった。


 そこへ、凶魔兵が襲ってきた。


 数百、数千という単位では無く、数万という凶魔兵が大地を黒々と埋め尽くして、わずかに生き延びた魔界の人々を殺害していったのだ。


 それに加えて、得体の知れない巨大な白い獣が雷渦を撒き散らしながら凶魔兵を灼き殺し、風で大地を裂き、蹴って大穴を開け、転がり回って凶魔を轢き殺すという無茶苦茶な暴れ方をやり・・・天空へ逃れていた魔人達は恐怖に震えて、ただ死を待つばかりという状況だった。


星詠ほしよみ様っ・・危のう御座います!」


 衛士達が声を上げる中、ホウマヌスがお構いなしに前へと歩を進める。前後左右を、かつて迷宮旅館で女中や下男を務めていた者達が固めていた。


 天然の洞窟を利用した地下街である。


「お待ち下さい。ここより先は御領主の許可無くしてお通しするわけには参りません」


 行く手に立ち塞がったのは、重甲冑に身を固めた単眼の巨人族50名だった。


「そこをお退きなさい。私に客人です」


 ホウマヌスが不快げに言い放つが、巨人族は道いっぱいに立ち塞がって動く様子を見せない。


「・・これは、星詠ほしよみ様、どちらへお行きになられるのか?」


 報せを受けて後を追ってきたらしい、豪奢な衣装の男が薄笑いを浮かべながら姿を見せた。

 面長でのっぺりと眼窩も鼻梁も無い顔に、魚眼のような小さな眼玉が4つ並び、顎らしい部位の近くに裂け目のような口がある。呼吸は首筋のエラで行っているため鼻の穴は無い。生え伸ばした緑毛を束ねて三つ編みのようにしていた。


 フォリレイ・ミ・シャレノ、この地の領主にして、魔界の九皇家の一つ、シャレノ家の現当主である。


 ここ魔界において、皇家の力は絶大だ。

 権力もさることながら、個々人の能力も超絶した存在なのだった。ホウマヌスにしろ、周囲を護る者達にしろ、凡百の強さでは無いが、巨人族だけならまだしも、皇家の者が相手となると難しい。


 しかし、


「何か・・楽しい事でもおありか?」


 疑問を口にしたのは、フォリレイ・ミ・シャレノだった。


「・・ええ、とても楽しいわ。久しぶりに良い夢を視れたのだもの」


 ホウマヌスが艶然と微笑んだ。


「ほう・・夢ですか」


 シャレノの口が笑いの形に歪んだ。


「王子様が囚われのお姫様を助けに来てくれる夢よ」


「フハッ・・姫ですと? さすがにそれは・・いや、失敬、年齢を口にするのは宜しくないのでしたな」


「うふふ、そうねぇ・・大切な事ですから、お若い内から学んでおくことをお勧めするわ」


「・・・よほど、良い夢だったようだ。我が領地へお招きして以来、星詠ほしよみ様の笑顔を拝謁できたのは今が初めてですよ」


「招いた? さらったの間違いでしょう?」


 ホウマヌスの笑みが凄みを増す。


「ふむ・・皇家の当主を前にして笑って見せる勇気を讃えるべきなのでしょうが・・・私は古き良き時代に憧れておりましてな。いかな星詠ほしよみ様といえども、これ以上の無礼を見過ごす気にはなれません」


 ここが宮廷ならば、身分の高い者を前にして、笑みを見せるだけでも死罪である。本来ならば、皇家の者に目線を向けることすら許されていない。

 例え、星詠ほしよみとして特別な役目を持つ者であったとしても・・。


「あら・・ずいぶんな狭量だこと。そうしたところは、御尊父にそっくりね」


「・・後悔なさいますよ」


 押し殺した声と共に、シャレノの体から魔光が噴き上がった。うそぶいて見せるだけあって、圧倒的な魔力だった。


 女中だった有翼の少女がホウマヌスを護って前に出ようとする。


 その時、


「ホウマヌスさん、ご無事で良かった!」


 嬉しそうな声が聞こえ、ふわりと転移をして美しい少女が姿を現した。


「まあ、ユノンさん」


 ホウマヌスが笑顔で出迎える。


「旅館が壊れていて心配しました」


「ご免なさい。色々と礼儀を知らない方がいらっしゃったものですから・・」


 ホウマヌスが、シャレノを見る。


「敵ですか?」


 ユノンが切れの長い目の端で、シャレノを見やり、すぐに興味を失った顔で後ろの巨人族を見回した。


「皇家を前に・・ひざまずかぬか、この地虫めが!」


 シャレノが魔光を纏ったまま無造作に踏み込んで横殴りにユノンの頬を打ち払おうとした。


しかし、



 ジュッ・・



 密やかな音がして、シャレノの肘から先が無くなっていた。ユノンには、護衛が付いている。ピンク色に光る棒を手にした黒翼の少女(?)が・・。


「ぬっ!?」


 顔をしかめつつ、シャレノが軽く地を蹴って後ろへ跳んだ。



「敵ですね」


 ユノンの双眸が微かに細められる。同時に、ユノンの総身から魔光が噴き上がった。それは、シャレノの何倍も色濃く、桁違いに圧倒的な魔素量だった。


「むぅ・・・貴様、何者だ?」


 先ほどまでとは、打って変わって警戒心を露わにしたシャレノが後じさり、変わって単眼の巨人族が前に出て壁を作る。皇家の威厳も、力も通じない相手がいきなり出現したのだ。


「斬り捨てなさい」


 静かな声音で命じ、ユノンはすぐに興味を失った様子で伝話を始めた。


「フランナに任せる!」


 フランナが、ピンク色に輝く光棒を手に巨人の中へ跳び込んで行った。


 結果は、瞬く間の惨殺である。


 いつ斬りつけ、いつ通り抜けたのか・・。


 誰の目にも見えない刹那の時間で、細切れに寸断された巨人族が地面に山積する中、シャレノだけが生きたまま残されていた。手足を切り落とされて巨人の死骸の上に仰向けに転がされている。どういうわけか、ピンク色の光棒で斬られると腕も足も再生しないのだった。


「フランナ・・それは要らないそうです」


 誰かと伝話を終えたユノンが言った。


 途端、


「分かった」


 フランナのピンク色の光棒がシャレノの眉間に突き込まれ、灼け音をたてながら胴体を真っ二つに割っていった。


「怖ろしい方達ね・・魔界皇家の当主をこうもあっさりと」


 ホウマヌスの美貌に冷や汗が滲んでいる。


 あってはいけない光景だった。

 魔界の皇家は魔人最強と言って良い存在なのだから・・。人界の者に討ち取られるなど、長い歴史にあっても類例が無い。


「こちらの地下には、どのくらいの人が避難していますか?」


 ユノンがいた。


「ここには・・500名ほどしかおりません。少し離れた場所にも地下街があり、そちらには数千名が逃げ込んだはずですが」


 ホウマヌスが言うには、こうした地下街は緊急時に備えて何カ所か整備されていたそうだ。


「私の・・星詠ほしよみの力で危難が視えたものですから、放っておけず、支配階級へ警告をして回っていたのです。信じた者、まるで相手にしない者、様々でしたけれど・・」


「そうでしたか。こちらに、悪魔は来ました?」


「魔界皇家の護る場所です。しっかりとした結界が張られていますから、まだ侵入は許していないようです」


「でも、私は簡単に転移で入れました。あまり良い護りでは無さそうですよ?」


 ユノンが周囲を見回しながら言った。


「そう・・ですね」


 ホウマヌスが苦笑気味に笑う。いくら貴族級の悪魔であっても、この少女ほどの魔圧を有した者など数えるほどしかいないだろう。そして、不気味な武器を操るフランナという少女・・。


「今、コウタさんが地上を・・敵を掃討しています。危ないので、少し待ちましょう」


 ユノンが言う。この少女をして、と言わしめる事態が地上で起きているらしい。


 横で、


「断固、そうすべき。お父様、全部おかしい」


 フランナという黒翼の少女が深刻な顔で呟く。


「では・・そういたします。元より、あなた方の訪れを夢で視て、お迎えに出るつもりでしたから。危険な所へ行くつもりはありません」


 ホウマヌスが護りの者達を見回し、緊張を解くように微笑みかける。


「この方は人界より救援に来て下さった方々です。くれぐれも失礼の無いように・・私の・・ホウマヌス・メウ・フェーレンの客人ですよ」


「畏まりました」


 有翼の少女達が一斉に跪いて頭を下げた。





=======

第4章・完


ちょびっと、休憩です。

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