第179話 怪獣出現っ!?


(いやぁ・・魔界通とか、無意味でしたぁ)


 リブ改め、アヤは生真面目な性格らしく、記憶を辿って精密な地勢図を作り、カグヤの協力を得ながら現在の魔界測量図に落とし込んで・・・それはもう立派な地図を作ってくれた。


 なんだけども・・。


(・・滅んで無いよね?)


 大地から噴き上がった分厚い粉塵の層が空を覆って光を遮り、粉塵層の中で無数の雷光が明滅している。


(これは酷い)


 禍々まがまがしいほどに赤黒い空・・。

 空気はけて乾き、吸うだけで鼻や喉を内から削るようだった。


「・・帰ろうか」


 ホウマヌスさんを捜すぞぉ~とか意気込んで来たものの、こんな世界でどうやって捜しますか? もう死んじゃってますかねぇ?


「確かに、これは・・」


 神聖術の癒やしで全員を包みながら、デイジーが痛ましげに眉根を寄せて赤茶けた荒地を見渡した。


「空の浮遊島の数は知れています。カグヤさんの観測では、100に満たないとか・・大きな島も御座いましたが」


 デイジーが言葉を切った。

 よくて数千人・・万に届かない人数しか暮らせないだろう。


「地下に避難した人もいるかもしれません」


 ユノンが言った。


「・・うん」


 でも・・。魔界の人のことは分からないけど、こんなに暗い、太陽の光が薄い世界でいつまで生きられる? 魔法とかで何とかなる? 迷宮に籠もり続けることを考えたなら・・。

 こういう環境に耐性のある者は生き残るだろうけど、弱い者・・弱い生物はどんどん死んでいくんじゃ?


(もう、かなりの人が亡くなったんだろうな・・)


 どうしよう? 俺に何ができるだろう?


(これを見るまでは・・国の一つ二つ滅ぼしてやろうかと思っていたけど)


 俺は、低く唸りながら頭を掻き掻き地面に座ってあぐらを組んだ。むしろ、国が残っているかどうか。



「・・カグヤ」



『はっ!』



 後ろ手を組んで胸を張った軍服女子が姿を現した。



「気象を変える・・いや、完全じゃ無くても、人が住める程度の環境に戻す方法・・手段はあるか?」



『大気圏の気体成分から調整しなければなりません。現状の艦載装備では不可能です』



「・・だよなぁ」



 う~ん・・。



『しかしながら、地下に生命維持のための空間を構築することならば可能です』



「おぉ・・」



『司令官閣下に多くの神酒を供出願わねばなりませんが・・』



「構わない! 必要な本数を必要なだけ用意しよう! 時間はどのくらいかかる?」



『地質の調査が必要ですが、1000人を1単位とし、10単位が生存可能な空間の構築に40日程度かと』



「素晴らしい! 場所の選定には何か基準・・条件があるのか?」



『アヤから入手した情報を元に、生存者が居ると予想される地域を中心に候補地を抽出いたします』



「うん、やっぱり、お前は頼りになる!」



 俺は満面の笑顔で頷いた。



『恐縮です!』



 軍服女子カグヤが誇らしげに胸を張った。



「神酒はいつもの管理室へ置いておく。予想される必要本数は?」



『1単位の構築に500本が想定されます!』



「・・ぉぅ・・よしっ! 任せておけ!」



 もう、こうなったらノリと勢いだ。俺の神酒生産力を舐めるなよっ! 対価は必ず魔界から徴収するぞっ! お酒は無料じゃないんだからねっ!



『では、居住施設の設計にかかります。専門家の助言を頂けると幸いです』



「うむ・・アヤ、魔界の人間が暮らしやすいようカグヤに必要な知識を提供してくれ」


「は、はいっ、全力を尽くします!」


 セーラー服姿の美少女が勢い良く返事をした。

 これで、元の姿さえ知らなければねぇ・・。



『フランナ、帰投』



 偵察に出ていたフランナが戻ったらしい。あいつは、こういう環境の変化とか関係無い。実に有能であります。燃費が悪いのが玉にキズだけど・・。



「こちらへ降りて来るよう伝えてくれ」



『はっ』



 カグヤが敬礼して消える。



 さて・・。


「・・凶魔兵かな?」


 俺は荒野の彼方へ目を凝らした。


「お父様、凶魔兵来た!」


 上空のサクラ・モチから、お人形が降ってきた。


「数は?」


「いっぱい!」


「・・うむ」


 数くらい数えろと言いたいけど・・まあ、こいつに期待し過ぎてはいけない。俺は、神酒を一本取り出してフランナに差し出した。すぐさま、フランナが小さな手で器用に栓を開けて、文字通りに浴びるようにして飲み干していく。


「まずは、俺が行く。この辺・・これ以上、壊れる所が無いみたいだし、新しい技を試してみるよ。あ・・技の使用後に倒れたら助けてね」


 保険で、ユノンにお願いしておく。まあ、言わなくても助けてくれるとは思うけれど。


 試すのは、先日引き当てた"天兎の凶乱"というやつです。


 何が起こるか不安なので、まだ未使用だった兎技なのです。まあ、名前からしてバーサーカー的なやつだろうとは思う。


 念のため、一旦、全員をサクラ・モチへ待避させて。サクラ・モチの高度を上げさせて、デイジーに念入りに魔法防護壁を展開させて・・と。



(さあ、やってみようか)


 地平線を埋め尽くすような灰褐色の外殻の波・・厳つい外見をした凶魔兵の大群が押し寄せてきている様子を眺める。ターゲットとして丁度良さそうじゃない? どんな技かは判らないけど、あれだけひしめいていたら、ちまちま狙わなくても絶対に外れないでしょ。


(ようし・・)



・・天兎の凶乱っ!



 俺は、兎技名を念じながら身構えた。まあ、構えに意味はありません。なんとなくです。


 果たして、



(・・へ?)


 いきなり、視界が真っ赤に染まった。



(な、なにがぁ・・!?)


 目線がぐんぐん上に、高くなって行くんですけどぉっ!? あこがれの高身長ゲットォーー!? とか、ボケを入れられないレベルで、なんですけどぉ~?



(あ、あれ・・?)


 なんというか・・ボク、凶魔兵を見下ろしちゃっていますよ? それはもう高い所から・・。ええ、空を飛んだりして無いです。ちゃんと、両足は地面を踏んでいる感触があります。



(で、でも・・これって・・)


 全身が粟立あわだつような恐怖が走り抜けた。


 そっと手を見る。


 そして、そっと身体を見回す。


 右足を上げて見る。


 左足も・・。



(なに、この・・・白いモコモコ)



 その巨獣は、サクラ・モチ艦内映像にも登場していた。

 居並ぶ全員が、息を呑んで見守っている。


 荒野を埋め尽くさんばかりの凶魔兵のただ中に、純白の毛皮をした巨大な兎が出現した。

 巨大な白兎は、後ろ足で立ち上がり、仁王立ちになって凶魔兵を見下ろしている。


 足下で凶魔兵が襲いかかっているのだが、足の獣毛の一本すら乱すことが出来ずに、地べたで這いずり回っているだけだった。


 観測された身長は250メートル。額には長い真珠色の一本角。ぽってりと下膨しもぶくれの体型。なぜか、二本足で歩行。純白で艶々つやつやな毛並み・・。



 当の本人は・・。


(えっと・・?)


 真っ赤な双眸で、自分の手を眺め、足を動かし、お腹周りをポテポテ叩いて確かめて、頭の耳などを触り・・・おおよその状況を把握していた。



・・雷轟っ!



 おもむろに、凄まじい轟雷の渦を撃ち放った。

 夢なら覚めてくれっ!・・そんな思いが込められていた。


 さらに続けて、



・・雷轟っ!



・・雷轟っ!



・・雷轟っ!



 幾重にも幾重にも、雷渦が撃ち放たれて大地を灼いて奔り、触れた凶魔兵を炭化させ、塵に変えて消し飛ばす。何故だか、雷轟が何連発でも放てるのだ。



(うおぉぉぉ・・・・ナンジャコリャーーーーー!)



 白い巨大兎が駄々っ子のように地団駄を踏み、そこら中を跳ね転がり、手足をジタバタさせて大地を殴りつけ、雷渦を延々と乱れ撃ち・・。大地を埋め尽くすのは凶魔兵では無く、凶悪な威力の雷閃だけになっていた。色々と叫びたいけど、声が出ません。ムカつきます!



(・・なにもかも、ぶっ潰してやる!)


 白い巨大兎は、やさぐれた眼で周囲を睥睨へいげいした。



 ギラリと赤光を放つ凶暴な眼が、長くてピンと立った耳が、ヒクヒク小刻みに動く鼻が・・前方に建っている円筒形の棒状構造物を捉えていた。



・・雷兎の瞬足っ!



 コンマ1秒の超速移動で距離を詰めるなり、



・・一角尖



・・雷兎の破城角っ!



 凶悪コンボを、凶悪な体格で打ち込んだ。



 パンッ・・



 と、乾いた小さな音を立てて円筒形の構造物が粉々に砕け散り、破片となって大地に降り注ぐ。そこへ、兎の巨体が引き起こした衝撃波が襲って来た。


 大気を引き裂く轟音と共に地表を削って吹き荒れ、幾重にも地嵐を生んで周辺を蹂躙じゅうりんしていく突風の中で、凶悪な白兎が次の獲物をさがし耳をそばだて、鼻を動かしている。



「あぁ・・なんてお美しい・・使徒様ぁ」


 サクラ・モチの中で、凶巫女さんが胸の前で手を合わせながら熱い吐息を漏らしてひざまづいて頭を垂れる。


「素敵です」


 ユノンがうっとりと頬を染めて瞳を潤ませる。



(うははははぁーーーー!)



 2人の声をちゃっかり兎耳で拾って、凶悪白兎はますます調子に乗ってしまった。


 魔兎の魔呑で呑み込んだストックから、悪魔が放った炎をチョイスですよ!



・・雷兎の噴吐ォォーー!



 俺(巨大な白兎)は、口から灼熱の火炎を噴射する巨大な火炎放射器と化して地平の彼方まで焼き払い始めた。


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