第178話 謝罪して改名します。


(嘘だろ・・?)


 神酒に満たされた容器の中に漂っていたのは、黒髪に黒い瞳をした美少女だった。より具体的に言うのならば、セーラー服姿をした見るからにはかなげな美少女である。


(う~ん・・お嬢様学校の茶道部とか?)


 根拠の無い想像が思い浮かんだほど、"清楚可憐"という四文字が匂い立ってくる大人しそうな美貌、触れれば折れそうなほどに手足が細く、痛々しいくらいに色が白い。


(タケシ・リュードウが追いかけ回した子かぁ・・なるほどな)


 確かに、とても綺麗な女の子だ。

 でも、旦那になった魔人を殺してまで奪い取るってどうなのさ? さすがに、そこまで入れ込むほどかって言われるとねぇ・・。


「リブ・・」


 今さら、肉の名前でしたとは言い出しがたい。というか、和風美人のセーラー服さんに、リブとかどうなのよ? 今なら間に合う? リブ(仮)とかにした方が良い?


「国王陛下」


 やけに流暢な口調で、歯切れ良く喋る。


(これが、あの肉塊リブロースだったとか・・マジかぁ)


 俺の脳裏に様々な想い出が蘇っては消えていく。


「体調はどうですか?」


 ユノンが気遣う声をかけた。


「おかげさまで・・完全に蘇生できたようです」


 リブがしおらしげに言ってお辞儀をした。


「記憶は戻った?」


「・・はい。この身が造り物である事も」


 形良い眉を潜めるようにして頷いた。


「生前・・リブの身に起きたことを話してくれないか? もちろん、辛くて話せない部分はそう言ってくれれば良い。無理強いはしない」


「分かりました・・ただ、私は元の人物を模して造られたもの。存在する記憶は・・どうも改竄かいざんされているようです。口にするにははばかられる内容が大半を占めております」


「具体的には?」


「端的に申しますと、タケシ・リュードウなる存在を思い出す時、絶対的な強者として崇拝し、盲目的に好意を抱くように・・その、女性の側から胸の内を告白し、寝所へ夜這うよう強制されるようです。その後についても、細々と行動指定がなされているようですが・・これ以上は、お許し下さい」


「ぉ・・おぅ」


「ですが深層において、激しい拒絶と嫌悪、果てしない侮蔑の念が存在しております。この身の内に相反するものがせめぎ合っており、困惑しております。そもそも、タケシ・リュードウなる人物は何者なのでしょうか?」


「う〜ん・・正直、よく分かって無いんだ。ただ、集められた情報を元に、出来るだけ客観的に語るなら・・・見つけたら、即座に抹殺するべき迷惑な奴だな」


「よく、理解できます」


「・・名前はどうかな? 思い出せない?」


「茅野綾子と申します・・いえ、その者の復元体です」


「復元か・・まあ、別人なのは間違い無いね」


「・・こんな身で、人でしょうか?」


 自虐気味に苦笑したようだ。そのあきらめた表情が、俺のハートに火を着けた。


「馬鹿野郎っ! 姿形じゃ無いっ! 自分で人間だと思えば、ちゃんと人間なんだよ!心が大事なんだっ!」


 俺はえた。無論、主に己に重ねての咆哮ほうこうだったけれど・・。

 一瞬、呆然と眼を見開いたセーラー服美少女が、すぐに頰に朱を昇らせて泣き笑いにうつむいて顔を手で覆った。


「ぁ・・ぃ、いや・・ごめん」


 女の子を泣かせたらしいと我に返って、頭を下げる。ついつい我が身に置き換えて感情的になってしまったんだぜ。ふっ、俺とした事が、冷静さを欠くとは・・。


「いいえ・・いいえっ、嬉しいです。嬉しくて・・すいません」


 顔を手で覆ったまま、リブが首を振る。

 これ・・演技には見え無いんだけど?


「・・・デイジー?」


 俺はデイジーを見た。神聖術により言葉の真贋しんがんを観ているはずだけど・・。


「は?」


 凶巫女さんが何やらツボに入ったらしく真っ赤に目元をらして涙を拭っていた。


「とても、心の綺麗な・・人です」


「ええと・・」


 助けを求めてユノンを見る。ユノンもこちらを見ていた。


「コウタさん」


「うん?」


「名前を変えてあげませんか?」


 ユノンにはリブと名付けた理由を伝えてある。

 ちょっぴり、とがめられてるような・・。だ、だって、前までサシの入った肉塊リブロースだったし・・。


「う・・うん、そうだね」


 リブとか、無いわぁ・・。いや、分かってますよ? だから、リブ(仮)だしぃ?


「姿が変わったし、呼び名・・名前を変えようと思う。ただ、せっかく生まれ変わったんだから、前世と同じ名前というのも芸が無いね」


「いかようにも、お名付け下さい」


「アヤ・・と呼ぼう。苗字とか無し。ただの、アヤだ」


「ありがとう御座います。只今より、アヤと名乗らせて頂きます」


 泣き濡れた顔を上げ、深々とお辞儀をした。


「それから、ノルダヘイルのみんなに紹介するけど、変に事情を隠さずに、アヤがどうしてこうなったか、全部説明するからね。辛いとは思うけど、そこは我慢するように」


「はい」


「性格的に合う合わないとか関係無く、きちんと戦闘訓練をして貰うよ? ノルダヘイルは、小さな国だから、1人で何でもやらないといけない。まあ、生命力は心配していないけどね」


 肉塊から人化しちゃうくらいだし・・。


「基本的には、フランナと同じく、ユノンとデイジーを護る役目をして貰う。対価は、神酒だ」


「ご期待に添えますよう全力で努めます。感謝致します」


「うむ、頑張りたまえ。くれぐれも、敵味方を間違えないようにね」


 念を押しておく。姿形はしおらしげですけど、結構危ない生物ですよ、。みんな、忘れてないよね?


「ひとまず、ここでの生活に慣れるまでは、デイジーが世話をしてあげて」


「畏まりました。お任せ下さい」


 デイジーが微笑む。まあ、凶巫女さんなら、リブ・・じゃなくて、アヤが暴れても簡単にはやられない。ぶっちゃけ、戦闘能力においては人間辞めてますから。


「それから、服装は・・まあ、燃えたり、破れたりした時は自前で良いけど」


「私の方で用意致しましょう」


 デイジーが請け負った。


「ありがとう御座います。お手数をお掛けします」


「良いんですよ」


「さて・・途中になったけど、魔界については覚えていないかな? どんな人物がどこに居て、どんな性格で・・国とか勢力の分布とか」


「生前の記憶になりますが、お役に立てると思います」


 記憶を頼りに魔界の地勢図を製作することもできると言った。そうした作業が得意らしい。


(・・魔界通、ゲットだぜ!)


 貴重なる神酒を与え続けた甲斐があったというものだ。タケシ・リュードウが嫌で魔界に移り住んだ上に、現地の人と結婚した女の子・・・の記憶があるのだから、これは貴重ですよ。何しろ、俺は魔界の人が何をどう考え、どんな生活をしているのか、全く知らないんですから。


 魔界についての情報・・大まかなものを整理したら、いよいよ魔界に侵入しますよ。

 主な目的は、ホウマヌスさんの安否確認、フレイテル・スピナを拐おうとした魔人の始末、彗星から落ちてきた悪魔退治、リュードウの遺した円筒形の艦船破壊・・・そんなところか。まあ、穏やかな旅にはならないね。


(時間もかかりそうだし、ノルダヘイルの事を大鷲オオワシの族長によく頼んでおかないと・・)


 でもまあ、亜空間潜行で往き来すれば良いのかな?


 まずは、ホウマヌスさんに会って魔瘴酒を渡す。これを最優先でやろう。まともに話をした魔界の唯一の人だし、旅館の惨状を見ちゃったから、心配なんだよね。1つ目巨人は、無事でいるような事を言っていたけど、女の子を誘拐するような奴の言葉なんか全く信用ならん。


 こちらの人間を弱く見積もっている節があるので、先ずは舐めてかかると大火傷する事を、1つ目巨人の主人に体感して貰いつつ、尋問してホウマヌスの居所を吐かせ、救出なり面会に行くなりする・・そんな感じか。


「コウタさん、まだ時間がありそうですから、お母さんに会って来て良いですか? 詳しい事情を話しておこうと思います」


「うん、良いよ。フランナを護衛に連れて行ってね。闇谷は大丈夫でも、神樹さんとか動きが分からないから」


「はい、気をつけます」


「フランナに任せる」


 頷いたユノンの肩に、フランナが座る。直後に、転移して消えて行った。


「カグヤ、ノルダヘイル周辺に異常は無いな?」



『当艦を中心とした半径500キロメートルに、大きな異常は検出されません!』



「よし・・少し、大鷲オオワシ族の族長と話してくる。何かあったら呼んでくれ」



『承知致しました!』



 軍服女子の敬礼に送られて、俺は大鷲族の集落へと向かった。話精霊で事足りるかもしれないけど、たまには会って話をするのも良い。



 この時、俺は・・いや、俺達は知らなかった。


 魔界・・すなわち、この惑星の南半球は隕石群メテオストライクによって壊滅的なダメージを受け、多くの生命が失われてしまい、辛うじて生き延びた魔人達は魔瘴気の中で活性化した凶魔兵に襲われ、死の半球の中を逃げ惑っていたことを・・。

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