第177話 魔界に行きましょう?


 未遂だったとはいえ、国母フレイテル・スピナを誘拐されかけたのは失態だった。デイジーが完璧に治癒したし、当人はいたって元気だけども・・。


 その後の調べで、一度だけ絶対に幻影術が成功する魔導器が使用された事が分かった。そんな品があるという事実が吃驚びっくりだったけど、考えてみれば、普通の人間を誘拐するのでは無い、それなりの準備をしていたのは当然なんだろう。

 茶器のようだった魔導器は、核部が壊れたとかで使い物にならなくなったらしい。俺の個人倉庫に収蔵されている。


(絶対に相手を殺す魔導器とか・・あるのかな?)


 色々あっても、最終的には愛槍キスアリスと兎技で切り抜けられるだろうと思っていたのに、なんだか嫌な感じがする。


(・・魔界へ行くのは危ないかな?)


 そう思いはするものの、ヒヤリとさせられた礼はしないと気が済まない。単眼の巨人は仕留めたけど、その主人という奴にはきっちり挨拶をしておくべきだろう。



『司令官閣下』



「どうだ?」



『測量が完了しました。以前のものから大幅に修正が必要です』



「隕石の被害?」



『加えて、例の円筒形の敵艦が着陸地点を中心に大々的な破壊を行った模様です』



 カグヤが映像を投影した。



「ぉぅ・・」



 赤さびのように灼けて乾いた大地に、巨大なクレーターが出来上がり、中央部に円筒形の艦船だった物が垂直に、まるで塔のようにそびえ立っていた。観測情報によれば、高さは800メートル、直径が200メートルある。


(これは・・タケシ・リュードウの仕込み? それとも、悪魔達が?)


 目的がよく分からない感じは、タケシ・リュードウのような気がするけど・・。


(でも、もう主体となって実行できる奴が居ないんじゃ?)


 宝石シリーズの生き残り? フランナのようなドールズ? 別のお人形が居るのか?


 観測器の収集する情報が映像に表示され、破壊の限りを尽くされた荒れ果てた地表、不自然に削れ、裂けた大地など映し出されていた。

 探知結果では、動植物の半数以上が死亡し、人工的な建造物は被害の少なかった地域に限定的に存在している・・と。

 恐ろしく、無慈悲な破壊がなされたようだけど、多分、ほとんどは隕石が降り注いだ結果なんだろう。



『高高度を移動する艦船あるいは土石の集合体が確認されています』



「・・へぇ」



 地表をえぐり取って空中に浮かべましたぁ~と言わんばかりの形をした島が映し出され、部分的に拡大表示される。島の中に森と湖があり、黒壁の建物が秩序だって建っていた。


「魔法か、何かの力で浮かべているんだろうねぇ」


 俺が呟くと、


「・・まだ、花妖の古老が存命であった頃・・」


 花妖のアルシェが口を開いた。


「魔界に特有のデシン・ベラーナという浮き草を用いてお城を宙へ浮かべると・・そういう試みを手伝った事があると、話していた事を覚えております。当時はまだ幼く、夢物語のように聴いておりましたが・・」


「浮き草? そんなので・・・島が浮いちゃうの?」


 ボクの知ってる浮き草って・・水草なんですけど?


「種を改変してあるのでしょう。島の下部から生えて出た根を大きく映して頂けますか?」


「カグヤ?」



『はっ!』



 すぐさま、浮遊島の下方から映した映像に切り替わり、拡大されていった。



「やはり、何らかの方法で種を変異させています。この根は・・水を吸うように出来ておりません」


「草なのに、水を吸わないんだ?」


「魔界に満ちている・・瘴気を吸い上げているのでしょう」


「ふうん・・」


 瘴気って、魔瘴気だよね? そんなの吸って育つ草って・・魔物なんじゃ?


「カグヤ、あの船?・・浮いた島は沢山ある?」



『岩石のみであったり、大きな樹木であったり・・様々な物が浮いております』



 軍服女子の音声に合わせて、様々な浮遊物体が映し出される。



「・・魔界って、変わってるね」


 俺は後ろに控えているデイジーを振り返った。


「浮遊城などもあったと、文献で読んだことが御座います」


 デイジーが生真面目に答えた。


「ふうん・・一つ目巨人が何処から来たのか・・あいつの主人が何処に居るのか、捜し出すのは大変だね」



『登録の無い個体の識別は不可能です』



「だよねぇ・・」


「スピナ様の知識・・神樹様の知識をお借りするのはどうでしょう?」


 ユノンの提案に、


「そうだなぁ・・どちらとも協力していきたいけど、ちょっと独自に情報を集める方法を見つけたい。2人から聴く話も、憶測とか思い込みとか混じってる感じがするし・・ちょっと古いしね?」


「そうですね。数百年前とか仰っていましたし・・」


 ユノンが目元で微笑する。


「・・とは言っても、地道に交流を始めましょうとかやってたら、色々と手遅れになりそうだよなぁ」


 俺は腕組みをして沈思モードに入った。


 権力者っぽいのを見つけるのは難しく無いけど、単眼の巨人族のように、何か特殊な道具とか持っていたら、うちの連中を危険にさらすことになる。


(フレイテル・スピナを魔界へ連れ去ろうとした理由は? 会話の感じだと、あの巨人族の主人・・の父親?と、フレイテルは知り合いっぽかったよな?)


 う~ん、やっぱりフレイテル・スピナに話を聴く方が先になる?


(いや・・ぶっちゃけ、その辺はどうでも良いのかな?)


 こっちが望もうと望むまいと、未知の魔導具だの武器だのを持った相手は今後も現れるだろうし、その時はその時で、なんとか切り抜けるだけだ。あれこれ、心配するのは無駄というものだ。


(そういうことなら、ど~んと行こうかな。あぁ・・それなら、むしろ堂々と・・ノルダヘイルの名前が知れ渡るようにした方が良いね)


 上手に魔界と接点を持とうという考えが無理なんだ。なにしろ、あっちの常識とか物の考え方とか何も知らないんだから・・。色々やって、やらかして、それで感覚で理解していくしか無いよね。


「うし・・」


 俺は考えが纏まった事に満足して頷いた。


「迷宮の13層までを問題無く突破できる人だけを連れて行く。それ以外の者は、ノルダヘイルの護りに残す」


「分かりました」


 ユノンが頷いた。すぐに伝話を使い始める。相手は、ゲンザンだろう。


 うちの迷宮13層は、どっぷりと濃い魔瘴気と凶魔兵の上位種だらけ・・という少々ハードな階層だった。


大鷲オオワシ族からはゲンザンさんを筆頭に506名、アルシェさんのところは、全員大丈夫です」


「ん・・あとは、フランナと・・あいつ、どうなった?」


 某食べ残しの・・黒い卵から生まれた肉塊リブロース的なアレは、俺の神酒を満たした容器に封印して育成中だった。世話係は、安全面を考えて、俺とユノンとデイジーだけにしてある。まあ、見た目がちょっと凄かったし・・。


「もう、すっかり女の子ですよ」


 デイジーが苦笑気味に言った。


「女の子?」


 ここ何日か会いに行っていないけど・・。


「タケシ・リュードウが、かつての想い人を生み出そうとしたのでしょう?」


「・・ああ、そうか。そういうことかぁ・・」


 確か、そんな話だった。


「えっ? なに・・姿・・外見まで、その女の子みたいに変わったの?」


「はい。誰も見たことも無い・・黒い髪の女の子です」


 ユノンが無表情に呟く。


「ふうん・・どうやって再現・・復元したんだろう? そういう記憶とか、覚えているもの?」


「分かりませんが・・違和感が感じられないほどの変貌ぶりです。私も、以前の状態を見ていなければ信じられなかったと思います」


「・・なんだか、凄いんだな。名前とか・・記憶はどう?」


 情緒が不安定だったりすると危なくて連れて行けないけど?


「大丈夫だと思います。コウタ様の神酒で育ちましたから・・少なくとも、コウタ様には敵意を抱くことはありません」


「ふうん・・それなら、魔界に連れて行っても良いのかな」


「魔界での滞在期間が分かりませんし・・神酒を補充できる状態が一番でしょう。同行させるべきかと」


「・・そうだね。まあ、いざとなれば、ユノンとデイジーが居れば抑えられるか」


 戦闘行為をやれるかどうかも未知数だけど。まあ、素の能力だけでも物騒な奴だからね。


「見たことが無い衣装を生み出して纏っています」


「・・ん? 衣装? 生み出したって?」


「容器の中から出ていないので・・自分の血肉から生み出したのだと思うのですけど・・マリコの異世界での制服という物にどこか似ています。やはり、異世界の記憶があるのかもしれません」


「へぇ・・」


 なんだか、ちょっと気味が悪いね。着ていた衣装の記憶があるなら、人として生きていた時の記憶まで残っているんじゃなかろうか。


「・・・まあ、確かに置いて行く方が危なそうだ。どうなるか分からないけど連れて行こう」


 俺はユノンとデイジーを誘って司令室を出た。



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