第172話 遭遇戦
『敵性反応、至近です』
亜空間航行の目標地点、すなわち樹海の上空に何かが来ているようだった。
「撃破する」
『亜空間航行終了に合わせて、リド二ウム尖砲弾を発射。前方4門からリジン震甲弾を射出後、観測器を散布しつつ急速潜行、以上を提案します』
「許可する」
即答した。
『通常空間に浮上、敵性体こちらを感知、向きを変えます』
「・・筒? 船なのか?」
映し出された敵性体とやらは、円筒形の人工物らしい物体で、全体に鉛色の金属質な表面からは湯気のような薄煙が立ち上っていた。
カグヤの観測情報では、直径100メートル、全長は800メートルもある金属の筒だった。こちらを認識したらしく、ゆっくりと向きを変えつつ、淡く光る防御膜らしい物を周囲に展張し始めていた。
「撃て」
『リドニウム尖砲弾、発射』
カグヤの声が静かに響き、光点が巨大な円筒形の物体へ吸い込まれる。互いの距離は3キロ・・。必中の間合いだ。
『続いて、リジン震甲弾射出。観測器散布』
「待機室に通信を・・」
『どうぞ!』
「ゲンザン、
『ゲンザン以下、良性体が下部開口部へ向かいます』
「うん・・あ?」
俺は聞き覚えのある音を聞いた気がして耳を澄ませた。
『巨大な生物の接近が観測されました』
ほぼ同時に、カグヤの声が響く。
「ユノン、ゲンザンに龍帝が来たことを伝えて。待避して様子見し、龍帝が去ってから残った敵を掃討するようにって」
ユノンに伝話を頼みつつ、
「カグヤ・・急速潜行だ」
『急速潜行』
予定通り、亜空間へ急速潜行して逃れる。
リドニウム尖砲弾が命中した部位を中心に、小さなブラックホール状の空間が生み出され、吸い込まれるようにして変形大破し、直後に発生した高熱で、巨大な円筒形物体の中央部がごっそりと溶解消失していた。
そこに、リジン震甲弾が突き刺さり炸裂する。観測器からの映像を見ながら、俺は小さく笑った。
大破した巨大な円筒形を雷撃が呑み込んで
『敵性体の溶解を確認』
「行動修正、チュレックに向かい、同様の物体の有無を確認する」
『了解、チュレックへ進路変更します』
「龍帝様がお怒りだ」
俺はユノンに笑って見せた。龍帝が出て来た以上、あの壊れかけの円筒形に明るい未来は無い。
「もう少し早く来て頂きたかったです」
ユノンが少し不満そうに呟く。
「同感・・今度、言っとくよ」
先ずはチュレックにも来ているだろう円筒形を撃破し、それから樹海に戻れば良い。
『亜空間航行終了まで60秒・・目標地点上空に、敵性体を確認』
カグヤが告げた。どうやら、予想通りにチュレックにも"円筒形"が来ている。
「リドニウム尖砲弾から、リジン震甲弾まで、先程と同様の手順でいく」
正体が何かなんて、ぶっ壊した後で考えれば良い。
『・・敵性体から探知波来ました』
「お前の方が速いな?」
『無論です。リドニウム尖砲弾、装填。光力加圧開始・・亜空間から浮上』
「こっちのも・・そっくりだな」
見た目は、樹海上空に現れた円筒形と似通っている。一回り小型だろうか?
「撃て」
『リドニウム尖砲弾、発射・・敵性体からの飛翔体射出を確認。急速潜行します』
「こっちの筒は、反応が良いね。魔法防御を試してみようか」
俺はデイジーを見た。魔法による防御が欲しい場面だけど・・。
「フランナで実証できました。防げると思います」
「よろしく」
「畏まりました」
頷いたデイジーがサクラ・モチ全体に被膜のような防護膜を展開していく。
『飛翔体、亜空間内に追尾して侵入』
「リジン震甲弾で強襲後、俺とユノン、フランナは出撃するよ」
「分かった!」
ちびっ子がみるみる大きくなって戦闘準備をする。
『直撃弾来ます』
「構わず行け」
『はっ! 強襲浮上』
カグヤの声に被さるように、微震動が司令室を揺らした。
「デイジー?」
「爆発をしたようですが、どうなのでしょう?」
「カグヤ?」
『損傷、極めて軽微です!』
「ようし、デイジーよくやった!」
「良かったです」
デイジーがホッと安堵の息をつく。
『敵性体、至近っ! リジン震甲弾、斉射』
静まり返った司令室内に、カグヤの音声だけが響く。まだ亜空間を出きっていないため、映像が届かない。
「・・当たった?」
『敵性体、大破っ! 高度下げます』
「まだ、何かやってくるだろ? ユノン、フランナ、あいつ潰すよ」
「はいっ!」
「任せる!」
「デイジー、後でフランナが戻ったら」
神酒を手渡す。同じく、軍服女子にも1本渡す。
「カグヤ、少し出てくる。戻ったら、また樹海だ。安全な距離を維持しながら損傷部分の修理をしておけ」
『はっ! お帰りをお待ちしております!』
カグヤの敬礼に送られ、俺とユノン、フランナは手を取り合って転移術で跳んだ。
「とりあえず・・」
チュレック王都の上空から移動させないといけない。
「地面に叩き落すから、フランナとユノンで破壊してくれ」
言いつつ、落下をしている円筒形の物体を真横に眺める位置まで空中を走る。
円筒形の壁面から、黄色く光るものが無数に発射され、俺の上下左右を擦過して抜ける。俺は構わずに、右へ左へ上へ下へ・・光線ギリギリを
そして・・。
・・一角尖っ!
・・破城角っ!
自慢のコンボ技を叩き込んだ。
ダギィィィィーーーーー
金属の壁が悲鳴のような音を立てて陥没する。直後に、巨大な円筒形が中程から折れ曲がりつつ、王都上空から
(むっふぅ!)
我が頭突きに、恐れ
「お父様の頭、おかしい」
「・・
ユノンの声が聞こえた。
直後に、海に叩きつけられた巨大な円筒形の船めがけて、目に見えない無数の何かが襲いかかり、ズタボロに切断し、引き裂き、千切っていく。
「お母様も、おかしい」
「フランナ?」
「謝罪して撤回する!」
誤魔化すように大声を出して敬礼した。
「コウタさん」
ユノンが近づいて来た。
「スピナさんから、感謝の伝話が入りました。降下して来た機械人形と交戦中なので、すぐには御礼ができないそうですが、近い内に面談の時間をとって欲しいとの事です」
「フランナ、王都に敵の人形が降りたらしい。出来るだけ、人を傷つけずに家とか壊さないように敵だけを仕留めてくれ」
「任せる!」
黒翼から燐光を噴き上げてフランナが王都めがけて飛翔する。
「ユノン、フランナの事をスピナさんに伝えて。あと、ここと樹海が落ち着いたら会いに行くって」
「はい」
ユノンが頷いて交信を始める。
(さて・・)
まあ、終わりじゃないよね。
ユノンの魔法の余波で荒れ狂う海に、真っ黒い卵のような物が浮かび上がって来た。さほど大きな物では無い。
(む・・ぅ?)
俺は、ユノンを振り返った。
「・・吸われています。命・・生気を・・あれが?」
ユノンが顔をしかめつつ言った。この悪寒は、それか・・。
「ちょっと行って来る」
言い置いて、俺は宙空を駆け上がった。あれが何かなどと考える前に、速攻で破壊しないと駄目だ。
頭上越しに、ユノンが炎の魔法を放ったようだった。様子を確かめるための試し撃ち・・。
やはり、と言うべきか。炎渦は黒い卵に吸われて消えてしまった。
本来なら、
(・・時間が無さそう)
何の根拠も無いけど、そう感じた。同時に、今ならっ・・と、直感めいた衝動が身体を突き動かす。
俺は、黒卵の直上を駆け上がって上空で身を翻すなり、空中を蹴り飛ばして一気に急降下を始めた。もうね・・行きますよ。俺の頭が潰れるか黒卵が割れるか、勝負です!
(砕け散れっ!)
直上急降下からのぉ・・
・・破城角っ!
渾身の頭突きを叩き込んだ。
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