第173話 リブロース?


 ずるり・・と、割れた殻の隙間から赤黒い粘液が垂れ下がり、続いて、人の手足らしいものを生やした薄いピンク色の肉塊が地面に転がり出た。



 俺は、即座に愛槍キスアリスで突き刺した。



 シャァァァァァァl・・・



 どこかに口でもあるのか、呼気のような音を漏らして肉塊がうごめく。



 ・・カンディルパニック



 凶悪な模写技の発動で、ピンクの肉塊が内側から無数の槍穂で突き破られ、赤黒い体液を撒き散らす。



 ・・毒蜂尖



 続けて、猛毒を注ぐ。



 ・・サシハリ



 悪夢のような激痛を見舞う。


 模写技・陽を入れ替えて・・。



 ・・呪牙連突



 壊死えしの呪詛を注入する。



 ・・サスライ



 愛槍キスアリスによる数万回もの連続刺突。



 ・・鏡獄



 今、その身に起こっている事が、60分間繰り返される。


 これで、"模写技・陽" の本日分は使い切った。


 どれも、練度を上げまくった模写技です。地味なようだけど・・魔法みたいに派手さも無いし格好良くは無いけど・・でも、俺と愛槍キスアリスで繰り出せば凄まじく強いんですよ?


(物理が効くなら・・)


 この模写技のセットは有効なんだけど・・?



「ぅげ・・キモっ」


 足下に転がったそいつを、どう表現したものか・・。


 薄いピンク色の肉に、赤と青の血管が浮き上がり、人体模型の筋肉のような物が千切れてぶら下がっている。細切れに千切れ、壊死して落ちる端から、真新しいピンクの肉が生え出て再生しかけ、また寸断され刺し貫かれ、壊死して崩れる。


 まあ、カンディルパニックとサスライによって、ほぼ細切れ肉状態が延々と続く。


(・・生きてるんだな)


 切っても刺しても再生する魔物は珍しくも無いけど、こいつは少し異質な感じがする。どう言ったら良いのか・・千切れた肉片一つ一つが意思を持った独立した生き物のように蠢き、微かな・・多分、俺にしか聞こえないほど小さな声で悲鳴をあげ続けている。どこか、赤子を想わせる泣き声・・。


「おまえ・・?」


 ふと疑念を口にしかけて、俺は口をつぐんだ。


(こいつ・・何なんだ?)


 これが悪魔? いや、何というか存在の気配というか、悪魔から感じる異質感がこいつからは感じられない。


(う~ん・・)


 喰おうか・・?


 ふと、そんな思いが頭を過ぎり、俺は我に返った顔で慌てて首を振った。


(・・どっか、壊れちゃったかな、俺・・)


 こんなグチャグチャしたアメーバみたいなのに食欲とか・・。


 再生力に限度があるのか、壊死して崩れたままの部分が増えている。とりあえずの斃し方は、繰り返し斬るか、刺すか、毒や呪いを与えるか・・それを死ぬまで繰り返す事らしい。

 まあ、何度も出くわすような化け物じゃないだろうけど・・。


(これを喰おうとか、自分にビビるわぁ・・)


 やれやれ・・と首を振りながら、ちらりと壊死して黒ずみ、灰褐色にしおれていく肉塊を眺める。騒がしかった悲鳴のような叫びは止んで、生を諦めて微かに震え続ける肉が僅かに残るだけだ。


(・・ふん)


 愛槍キスアリスを手に軽く打ち振るった。


 自分でもどうしてなのか分からないけど・・。


 切り取られた肉塊が宙へ舞った。まだ壊死が起きていない部位だ。綺麗な薄いピンク色をしている。


「俺に逆らったら・・・喰うよ?」


 ささやくように声を掛けながら、宙に舞った肉塊を手に取った。


「俺は耳が良い。声は小さくても良いから、俺の問いに答えろ」


 てのひらに載せた肉塊に声を掛ける。推定、1キログラムのリブロース・・じゃなくて・・。


(ヤバい・・ヨダレが口中で洪水に・・)



"た・・たすけ・・"



「・・・・まあ、ちゃんと俺の言うことをきくなら・・喰わずにおいてやろう」


 何だか分からないけど、ひたすら美味しそうな・・不気味ちゃんに声を掛ける。


「まず、お前は・・何だ?」



"・・せいれい・・こうてい・・つま"



「・・・は?」


 何言ってんの、この肉の塊ちゃん? せいれい・・精霊? お肉の精霊なの?


「精霊・・なぜ、宇宙から・・上から降ってきた?」



"ほし・・うみでうまれた・・なぜ・・わからない"



「ふうん・・時間がてば、再生できるか?」



"いっぱい・・たべないと・・でもたべると・・あなたに・・たべられる"



「ん?・・ああ、なるほど」


 ユノンの魔法を吸ったように・・生気を吸ったように・・周囲のものを吸収して再生するということだろう。肉塊のくせに、ちゃんと理屈を理解しているのか。


「ふむぅ・・お前が良い子にしているなら美味しい物をやるけど?」



"たべられる・・いや・・こわい・・いいこする"



「そうか。俺の名前は、コウタ・ユウキ。お前の名前は?」



"なま・・?"



「・・よし、お前に名前をつけてあげよう。感謝感激して、魂に刻みたまえ」



"えと・・かんしゃ"



「お前の名前は、リブ」



"りぶ・・?"



「そう、リブ・・お前の名前だ。俺は、コウタ。お前は、リブ・・分かったか?」



"わかった・・りぶ・・わたし・・りぶ"



「リブは、良い子だから、食べないことにする」



"りぶ・・いいこ"



「リブは、俺が良いと言った物しか食べたら駄目だ。約束だぞ? もし、俺に黙って食べたら・・お前を喰うよ?」



"わかった・・りぶ・・いいこ・・やくそく"



「これは、食べても良い」


 俺は、神酒を取り出して掌の肉塊に押しつけた。ぷにゅ・・と、反動が心地良い。


(・・っと!?)


 柔らかな感触を感じたのも一瞬、神酒が瓶ごと薄ピンクの肉塊に呑み込まれて消えた。


「美味しいだろう?」



"す・・すごい・・おいしい!"



 興奮した薄ピンクの肉塊がプルプルと小刻みに震える。


「もう一本食べておけ」



 俺は、追加で神酒を取り出した。わなわなと期待に震える感触が何というか・・不気味で心地良い。



"おいしい・・おいしい・・これ・・すごい"



「ふふふ・・これは、俺にしか創れないご飯だぞ? 悪い事をして、俺に喰われるのと・・良い子にしてて、このご飯を貰うの・・どっちが良い?」



"りぶ・・いいこ・・ずっと・・いいこ"



「約束できるか?」



"やくそく・・りぶ・・やくそく・・"



「よし、じゃあ、俺・・コウタとリブの約束だ」



"りぶ・・いいこ・・こうた・・やくそく"



「よし・・」


 俺は、てのひらで躍り上がるようにして繰り返し連呼する薄ピンクの肉塊に、追加の神酒を押しつけた。


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