第167話 ゴールドボーイ


 チュレックにある迷宮の地下深くに、豪奢ごうしゃな造りの旅館が建っている。

 俺とユノンとデイジーにとって、色々と思い出深い場所だ。

 宿題になっていた魔瘴酒の試作品が何種類か出来上がったので持参したのだけど・・。


 しかし、これは・・。


「・・酷いな」


 半壊し、焼け焦げた館を眺めながら、俺はポツリと呟いた。横で、ユノンとデイジーも眉を潜め、周囲へ視線を巡らせている。


「少し調べてみよう」


「はい」


「そうしましょう」


 互いに頷き合い、焼け崩れた館の周囲へ散開する。


 魔族のお客が多い旅館だったけど、俺やユノン達でも泊めて貰えたし、女中や給仕の少女っぽい者達はかなりの強者揃いだった。そして、女主人も・・。


(凶魔兵が来たとしても、やられるような人達じゃ無いんだけどな)


 考えられるとしたら、俺達が遭遇したような金角の青白いやつ・・あの怪人がぞろぞろやって来たなら撃退は難しいだろう。俺達だって、単体で来たからたおせたんだ。


(あの時は、満月だったし・・)


 ちらっと見上げたけど、鍾乳洞のような灰色がかった乳白色の岩肌しか見えない。


(・・ぇっ!?)


 いや、岩肌というか・・餅肌もちはだ? 天上部の一部が白っぽいモチモチした感じになっていますよ?


 軽く地を蹴って宙空を駆け上がると、近寄って観察してみた。


(・・・手が生えてるぅ~)


 やや端の方に、肩口から切り離しただろう腕が一本、モチモチに埋もれるようにしてぶら下がっていた。まあまあ大きい。俺の背丈くらいの腕だ。青白い肌色と質感、切り口の青黒い色彩に見覚えがある。


(金角の腕か・・これ、放置してたらよみがえりそうだなぁ)


 俺は少し考えると、カグヤをんで例の封印で一口サイズに圧縮してもらって腕を食べた。もう腹痛は起こりませんよ。色々な事があってパワーアップしましたからね・・。


(・・チクショウ)


 あの時の災害を思い起こす度に、涙で前が見えなくなるんだぜ・・。野良犬にまれたとは・・正しくあの事だ!


(ふむふむ・・)


 まあ、美味しくは無い。腕を包んでいたモチモチのところも一緒に食べてみたけど、そこは本当にお餅なんじゃ?と疑いたくなる味がした。なので、残さずに食べた。


 いずれにせよ、お腹に収めた以上、俺のエナジーになるでしょう。もう、そういう身体なんで・・。肉体が人類かどうかなんて細かい事を気にしちゃ駄目だよね。人だと思えば人なんだよ。何がどう変わっても、ボクは人間ヒューマンさ。


(さて・・)


 金角が来たのは確定として、旅館の人達はどうなったのか。

 一通り、天上岩を見回ってから旅館近くへ戻ってみると、ユノンとデイジーが戻っていた。装備品らしい金色の金属を手に持っているようだ。


「戦った痕跡はあちこちにあります。ただ、死骸は見当たりません」


「向こうに、金貨や宝飾品を収めた棚が残されておりました。これは棚では無く、地面に落ちていたものです」


 デイジーが持っていた金色の輪を連ねたような品を見せた。


「何だろう?」


「ホウマヌスさんが腕輪のようにして身につけていたのを覚えております」


「む・・あの人に限って、やられるような事は無いと思うけどな」


 俺は周囲へ視線を配りながら、貴重品を収めた棚がある場所へ案内して貰った。こんな所に、盗賊なんか入って来れないとは思うけど、とりあえず保管しておいた方が良いだろう。


「下の階へ向かいますか?」


 ユノンが訊いてきた。


 この迷宮は、この階から下へ行った事が無い。


「何か痕跡でもあれば、追えるんだけど・・」


 何も手掛かりが無いまま迷宮を探索する気にはなれない。


「・・む」


 俺は、気配が湧いたのを感じ取って半身に振り返った。


「凶魔・・いや、青鬼さん?」


 視線の先で黒い粉のような物が集まっていき、人型を形作っていった。


「デイジー、防御は全方位で」


「畏まりました」


「ユノン、今回は見物してて」


「はい」


 2人に指示を出しつつ歩いて行く。黒く塗り潰したい悪魔によってアップグレードされた俺の身体能力を試す良い機会ですよ・・。


(ふうん・・?)


 現れたのは、見覚えのある感じの青白い肌をした少年だった。捻れた金色の角が生えている。耳は、森の民エルフのように尖って長く、切れの長い双眸には真っ赤な瞳が光っている。


 前の金角の青年と違うのは、この少年が黄金色の甲冑を着ている事と、薄らとした笑みを浮かべている事だろうか。


「偉そうな奴」


 俺は、愛槍キスアリスを手に握った。


「噂の異界人か・・脆弱な人の身で、よくぞ我が同胞を仕留めたものだ。賞賛に値するぞ」


 見かけ通りに、十代半ばくらいの少年らしい声だった。俺が腹に収めた奴の同胞ということか。


「黙れ、クソ餓鬼ガキっ! 土下座して謝れ!」


 俺は吐き捨てるように言った。


「・・ほう?」


 いくぶんか、虚を突かれた面持ちで声を漏らした少年の美しく整った顔に、雷兎の蹴脚が叩き込まれていた。


「ぐぅ・・」


 声を漏らして仰け反った金角の少年めがけて、愛槍キスアリスを繰り出す。

 一突き目は、籠手をつけた左腕で打ち払われた。二突き目は、半身に身を捻った少年の胸甲を削り、三突き目が顎下から頬にかけて浅く切り裂く。


「き・・貴様ぁっ!」


 怒声をあげた金角の少年が腕に光を集めるようにして殴りかかってくる。


 その隙だらけの脇腹へ、横殴りに愛槍キスアリスの柄を叩き込んだ。


(ちぃっ!)


 えらく硬い・・。ドッシリと重たい手応えが槍に伝わり、金角の少年が脇腹を手で押さえながら、腰を落として拳を繰り出してくる。

 その手元で光が明滅したように感じ、俺は咄嗟とっさの判断で遁光術で逃れた。

 最前まで俺が立っていた場所が派手な爆発で吹き飛ぶ。


 その時には、背後へ回り込んだ俺が、



・・一角尖


・・破城角っ!



 得意のコンボ技を叩き混んでいた。


「・・ぅがっ!?」


 金角の少年がほぼ真下へと叩き伏せられ、顔面から岩肌に衝突する。


(岩の方が砕けてるし・・)


 渾身の踏み込みから、愛槍キスアリスを突き降ろして少年の背を狙うが、穂先が黄金鎧に触れそうなギリギリで消えていた。


(瞬間移動・・?)


 俺の後背へ瞬間移動して逃れた金角の少年・・。


 だが、


「ぐぎぃっ!?」


 さらに、その後ろへ回り込んでいた俺の愛槍キスアリスが、少年の後ろ腰へ突き入れられた。


「ちっ・・硬いな」


 舌打ちしつつ、軽く跳んで距離をとる。


 愛槍キスアリスの穂先は、ほんの3センチほどしかとおらなかった。


「おのれぇ・・」


 怒りに身を震わせながら、金角の少年が俺を見る。


(へぇ・・こいつ、ビビってるじゃん)


 先ほどまで自信に満ちあふれていた顔に、はっきりとした怯えが滲んでいる。


「せいっ!」


 わざと大きな気合い声を出して真っ向から突いて出る。


「むっ!」


 金角の少年が大袈裟おおげさなほどに身を引いて防御の姿勢をとった。

 しかし、すぐに表情を恐怖にらせて周囲へ視線を配った。俺の姿が視界から消えていたのだ。


「遅いっ!」


 鋭い声と共に、斜め後方から側頭部、首、脇の下と黄金甲冑の隙間へ愛槍キスアリスを突き入れた。


「ぅわぁぁ・・っ!?」


 恐怖で声をあげた金角の少年がでたらめに腕を振って逃れる。その手で無数の光が明滅し、辺り一面で連続した爆発が起こった。


(・・ありえねぇ)


 どんだけ硬いんだ、こいつ・・。


 少しは刺さったが、それだけだった。すぐに再生して消え去る程度の傷しか与えられていない。しっかりと腰の入った刺突だったのに・・。


(となると・・打撃? あまり効きそうも無いけど、やってみるかぁ)


 爆発する光弾を滅茶苦茶に撃ちまくり始めた金角の少年めがけて、身軽くステップを踏みながら距離を詰める。


「くっ・・このぉっ!」


 金角の少年が爆発する光弾を手にしたまま殴りつけてきた。その腕をかいくぐるように前に出るなり、軽く腰に掛けて投げ落とし、真上から雷兎の蹴脚を放った。


(見かけより重いな、こいつ・・)


 瞬間のことだけど、多分、何トンかありそうな感覚だった。


(でも、まともに入ったぞ・・どうだっ?)


 怖ろしいほどの手応え・・いや、足応えだ。一切の受け身を許さずに叩き込んだんだぜ。


(・・って、人間じゃ無いから、意味無いか?)


 蛙巨人ジアン・トードならミンチになって飛び散るだけの威力なんだけど・・。


 金角の少年がじたばた手足を動かし、爆発光弾を投げつけてくる。なんの変化も無い、単調な攻撃ばかりだ。


(何かのトラップ? 誘いなの?)


 不安になってくるけど、まあ、ここで時間を与える必要は無いでしょ。


 俺は愛槍キスアリスを手に滑るように足を送って前に出た。


「くっ、来るなぁっ! 来るなぁっ!」


 金角の少年が顔を恐怖に歪め、叫びながら光弾を放って来る。


「・・っと、わっ!?」


 槍を突き入れる寸前で俺は真横へ跳んで回避した。

 足下の影から痩身の甲冑騎士が半身を覗かせ、抜き打ちに刀で斬りつけてきたのだ。


「野郎っ!」


 石突きを回して打ち払う。受けきれずに、身を仰け反らせた騎士めがけ、さらに追撃の槍を突き入れようとして、今度は横合いから業火が噴き付けて来たために、正対する形でまともに炎を浴びることになった。

 無論、俺には魔兎の魔呑がある。呑める程度の炎だと見極めた上で受けたのだけど・・。


(・・ちぇっ、逃げられちゃった)


 俺は嘆息しながら舌打ちをした。


 炎が吹き荒れて視界を塞いだ一瞬の間で、金角の少年も甲冑の騎士も逃げ去っていた。なかなかの連携・・手練てだれを護衛に連れて来ていたらしい。


(まあ、感覚は掴めたし・・)


 身体の慣らしとしては悪くなかった。あの青白いやつ・・龍帝が悪魔貴族と呼んだ連中を、霊刻も使わずに傷付ける事ができていた。相手の動きも良く見えたし、投げた時も体力負けはしなかった。確実に身体能力が上がっている。


(前の奴なら、このままでたおせるかもな)


 ちらと視線を向けると、ユノンとデイジーが防御魔法陣の中で安堵の笑みを浮かべていた。


「逃げられちゃった」


 俺は頭をきつつ笑って見せた。


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