第166話 護るべきは、唇っ!?


 トードホーネット、凶魔、またホーネット・・。


 どんだけ出てくるの?


(おかしいでしょ?)


 結構な数を狩ってますよ? それはもう、無慈悲な攻撃を散々に加えて、何万という数を仕留しとめましたよ?


(う~ん・・)


 物じゃ無いからあれだけど・・例えば、現代科学のようなクローン技術で増殖とかしているとして・・それだって、肉体を生成するための材料とか、育成にかかる時間が必要でしょ? そういう機械があるなら、燃料というか・・動かすためのエネルギーが要るよね?


(なにを使ってるの?)


 素材は? エネルギーは? というか、その仕掛けはどこにあるの? それとも、魔法だったら材料とか無くても出来ちゃうの?


「これ・・どう考えても理解できないなぁ」


 俺は各種の討伐数リストを眺めながら呟いた。


 蛙巨人ジアン・トードだけで8万を超えている。巨蜂ホーネットとなると、すでに20万に迫る数だ。


(・・魔法って、そこまで万能じゃ無い)


 無から生み出しているんじゃなくて、ちゃんと対価となるかてを支払っているんだ。魔素だけでは、完全な肉体は生み出せないはず。


ホーネットは・・もう生き物として繁殖をしているから、まだ理解できるんだけど・・・トードは繁殖の形跡が無いんだよな」


 そして、凶魔兵・・。


 各地を転戦しながらたおしてきた数は、累計で14万ほど。魔界に通じる門から出て来るだけかと思っていたら、全く何も無い野原などに門を生じさせて侵攻して来たりする。


(どう考えても、人間っぽい考え方をする奴が操っている感じなんだよなぁ・・)


 悪魔というのが、ひたすらに人間を滅ぼしたいだけなら、もっと効率的な方法があると思う。あれだけの凶魔兵を操れるほどの力があるなら、竜巻を起こし、地震を起こし、噴火をさせ・・人間など半年と経たずに地上から絶滅させられるだろう。


(殺したいのでは無く、喰わせたいのか? でもなぁ・・)


 人間を食い散らかしたところで・・。


(ん?・・あぁ、いや・・そっか)


 総量の維持? 増え過ぎず、減り過ぎず・・総数のコントロールをやっている? 誰が? 神様? 悪魔? 荒唐無稽のようだけど、そういうのがあってもおかしくない。


 俺は、そっと自分の腹をでた。


 あの時、俺が食べた黄金角の青白い青年・・ああいう存在が他にも居て、生き物の種類ごとに適正数を定めて監理をしている・・あるかも?


 神様だの悪魔だのが、当たり前のように登場してくる世界だし、ちょっと考えられないような事も・・。


(そうだ・・サクラ・モチのような異界からの船があるくらいなんだ。ここ、この世界って・・)


 俺は一点を凝視するようにして思考をめぐらせていた。


 みんなが方々へ出掛けていて、サクラ・モチには俺しか残っていない。巨大な岩塊に偽装したサクラ・モチは、高度1万メートルをゆったりと移動している。まず、邪魔は入らない。


 岩肌に大の字に寝転がり、眩い陽光を浴びながら・・。


(・・リュードウは、どうやって蛙の巨人ジアン・トードを生み出した? ホーネットは? そもそも、あの宝石シリーズは? 精霊魔法が使えたって、あんなものは造れないだろう?)


 協力者が居る? いや、リュードウが協力しただけで、これを思い付き、実行している奴は別に居るんだ。


 神様が・・?


 タケシ・リュードウの遺した人形達は、神域に攻撃を加えようとしていた。神々も、人形達を攻撃した。


(神様がタケシ・リュードウを誘って何かをやっていた? もしくは、リュードウが神様を誘った?)


 創造の杖・・。あれは、何だ?


 ただの便利な杖じゃないよね? 何でも創造できる神具? そんなものを人間に与えるか? 少し考えれば、自分たちを危うくする事くらい分かるだろ?


(やっぱり、おかしい・・)


 今起きている事がどうも・・しっくりこない。収まりが悪いというか、どこまでいっても違和感が残るんだよね。


「う~ん・・」


 分からん! 考えても考えても、まったく分かりません!


「・・妙な仕組みがあるのは間違い無い」


 俺がつぶやいた時、


「そうだ・・そうした装置がある」


 不意に声が降ってきた。


 ぎょっとなったが、あえて動かずに寝転がったまま視線だけを声がした方へ向けた。何の物音も聞こえず、気配らしい気配を感じなかったけど・・。


「邪魔をするよ?」


 黄金色の髪をした美しい青年が、さわやかな笑みを浮かべていた。すらりと丈高く、細く引き締まった四肢・・。

 切れの長い双眸で、青碧の瞳が冷ややかに見下ろしていた。


(軍人?)


 細身のズボンに詰め襟の上着、襟元や肩口に黄金の装飾品が模様のように埋め込まれている。腰を絞るベルトに柄だけの剣らしき物が吊されている。信じたくないけど・・アレかもしれない。


「どこかの・・お人形さんかな?」


 寝転がったまま応じる。


「ほう? なぜ人形だと?」


 青年の双眸がわずかに細められた。


「生き物の匂いがしないんだよね・・熱というか、命の息吹みたいなものが全く感じられない」


「・・そうか」


 ついでに、眼がねぇ・・冷え切っていて感情の欠片すら無いんだよね。


「装置があるって?」


 少し話題を振ってみる。


「ああ、ある」


 思いの外、あっさりと答えてくれた。


「・・トードホーネット、凶魔兵を生み出す装置?」


「総ての生き物を生み出す装置だ」


「・・あるんだ」


 ちらっと考えたりしたけど、はっきり在ると言われると何だか落ち着かない。底知れない不安感が湧き起こってくる。


「私は人間では無い。そして、魔族でも無い」


 そうだろうと最初から思っていましたよ。俺に気付かれずに近づける人間なんか居ませんから・・。


「普通に言葉が通じて・・意思疎通できてるけど、頭の中とか読まれちゃってる?」


「我らは音声を持たぬ。脳波による意思疎通を行うのみだ。今は肉体を利用し、こうして声帯による会話を行っている」


 念話? テレパシー? まあ、そんなやつか。


「・・そっか」


「この世界の生き物の総てのが、我によって創られたものだと言えば信じるかな?」


「まあ・・信じるかも」


 とりあえず答えておく。生命の誕生とか、奇跡の集合体みたいなものだし・・。実は異星人が作りましたぁ~って言われても驚かんよ?


「ほう、理解が及ぶのか。やはり面白い」


「質問しても?」


「聴こう」


「この、俺がサクラ・モチと名付けた船は、貴方達の乗ってきたもの?」


 確実に異質な文明の産物だよね。


「違う・・敵対する生命体が持ち込んだ兵器」


「なるほど・・」


 戦争をやっていただろうことは、各地に遺されている艦船の残骸が物語っている。


「この星そのものを破壊しかねない戦いを行った。実際、生物は死滅したも同然の状態になった」


「・・おぅのぅ」


「我らはこの星を諦めて旅立った」


 壊すだけ壊して、てて行ったということか。


「・・あんたは?」


「世界を蘇生するための装置として残された。固有の名称は持たない」


「あぁ・・戦争やってた人達が、死んじゃった星を蘇らせるために置いて行ったのかな?」


「我の中には惑星が死滅するまでの記録のみが残されていた。我は惑星の再生を目的として創られた存在であると、自らを位置づけた」


「ふむん・・」


 俺がイメージしている装置・・機械とは何だか違うのかも? というか、こいつが神様ってこと?


「我は生命の素を生成するが、どの様な生命体が誕生するのかは分からない。神と称される存在の出現も想定の外のことだった」


 神も創ったのかと思ったら、違うんだ?


「あれぇ・・?」


「どこから、どの様に侵入して来たのか判明できない。高次元の意識体・・あるいは、我のような特殊な演算能力を有する創造物」


 難しい事を色々言っているが、要するに気が付いたら入り込まれて居座られていた・・と?


「我とは互いに不可侵・・干渉し合え無い存在だ」


「ふうん・・」


「この惑星の生命を育み、種のへだたりを抑制するという点では共通した活動を行なっていると言える」


「ふむぅ」


 無理矢理感が凄いですね。


「ただし、神と称される存在は、人種を中心とした環境の評価をし、他種の評価を軽んじる」


「ふむふむ」


「闘争は種を強化する。そのための装置として、迷宮種なる擬似生命を生み出し、人種を捕食する生物を放ち、環境の異なる平行世界を生成して別種の人種を育成し、定期的に人種同士を戦わせている」


「話が重いデス」


「そうした世界であると理解はできたはずだ」


「まあ、なんとなく・・」


「悪魔と称される存在は、神と称される存在の下位互換では無く、人種の生存本能を喚起かんきするための存在として神が生み出した存在だ」


「・・そっすか」


 神様、悪魔を創ったんですかぁ・・。


「しかし・・これは我が干渉することでは無いが・・神は、悪魔を御する力を失ったように見える」


「は?」


「神と称される存在がいくつか消滅し、悪魔を御するための安全装置が破壊された。昨今の戦いにより、神の兵も大幅に数を減じたようだ」


「・・マジ?」


 それって、あいつ? タケシ・リュードウの宝石シリーズが仕掛けた戦いで?


「悪魔と称される側がそれを疑い、調べるために、兵を差し向けて騒乱を起こしている」


「あぁ、なんか・・理解しちゃった」


 神々による支配の力が弱まったのを悪魔達が感じ取り、凶魔兵を侵攻させてあおっているのだ。討伐できるものならやってみろ・・ってね。


「我は、我が生成した種には干渉できない」


 寝転がったままの俺の枕元に膝をついて座った。


「・・へ?」


「だが、異世界人には干渉ができる」


 美青年が俺の背に手を回して抱き起こそうとしている。


「ちょ、ちょっと・・?」


「案ずるな。痛みは無い」


「い、いや・・ちょっ・・ぅぶぅぅーーー!?」


 俺は、抱きしめられてキスをされた。いや、それどころか、舌っぽい何かがヌルリと口の中に挿入された。


「神、悪魔からの干渉を断ち切れる安全装置を埋設した」


「・・な、な、なにをっ!」


 叫び声をあげて体を動かそうとするが、金縛りにあったように指一本動かせない。


「お人形にはなりたく無いだろう?」


「くっ・・」


 馬鹿なぁーーーっ! この俺が、こうも易々やすやすと・・。男に唇を・・。


「それから・・いびつに繋がれていた体組織を正調し、素粒子単位で強化しておいた。これらの付加は、神と称される存在でも感知はできぬ」


 クソぅ! チクショウっ! うああぁぁ・・・ちくしょうぉぉぉぉぉ!


「霊刻という神の生み出した仕様を模し、体組織を段階的に強化する手法を取り入れた」


 ううぅぅぅ・・。汚されちゃった・・。俺の唇が・・ユノン、ごめんよぉ。


「何を気にしているのか分からないが、我は肉体を有する生命体では無い。故に、この身体を介したのだ」


 うるるぅぅぅぅ・・・。


「やれやれ、人種という存在は面倒だな。あの程度の施術で精神を棄損きそんするとは・・・」


「慰謝料を請求します!」


 俺は勢いよく立ち上がって叫んだ。つもりだった。


(あ、あれ・・)


 やっぱり、寝転がったまま、身体が動きませんよ?


「ここは隔絶された空間だ。お前という存在は、ここに在ってここには無い」


「・・精神的苦痛に対する賠償を要求する!」


「面白い思考の推移だ。賠償・・ふむ?」


「・・大したものじゃ無くて良いんです。例えば・・そうだ! 魔法が使えるようにして下さい!」


 神様より凄そうじゃん! できるでしょ?


「魔法は神と称される存在が構築した技術だ。我には干渉できぬな」


「チクショウ!なんだよ、ガッカリさせんなよ! 神の方が凄いんじゃん!」


 俺は罵った。心の底からガッカリなんだぜ!


「・・・・」


「ぁ・・言い過ぎでした。謝罪して撤回します」


 身動き出来ない状態で、無闇に挑発するのは止めましょう。暴言とか駄目ですよ?


 冷や冷やしたけど・・。


「魔法は無理だが、我を創造した文明の技術の一端を分け与える事はできる」


 冷静な回答を頂けました。素晴らしい人格者です。いや・・装置? "名無しの創造主"様であります。


「よろしくお願いします。感謝感激、感無量でございます」


「よし、では技術の一部転写を行う」


「はいっ・・・って、ちょ、ちょとぉぉぉーーー・・ぅびゅぅぅぅ」


 俺は防衛本能により自分の意識を放棄クローズした。これ以上は精神が崩落してしまう。


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