第165話 女子会


 パシェーラ・ゼーラに招かれて、ユノンを筆頭にアルシェ・ラーン、ロートリングが城館裏手にある小さな東屋に集まっていた。


 これが男なら酒盛りといった様相になるのだが、飲んでいるのはロートリングがルティーナ・サキールから預かってきた上質なお茶である。供されているのは、ユノンがコウタから預かってきたサクラ色をした餅だった。


「まあ、お義母様は若くていらっしゃいます。佳き方をお見つけになっても宜しいんじゃありません?」


 ロートリングがお茶をすすりながら言った。


「あらぁ~、ロッタちゃんたら、そんな事言ってぇ~」


 パシェーラがにこにこと上機嫌で桜餅さくらもちを頬張る。


「ロッタが、鬼人の人達と上手くいっているようで良かったです」


 ユノンも嬉しそうに目元を和ませている。


「ふふふ・・さっきは、あれでしたけど・・だいたい、上手くいっているんですよ。とても・・その優しい人ですから」


 ロートリングがやや照れながら義母を見る。


「あらまぁ~、あの子ったら・・そうね、さっきはキツく叱り過ぎたかしらね。とっても良い子なんだけど、ちょっとした事で周りが見えなくなるのよねぇ」


「ユノン様もお幸せそうで・・お義姉様方の事があって、心配しておりました」


「ええ・・そうですね。あのことは・・でも、コウタさんが、旦那様が・・しんみりさせてくれませんもの」


 ユノンが諦めたように微笑む。


「コウタ様は・・本当に忙しい方ですから・・いえ、ご本人はゆっくりなされたいのでしょうけれど、騒動の方から飛び込んでくる感じですもの」


 アルシェ・ラーンが全員の湯飲みにお茶を注ぎ入れながら言った。


「・・コウタ様はおいくつなのですか?」


 パシェーラがく。


「16歳だと仰っておられます」


「あらまぁ・・ずいぶんとお若くていらっしゃるのねぇ」


「他の異世界人の方々も、16か、17歳でしたね」


「ご両親は心配されているでしょうねぇ」


 パシェーラがうつむいた。


「ご兄弟もいらっしゃるでしょうし・・召喚などと言っておりますが、要は本人の意思を無視した魔法による強制拉致らちです。こちらの世界をこころよく思われるはずがありません」


 ロートリングが静かな声音で呟いた。


「う~ん・・他の方々は分かりませんけど、旦那様は・・コウタさんはそういった感じがしませんよ?」


 ユノンが首を傾げる。


「そうなのですか?」


 ロートリングが意外そうにたずねた。


「異世界の方々の中では・・その、失礼ですけど、一番幼い・・お優しい見かけをされているのですけど・・でも」


 アルシェ・ラーンが少し考え込んだ。すぐにユノンの方を見る。


「とても、男らしい方ですよね?」


「・・ぇっ・・はいっ、そう思います!」


 ユノンが少し耳の辺りを赤くしながら頷いた。


「あらぁ・・ぜひ国王コウタ様にお会いしてみたいわぁ。もう、ノルダヘイルに移住しちゃおうかしらぁ~」


 パシェーラがはしゃいだ声をあげて手を合わせる。


「あらあら、お義母様ったら・・コウタ様にお会いしたいのでしたら、いつだってお会いできますよ?」


 ロートリングが悪戯いたずらっぽく片目をつむって見せた。


「えっ、そうなの?」


「だって、ここにはユノン様がいらっしゃいますもの。コウタ様は、ユノン様がお呼びなされば、いつでも、何処どこにでも・・駆けつけておいでです。そうですよねぇ? ラーンさん?」


「はい。陛下は何があっても、ユノン様の元にお越しになるでしょう。例え、神魔が立ち塞がろうとも」


 アルシェ・ラーンが自信たっぷりに断言した。


 ユノンの顔がいよいよ紅い。


「あらまぁ~・・本当に初々ういういしく・・うらやましいわぁ」


 パシェーラがほうっ・・と、溜息を漏らした。


「も、もう・・良いですから。それよりアルシェ、貴女はどうなんですか?」


 ユノンが反撃に出た。


「え?・・私・・ですか?」


「だって、フレイテル・スピナさんのお誘いを断って、ノルダヘイルに・・コウタさんの元へ来ることを願ったのでしょう?」


「そ、それは・・」


 今度は、アルシェ・ラーンが言葉に詰まる番だ。


「えっ、えっ? なぁに? 何なの、その・・面白そうなお話しは?」


 パシェーラが食い付いた。横で物静かにお茶をすすりながら、ロートリングも耳を澄ませている様子だ。


「いえ・・その・・それは、お助け頂いた恩返しを・・それだけです」


「あらあらぁ~」


 パシェーラがはしゃぐ。アルシェ・ラーンがそれと分かるほどに顔を紅潮させてうつむいてしまったのだ。


「もうっ、コウタさんは、アズマさんの事を色々言っていますけど・・ご自分が一番危ないんですから」


 ユノンが唇をとがらせる。


「あ・・ハレム何とかという? あれは、どういう意味なんです?」


 ロートリングがいた。


「1人の男の人が、沢山の女の人を・・その・・愛しているということです」


「・・あぁ、そういう意味ですか」


 ロートリングが、アズマ達、美形の異世界人集団を思い浮かべつつ頷いた。確かに、あの異世界人達はいつも一緒に行動している。


「あらあらぁ~、でも大きな国の王様だったら、お后様や御側室が沢山いらっしゃるでしょう? 不思議な事では無いんじゃなぁ~い?」


「それは分かっているんですけど・・」


 ユノンがふいっと横を向く。


「だ、大丈夫です! ユノン様、私は・・決して、そのような」


「駄目よぉ~、ラーンさん、素直さも女の魅力ですよぉ~?」


「ですから、私は・・」


 真っ赤な顔で何やら言いかけて、すうっと表情を変じる。


 華やいでいたパシェーラも、ロートリングも、ユノンも口をつぐんでアルシェを見守った。


 魔法による伝話だろう。


 アルシェ・ラーンに直接連絡が入ったということは、リリンやファンティかもしれない。あるいは、ゲンザン・グロウの可能性も・・。


「・・リリン、マリコが巨蜂ホーネットの討伐を終えて帰還中です。パエル、ファンティ、シフートが蛙巨人ジアン・トードと交戦中に、凶魔兵が押し寄せて来たようです」


 アルシェ・ラーンがユノンに告げた。


「ゲンザンさんは?」


 ユノンが立ち上がりながらいた。


巨蜂ホーネットの残存がいないか、大鷲オオワシ族を連れて哨戒しょうかいに出ておられます」


「では、ゲンザンさんには、一度、大鷲オオワシの里へ戻って凶魔迎撃の準備を整えて貰って下さい。リリン、マリコをパエル達の支援に向かわせて遅延戦闘を」


「はい」


 アルシェ・ラーンが低頭した。


「私はコウタさんに・・陛下に、状況の説明をして参ります」


 言うやいなや、ユノンが転移して消えて行った。


「・・冗談で無く、鬼人族はノルダヘイルに行った方が長生きできそうねぇ~」


 残った桜餅さくらもちに手を伸ばしながら、パシェーラが呟いている。


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