第164話 親子団らん?

 急拵きゅうごしらえとは言え、土魔法で構築された長大な防塁ロックフェンスは簡単に突破できるものでは無い。おまけに、防塁の中を木の根のような植物が生え茂って固めているのだ。


「地下水に根ざした植物です。簡単には枯れません」


 花妖のアルシェ・ラーンが鬼人族を前に説明をし、戦況報告を終えた。


「ラーン殿、ノルダヘイルの国王陛下に・・お目通りして御礼を申し上げたいのだが、お取りぎ願えないだろうか?」


 ゼイロード・ゼールが頼み込む。


「陛下は別の地で、凶魔兵を駆逐されておいでです。お戻りになりしだい、お伝えいたします」


「ぜひに・・頼む」


「隊長・・ゲンザン様から伝話です。南方、湿原地帯から蛙巨人ジアン・トードが接近中・・数、90」


 犬耳の少年が小声で告げた。


「シフート、先行して偵察」


「はい」


 犬耳の少年が身をひるがえして駆けだして行く。


「マリコ、ホーネットも居るかも知れません。いつでも移動できるように準備しておきなさい」


「はい!」


 マリコと呼ばれた少女が返事をしつつ、かぶとを手にした時、



『アルシェ・ラーン様に、コウタ・ユウキ様から伝言でぇ~す』



 蜜柑みかん色の衣装を着た小さな精霊が姿を現した。


 ぎょっと凍り付いた鬼人族を尻目に、少女騎士達が素早く集まってアルシェの後ろに整列した。



『河向こうの凶魔兵は片付けた。そちらの状況を報せよ。以上でぇす。返信はありますかぁ~?』



「返信をお願いします。西部地区、凶魔兵の駆逐完了。上位種は発見できず。トードの接近が確認されたため迎撃に出ます。以上です」



『承りましたぁ~』



 精霊がにこやかな笑顔を残して消えて行った。



「ラーン殿、今のは・・」


「陛下がお使いになる精霊です」


「おお・・精霊魔術をお使いに?」


「魔術とは違うのですが・・多くの精霊を使役されております」


「・・なんと」


「パエル、ファンティは蛙巨人ジアン・トードを、リリンとマリコはこの場で待機。私は今少し治療に当たります」


 アルシェ・ラーンが指示を出していく。鬼人族の怪我人が多く、治療に時間がかかっていた。


「ラーン殿」


 大鷲オオワシ族のゲンザンが舞い降りてきた。


「ゲンザン様?」


巨蜂ホーネットの飛影が認められた。数は150ほど。向かう先は、ここより北東部のようだ」


「北東部・・そちらに何か御座ございますか?」


 アルシェ・ラーンが、鬼人族のゼイロードを見る。


「凶魔兵から身を隠すための租界そかい地があります。森の民の結界に護られておるので、あの巨蜂と言えど易々とは入れぬはずですが・・」


「リリン、マリコ・・やれますね?」


 アルシェ・ラーンの問いかけに、


「はっ!」


「はい!」


 2人が気負いなく答えて、きびすを返して戸口へ向かう。


「・・まさか、2人のみで?」


 ゼイロードが声を潜めてたずねる。


「蜂だけなら問題ござらん」


 ゲンザンが事も無げに答えた。

 その時、大鷲オオワシ族の若者が入ってきた。


「ウルフールと名乗る鬼人族が参っております」


「む・・あやつめ、今頃になって」


 声を荒げたのは、ゼイロードだ。


「母上っ!」


 大きな声を発しながら、大柄な鬼人族の若者が跳び込んできた。


「あらあら・・ずいぶん、のんびりした到着ですねぇ」


「おお・・母上、ご無事でしたか!」


「はい、ご無事ですよぉ」


 呆れたように、それでも何処どこか嬉しそうに女鬼人が微笑する。


「パシェーラ・・そやつを甘やかし過ぎだ。持ち場を離れて、なにをのこのこやって来ておるのか」


 ゼイロードが顔をしかめて言うが、


「なんの・・神樹様から陣中見舞いの品を預かって参ったのです。任務ですよ」


 ウルフール・ゼーラが笑って見せる。


「少し急ぎ過ぎです。旦那様?」


 ひやりとするほど冷徹な声がして、戸口から森の民エルフの美しい女性が入ってきた。その背に、重そうな荷物が背負われている。

 森の長の孫娘、ロートリングだった。


「おお・・これは嫁女殿まで」


 ゼイロードが声をやわらげて迎えに出ようとした瞬間、



 ドシィッ・・



 鈍い殴打音が鳴って、ウルフールが身を折って崩れ落ちた。そのまま、腹を押さえて苦鳴を漏らす。


「ウル・・護るべき妻女に重い荷を背負わせ、男のお前が先に走ってくるとは・・何事なのですか?」


 噴き上がる怒気と共に床のウルフールを見下ろしたのは、パシェーラ・・ウルフールの母である。先ほどまでの、のんびりとした様子は消え去り、怒りに双眸をたぎらせた鬼母が仁王立ちに息子を見下ろしていた。


「す、すみませ・・急ぐあまり」


 苦しげに咳き込みながら見上げるウルフールの精悍な顔が恐怖に青ざめていた。


 ロートリングを迎えに出ようとしたゼイロードが静かに後ろへと後退って距離をとる。


(あらあら・・)


 アルシェ・ラーンがそっと微笑を漏らしつつ、ふと耳元を抑えるようにしてうつむいた。


 魔法の伝話が入ったのだ。

 すぐに、ちらっと戸口居る森の女ロートリングを見やり小さく首肯した。


 直後、ふわりと黒衣の裾を翻して、ユノンが転移をして現れた。


「・・ロッタ!」


 華やいだ声をあげて、戸口のロートリングに駆け寄って行く。


「まあっ! ユノン様!?」


 ロートリングも喜色を浮かべて駆け寄るユノンの手を取った。


「お久しぶりです!」


「ロッタ、元気そうですね」


「ええ、良くして頂いております」


 ロートリングが微笑みながら視線を床の方へ差し向けた。


「・・あら? ウルフールさん?」


 床で青くなっているウルフールに気付いて、ユノンが小首を傾げた。


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