第163話 鬼人砦


 次の凶魔戦が開始された。

 場所は、樹海の西部。獣人と鬼人の集落が点在する地域である。


「・・なるほど、強い」


 事前に情報を得て、準備をしていたにも関わらず、凶魔兵の動きは予想を超え、巨猿達ですら単独では太刀打ちできない。仕掛け罠はある程度有効だったが、凶魔の数が多過ぎて意味を成さない。


 守護長を務めているゼーラ家の面々が、砦の城館で厳しい視線を交わしていた。


 本来なら家長を務めるはずだったウルフール・ゼーラは、森の長の孫娘をめとって神樹の護り手になっている。


「神樹様に返せと言う訳にはいかんからな」


 初老の鬼人がほろ苦く笑った。


「仕方ありませんね~」


 おっとりと笑ったのは、人間であれば40歳になるかならぬかといった風貌の、ウルフールの母である。のんびりとした表情とは裏腹に、胸甲ブレストプレート鎖帷子チェインメイルで身を固め、額には板金を縫い付けた鉢金を巻いている。


 すでに3度、凶魔兵による強襲を退けていたが、その度に守兵を削られ、砦で動ける者は300名を切っていた。攻め寄せる凶魔兵は万を数えるほどだった。


「そなたを死なせては、スレーゼンのやつに説教を喰らうの」


「仕方ありませんよ、義父様・・こう多くては、逃げる先が御座いませんもの」


 けらけらと明るく笑う様子に、初老の鬼人も釣られて笑う。控えている鬼人の若衆達も思わず笑みをこぼしていた。


 その時、


「失礼・・ゼイロード・ゼーラ殿はこちらか?」


 いきなり声がして、いかにも古強者といった風貌の大鷲オオワシ族が戸口に顔を覗かせた。なにしろ、扉が焼け落ちている。誰でも出入りが自由な有様なのだった。


「おお・・大鷲オオワシの御客人とは珍しい。この通りの破れ家でしてな、何のもてなしも出来ませぬが・・」


「義父様、この方は・・愚息の便りにあった兎の国ノルダヘイルの御人では?」


「いかにも・・ゲンザンと申す。主人より、援軍の先触れとして挨拶をしておくよう命じられて参りました」


 ゲンザンが礼儀正しく一礼をして、腰帯から書状を取り出して戸口の若衆に手渡した。


 鬼人の若衆が急いで書状を運ぶ。


「・・これは・・なんと、誠であるか?」


 初老の鬼人、ゼイロードが眼をくようにして書状に眼を通し、立ち上がって戸口のゲンザンに近寄った。


「まもなく攻撃に移ります。合図に光玉が三つぜたら、残敵の掃討を開始願いたい。我らは寡兵かへい故に、討ち漏らしが多い」


「・・うむっ! 死出に一花咲かせてくれようかと思い極めておったところ。願っても無い話だ」


「鬼人の勇猛は聞き及んでおります。気ははやりましょうが、必ず合図の光玉を待って討って出られよ。我が方の攻撃は広域に及びますゆえ・・」


「承知した」


 ゼイロードが頷いた。


「では・・」


 ゲンザンが一礼するなり、掻き消えるようにして上空へと飛翔していた。怖ろしい速度で急上昇していく。


 それを見送って、


「・・凄まじいな。大鷲オオワシ族とは、あれほどの剛の者であったか」


 ゼイロード・ゼーラが唸り声を漏らした。


「貴方達、聴いていましたね? 城外へ討って出ますよ。支度なさい」


 女鬼人に声を掛けられて、若衆が大急ぎで駆け出して行った。中には興奮して声をあげている者までいる。守りばかりで、気が鬱屈していた者も多いのだ。元より、攻撃的な気性の者が多い鬼人族だった。


 城壁の望楼に場所を移し、ゼイロードは迫り来る黒々とした波を見やった。あの黒くうごめいている物全てが凶魔兵なのだ。

 普通に考えたなら、どう足掻あがこうとも勝ち筋の無い戦いだが・・。


「・・むっ!?」


「義父様・・金属の棘鉄球です」


 遙かな上空から雨のように拳大の鉄球が降り注ぎ始めた。空を見上げると、大鷲オオワシ族らしい影が点にしか見えない高度を舞っていた。

 棘鉄球に小突かれるようにして凶魔兵が頭部を揺らし、姿勢を崩して歩みを乱している。遠目にも、硬質な外殻が割れたり、裂けたりしている様子が見て取れた。


「なんと・・」


「義父様、下を・・城門の外にも何者かが」


「なんだと!?」


 慌てて望楼から城門前を覗き込むと、武装した小柄な騎士達が6人、等間隔に並んで立っていた。


「ノルダヘイル、近衛騎士団っ! 面頬落とせぇーーっ!」


 まだ若い女の声が鋭く響き渡った。ほぼ同時に、チンッ・・という金属の打ち合わさる音が重なる。


「ファンティ!」


「はいっ」


 鋭い応答と共に、両手を頭上へ掲げた甲冑騎士から白銀の旋風が噴き上がり、前方を黒々と埋め尽くした凶魔兵めがけて氷雪の突風となって吹き付けていく。


「マリコ!」


「はい!」


 別の甲冑騎士が、手元から光弾を連続して射出し始めた。


 吹雪に圧されて凍り付いた凶魔兵のただ中に、赤々とした小さな光球が吸い込まれて消え、


 ドォォォーーーーーン・・


 重々しい爆発音と共に、数十体の凶魔兵が爆散し、手足を引きちぎられて横転する。その爆発がばらまかれた光球の数だけ、方々で連続してとどろいていった。


「リリン、シフート、パエル、抜剣っ!」


「応っ!」


 3人が声を揃えて返答し、一斉に剣を抜き放つ。


「突撃ぃっ!」


 若い女の号令で、3人の騎士達が矢の勢いで疾走を開始した。甲冑を着ているとは思えない・・いや、とてもでは無いが、人が駆けているとは信じがたい速度で3人の騎士が疾駆し、見る間に凶魔兵団の先頭に突っ込むと、凶魔兵を左右に跳ね散らかし、き殺すようにして、切り捨て殴り跳ばして突き進んでいく。


「ファンティ、第二波!」


「はいっ」


「マリコ、中距離射程を維持しつつ前進」


「はい!」


 次々に号令が下され、二度、三度と広域大魔法が放たれ、爆発する光球が雨あられと降り注がれる。


「・・ありえん。なんなのだ、あの威力は・・いや、あの者共は・・」


 小柄な甲冑騎士達は凶魔兵の大軍の中にあって、縦横に突き進んで除雪でもやったかのように死骸の山を積み上げている。

 この目で見ていても信じられない光景・・。


「義父様っ、合図です!」


「む!?」


 慌てて空を見上げると、確かに真っ赤な光玉が三つ、赤々と輝きながら流れていた。


「者共ぉーーっ! ノルダヘイルの勇士達によって、凶魔兵は乱れに乱れて居る! 突撃して、やつらの首を刈り取るぞ!・・門開けぇーーーい!」


 ゼイロードの野太い号令が響き渡った。


 足下で、


「マリコ、前進して防塁を構築! 私とファンティで援護します!」


「はい!」


「はいっ!」


 勇ましい女達の声が響く。


 その頃、上空から、短槍を手にした大鷲オオワシ族が一斉に急降下を開始していた。

 その数、5千あまり・・。急降下から投げつけられる短槍は、昆虫標本のように凶魔兵を刺し貫いて地面へ縫い付ける。


 城門の、歪んで床石に擦れる鋼の門扉がきしみ音をたてて押し開けられた時には、遙かな前方に高さが50メートル近い土石の防塁ロックフェンスが築かれ、防塁上から魔法による攻撃が行われていた。


「討ち漏らしとは・・正しく、こやつらのことか」


 城門と遙か前方に出現した防塁との間に、本隊から取り残される形で、半死半生の凶魔兵達が地面を這っている。


 苦い笑みを浮かべつつも、


「一匹残らず息の根を止めて回るぞ! 見逃すなよ!」


 ゼイロードの号令一下、鬼人の若衆達が声をあげながら掃討を開始した。


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