第160話 ぽんぽん痛いっ!


(なんか、ヤバいかも・・)


 ボク、ぽんぽん痛いです・・。昨日の夜から、ゴロゴロと雷みたいな音がするんですぅ・・。


(アレかなぁ・・)


 ちょっと前に食べた青白い顔の双角さんですかねぇ・・。なんか、胃がもたれたような感じが続いてたんだよなぁ。


 この世界に棄てられてから、色んな物を食べてきたけど、お腹がおかしくなったのは初めてさぁ・・。


(だけど、頑張るんだぜ)


 俺は眼を閉じ、静かに俯いて腕を組んでいる。ノルダヘイル国王としての威信に関わる大問題だからね。


(うむ・・)


 この姿勢が一番頑張れる。

 ちょっとでも不用意な動きをすると、大変な悲劇が起きそうです。


(・・だから、早く終わってくれぇ)


 円卓を囲んで、ルティーナ・サキールとフレイテル・スピナが悪魔や魔族について、互いに補完し合いながら情報を提供してくれていた。


 うん、それは有り難い。

 とても嬉しい事です。

 すでに知っている知識の補完が出来るし・・。


(でも、今は急いでくれぇーーーー)


 ぽんぽんがぁーーー

 俺のお腹が何かキューーーって・・


「う~ん、結局・・どこまでいっても、想像の域を出ないねぇ」


 フレイテル・スピナが不満げに呟く。


「魔族の、それも広域に関与している者に訊いてみるしか無いか。だが・・」


「魔族は、こちら側の人間以上に割拠して纏まり無く暮らしている?」


 アズマいた。


「少なくとも、こちらの神樹の門から入った先は、そうした状況だった。魔界は、こちら側の世界に倍する広大さだと聞いた事がある。私が見聞きした事が、魔族についてどの程度網羅できているのか・・」


「なるほど・・」


(うきぃぃぃ・・お腹の中でがドコドコッ・・て)


「門から出て来た以上、今回の悪魔は魔界で生まれた。ただ、過去には、こちら側の世界で発生した事もある。目標となる対象を殺害するまで、凶魔兵は攻めてくる・・ジェネラル・ウード、ジェネラル・マジッドを結城ユウキたおした事で、前回とは違う展開も起こり得ると」


「ジェネラル・マジッドはデタラメに強いもん。あれを撃破するなんて・・こうして、記録を見せて貰わないと信じられなかったよ」


「当時の我々は、自然災害のようなものと諦め、息を潜め、護りを固めて、立ち去るのを待つばかりだったのです」


 ルティーナ・サキールが言った。


「・・凶魔兵だけでも大変な中、反射持ちの敵・・初見で相手をするのは危険過ぎるな」


 アズマ本郷ホンゴウ上条カミジョウを見る。2人がそれぞれ厳しい表情で頷いた。


「3キロの距離で有効な攻撃を加えられるのは、大石オオイシ牧野マキノ・・かな」


「凶魔兵と戦闘中に、蜂が来る可能性もある。出来るだけ、時間をかけない戦い方をしないと・・」


黒川クロカワ岩石雨ロックレインはどうだ?」


「・・あれは、魔法扱いだし・・せいぜい、500メートルくらいからの落下よ?」


「いや、黒川クロカワなら・・足裏を狙える」


「あ・・そうか! 確かに・・・やれるかも」


「視線も重要な要素かもしれない。本郷ホンゴウには、いつものように視線誘導をやってもらい、足裏の反射が無い状態を狙って、黒川クロカワの土魔法・・ジェネラル・ウードについては、それでやれるか」


「でも、斬撃は防げないわ」


「それは・・」


「何とか受けきる。回復をお願い」


(ぐぅ・・・も、もう・・)


 うつむいて腕組みをしたまま、俺はこの世の終わりを覗き込んだように、昏い顔で動かなかった。


(たっ・・助けて・・誰か・・・)


 脂汗がじっとりと背を濡らしている。ただ事では無い悪寒に身が震えそうだった。




『・・まったく、何をやっておるのだ、貴様は?』



 なんだか、懐かしい声が聴こえたかと思うと、俺は黒曜石らしい艶のある石床の上に立っていた。



「お・・おお!?」



 お腹の痛みが止んでますよ! 龍さん、愛してるっ!



『月光の奴に頼まれてに来てみれば・・何をやっとるのだ』



 呆れ声が降ってきた。懐かしい龍帝の声音だ。



「おおっ、龍さんお久しぶり!」



『貴様、何を食ったのだ? 何やら、とんでもない魔圧が腹の中に生じておるようだが?』



「魔圧? いや、角付きの青白い顔した偉そうなのを食べちゃって」



『角付き? 今の貴様を苦しめるとなると雑兵では無いな。角の色は?』



 龍帝の声が少しばかり改まる。



「金色で、ねじくれて長いやつ」



『貴族級の悪魔を喰いおったのか。この化け兎めが・・』



「おいコラ! 誰が兎だ! 俺は人間だっての!」



『今は時の止まった狭間の空間だ。腹の痛みも消えて感じぬだろうが、元の時間に戻せば再び痛みだすぞ?』



「大変、失礼しました。調子に乗っておりました」



 俺は土下座した。



『ふん・・例の大馬鹿者の秘薬を貴様に飲ませた件で、神界の奴らがうるさく吠えておってな・・特に月光めが騒がしくて昼寝も楽しめん。よって、不本意だが、貴様の腹を治してやる』



 月光の女神様が龍帝に働きかけてくれたらしい。



「うぅ、感謝です!」



『だいたい、悪魔を喰うとか聴いた事が無いぞ。それも、上位の・・貴族を喰い散らかしおって』



「反省してます」



『まあ、良い。儂も彼奴らは好かぬ。喰いたいとは思わんが・・しかし、悪魔貴族が現身を伴って姿を現したとなると久しぶりに世界が荒れそうだのぅ』



 龍帝が唸っている。



「・・治りました?」



『まだだ。まったく、面倒な奴を喰いおって・・儂は細かい作業は苦手なのだぞ』



「ははは・・たおす方法が思いつかなくって」



『ふむ・・人には、たおせぬ存在だからな』



「は?」



『人間には触れる事すらできぬ・・悪魔貴族とは、そうした存在だ』



「・・そう?」



『その身を壊すことは出来る。しかし、存在を滅する事は神ならぬ者にはできん事だぞ』



「いや・・俺は人間よ?」



『神では無いな』



「人間でしょ?」



『定義によるだろうが・・精神体は人間なのだから、人間だと言って良いと思うぞ?』



 人間じゃないって言ってるように聞こえるんですけど・・?



「・・えと」



『うむ・・何とか馴染ませたぞ。儂にはこれ以上は無理だ』



 ひと仕事終えた満足げな声がする。



「龍さん、俺・・どうなるの?」



『む? 喰った悪魔なら血肉に宿り、貴様の力となったはずだぞ・・多分』



「じゃなくて・・俺は、化け物になるのか?」



 脳裏に凶魔の姿が過ぎる。



『もう十分に化け物ではないか。今更、何を言っておるのだ?』



 龍帝さん、容赦が無いっス・・。もう少し、歯に衣を着せて下さい。



「・・化け物って・・その意識が飛んで、周りの人を食ったり、悪魔とか・・あんなのになるの?」



『悪魔にはなれんぞ? 貴様は、存在が・・化け兎として進化しておるからな。悪魔になりたければ、純粋に人間である内に魔界へ移住し、魂そのものを魔瘴気で染め上げねばならん。貴様はもう悪魔には成れん』



 いや、成りたくは無いんですよ。



「化け兎・・で、でも・・ちゃんと人の形だし」



『その形を貴様が望んでおるからな。貴様が望めば、いつでも・・神兎のような姿に変じる事もできるのだぞ?』



「マジかぁ・・」



『何を拘っておるのか知らんが、化け兎だろうが何だろうが、支障無く暮らしておるのだろう? 何が不安なのだ?』



「・・気づいたら、その・・お嫁さんを食べてたり?」



 最大の不安点は、今以上にユノン達に負荷を与えてしまうことだ。



『阿呆か、貴様は? 悪魔に喰われたのでは無く、悪魔を喰ったのだ。貴様が支配しておる側だろうが? それに、そもそも兎はツガイを喰わん』



「俺は、ちゃんと人として生きていける?」



『その姿を保ち、その精神体を維持していられるかという事なら大丈夫だ。今の貴様を人間と呼ぶかどうかは知らんがな』



 龍帝が興味無さげに言った。いっそ気持ちが良いくらいに容赦がありませんね。



「・・まあ、俺が俺で・・この、自我がちゃんと保てるなら、もう良いかなぁ」



『悪魔を喰うような剛胆なことをしたかと思えば、つまらん心配をしておるものだ』



 龍帝の呆れ声が聞こえた。



「思春期なの、ボクは! 不安定なお年頃なの!」



『ふん・・ああ、そんなつまらん事より、タケシ・リュードウの秘薬では迷惑をかけた。あんなつもりでは無かったのだ。貴様のツガイ達にも迷惑をかけたようだ。意図せぬ事であったが・・すまんかったな。代償に、1つ・・褒美を選ばせてやろう。』



 龍帝の声と共に、目の前に無数のカードが浮かび上がった。



「まあ、あいつが色々とこじらせた奴だってのは身に染みて分かったよ。龍さんを恨む気持ちは無いけど、リュードウについては知ってる限りの情報を教えて欲しいな」



 言いながら、カードを1枚掴み取った。どうせ、兎シリーズですよね。分かっていますとも。

 それより、今は龍帝にきたい事がいっぱいある。



『・・タケシ・リュードウについては、理解の困難な事の方が多いのだが、そうだな・・元々、異世界に召喚される事を夢見続けておったそうだ。念願叶って、この世界に召喚されたのは良かったが、すぐに小鬼に襲われてな。死にかけておったところを、精霊魔術に秀でた森の民エルフに拾われて・・・名前は何と言ったか・・・まあ、そやつに連れられて旅をしておる途中で別の異世界人と知り合い・・うむっ、そう・・そいつが持っておった創造の錫杖を盗みとったそうだ』



「・・杖、異世界人の持ち物だったんだ」



『大方、その異世界人を召喚した神々が、面白半分に与えたのだろうよ』



 異世界人の召喚は、神々の娯楽のような風潮になっていて、招いた異世界人にどんな事をやらせたかを競い合っているそうだ。加護を授け、神具を与え、夢見でお告げとして誘導し・・。



「龍さん、俺と同時期に連れて来られた異世界人が誰に・・どの神に召喚されたか知ってる?」



『魔神だな』



 龍帝があっさりと断定した。



「魔神・・」



 アズマ達は、魔界の神様に召喚されたのか。



『一定の周期で、こちらの神々、あちらの神々が交互に召喚をやるようだからの』



「なんで、魔界に召喚されずに、こっちの世界に?」



『魔界に直接喚べば、半日と経たずに死に絶えるだろう? ある程度の人数をこちらの世界に落として、生き残った者を魔界に招くようだ』



「もしかして、リュードウも?」



『あいつは、こちら側の神々が招いたはずだ』



「ふうん・・」



 タケシ・リュードウは魔界に出入りしていたらしいけど・・。



『タケシ・リュードウと同じ時期に召喚されたメスが、神々を憎んで自ら進んで魔界へ身を置いた。そのメスを追いかけてタケシ・リュードウが魔界へ入り浸ったから、こちらの神々が騒ぎ出してな。おまけに、あちらへ行ったメスが魔界の者と番になったから余計に面倒な事になった』



「うわぁ・・」



『嫉妬で半狂乱になったタケシ・リュードウが魔界へ攻め込み、その懸想けそうしておったメスの連れ合いを殺し、メスは復讐に狂って悪魔墜ちし、凶魔を引き連れて、こちら側に攻め込み・・・まあ、とんだ騒動だったぞ』



「それ、どうなったの?」



『タケシ・リュードウに敗れ、捕らえられそうになったところでメスが自害した』



「・・重っ!」



 ヘビー過ぎるでしょ。



『それからだな、タケシ・リュードウが狂ったように・・いや、狂っていたのだろうが、女という女を狩り立てて集め始めたのは』



「塔に閉じ込めたり?」



『うむ。ただ、奴に懸想けそうしておった側近の者が創造の錫杖を盗み出し、結局は神々に討たれる事になった』



 龍帝が教えてくれた数々の新情報に非常な疲労感を覚えつつ、俺は龍帝と対話を続けたのだった。腹痛は治ったのに、頭痛が起きそうだった。


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