第155話 夫婦舞い


『行きますっ!』


 ユノンの声が耳に響いた。


 瞬間、


・・遁光っ!


 俺は光の粒子となって掻き消えていた。

 直後に、双角の青年の鉤爪が襲う。



『む・・』



 低い唸り声は、双角の青年のものだった。


 黒々と巨大な鉤爪を振り下ろした地面から、黒い管虫デス・ワームが生え出て襲って来たのだ。一匹や二匹では無い。体長が何十メートルもありそうな管虫が、筒状の口に牙を潜ませて食い付いていく。数が多い。数十、数百と辺り一面の地面を突き破って巨大な管虫が出現して襲っていった。



『・・おのれっ!』



 双角の青年が遠く位置取ったユノンめがけて腕を振った。


 ユノンは次の詠唱を始めたまま動かない。

 その前に、するりとデイジーが立ち塞がった。手にした錫杖を高々とかざし、



尖鋭衝角ディアラムっ!』



 鋭くえたのはデイジーだ。


 振り下ろした錫杖の軌跡を辿たどるようにして、黄金色に輝く衝角しょうかくのように突き出た壁が出現し、ユノンを襲った攻撃を弾き受ける。


 完全には防げずに幾筋もの擦過傷を浴びたようだったが、たちまち治癒光に包まれて傷が消える。



小癪こしゃくな・・』



 双角の青年が、ユノンとデイジーを睨み付けて向かおうとした瞬間、



 ・・ドシュゥゥゥゥーーーーー



 上から下へ、一条の白光がはしり抜けて、双角の片側が折れ飛び、左肩から脇腹にかけて、半ば引き裂けるようにして、体側にぶら下がる。青黒い体液が大量に散って地面を染めていった。



『ぐぅ・・がっ!・・ま、まさか・・』



 双角の青年が傾きかけた体で踏みとどまり、上空を振り仰ぐ。


 そこへ、



 ・・破城角っ!



 全速力の瞬足で空を駆け下りてきた俺の頭突きが炸裂した。


 はるかな高空からの、霊刻解除、第3紋・・そして、破城角の直撃だ。俺の小さな角がちぎれかけた青年の左肩を突き破る。



・・カンディル・パニック!



 俺の模写技と、双角の青年の動きがほぼ同時だった。


 根元から切断されて腕が宙を舞う。その腕の内側から俺の小角が無数に突き破って出てくる。カンディル・パニック発動間際に腕を切り離しやがった。それでも・・・。


(まずは、腕一本・・)


 俺は、すかさず月兎の猿叫を発動させた。



「へっ・・良い顔になったじゃん」


 俺はできるだけ馬鹿にしたような表情で声をかけた。



『お、おのれぇ・・虫けらの分際で、我が身を傷つけおったな』



 唇の端から青黒い液体を吐き出しながら、青年が声を振り絞るようにして言った。



「ふん・・次は頭を吹き飛ばしてやるよ」



 俺は正面から近づきつつうそぶいてみせた。まあ、完全なる虚勢です。ちょっと、そろそろ体力切れなんです。霊刻の第3紋解放は、威力も凄いんですけど、まだ自分のものに出来ていなくて、骨とか筋肉とか、色々と深刻なダメージが返るんです。


(つまり、歩くだけでも泣きそうなのさ)


 ふふふ・・痛いんだぜ。あちこち痛いので、そろそろと慎重に足を踏み出しつつ、片角、片腕になった青年めがけて近付いて行く。あくまでも前に出る。


 虚勢もまた立派な戦い方なんですよ・・。

 嘘でも何でも、相手の動きを抑制できれば・・。


(ん・・)


 デイジーの治癒魔法が体を包んだのを感じる。


 片角になった青年が襲い続けてくる巨大管虫デス・ワームを苛立たしげに薙ぎ払い、打ち払いながら、こちらを睨んでいる。少しは警戒心が湧いたのか、無闇に攻撃を仕掛けることは控えているようだ。

 一度、蜂に刺されれば、対応が慎重になるということか。例え、全力を出せば斃せると分かっていても・・。


(動きを制限できているのは良いんだけど・・)


 さて、ユノンの魔法が効くかなぁ?


 胸中で呟いた瞬間、大気を引き裂く轟音をあげて、青紫の雷光が片角になった青年を直撃した。



『ぎぃっ・・』


 短く苦鳴らしき声を漏らし、青年が身体を震わせる。ユノンが使う古代魔法の1つ、破壊神の嘆き《ガリウス・ヘイン》という神魔属性の雷撃だ。


(おおっ、効いてる!)


 身体に大きな損壊は見られないけど、痛みで声を漏らしたくらいだ。期待以上の効果を与えたらしい。

 ユノンの攻撃魔法が効くのならば、俺が今やることは、この片角の青年を自由にさせず、ユノン達に意識を向けさせず、ひたすら苛立たせ、この場に釘付けにしておくことでしょう。


 俺は瞬足で周囲を回りながら、模写技の砲仙花ホウセンカを使って、青年の周囲に巨大な花弁を乱れ咲かせ、空を走って上空へと駆け昇った。また、頭突きをして来るのかと、青年が剣を取り出して構えている。


(ふっ・・)


 俺のハッタリ技に恐れおののくが良い!

 油断なく身構えて見上げる片角の青年めがけて、


「チャドク針っ!」


 最凶の嫌がらせ技を放った。



『むっ・・うあおぉぉぉ!?』



 青年が生理的な嫌悪におののく叫びを放った。


 痛みやかゆさでは無い。顔が大量の毛虫に埋もれる感触が、この青年に声をあげさせたのですよ。


(うははは・・)


 迂闊うかつに、動き過ぎですよぉ~。


 地面を覆い尽くすように散乱していた砲仙花ホウセンカの実に、顔をすっぽりと毛虫に覆われた片角の青年が触れた。


 途端、腹腔をえぐるような轟音が鳴り、褐色の砲仙花ホウセンカの実がぜて種を撃ち出した。順調に練度が上がり、かつて白い巨兎と戦った時とは別物の威力である。

 連鎖してぜ散る無数の種一つ一つが、分厚い鋼板をあっさりと貫く威力だ。


 まあ、一発一発は俺の破城角には及ばない。

 でもね・・。


 派手派手しい爆発音と、あちこちからぶつかってくる硬い種、視界は毛虫に覆われ、毛虫を取り去ろうと触れば、黄緑の体液を撒き散らして甲高い絶叫をあげて身もだえる。たまらなく気色悪い毛虫達なのです。


(まあ、毒だの酸だのは効かないんだろうけど・・)


 このチャドク針・・階梯レベルが上がって、精神ダメージまで与えるように進化している。



『おど・・おどれ・・おのれぇぇぇぇーーーー』



 ついに、発狂しかたのような大声を放って両拳を握った片角の青年が全身から赤黒い炎を噴き上げた。



「・・馬鹿め」



 俺は、こっそりと第5紋まで解除していた愛槍キスアリスを投げ放った。


 俺が狙ったのは右の眼だ。


 普通なら当たらない。しかし、平常心を失って強引になっている敵なら・・と。


 果たして、



『ぅがぁぁぁぁぁーーー』



 青年が右目を押さえて仰け反り、苦鳴を放って身を捩る。



・・月兎の猿叫っ!



 すかさず、怒りという怒りを俺に向けさせる。もう、この片角の青年には俺という存在しか見えていないだろう。

 二度と平常心には戻しませんよ?


『行きます!』


 ユノンの声が聞こえた。


「応っ!」


 俺は愛槍キスアリスを構えたまま声を放った。


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