第154話 凶魔に非ず?


「上位種というより、魔法型という事かな?」


 転移による攻撃の返送を対策すれば、さほど手強い個体では無い。


「まあ、体の強さも段違いだから、完全な上位互換か」


 転移反射技を備えた個体に混じっていたツノ付き・・・どうやらコイツが部隊長なのだろう。


「コウタ様」


 デイジーがアルシェやリリン達をともなって歩いて来た。


「生き延びたな」


「・・はい」


 リリンがしおれている。


「どうした?」


「デイジー様にお救い頂かなければ命を落としておりました」


 上位種の不可視の斬撃に苦しみながら、凶魔兵との乱戦になったのだ。リリンも、シフートも、パエルも半身が切断されかかるほどの重傷を負い、ファンティは文字通りに粉砕されて死の淵を覗いている。デイジーの神聖術が無ければ、アルシェしか生き残れなかった。


 ・・だけどね?


「凶魔兵を相手に生き残った事は誇って良いよ。それが、デイジーの治癒術のおかげだったとしても。とにかく、何がなんでも生き延びるようにしろ。治癒術で命を拾おうと、秘薬で蘇生しようと・・運でも何でも良い。生き残り続けろ。今はそれだけで良い」


 戦いの経験を積み急速に練度を上げられる、またと無い好機だ。それも、他国の領土でやれるのだから有難い。


「せんせ・・陛下」


 リリンが膝上で拳を握りしめ、うつむいて肩を震わせている。その背をアルシェ・ラーンが優しくさすっていた。


無様ぶざまでも何でも良い。こういう戦いは、生き残ったら勝ちだ。俺はそう思っている」


「・・肝に命じます」


 リリンが自分の顔を乱暴にぬぐった。母親に似た繊細に整った意思の強そうな美貌に、切れの長い双眸が泣きれて赤い。


「強くなる時間を勝ち取ったという事だ」


 戦場の検分を終えて集まって来た大鷲オオワシ族を見回しながら、


「凶魔兵の個体そのものは、さほどの脅威じゃない。慣れれば、どうという事は無かっただろう?」


 上位種も、長距離からの攻撃は反射リフレクトできない。やって来る攻撃、あの長い腕の伸びや速さも、もう見慣れてきただろう。ノルダヘイルに攻めて来ても、十分な余裕を持って撃退できるだけの実地訓練になったと思う。まあ、悪魔というのが、こんな程度という事は無いだろうから、1人1人が力をつけて貰わないと厳しいけど・・。


「まずは次に備えて休息を取るように。まだまだ続くぞ、この戦いは・・疲れて動けませんとか言わせないからね?」


 言い聴かせつつ、ふと言葉を切った。どうやら、次が始まったらしい。


 報告を受けたらしいゲンザンが、伝令の大鷲オオワシ族の若者を伴って進み出るなら片膝を着いて低頭した。


「御館様、魔族の軍勢がノルダヘイルの河上から船で下っておるようです」


「・・船? 魔法で飛行とかじゃ無く?」


「物見の眼には、そのように」


「ふうん・・」


 今度は悪魔じゃなく、魔族ですか・・。世の中、賑やかな事になったらしい。


(大河を上流から?・・人間の国はどうなったんだろ?)


 確か上流には、何とか・・って歴史ある国があったような?


(あっ・・それって、あのうるさい姫君一行の国じゃない?)


 そういえば、あのかしましい老女ご一行は、どうなったんだろう? チュレックでの嫁ぎ先だった王子は、謀反を起こして投獄されたし・・。一緒に牢獄行き?


「御館様?」


「ん・・ああ、ちらっと賑やかなお婆さんが思い浮かんだ」


「・・そういえば、あの御一行はノルダヘイルの上流域からお越しでしたな」


 賑やかなお婆さんと言っただけで伝わったらしい。ゲンザンがやや顔をしかめつつ頷いた。


「普通に考えて、今回の魔族とは無関係なんだけど・・」


「あの老女は、騒動に好かれております」


 ゲンザンが苦笑気味に言う。関係性を否定し切れないといったところか。


「ここは、今のところ新手は出ないようだし、ノルダヘイルまで出迎えに行こうか」


「はっ!」


「リリン・・」


「は、はいっ」


 話を聴いていたリリン・ミッターレが、キッ・・と表情を引き締めて見つめてくる。


「次の相手は魔族らしい。死ぬなよ?」


「はっ!」


 鋭く返事をして頭を下げた。


「パエル、シフート・・」


「はいっ」


「はい」


 赤毛の少女と獣耳の少年が前に進み出た。


「前に出るだけが武勇じゃないよ? 恐怖をまぎらわすだけで声をあげるなら、その口をい付けて開かないようにした方が良い」


「・・はい」


「ご免なさい」


「パエルは捕縄術からの攻撃までに時間が開きすぎる。でも、眼はちゃんと相手を捉えているんだから、弓や弩の練習をした方が良いな。相手が距離を詰める前に、一手でも二手でも多く攻撃できる手段を身につけなさい」


「はいっ」


「シフート・・眼も耳も良いのに、気持ちに余裕が無くなって視野が狭く、周囲の物音が聞こえなくなる。何度も言っているだろう? 敵を見て恐怖するのは良いんだ。恐怖して、心配して、用心に用心を重ねて・・その上で戦えば良い。使える飛び道具、薬や魔術・・何でも使って、少しでも有利に、相手を傷めていけば良いんだ」


「・・はい」


「まあ、豪快に敵をたおすことにあこがれる気持ちは分かるけどね。戦いは、最後に生きて立っていた方が勝ちなんだ。眼、耳、鼻・・そして俊敏さで、おまえは優れているんだから、それを生かして戦いなさい」


「はい」


 シフートが、獣耳をしおらしく伏せて低頭した。

 もう何度も言い聞かせていることだ。自分でも理解しているのだろうけど・・。


「ファンティ」


「はい」


「ちょっと死にかけたくらいで心は折れてないな?」


「はいっ!」


 白髪の少女が力強く返事をした。

 見た目こそ、たおやかで触れれば折れそうなくらいにはかない印象の少女だけど、負けん気の強さは人一倍である。


「おまえの強みと弱み・・それは視野の広さ。戦っている最中に、周囲で起きている事を把握し続けているのは凄いことだし、乱戦になれば必要な能力だけど・・同時に意識が分散し過ぎて、予定外の強敵、想定外の攻撃を受けたときに崩れ易い。本来なら、周りを気にせず目の前に集中しろと言いたいところなんだけどな・・あえて言おう。おまえは、今のまま地力をあげて強くなりなさい。戦い方を変える必要は無いよ」


「は・・はいっ!」


 ファンティが頬を紅潮させて大きな声で返事をした。


「そして、アルシェ」


「はい」


 花妖、アルシェ・ラーンが低頭した。


「この子達の戦いに気を配り過ぎて、目の前の敵に時間を掛け過ぎている。助けに入るのは、打ち負かされて死にかけた時だけで良い」


「はい・・申し訳ございません」


「地力はかなり上がっている。凶魔兵との戦いも、途中から見事に対応できていた。ただ、受けた呪毒による変調を引きずったのは駄目だ。自分で浄化が無理なら、すぐにデイジーに治して貰い、全力で戦える時間を長くした方が良い」


「はい、あれは判断を誤りました」


 顔をあげたアルシェが素直に頷いた。


「そういう判断を身につけるための実戦演習だからね。まあ、次の戦場はノルダヘイル・・俺達の国だ。何年でも、何十年でも、相手が攻めて来る限り、戦いを続ける覚悟が必要になる」


「はい」


「よし・・ゲンザンは、大鷲オオワシ族を連れて急行。相手の程度をはかりながら、船を河中で仕留しとめるようにしてくれ。落水者を無理に攻撃する必要は無い」


「承知」


 下知を待っていたゲンザンが勇んで立ち上がり、待ちかねていた大鷲オオワシ族の若者を引き連れて離陸して行く。地を蹴ってから数秒で雲の高さだ。大鷲オオワシ族も戦いに次ぐ戦いで練度が上がり、頼もしさに磨きがかかっている。


「さあ、次は自分の家を護る戦いだ。負けたら居場所が無くなるぞ?」


「はい!」


 アルシェ、リリン、パエル、シフート、ファンティが立ち上がって姿勢を正した。なお、この軍人風の演技については、カグヤを真似るように言ってある。かなり浸透してきたようだった。


「ユノン、スピナさんは何か?」


 少し離れた場所で退去中の艦隊と連絡を取り合っていたユノンが戻って来た。


「通常の魔物以外、襲って来ていないそうです。もうすぐ、北部に出向いていたレイラン・トールさんの艦隊が合流すると」


「ふうん・・あの剣士さんが来るなら大丈夫だね」


 前をやれる人間が居れば、フレイテル・スピナの召喚魔法は怖ろしいくらいに威力を発揮できる。実際、リド・ベイン・ウェイラードという剣を手にしてからの女剣士レイランさんは、鬼気迫る勢いで強さの底上げをやっていらっしゃいます。そろそろ人間辞める域に踏み込んでるかも・・。


「じゃあ、俺達も転移で・・っと!?」


 俺ははじかれたように振り返るなり、愛槍キスアリスを手に前に跳んだ。


「いつの間に・・」


 ユノンが呆然とした呟きを漏らす。横で、デイジーが神聖術による防護壁の構築を開始した。


 そこに、青白い肌をした大柄な青年が浮かんでいた。彫りの深い端正な顔に、物静かにすら見える双眸、白銀色の髪は肩に届きそうなほどに伸び、側頭部からは、ねじ曲がった黄金色の角が生えている。


 首元まで覆うボディスーツのような黒い上衣に、黄金の布をスカートのように腰に巻いただけの姿で、装飾具は着けておらず、武器らしい物も所持していない。


(・・心音がしないんですけど?)


 嫌な予感しかしない。


「こんにちは、初めまして」


 俺は愛槍キスアリスを手にしたまま、にこやかに声を掛けてみた。


『地虫めが・・我を前にして声を発するか』



 吐き捨てるような声がして、いきなり周囲の空気が切断された。

 本能的な動きで、愛槍キスアリスを前に出して受ける。


 直後、


「がっ・・」



 俺は呻き声をあげて身を折っていた。槍を握る手が弾かれ、突き出していた愛槍キスアリスされて胸元に叩きつけられ、胸から腹にかけて深々と身体が裂かれていた。



「・・・ぐっ!」



 無事な左手で身体にめり込んだ愛槍キスアリスを握って構える。

 一瞬の事で何が起きたのか理解が追いつかない。

 攻撃らしいものは何も見えなかったし、何も聞こえなかった。



(みんなは・・)



 ちらと肩越しに見ると、デイジーとユノンが深手を負って倒れていた。位置からして、咄嗟とっさにアルシェや子供達をかばう場所へ身を投げ出したのだろう。デイジーの魔法障壁があってなお、かなりの深手を負ったようだ。

 アルシェとファンティが治癒魔法を使っているが、あれの2人の治癒術では・・。


「リリン!」


 俺は後ろ手に、在庫してある神酒を取り出して放った。自分も一升瓶を握って口に含む。



『死なぬか・・目障りな』



 忌々いまいましげに眉間みけんしわを寄せた双角の青年が俺に向かって指を向ける。


 瞬間、



「・・がっ!」



 青年の斜め後ろで俺が苦鳴を漏らしていた。


 遁光術からの一角尖、破城角・・。俺の得意にするコンボを後ろに回り込みながら叩き込んだのに、わずかに相手の頭を揺らした程度で跳ね返されてしまったのだ。


(嘘だろ・・)


 打ち払われる青年の腕をかいくぐって視界の死角だろう場所へ回り込む。



(・・やべぇ)



『我に・・触れおったな』



 青年の全身から黒々とした湯気のようなものが揺らぎ立ち、凄まじい殺意のうずが押し寄せてくる。



(これは駄目だ。なんとか、ユノンとデイジーだけでも・・)



 俺は死を覚悟した。



『・・・小癪こしゃくな地虫めが』



 双角の青年が微かに舌打ちしたようだった。



(くそっ!)


 何か出来ることは無いか、死を覚悟した中で必死に頭を巡らせる。遁光術は回復した。破城角は何度でも使えるけど・・。


とおるとしたらキスアリスの第3紋・・くらいだけど)


 解除をする時間が無い。


(参った・・これ、詰んじゃった?)


 まあ、駄目でも何でもあきらめる訳にはいかないんだけどね。腹をくくって、愛槍キスアリスを手に、身をたわめるように低く構える。



「ん・・!」



 微かな、本当に微細な揺らぎを・・自分の右耳の後ろに聞いた気がした。


 瞬間、遁光で前に出る。そして・・。



・・・魔兎の宙返り



 位置を入れ替えた。入れ替えた相手は双角の青年では無い。俺を狙って迫ってきたとだ。

 それは、咄嗟とっさひらめきだった。流れる視界の中で、青年の双眸がわずかにすがめられたのが見える。



・・・破城角



 そのまま、双角の青年目掛けて突っ込んだ。


 先ずは、見えないが青年に当たった。直後に俺の頭突きが命中する。


「ぅぎぃっ・・」


 強烈な激痛と共に、俺は無理やりに愛槍キスアリスを振り回して地面に転がっていた。脇腹に、尖った針のような物が突き立っている。


(・・くそぉ)


 双角の青年の手に、細剣が握られていた。その剣身が中程で折れ、俺の脇腹に突き刺さっているのだった。


(だけど・・)


 青年が動きを止め、ぶるぶると震えていた。何やら、相当に頭にきたらしい。眼が赤々と光り、唇を裂くように牙が伸びている。


(青鬼様が、お怒りだぜぇ・・)


 俺の攻撃なんて嫌がらせ以上の意味は無いけど、上手くやれば傷の1つ2つ刻める。


(甘酒にすれば良かった)


 神酒をがぶ飲みにしながら、脇腹に突き刺さった折れた細剣を抜いて個人収納にしまう。後で素材とか調べよう・・・生き延びたら。



『虫けらめが、手間をかけさせおって・・』



 火を噴くような赤い眼で俺を睨みつけながら、双角の青年が全身から噴き上げていた黒い煙みたいなものを両腕に集中させていた。見る間に、巨大な鉤爪のような形になっていく。


『コウタさん』


 ユノンが伝話で呼びかけてきた。


「アルシェ、凶魔兵が来ている。リリン達を連れて防いでくれ。ここの戦いに巻き込まれるなよ」


「はい!」


「ユノンとデイジーは一緒に移動、距離を取りながら攻撃準備。デイジーは防御と回復に専念・・・どうせ俺が死んだら、みんな死ぬ。せっかくだから、一緒に逝こうぜ」


「はいっ!」


かしこまりました」


 2人の返事を背中に聴きながら、


「お手々が大きくなりましたねぇ・・」


 俺は、愛槍キスアリスを手に前へ滑り出た。


 強敵を前にして、前衛の役回りは決まっている。

 敵の気を引き、攻撃を浴びても耐え忍び、後衛が準備する大魔法までの時間を生み出すこと。


 黒々と巨大な鉤爪が真上から降り、ほぼ同時に真下・・地面をすり抜けて足下にも出現してあぎとのように挟み込む。


・・遁光


 からのぉ、雷兎の蹴脚っ!


(・・っちゃ)


 ぎりぎりで蹴り足をらして身を捻る。

 青年が振り向きざまに、口を開いて黒々とした炎を吐いてきた。即座に、デイジーの治癒魔法が掛けられて身体の火傷がえる。


「霊刻、第九紋、解除・・」


 愛槍キスアリスに向かってささやきながら走る。一時たりとも立ち止まらない。右へ左へ、遁光が使えるようになると、大胆に距離を詰めて、鉤爪の攻撃を挑発する。


 そして、


・・月兎の猿叫っ!



 双角の青年が真っ赤な双眸でにらみ迫ってくる。


(ふっ・・もう、おまえの瞳は俺に釘付けさ)


 俺の方は涙目さ・・。


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