第153話 凶魔の尖兵


 チュレックの西海、デジン群島にある古代の神殿跡地まで、あと3キロメートルほどの丘陵地。

 丈夫な天幕が幾張りも連なって点在し、一角兎が縫い込まれた旗が荒風に揺れている。

 一際大きな天幕に、俺とユノン、デイジーが居た。


「コウタ様、ゲンザン殿から鉄片投下の準備が整ったと・・」


 伝話を受けたデイジーが報告する。


「ユノン、詠唱よろしくね」


「はい」


 ユノンが天幕の外へ出たところで、古代魔法の詠唱を開始する。威力はさほどでも無い、広域に雷撃を降らせる魔法だった。ただ、詠唱に時間がかかってしまうのと、割に合わないくらいの膨大な魔力を消費してしまう。


「デイジー、ゲンザンに投下を指示」


「畏まりました」


 デイジーが即座に伝話を放つ。


「雷鳴後、騎乗して突撃準備」


 俺は、控えているアルシェ・ラーンを振り返った。


「承知致しました」


 アルシェが身をひるがえして天幕から駆け出る。


(ここまでは上手くいってる)


 コウタ自身が前に出ず、天幕の中から指示をするだけで凶魔兵を撃退するための訓練である。


「鉄片、投下完了」


 デイジーが俺を見る。


「シフートからは?」


 眼の良いシフートが双眼鏡を使って状況を観察している。


「・・伝話、来ました。直撃した鉄片が外殻を砕いているようです。擦過したものは弾かれるもの、刺さるもの、半々くらいだと」


「よし・・十分だ」


 高度3000メートルからの鉄片投下で、効果が得られたのは素晴らしい。


「ゲンザン達にも突撃準備を指示」


「はい」


 デイジーが頷いた。


 その時、ユノンの広域魔法が発動したらしかった。

 派手な雷鳴が青空に響き渡って、雨雲も無いのに無数の雷が発生して、地上を行軍する凶魔兵に降り注ぐ。


「シフートより伝話。魔法とおりました。多数の凶魔兵が倒れて痙攣けいれん、動きに大きな乱れが見られる・・と」


「突撃を開始」


「はい、突撃を指示します」


 アルシェ、リリン、パエル、ファンティ、シフート。これに、フレイテル・スピナが率いるチュレックの騎士団、そして上空からゲンザン率いる大鷲オオワシ族が突撃する事になっている。


「デイジー、ユノンは、この本陣でしばらく待機ね」


「はい」


「お茶をれましょうか?」


 ユノンが天幕に戻って来た。

 今日は、上から下まで黒ずくめ。上着の下には鎖帷子チェインメイルを着込み、胸甲と籠手、長靴には脛当てを着け、格子状の面頬がついた兜を被っている。


「そうだね。一息入れておこうか」


「良いですね」


 デイジーが微笑みながら、茶菓子を用意するために席を立つ。こちらも、聖衣の黒ベース・バージョンを着て、胸当てに籠手、脛当てに、兜・・近くには、円楯ラウンドシールドが用意してあった。


「・・上位種は見つからないね」


「どこかに居るんですよね?」


 兜と籠手を外しながら、ユノンが魔法の収納から湯気のたつ急須を取り出した。手際よく、湯飲みが3つ並べられ、デイジーが持って来ていた焼き菓子クッキーが小皿に分けられる。


「あれは、魔法を反射というより、表面の黒いもので転送させていますね」


 デイジーが言った。


「転送か・・攻撃してきた相手に向かって、あんな一瞬で正確に転送できるもの?」


「知覚に連動させて発動する魔法陣のようなものでしょう。確か、ユノン様がお仕掛けになる罠にも同様のものが・・」


 デイジーに問われ、ユノンが小さく頷いた。


「攻撃した相手だけでなく、別の対象に向けて転送する可能性もありますね」


「・・なるほど」


 つくづく面倒な奴だ。ただ、当たり前の事だけど、足の裏には、あの黒いものが無い。いや、足の裏を狙っていると気付くと、黒いもので覆う事もある。ただし、地面と何か衝突し続けるような音を放ち、長い間は覆い続ける事が出来ないようだった。

 それに、斬撃を転移させてくる瞬間などは、黒いもので体を覆いきれずに、背中などの外殻が剥き出しになる。


「アルシェさんが申しておりましたが、あの上位種には知能が2つあるようです」


 花妖のアルシェ・ラーンは、感応能力というのか、相手の意思・・意識そのものを眼に見える形として知覚する能力を持っている。そのアルシェが言うのだから間違いないだろう。


「もしかして・・」


 俺も、ちらっと仮定として考えたことがあるけど・・。


「上位種の体と、それを覆う黒いものは、それぞれが別の個体なのだと思います。上位種本体は単純に他の凶魔の力や体格が勝った個体、黒いものは、転移に特化した能力を持つ個体ということでしょう」


「それから・・ゲンザンさん達が鉄片をき、私も魔法を使いましたけど、今のところ、攻撃を返されたりはしていません」


 ユノンが湯飲みに視線を落とした。凶魔兵の大軍の中に必ず上位種が混じっているはずだけど・・。


「・・つまり、反射・・転送にも届く距離に限界がある?」


「あるいは、目視・・眼で知覚できないと転送が出来ないのかもしれないですね」


 デイジーが呟いた。


「なるほど、それなら分かるな」


 俺は低くうなった。


「リリンからです。上位種3体と遭遇、後退戦を開始中」


 デイジーに連絡が入った。打ち合わせてある通り、リリン達は手出しを控えて後退戦に切り替えたらしい。


「うん、良い判断だ。ファンティとゲンザンに、距離の事を伝えて。あの2人なら、3キロくらい離れても当てるでしょ。デイジーはそのまま救援に」


かしこまりました」


「ユノン、上位種を見せてくれる?」


 俺は、愛槍キスアリスを握って表へ出た。


「はい」


「試しに狙ってみるよ」


 足場を固めつつ、


「霊刻、第九紋、解除・・」


 細槍に向かって囁く。


(黒いのさえ抜けば本体は普通だし・・七紋で十分か)


 ブンブン・・と低周波の震動音を鳴らす愛槍を握り、投げ槍の姿勢で力が満ちる時を待つ。


 以前とは違って、かなり使いこなしていますよ。

 まあ、まだ第三紋がぎりぎりですけども・・。



 ブゥン・・ブゥン・・ブゥン・・・・



 虫の羽音のような音に変わり、震動音が安定してきた。


「視覚共有します」


 ユノンの囁き声が間近に聞こえ、俺の背に手が触れたのを感じた。

 直後に、目の前に何処かの景色が映し出された。


(上位種・・それも、形の違う奴が居るじゃないか)


 黒いもので覆われた3体の上位種の内、中央に立っている奴は側頭部から2本の角が後ろへ向かって真っ直ぐに伸びている。


 同じ能力か、別の能力を持っているのか分からないけど、


「・・せぃっ!」


 俺は踏ん張った下半身から上体にかけてねじり、むちのようにしならせた腕から愛槍キスアリスを投げ打った。


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